40話
「いけません━━あ、あぁ━━━━だめだっていってるでしょう━━━こらっ━━めっ━━」
ん、んんっ?!
ガバッ!!
な、なんて怖い夢っ。
はぁ、はぁ、はぁ。
まだ心臓がドキドキしていますわ。
ま、魔獣に食べられる夢なんて……。
夢のせいで、頭から汗でびっしょりですわ…………。
あら?
馬車は止まってるみたいね。
休憩かしら?
着替えて、食事の準備でもしましょうか。
と、振り返ったら……。
ケンゾーが足元で土下座をしておりました。
「ど、どうしたの?」
「あ、あの、その、もうしわけございませんっ━━」
ペコペコと何度も頭を下げるケンゾー……。
「だから、どうしたの?」
「その、あの、とめたのですが……とめられなくて……ですから、もうしわけございませんっ」
だから、何が申し訳ないの?
【ぴぃぴぃ】
「あら?ぴよたろう、おはよう」
鳴き声が聞こえたので、視線を上げるとぴよたろうが果実を咥えて、頭に乗っておりました。
うん、頭が重いはずだわ。
普通の子供なら、首が折れちゃうからね。
この癖はやめさせなきゃあ駄目だわ。
「さあ、おりてらっしゃい。おそとにいって、しょくじにしましょうね」
【ぴぃ、ぴぴぃ】
手を伸ばし抱えなおすと、ぴよたろうは咥えた果実を手に乗せてくれました。
「わたくしにくれるの?ありがとう~とてもうれしいわっ」
見たところ、ぴよたろう自身が採ってきてくれた果実のようです。
私の為に、頑張って採ってきてくれたのね。
親思いの優しい子。
「あ、あの、おじょうさま」
「ほんとうに、どうしたの?はっきりいってくれないと、ケンゾーにあやまられるいみが、わからないわ」
「しょうちいたしました……では、もうしあげます━━」
そして、ケンゾーが真実を教えてくれました。
夜通し走ったが馬車が休憩の為に止まるや否や、ぴよたろうが駆け出し、森に入っていったとのこと。
それを目撃した師匠がケンゾーを起こし、後を追う様に促しました。
眠い目をこすりながらも、ぴよたろうを追いかけ森に行くと、いきなり大きな木が襲ってきたそうです。
驚いたケンゾーは、風魔法で枝を切り落とし、後退。
状況がいまいち掴めないながらも、ぴよたろうを探すため視線を彷徨わせると……。
襲ってきた大きな木の上で一生懸命、果実をもいでいるぴよたろうの姿を目にします。
『ぴよたろう、あぶないから、こっちにおいでっっ』と、声を掛けるも【ぴひぃーー】と闘志を燃やすぴよたろうの鳴き声が響いただけだったそうです。
ケンゾーは焦りました。
このまま、この木の魔物?に突撃したくとも、武器を持ってきていません。
この旅に持参できたのは訓練用の木剣のみだからです。
大人を呼びに行こうにも、ぴよたろうが気になり、この場を離れられず。
『だれかっ!たすけてっ!』と、大声を張り上げ、異変に気付いてくれる事を願いました。
大きな木の魔物は、なおも攻撃を続けてきます。
ケンゾーは風を纏いました。
この風は触れた者にダメージを与えつつも、自身を守る防御壁にもなるのです。
『ぐぁああぁああ』
魔物の声が森に響きます。
【ぴぃぃぃーー】
魔物の声に反応して、力強い鳴き声をあげるぴよたろう。
その時、ケンゾーは思ったそうです。
『なんで、やる気になってるの?』
勝ち目があると信じているぴよたろうと、勝ち目がないと冷静に判断するケンゾー。
温度差はあるものの、逃げるという選択肢はなかったそうです。
暫く攻防が続き、ようやく異変に気が付いてくれた師匠が駆けつけ、剣を構えケンゾーの前に出ました
『大丈夫かっっ』
『じっちゃんっ!』
その後は一瞬。
カキン!カンッ!
