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楽しい転生  作者: ぱにこ
43/122

其の七

 ベッドに横たわり、数日ぶりに再会した孫の頭を撫でながら、カツラは嬉しさを噛み締めていた。

「じっちゃん。どうして、おいかけてきたの?」

 隣に寝そべるケンゾーの問いに、言葉を詰まらせる。


(気になるのなら、追いかけてくるといい、か……確かに気になった。ルイーズの事も遺跡の事も、おババ様の事も。ケンゾーはどこまで知らされているのだろう)

 事細かに説明するのは容易いが、余計な事まで言って孫を心配させるのは吝かではない。


「ああ、侯爵様からの手紙で、ルイーズが前世の記憶を持つ少女だと知ったんだ。その事実を踏まえて、サクラ公国へ向かっているともな。今、故郷に何かが起こっている……孫のお前やルイーズに危険が及ぶかもしれないかと思うと、居てもたってもいられなくなってな。追いかけてきたんだ」

 そう言って、カツラはケンゾーの艶やかな黒髪を撫でる。

「そうなんだ、きてくれてありがとう。へへ、じっちゃんに頭をなでてもらうと、あんしんする」

「従者になる前は、毎晩こうやって一緒に寝てたもんな」


 ケンゾーは毎夜、頭を撫でてもらっていた事を思い出し、懐かしさがこみ上げ、笑みをこぼす。

 数日ぶりに会った祖父に旅の話をしようと口を開きかけたのだが、撫でられている心地良さに抗えず、瞼を閉じ寝息を立て始めた。


「寝たか……」


 カツラは、孫が寝入ったのを確認し、向かい側の寝台で本を読んでいるアルノーに話かけた。

「アルノー先生、孫がお世話になっております。ケンゾーの祖父、カツラと申します」


 アルノーとカツラが対面するのは、初めてだった。

 孫であるケンゾーから、色々教わっていると聞かされていたものの、礼を伝える事が出来ずにいたことが歯痒かったカツラはアルノーに恭しく礼をとった。


「いえいえ、こちらこそケンゾーくんには色々お世話になっているのですよ。あ、申し遅れました。アルノー・サルーキと申します。これからも、よろしくお願いいたします」

 アルノーも恭しく礼をとるので、カツラもこちらこそと、礼をとる。そして、どちらともなく笑みを浮かべた。

 

「カツラさん。私は将来、ルイーズ様に付いて冒険者となり旅をするのです。そこには、従者であるケンゾーくんもいるでしょう。私は剣術の才能はないし、戦闘に役立つ魔法も使えません。きっと、ケンゾーくんやルイーズ様に守って貰いながら、旅をするのです。ですから、お世話になる方々の師匠であるカツラさんには、敬愛の念を抱いています……」

 真摯な瞳を輝かせ、アルノーは続けて言う。

「私は貴族として生まれ育った身ですから、この様な話し方しかできませんが、普段通りの話し方で接していただければ、嬉しいです」


「ありがとうございます。しかし、孫が世話になっている先生に、普段通りと言うのは…………うーん……では、砕け過ぎず、硬くなりすぎずでお願いできますか?」

「では、それでお願いします」

 アルノーはそう言って笑みを浮かべた。


【ぴぃ】

 鳴き声の様な寝息を立てているぴよたろうに視線を向ける2人。

 会話に加わっているようなタイミングで放たれたその寝息に、苦笑が漏れる。

 しかし、なぜ、孫の足元でコカトリスの雛が寝ているのか、不思議に思いアルノーに尋ねた。

「なぜ、コカトリスの雛がここにいるんですか?」

 アルノーは、ああと頷いた後、クスクスと思い出し笑いをした。

「食料で積んでいた卵の一つから孵ったのを、ルイーズ様とケンゾーくんが飼うことにしたのですよ。最初は、内緒で飼おうと試みたみたいですが、侯爵様に見つかってしまい……泣くわ、逃げるわで……ハハハッ、当人達は大変だったのかも知れませんが、傍から見ている分にはとっても楽しかったですよ」


