其の八
神妙な面持ちで、焚火を囲む一行。
沈黙に耐え切れず、リョウブが口を開いた。
「では、盗賊に捕まっていたところ、隙を見て逃げたという事でよろしいですね」
「はい……逃げたのはいいんですが……この辺りの地理に疎く……盗賊なら街道を狙うだろうと後を付けたわけです。街道まで出ることが出来たら、後は道に沿い移動し、町を目指そうと思った次第です」
手をあげ降伏してきた者の1人が、恐縮しつつ理由を告げた。
「では、何故、そのまま移動すれば良かったのに、私達の前に姿を現したの?」
腑に落ちない点を指摘するように、カリンが問う。
「申し訳ございません……本当に、隙を見て移動するつもりだったのです。ですが……余りにも鮮やかな手並みで盗賊を退治しているので……もしかすると、名のある冒険者か、騎士様なのかと……」
もう一人の者が、そう答える。
「名のある冒険者か騎士だったら、どうして貰うつもりだったの?」
「……それは、王都か公国へ連れて行っていただこうかと……いえ、どの方向へ進むと辿りつけるのか、聞けるだけでも良かったのです」
再び、沈黙が流れる。火に焼べた薪が弾ける音だけが、それぞれの耳に届く……。
突如、姿を現した謎の3人。
降伏し害はない様に見せてはいるが、その行動を鵜呑みにする者はいなかった。
たとえ、本当に被害者であろうとも。
非情とも思える行動だが、それには理由がある。
月明りに照らされ、露になる耳。それは動物のもの━━
以前、目を通した文献に記されていた獣人の特徴と絵姿を記憶していたため、侯爵は動揺せずに済んだが、カリンとリョウブは驚愕し言葉を失っていた。
この大陸で目にするはずのない獣人。
その訳を知るには、話を聞き情報を引きださなくてはならない……。
落ち着き、話し合いの場を設けるために、捕らえた盗賊達を数珠繋ぎに拘束した。
この席に、ルイーズとケンゾーは立ち会っていない。
生まれて初めて悪意のある者を間近に感じ、極度の緊張から安堵へと変わると、眠ってしまったのだ。
その子供たちを守るように、カツラとアルノーは馬車の中で待機している。
なぜ、両者が踏み込んだ会話をせず、沈黙を続けるのか。
それは、この者達が、捕らえられていた理由を話さないからである。
互いに探り合っている状態。
侯爵は数百年間交流なかった獣人が、なぜこの国にいるのか、それが知りたかった。
この国、この大陸に害をなそうとしているのか、それとも……。
獣人の方は、この者達に話しても理解はしてもらえない、国の中心人物に伝えなければと考えていた。
「あの、少しいいですか?獣人さんは何の獣人さんで?」
素朴な疑問を事無げもなく問うリョウブ。
「あ、それは気になっていた。耳の位置が違うだけで、あまり私達と差異がないから」
この重い空気を払うかのような、カリンの声。
「はあ、羊です……髪に埋もれていますが、角もあるんですよ」
獣人の1人が頭を指さしそう告げる。
「3人とも、羊の獣人で?」
「はい」
「へぇ」「ほぅ」カリンとリョウブは獣人の頭を凝視したまま、点頭した。
見つめられている獣人たちは、居心地の悪さを感じて俯いてしまう。
話し合いは進まぬまま、夜明けが近づいてくる。
地平線の彼方から朝焼けに染まる空を眺め、侯爵が溜息をついた。
もう暫くすると子供たちが起きてくる。それまでにこの者達の処遇を決めなければならない。
腹の探り合いは終わりだと言わんばかりに、厳しい表情を浮かべ、獣人たちを見据えた。
「この大陸に訪れ、盗賊に捕まるまでの経緯を話してもらえなければ、君たちと同行する訳にもいかないし、国の方角を教える訳にもいかない」
「「「…………」」」
獣人たちは互いに目を合わせ頷いた。