『がああぁぁぁ━━』
森の中に響く木の魔物の断末魔。
『間に合って良かった……』
『ありがとう、じっちゃん……』
ホッと一息を付くも、事切れ横たわる魔物の枝の部分から、ガサゴソと音が聞こえます。
警戒し剣を抜く師匠でしたが、現れたのがぴよたろうだと気が付くと鞘に納め、ぴよたろうに駆け寄りました。
ケンゾーも駆け寄り、ぴよたろうを抱え上げ『だいじょうぶ?けがはない?』と無事を確かめていると、【ぴぃ】と一鳴きした後、くちばしに果実を咥え駆けだして行ってしまいました。
『あ、ぴよたろうっ━━』ケンゾーも追いようとしますが、後始末の手伝いをしなくても良いのか、気になり師匠の方へ振り向きます。
幸い向かった先は馬車の方。
『こいつの後始末は俺一人で十分だから、追いかけてこい』
師匠の了承を得たケンゾーは、ぴよたろうを追いかけました。
馬車に乗り込もうとするぴよたろうを目撃し、歩みを緩めます。
まだ、主君が眠っている馬車に慌てて乗り込むわけにもいきません。
そっと、馬車に乗り込み、ぴよたろうを探すと……。
今日の成果である果実を、お嬢様に渡そうとしているではないか。
……ケンゾーは血の気が引いたそうです。
【ぴぃぴぃ】と鳴き声をあげながら、懸命に起こそうとするぴよたろう。
やめなさい。と声を掛けるも、果実を口に放り込もうとするぴよたろう。
いけません。とぴよたろうを抱えても、【ぴぃぃぃ】と抗い、咥えた果実を口に押し付けます。
その間、涎が滴り落ち、顔はベタベタに……。
頭上での攻防が不愉快に感じられたのか、眉間に皺をよせてうなされ始めた姿を見た時は、とても焦ったそうです。
そして、私が目覚めたと。
……涎塗れを阻止できず、睡眠の邪魔までしてしまったお詫びにケンゾーは平伏すしかなかった様です。
ケンゾーの話を聞いて、納得したわ。
このデロデロは汗じゃなくて、涎なのね……。
まぁ、それは兎も角。
「…………」
「おじょうさま?ぴよたろうに、悪気はないのです。とめられなかったのも、私のせきにんです。ですから、おしかりは私におねがいいたします」
「ずるいわっ」
「えっ?」
「きのまものとたたかったのでしょう?わたくしも、みたかった……」
初魔物よ。
木の魔物だから、きっと『トレント』だわ。
父様に叱られるから、戦いたいとは言わないけれど、見たかった……。
後始末ってどうするんだろう?木だから燃やしたりするのかな?
まだ、間に合うかしら?
「ケンゾー。みにいきましょう」
「え?ですが、じっ、いえ、ししょうがあとしまつをすると、言っていたので、もう、おそいかと……それに、その、かっこうでいくのですか?」
確かにデロデロのままで、外に出るのはまずいかしら?
でも、川があるなら水浴びをしたいし、このままでいいわよね。
着替えるなら、綺麗になってからの方がいいわ。
それと。
「ケンゾー。わたくしとはなすときは、ししょうのことを『じっちゃん』とよんでいいわよ。けんじゅつのたんれんのときや、とうさまがいらっしゃるときは『ししょう』とよぶほうがいいかもしれないけれど」
じっちゃん呼びや師匠呼びであたふたしてるケンゾーは可愛いけれど。
何度も言い直しているのを聞くとね。
慣れないのなら、じっちゃんでいいじゃないと思ってしまうのよ。
「しょうちいたしました…………」
あら?腑に落ちない様ね。
「ししょうという、よびなも、わたくしがかってにきめたことだし、かぞくなんだから、きにしなくてもいいのよ」
「しかし、あらためてそう言われると、はずかしいのです……」
難しい年ごろなのね。
「はずかしいかしら?なかがよいことがうかがえて、すてきだとおもうのだけど」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ、とってもすてきよ」
素敵だと思うのは、嘘ではないわ。
なので、ニッコリ笑って伝えました。
「では、そのように、いたします」
今度は納得したのか、元気な返事が返ってきました。
「では、きのまものをみにいきましょう。あっ、きがえはみずあびをしてからにするわ。このままだと、きもちがわるいもの」
もう、デロデロがバリバリになってきてるの。
早く、水浴びをして着替えたいし、トレントも見たいのよ。
私は馬車を飛び下り、足踏みしながらケンゾーが出てくるのを待ちます。
ケンゾーが私の着替えを持ち、降りてきました。
「おまたせしました。まいりましょう」
【ぴぃぃ】
あ、ぴよたろうも一緒に行くのね。
ケンゾーの案内で、戦闘があった場所まで走ります。
・
・
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森に入ったすぐ近くで、師匠に出会いました。
「おっ、どうした?」
「ししょう、おはようございます。まものはっ?」
「あ、ああ、そこだ。トレントだったから、魔石を取るだけにした。これが他の魔物だったりすると、しっかり土に埋めなきゃなんねぇけど、こいつは自然に朽ちていくからな」
へぇ、そうなのね。
倒されたトレントを見てみると、木でした。
顔の様な部分も木目になっているので、どこから見ても木にしか、見えません。
ああ、動いているところが見たかったわ。
あら?ぴよたろうが採ってきてくれた果実は?
「ししょう。かじつはなかったのですか?」
「ぴよたろうが採った果実だけだったぞ。一つだけ実ってたんだろうな……」
「たった1つのかじつを、いっしょうけんめいにもいでくれたのね。ぴよたろうは、やさしいこね」
うふふ。とっても嬉しいわ。
「おじょうさま、よかったですね。ほんとうにぴよたろうはやさしいこです」
ケンゾーも、ぴよたろうの優しさを感じて微笑んでいます。
「あとで、いっしょにたべましょうね」
「はい」
【ぴぃ】
「ああ、悪いんだが……トレントの実はまずいぞ……いや、体にはいいみたいだが、美味くはない。なんというか、不毛な味?」
師匠が苦笑いをしながら衝撃的事実を教えてくださいました。
不毛な味ってなんなの?