 カツラは「ほう」と返事をした後、想像し吹きだした。

「はっはっは、クッ、フハッ、いやー、その時の様子を見たかった」




 ◇ ◇ ◇




 侯爵は可笑しな寝袋に包まれた娘の寝顔を覗き込み、頬を撫でた。

 いくら寝袋を着ていようとも、夜は冷え込む。

 娘を想い、そっと毛布を掛けると、起こさぬよう静かに立ち上がり、馬車の方へ歩いていった。

 暫くガサゴソと音をたてた後、侯爵は2つのカップと酒を手にぶら下げて、焚火の方へと戻ってきた。


「さきほどは、すまなかったね」

 芳醇な香りを立て注ぎ込まれた酒を、カリンに手渡しながら謝罪の言葉を投げる。

「ありがとうございます。いただきますね」

 カリンは一口含んだ後、美味しいと感嘆の声をあげた。


「そうか、それは良かった。陛下から賜ったものだからね」

「そんな大切なお酒をいただけるなんて、ありがとうございます」

「いや、先ほど大きな声をあげてしまったお詫びなのだから、気にしないで欲しい」


 溺愛する娘を嫁に欲しいと言われ激怒したものの、冷静さを取り戻した今は、怒鳴った事に対して心咎めていた。

「いえいえ。今は愛らしいですけど、将来は美人になるでしょうし、警戒するお気持ちはわかります」


 侯爵は、娘を褒められ満足気に頷く。しかし、ルイーズの前世の知識からくる摩訶不思議な魔法や剣術を見たとしたら、嫌悪に変わるのではないかと不安が過った。


「これは、頼みなんだが……ルイーズは前世の記憶がある分、変わった事をする。それを目にしても、あまり驚かないでやって欲しい……」

「驚かないですか……毎日、楽しい驚きの連続なのですが……」

「ああ、それはいい。畏怖の目で見ないでやって欲しいという意味なのだから」

「それでしたら、大丈夫です。私、ルイーズが大好きですもの」

 カリンはそう言って、侯爵を安心させるように、胸をドンッと叩いた。


 安堵の表情を浮かべた侯爵だったが、慌ただしく起きてきたリョウブを見て、険しい表情に変化した。


「侯爵様、カリンさん。森の方から何か近づいてきています」

 リョウブは子供たちが目覚めないよう、小声で報告すると、武器を装備し始めた。

「どれくらいの近さまで来てるかわかる?」

「いえ、距離はわかりませんが、人の様です」

「盗賊かしら……」

 そう呟きながら、警戒態勢に入ったカリンも装備を固め始めた。

 

 魔物除けがきいているこの場所で魔物が近づくのは、ほぼあり得ない。

 近づけるとしたら、人か高ランクの魔物くらいだ。

 しかし、魔物は気配を消したりしない為、カリンや侯爵が気が付かないのはおかしいのだ。

 闇に乗じて、気配を消し近づくのは、十中八九盗賊とみて間違いないだろう。


 カリンとリョウブの会話を聞いた侯爵は、思考を巡らせる。

(森の中からなら、盗賊の線が濃厚だ。稀に迷った冒険者という事もあるが……)


 魔物にしろ盗賊にしろ、娘を安全な場所へ移すのが先決だと思い、侯爵はルイーズの体を揺さぶり声をかける。


「ルイーズッ!起きなさいっ!」

「う~ん?……とうさま?……あさですか?」


 ルイーズは寝惚け眼をこすり、辺りを見渡した後、驚きの表情を浮かべた。

 森を見つめ、いつ戦闘が始まってもよい様に、武器を構えているカリンとリョウブが視界に入ったからだ。

 

「とうさまっ!なにがあったのですか?」

「静かにっ、何者かが近づいて来ているそうだ。今から馬車に乗って音を立てずに潜んでいなさい。後、カツラ殿に異常を報告して、君たちは守って貰うように。いいね」


 緊急事態を聞かされたルイーズは全身の血の気が一気に引いて、ブルリと震えた。

 父がこれほどまでに慌てている。悪意のある者が近づいているという事だろう。

 それと対峙しようとしている父達の身を案じ声をかけようとするが、恐怖と不安が入り交じり涙が溢れだした。


「…………はい、とうさま……ひっく、あの、とうさまなら、おけがはなさらないだろうと、ひっく……おもうの、ですが……でも、でも、きをつけてくださいね……あぶなくなったら、にげてくださいね……ひっく……」

 

 侯爵は俯きながらポロポロと涙を零す娘を抱きしめ、安心するようにと告げると馬車に乗り込むよう促す。

 何度も振り返りつつ、馬車へと向かうルイーズ。侯爵はルイーズが馬車へ乗り込んだのを確認し、戦闘態勢に入った。

 

 夜更けの異変に気が付いていたカツラは、乗り込んできたルイーズを傍に寄せる。

 ケンゾーも目を覚ましており、アルノーも声を潜めて外の様子を窺っていた。


「ししょう……とうぞくでしょうか?……とうさまたち……だいじょうぶですよね?」

「ああ、盗賊だろうが、ドラゴンだろうが、侯爵様なら返り討ちにするから安心するといい」

「おじょうさま……ご主人さまなら、きっとすぐに、たいじしてくださいますよ」

「ええ、そうですよ。侯爵様に勝てる者など、いませんからね」


 皆の言葉で、安堵するルイーズ。引いていた血の気も戻ってきたのか、顔に赤みがさしてきた。


「とうさまが、ししょうにまもってもらうようにと、おっしゃっていました」

 ルイーズは父に言付けられていた言葉を思い出し、カツラに伝えた。

「もちろんだ。大切な弟子を守るのは師匠の務めだからな」

 

 


 ◇ ◇ ◇




 ルイーズ達は息を押し殺し、互いの体を寄せ合い身を潜めている。

 

