36話
いつもの時間に目が覚めた私……。
今朝はご飯を作らなくてもいいのだから、寝坊しようと思ってたのに……。
習性が憎い…………。
あら?
窓を開け、庭を覗き込むと、朝露に濡れた花々が、日の光を浴びてとっても綺麗……。
こんな景色を見ながら、お茶を飲んでいる私って、レディみたいじゃない?!
………………くっ!
持ってるのが湯のみで中身がほうじ茶じゃなかったらなんだけれどね……。
━━ズズズッ
ふぅ、目覚めの一杯は美味しい。
ちなみに、このほうじ茶は緑茶を焙煎して作ったお手製よ。
日課の太極拳は済んだ。出かける準備もバッチリ!
父様はまだ眠ってらっしゃるし、静かに出来る遊び……なにかないかしら。
ふむ……。
あっ!マントッ!
お買い物に出かけるのだから、カチヤさん用のマントを作っておかなくちゃ。
町に入った時は、布を巻いてケモ耳を隠したのだけれど……。
あの綺麗になったカチヤさんに、あの汚い布を巻けとは……言えない……。
【ルイーズちゃん】
昨夜のカチヤさんの顔が目に浮かびます……。
よし!うんと、可愛いのを作ろう!
イザークさんとフリッツさんの分は……今度でいいか。
家から持ってきた布にも限りがあるからね。それに、可愛い色ばかりだし……。
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予備のカンフー道着を仕立てる為に持って来た生地だから、マントにするには厚みが足りないけれど、暑くも寒くもない季節だし、そのままでいいわね。
丈はどうするかな……。
ん?あれ?カチヤさんって尻尾あったかな?!
昨日の夜は見てない。その前は?
ルイーズの記憶よ~~今こそ目覚めよ~~
移動中……耳。
食事中……耳…………。
…………私、ピコピコ動く耳に気を取られて、まともに見てないわっ。
………仕方がない、長めにしましょう、大は小を兼ねるっていうしね。
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できた!早縫いに磨きがかかってきたわ。その内、ミシンの速さを上回るんじゃない?!
淡いピンクの生地(ジルが私のドレス用に買いだめしていたもの)で仕立てたフード付きマント。
フードに耳の様なリボンをつけて、サイドにはフリル付きポケット。
うん、我ながら良い出来だわ。
マントを広げてホクホクしていると、父様が起きていらっしゃいました。
「おはよう、ルイーズ。今朝も早起きしたのかい?」
「おはようございます。ええ、しょくじのよういをしなくてもいいのに、いつものじかんに、めがさめてしまったのです」
「ハハハ。身についてしまった習性はなかなか変えられないからね。それで、何を作ってたんだい?」
そう言いながら、父様は目覚めの一杯のお水を飲み干し、ストレッチを始めました。
「これは、カチヤさんようのマントですわ。おかいものにいくとき、みみをかくしたほうがいいでしょう?」
父様は前屈しながら、マントに目をやり、次は腕立て伏せを始めました。
「そうだね……良い出来じゃないか。ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「でしょう~われながら、かわいいマントができたとおもうのです」
「愛娘は本当に器用だね、父様の自慢だ。(すぅーーー、はぁーーー)」
続けて、日課の太極拳を始めた父様……会話しにくい……。
この後、会話を諦めた私は、父様と一緒に宿の庭で素振りと組手を始めたのです。
花が咲き乱れる美しい庭には、同じように日課をこなそうと集まった師匠、ケンゾー、カリンさんやリョウブさんの姿も……。
そんな様子を窓から怪訝そうに見つめる、他のお客様たち……。
むさ苦しいものをお見せしてすみません……。
ペコリペコリと頭を下げつつ、本日の日課をこなすのでした。
◇ ◇ ◇
朝食をいただいた後、お世話になった宿をチェックアウトした私達。
それぞれ買い出しに向かいます。
父様とアルノー先生は、馬車の調達。イザークさんとフリッツさんに付き添うのは師匠とケンゾー&ぴよたろう。
食料の買い出しはリョウブさんにお任せしましたが、私もよい食材を見つければ買うつもり。
カチヤさんにマントを渡したら【可愛い~~え、私の?ああ~とっても嬉しい~ありがとう~】と感激しておりました。
イザークさんは、マントを身に着けたカチヤさんを優しい目で見つめています。
いいよね、可愛い子に可愛い服を着せるのって楽しいわ♪
そうそう、気になっていた尻尾ですが、ダボっとした服で隠しているので目立ちませんがありましたよ。
「では、かいだしにむかいましょう!みなさん、おやくそくはおぼえてますか?」
「はい!買い出しが終わったら、門の所に集合」
「アルノーせんせい、せいかい!ほかには?」
「はい!トラブルにまきこまれたら、空にまほうをうつ」
「ケンゾー、せいかい!で、まほうの、うてないリョウブさんは?」
「煙玉を空に打つでしたよね?!」
「せいかい!では、みなさん。じんそくに、かいだしとちょうたつをおねがいいたします!」
『はい!』
移動し始める皆を見送って。よし!私達も出発ですわ。
カチヤさんを間に挟み、手を繋いで移動します。
迷子になったらいけないからね。
「ふふ、ルイーズちゃん」
「ふふ、カチヤさん」
カチヤさんが満面の笑みを向けてくれるので、私も嬉しくなって笑みが零れます。
「…………あの、ルイーズ様?」
「なんでしょう?」
真面目なお話でしょうか?ジッと前を見据えて話しかけられました。
では、私も真摯な態度で聞かなければいけませんね、服の襟を正し、真剣な面持ちでカリンさんに向き直ります。
「……あの、居た堪れなくなるので、そういった事は控えめにお願いしてもよろしいですか?」
そう言ったカリンさんは、昨夜の様に身悶えし始めました…………。
………………。
「はい、じちょういたします」
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洋服屋と下着を取り扱っているお店を探す私達、見渡す限り菓子、菓子、菓子ですわ……。
店先には試食用も置いてあるし、朝ご飯を食べてなかったら味見で立ち止まっていたところよ。
行きかう人達も、試食に立ち止まったり、行列に並んだり、賑やかで楽しい町ね。
あら?あれ美味しそうね、マドレーヌかしら?あっちはドーナッツだわ。
バターの香り、バニラの香り、フルーツの香りを通り過ぎ、気になる一つの香りが漂ってきました。
あら?