師匠の言葉にショックを受けたのでしょうか?ぴよたろうが悲し気な瞳を向けております。
……。
「……ケンゾー、わ、わたくしはたべてみるわ」
「…………おじょうさま。そうですね、ぴよたろうのやさしさをむげには、できませんし。私もたべます」
「そ、そうか。まあ、体にはいいからな」
師匠のフォローはフォローになっていないと思うの。
その後、トレントの果実について詳しく聞くと、マナポーションの材料になるのだと教えてくださいました。
マナポーションか……そう言えば、ドロップ品にマナポーションが出ると聞いたことがあるわ。
あ、ネット情報よ。
レア過ぎて、私は見たことがないのだけれど。
でも、果実はドロップ品ではなかったし、……これはゲームとリアルの差なのかしら?
魔石はゲームと同じ、楕円形をしており、透明感のある緑色をしていました。
ひとしきり、トレントを観察し終えた後。
師匠に護衛をお願いして、川までやってきました。
「わぁ、きれいね」
沢蟹がいそうなくらい澄んだ水ね。
水のせせらぎを聞いていると、とても落ち着くわ。
α波でも出ているのかしら?
…………。
おっと、ゆっくりしている場合ではなかったわ。
バリバリになってしまった髪を濯がなくては。
「では、ケンゾー。みずあびをしてくるから、あたりのけいかいをおねがいね。ししょうもおねがいします」
「かしこまりました」
「任せておけ」
ケンゾーと師匠は川を背にして、森の方を警戒してくれています。
さてと、寝間着代わりの道着も洗わなくちゃいけないから、そのまま入っちゃいましょうか。
水浴びが終わったら、朝食の準備をしなくちゃね。
大所帯になって、下拵えから調理まで、一人でやるのは結構大変なのよね……。
ケンゾーは混ぜたり、火の番をするくらいなら出来るのだけど……。
そういえば、師匠って料理は出来るのかしら?
冒険者をしていたくらいだから、野営には慣れてるだろうし、簡単な料理は出来そうなんだけど。
…………。
後で聞いてみましょう。
そうだわ、獣人さんにも料理が出来るか聞いた方がいいわね。
しかし、髪のバリバリが取れないわね……。
一度、乾いちゃったから?それとも、水温が低いからかしら?
こんな時に、アニメや小説でよく見かけた、体を清潔にする魔法『浄化』があると便利なんだけれど。
この世界の浄化って、瘴気を祓う魔法だからなぁ……。
汚れ落としにはならないでしょうね。
…………。
けど、やってみます?ダメ元でやっちゃいましょうか?!
よしっ!
『浄化』
微細な汚れを落とすイメージで、光魔法を発動してみました……。
金色に輝く光を、バリバリになった髪に塗布するかのように……。
ナデナデ……。
「…………おじょうさま。なにをしてらっしゃるのですか?」
ケンゾーが急に振り向きました。
光魔法が眩しかったのかしら?
「……うん?よだれがかわいちゃって、きれいにおちないから、だめもとで、まほうをはつどうしてみたの」
「……いみがわからない…………それで、きれいになったのですか?」
「いえ、だめだわ……これは、だめなまほうよ」
だって、水に濡れた髪から、よくわからない汚れがポロポロ落ちてくるのよ。
汚れや垢が目に見えて落ちてくる……。
女性として、淑女として、どうなのよ。
これは、由々しき問題だわ。この魔法は封印しましょう……。
「どう、だめなのですか?」
あら、聞いちゃうの?
……いいわ、答えてあげましょう。
「あるいみ、まほうはせいこうしたわ。けれど、……よごれをボロボロおとす、じょせいをみて、なんともおもわない?」
「あ、ああ……」
ケンゾーは曖昧な返事をした後、目を逸らしました。
…………。
私もそういう反応をしてしまうかもしれないし、仕方がないわね。
さて、もう一度、水浴びをしてきましょうか……。
◇ ◇ ◇
水浴びを終えて、すっきりした後。
馬車の方へ戻ると、父様とアルノー先生が太極拳をしておりました……。
「とうさま、アルノーせんせい。おはようございます」
「おはよう、ルイーズ」
「ルイーズ様、おはようございます」
「とうさま。なぜ、アルノーせんせいとごいっしょに、たいきょくけんをなさっているのですか?」
私も朝の鍛錬がまだだったので、ご一緒します。
「入れ替わったとはいえ、鍛錬を怠る訳にはいかないだろう?━━しかし、この身体は硬いな」
「侯爵様の身体は柔軟ですね━━息切れもしませんし、力が溢れています」
アルノー先生と入れ替わっている父様は、元の身体とのギャップに苦しんでおります。
反対にアルノー先生は、軽やかに動けるのが嬉しいのか、太極拳に余計な動作を加えております。
極上の笑みを浮かべて……。
父様のお顔でその笑みはやめて欲しいわ……。
まるで、悪代官みたい。