 暫くすると外から喧騒が聞こえてきた。

 柔和な目をしていたカツラの目が一転、鋭くなり腰に差した刀の柄を握る。


 外で、近づいてくる者を警戒していた3人の目の前に、薄汚れた服を身にまとい、大して手入れもされていない武器を構えた盗賊が姿を現していた。

 数にして10人、潜んでこちらの様子を窺っているものが3人。

 盗賊達が現れる前に、侯爵は不殺を命じていた。

 幼い娘に人の死を見せるのはまだ早いと感じたからだ。

 

 下卑た笑いを浮かべる盗賊達。

「さあ、命が惜しかったら持ってるものを全部渡せっ!」


 盗賊のリーダーらしき者が剣を振りつつ、決まり文句を言うが……侯爵達は呆れ溜息をついた。

 力量の差も分からずに、近づいてきた盗賊達。

 この様な小物がよく今まで無事に盗賊を続けられていたなと関心する。


「どうします?長引かせても仕方がないし、ちゃっちゃと縄で縛りますか?」

 リョウブが縄を手に取り、侯爵に伺いをたてた。

「うむ。娘の安眠妨害と、泣かせた償いをしてもらわんと気が収まらないからな……軽く痛めつけて、縄で縛ろう」

「「了解いたしました」」

 侯爵の提案に、快活な返事をするカリンとリョウブ。その声色には先ほどまでの緊迫感は感じられない。


「なにをごちゃごちゃ言ってんだぁぁぁ!!痛い目、見たいようだなっ!!てめえら、やっちまえっっ!!」

『オウッ!!』


 盗賊達は咆哮をあげ、一斉に襲い掛かった。


 対峙するカリン、戟の柄の部分で薙ぎ払う。弾き飛ばされた盗賊の剣は森の中へと消えた。腕に当たれば折れていただろう、その盗賊は運が良かったと言える。


 対峙するリョウブ、睡眠玉と呼ばれるお手製の爆弾を投げつけた。ボンッと弾けると、中から煙が立ち昇った。その煙を吸った者は、半日は目覚めないと言う……。


「ちょ、リョウブッ!!なんて物を放り投げてんのよっ!!!このっバカッッ!!侯爵様っ!絶対に吸わないようにしてくださいっ!」

 戟を振り回し煙を飛ばしながら、カリンはリョウブに怒鳴りつけた。

「へっ?不殺でしょう?」

 そういったリョウブに、呆気に取られそうになったカリンだが、戦闘中だ。「後でおぼえてなさいっ!」と叫び、戦いへと戻って行った。

 リョウブの投げた煙を吸った者3名。この者達も運がよかったのだろう。


 対峙する侯爵、カリンの助言を聞き体の周りに風魔法を発動させ、リョウブの煙を回避。剣の鞘を使い襲い来る盗賊の鳩尾に一撃。

「グホッッ!!」

 同じく鞘で、首に一撃。

「グフッッ!!」

 脇腹を蹴り上げ、一撃。

「ゴホッッ!」

 それぞれが一撃で沈められ、折り重なるように横たわっている。重症だろうが、命には別状はない。

 しかし、他の物に比べると侯爵と対峙した者は運が悪かったと言えよう。

 向かって来る者がいなくなり、侯爵が辺りを見渡すとカリンとリョウブが更に盗賊を沈めていた。

 残るは森にいる3名とリーダーである。

 侯爵達は、一斉にリーダーを睨みつけた。


 リーダーらしき者がその眼光に押され「ちっ!」と舌打ちし、逃げ帰ろうと走り出す。


「逃がすかっ!!」

 侯爵は大きく跳躍し、盗賊の前に立ちはだかった。

 構えも碌に取らず、剣を振りまわす盗賊に、苛立ちを感じた侯爵は「娘の安眠妨害っ!」と叫び、蹴り上げた。

 盗賊は尻もちをつき「ひぃっ」と悲鳴をあげる。

 更に、盗賊の胸倉を掴み「娘を泣かせた罪っ」と叫びつつ、盗賊に平手を打つ。

 

 パシッパシッパシッ!!!


 響く平手の音、呻く盗賊の声。

 

 不殺。下手に攻撃すると命を奪ってしまう可能性があるため、この手段を用いた。

 ダメージを軽減した平手なのだが、高速で繰り返されるそれは、見るものを恐怖に陥れてしまった。


「「…………」」


 カリンとリョウブは『侯爵様を敵にまわす事だけは絶対にやめよう』と心に誓うのだった。

 決して、反目する意思があったわけではないのだが、そう思わずにはいられなかったのだ。


 肉体的にダメージは負わなかったものの、精神的なダメージを深く負った盗賊のリーダーは抗う事をやめ、大人しく縄で拘束された。

 気を失っている他の者も、しっかりと縄で拘束されている。


 残り3人。

 それなりに距離を取り合って潜んでいるため、侯爵が各個撃破で行こうと合図する。


 しかし、木を踏みしめる音と共に、両手を挙げ潜んでいたものが現れた。


「私たちは、盗賊ではありません」



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