この香りは………肺一杯に深呼吸します。
これはっ!
間違いないわ、メイプルシロップよっ!
「カリンさん!あのおみせによってください」
シュタッとお店の方角を指さし、カリンさんに告げます。
「えっ、はい」
カチヤさんの手を引き、行きかう人の隙間を縫い速足で進みます。
一軒のお店の前で立ち止まり、再び香りを嗅ぎます。
このお菓子ね!
ふんわりした揚げ菓子にたっぷりとかかるシロップ、見た目はベニエね。
「いらっしゃいませ。お一ついかがですか?」
お店の中から、おば様が出てきました。
「あの、このおかしは?」
「これは、試食用だから食べてみて、気に入ったら買ってくださいね」
いやいや、どういったお菓子か聞いたのだけど……ま、いいわ。
一つ手に取って味見しましょう。
━━パクっ
ん~~~~~おいしいぃぃ、生地はベニエそっくりで、この蜜はメイプルシロップよ。
「おいしい~~カチヤさんもカリンさんもたべてみて。とってもおいしいわよ」
「は、はい……(ぱくっ)ん~~美味しい♪」
「(ぱくっ)んっ、この蜜の味がとっても美味しいわ」
カチヤさんもカリンさんも、美味しくて打ち震えております。
「おばさま、このおかしにつかわれている、みつはなんですの?」
「ああ、これかい?これは木の樹液を煮詰めて作っているものでね。この町の特産の一つでもあるから、気に入ったんなら、西に真っすぐ進んだ店に置いてあるから買って帰るいいよ」
「ありがとうございます」
全員分のお菓子を買い、おば様にお礼を言ってお店を後にしました。
おば様に教えられた通り、西に真っすぐ進んでいく私達。
「あら?あそこに見えるの洋服屋じゃないかしら?」
急に足を止め、カリンさんが路地の奥を指さします。
本当だわ、洋服屋ね。
なんであんなに奥まった場所にあるのかしら??
「いってみましょう」
「「はい」」
路地に入り、数百メートルほど進むと洋品店の看板が目に入りました。
薄暗い店内には、洋服が並べられているものの、人の気配がしません。
閉まっているのかな?