確かに、このままでは埒が明かない。
初めは、道なりに進めばどこかへ辿り着くだろうし、辿り着いた町で王都か公国への方角を聞けばどうにでもなると考えていた。
しかし、先ほど自分たちを目にして浮かべられた驚愕の眼差し。それは、深く考えさせられるものだった。
獣人国を出る時は、フード付きマントで身を隠していたものの、人族の大陸に足を踏みいれ、混乱を避けるため、人気のない獣道を進んだのがいけなかった。
大した抵抗も出来ず、盗賊に捕らえらてしまったのだ。
縄で縛られ、薄暗い洞穴に放置されて幾日、斥候らしき者が次の獲物の知らせを持ってきた。
盗賊達が意気揚々と出払うのを見届けた後、仲間と力を合わせ縄を切り、脱出したのだ。
数百年前、邪神が世界を混沌に落としいれた時、共に力を合わせ戦った人族。
大陸を隔てているため交流はなくなったものの、友好国だった事には間違いない。
獣人の一人が、見定めるかのように侯爵を見つめる。
侯爵の風貌、持ち物に目をやり、これまでの言動を思い出す。
見たこともない服装、華美な装飾はないものの手入れの行き届いている剣。
洗練された言動は、それなりに高い地位にいるものだろうと当たりをつけ説明しようとしたが、出かかった言葉を飲み込んだ……。
(そもそも、この方達は邪神について知っているのだろうか?)
その疑問が晴れぬ内は、自分たちの経緯を説明したところで理解してもらえないだろう……。
邪神について質問するには、リスクがある。
エルフ族の間では、口に出すだけでも咎められるという……。
人族の間ではどのように伝えられているのだろう……だが、ここで躊躇して話を濁すと、この方達は口を閉ざし、話してくれなくなるだろう。
意を決し、単刀直入に聞く事にした。
「私たちの経緯を説明する前に、お聞きしたい事があります。あなた方は邪神について知っていらっしゃいますか?」
「邪神?」
侯爵はそう一言呟くと、苦い顔をした。悪い方の予想が当たってしまったからだ。
「ええ、邪神です。知らないのでしたら、説明しても理解してもらえそうにないので失礼します」
侯爵は、頭を軽く下げて立ち上がろうとする獣人たちを一望し、
「知っている……」
「「「……………」」」
再び頷き合う獣人たち、
「では、経緯を説明したいと思います……私達が住む大陸は大きく2つに分かれています。片方は獣人国、もう片方が魔族の住まう国、魔国です。細かく分けると、獣人国の方にエルフ族、ドワーフ族なども暮らしており、互いに友好を築いています。問題は魔族……深い渓谷に挟まれ交流もなく、存在は知っているも目にしたことはありませんでした。それが2か月ほど前、私達の村に突然現れたのです……一方的な蹂躙でした……抵抗する者は捕らえられ、魔物の餌に……くっ、……そして、明快な目的があるように羊の獣人を集めておりました。かく言う私も捕らえられた一人です。その折、見張りの魔族達が言っていた事を聞き、隙をついて仲間が私達を逃がしてくれたのです……」
苦悶の表情を浮かべ言葉を失っている侯爵に変わり、カリンが続きを促す。
「魔族はなんて言っていたの?」
「邪神復活の兆しが見えたと……そして、邪神に奉げられる供物として羊の獣人が集められているのだと……なぜ、私達が供物になるのか、詳しい事は知りません。ですが、邪神が封印されている遺跡を確認する為、海を渡りやってきたのです……」
「せいかいでは、ないかもしれないけれど、ひつじはしんせいなものとして、かみにささげられてきたとされているわ。かみにはんぱつして、じゃしんのくもつにしようとしたのかもしれないわね」
「「「ルイーズ(様)」」」
「おはようございます。とうさま、カリンさん、リョウブさんと、えっと、じゅうじんさん?!」