確認の為、ドアノブに手をかけると、スッとドアが開き、カランカランとドア鈴が鳴ります……。
一応、開店中なのね。
店内を見渡すと、一通りここで揃えられそうなラインナップに安堵しました。
「すみませ~ん」
そう声を掛けると、店奥から「はいはいはい」と返事をしながら、丸い眼鏡をかけたおばあ様が出てきました。
なんか、シチューのパッケージに描かれている人に似ていますね……。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、じょせいのしたぎや、たびにさいてきなふくがほしいのですが」
「どなた用で?」
「あ、こちらのじょせいようでおねがいします」
私がそう告げると、カチヤさんがよろしくお願いしますと、お店の人にペコリと頭を下げました。
「そうだね~下着はこの辺りにあるから、好きなものを選んでくれたらいいよ。後は旅にむいている服だったら、この辺りかね」
ふむふむ、下着はほぼ同じデザインね……サイズの問題だけかしら。
服は……シンプルな物の方が旅にはいいわよね。でも、よくわからないから、カリンさんに丸投げしましょう。
「カリンさん。たびにさいてきなそざいや、デザインなどわたくしにはわかりませんので、おまかせします」
「はい、お任せされました」
そう一言返事をして、カリンさんはカチヤさんに服をあてがいながら選びはじめました。
私はおばあ様の隣でのんびり待つとしましょうか。
「あの、なぜ、こんなろじのおくに、おみせがあるんですの?」
「ああ、大通りには菓子屋か菓子に関係する店しか建てちゃいけない決まりでね。その他の店はこういった路地で細々とやってるんだよ」
「それだと、たびのかたやぼうけんしゃのかたがこまりませんか?」
観光客ばかりではないのだし、旅人や冒険者が困ると思うの。
「ああ、それなら大丈夫だよ、町の宿で配られている案内状があるだろ?!あれに詳しく載ってるからね」
………それは、ガイドブックの事よね?!載ってたのかぁぁ。
お菓子のページだけ見てたから、気が付かなかったわ……。
「それより、お嬢ちゃんが着ている服は誰が作ったんだい?」
「これですか?わたくしがじぶんで、ぬったのですよ」
おばあ様が興味津々で、私の服を食入る様に見つめています。
ほぉ、へぇ、などブツブツ呟きつつ、ちょっといいかい?と裏地まで調べ始めておりますよ……。
いいですよとは返事していないのに……。
「ルイーズ様、カチヤさんの衣類、一通り選びましたので、目を通していただけますか?」
おっと、天の助け!カリンさん、とてもいいタイミングですわ。
あのままだと、脱がされそうな勢いでしたもの……。
おばあ様をすり抜け、纏められた衣類をチェックします。
柔らかい革のズボン、厚みのある生地のズボン、着やすそうな麻の素材のシャツが3枚とジャケットね。
下着は上下3セットと……。
やっぱり、可愛くないわね……何を着ても似合いそうだけれど、面白みに欠けるわ。
そう思って店内を見渡すと、1着のワンピースが目に留まりました。
ファンタジー系アニメやゲームでよく見るとこがある、村娘風のワンピースですよ。
パフスリーブのシャツとモスグリーンのふんわりしたスカートが繋がっていて、まさにツボ!
あああぁぁ、カチヤさんに着せたいという衝動が………っ。
「あれもいただくわ、そして、ここできがえてかえるから、しちゃくしつがあれば、おねがいします」
止まりませんでした。
「はい、どうも」
おばあ様は迅速にワンピースを持ち、試着室へとカチヤさんを連れて行きました。
「ルイーズ様の趣味ですか?」
「……え、ええ、そうですわ。カリンさんも1ちゃくいかがです?ほら、あの、さかばふうのワンピースをきていただけると、わたくしのこうかんどがうなぎのぼりですわ」
そう言って、酒場の店員さん風ワンピースを指さします。
大胆に開いた襟元、腰部分のキュッと締まるコルセット、エプロン付きスカート……ああ、王道ファンタジーですわ。
「うなぎのぼりという言葉が、よくわかりませんが、あれを着て欲しいのですね?!」
「ええ、そうです」
「ルイーズ様……いつも、ご飯でお世話になっていますし、こういった遊びは嫌いではありません。いえ、大好きです、ですから、着替えて参りますね」
「よろしくおねがいします」
私が深々とお辞儀をすると、カリンさんは意気揚々と酒場風ワンピースを持ち、試着室へと消えました。
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そして。
「いかがですか?」
もじもじと顔を赤らめ、スカートをキュッと握りしめる仕草、完璧ね!
「とーっても、にあいますわ。カチヤさん、とってもかわいいです」
「も、もう、ルイーズちゃんったら……へへ、でも、嬉しい……」
「ルイーズ様、私はどうですか?」
バーンッと登場したカリンさん……。
目に毒な胸元ですが、カリンさんの勝気な雰囲気が、いやらしさを感じさせないわ。
こちらも、完璧ね!
「カリンさん、とってもすばらしいです。たびのあいまあいまにきがえて、さかばあそびをしましょう!」
「酒場遊び?」
「ええ、わたくしがりょうりをつくるので、カリンさんがそのふくをきて、はいぜんをおこなうのです。きぶんてんかんにもなるし、たのしいとわたくしは、おもいます」
「面白そうね……」
普通に和気あいあいとご飯を食べるのも、楽しいのだけれど、酒場に行って羽目を外したり出来ない大人達の気分転換になればいいわね。
そういえば、父様って酒場とかに行ったことあるのかしら?
お家で、静かに呑んでらっしゃる姿しか見たことがないけれど……。
この後、カチヤさんの衣類一式とワンピースを2着買って、お店を後にしました。
最後の最後まで私の道着をチェックしようとする手をすり抜けて……。
◇ ◇ ◇
そして、路地を出た私達は、再び西に向かい、メイプルシロップを持てるだけ買ったのです。
その時、私達の頭上に、あの合図が……。
トラブルに巻き込まれた際、打ち上げるように言った合図。
でも、1つではありません……。
あちこちで上がる、3つの合図。
なんだって、一度に上げてくるかな……。
「ルイーズ様。……一先ず、一番近い場所から行ってみませんか?」
「ええ、そうね。ちかいばしょから、いってみましょう。……はしりますよ━━」
そう言って、カチヤさんとカリンさんの手を握り、走り出しました。
大事になってないといいけど……。