28話
ピピピ、ピィピィ
ん……小鳥のさえずり?
朝?
重い瞼を頑張ってあげると、馬車の中に朝日が差し込んでいます。
昨日、夜更かししたから、まだ眠い……瞼が閉じるぅぅぅ。
「ルイーズ、朝だよ。そろそろ、起きなさい」
父様の声が聞こえます。
とても優しい声……いつも、ケンゾーに起こしてもらってるから、父様に起こされるのは初めてかもしれない。
ピィピィ、ツンツン
クスっと笑みがこぼれます。
父様ったら、頬を突いたらくすぐったいわ…………。
「ルイーズ。早く起きて、朝ご飯を作ってくれないと、父様は飢えて泣いてしまうよ」
……泣かれるのは困るわ。
う~ん、起きましょうか!
頑張って瞼をしっかり開けると、目の前は黄色でした……なに?このモフモフ……。
…………。
「レ、レグルスっっ!!」
そう叫んで飛び起きた私の目に、レグルスを手に乗せた父様の姿が飛び込んで来ました。
父様は穏やかな笑みを浮かべ「ほぉ、レグルスと名前を付けたのかい?」と言いつつ、レグルスを撫でています。
………………。
「お、おはようございます」
頭が真っ白で、やっと出た言葉が、朝の挨拶だけでした……。
「ああ、おはよう。さて、朝ご飯の前に……話をしようか。ケンゾー!入ってきなさいっ」
少々、怒気を含んだ声色に驚き、背筋がピーンとのびます。
父様に呼ばれ、馬車に乗り込んできたケンゾーは、不安気な顔でチラチラとレグルスを目で追っています。
私とケンゾーが並んで座るのを見届けたあと、父様の事情聴取が始まりました……。
き、きっと大丈夫よ。話せばわかってくれるわ……。
きっと……。
「さて、この雛はどうしたんだい?」
「しょ、しょくりょうのはこに、はいっているたまごのひとつから、うまれました」
「はい。昨日、物音がするのでさがしましたら、玉子からひなが出てきました」
【ぴぴぃ】
父様の表情に変化はありません。
怖いのでケンゾーの手を握りますが、二人とも手汗がすごい……震えもすごい……。
「ふむ。では、なぜ昨日のうちに報告しなかったのだい?」
「ひっっ!」
【ぴっ!】
優しい笑顔が、この状況にそぐわず、怯み答えられずにいると。
「それは、その……あの……」
私の代わりにケンゾーが説明しようと頑張ってくれてますが……しどろもどろになっています。
これは私の提案だったのだから、私自身が説明せねば。
「わ、わわ、わたくしが、ないしょでかおうと、ていあんしました……たびのとちゅうですし、とうさまにはんたいされるかと、おもったのですぅ…………」【ぴぃぃ……】
勇気を振り絞って声を張り上げましたが、最後は尻すぼみになってしまいました……。
「事情はわかった。しかし、内緒にされていたのは、悲しい」
しっかり私の目を見つめて父様が悲し気な表情をされます。
「ないしょにしてごめんなさい……」
「も、もうしわけ……ありません……」
【ぴぴぃ……】
「反省したかい?もう二度と、隠し事をしないと誓うなら黙っていたことは許そう」
本当?許してくれるの?
俯いていた顔をあげ、ケンゾーと顔を見合わせた後、父様に向き直り宣言します。
「はい。もうにどと、とうさまにかくしごとはいたしません」
「はい。かくしごとはいたしません」
【ぴっ】
ホッとしたのも束の間。
父様は、レグルスを見つめ険しい表情を浮かべた後「だが、しかし!飼う事は許さない!!」と……。
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「いやぁぁぁぁぁっ!!とうさまっ!!レグルスをすてないでーーーー!!!うわーーんっ」
「おねがいじますっ!!!ごじゅじんざまーーー!!じゅでないでぐだしゃいーーー!!」
【ぴぃーーー!】
「うわぁぁぁぁん!!どうざまぁぁ!!おねがいじまずぅぅぅ!!」
「(ずずっ)おねがいですーー!!どうかっ、どうかぁ!」
【ぴぃぴぃっ】
森の中にレグルスを放そうとする父様の足にしがみつき、泣き叫び懇願します。
「ええいっ!放せっ!かわいそうだが、魔物を飼うことは出来ないんだっ!!」
「「へっ?まもの?」」【ぴ?】
ボスンッ
「イタタ……ああ、魔物だ」
魔物という言葉で驚いた私たちが、しがみついていた手を離すと父様はバランスを崩して盛大にしりもちをつきました。
【ぴぴぃぃ】
隙を見て私の頭の上に駆け上がるレグルス……とっさに頭に布を巻いて保護しました。
ほっかむりってやつです。これなら易々と手出しは出来まいよ、父様。
ケンゾーはケンゾーで、父様の手が伸びてこないように、立ち上がって通せん坊してるし……。
子供たちのそんな姿を見た父様は、必死に笑いを堪えてるように見受けられます。
がっ!油断大敵!
ふんすっと気合を入れて、お伺いしましょうか!
「とうさま、レグルスはまものなのですか?まものだと、かえないのですか?」
「そうだ。この雛は、魔物だ。魔物でも飼えない事はないが……この雛はな━━」
「「(ゴクリ)このひなは……」」【ぴ】
「コカトリスだ!」
「「コカトリスっ!!」」【ぴひっ!】
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「なあんだ~コカトリスですかぁ」
「コカトリスでしたかぁ」
【ぴ~】
レグルスが何者?かがわかってホッとする2人と1匹。
「こらこら。何を安心しきってるんだい?」
「えっ?レグルスのしゅぞくがはんめいしたからです……それに『かえないこともないが』とおっしゃられたので、かってもよいということかと……え?えっ??ちがうのですかっ?!」
【ぴ?】
ザザザッ!!
座ったままの体制で後ろへ移動します。ケンゾーも私たちを守るように、後退します。
ジリジリと詰め寄る父様。ジリジリと距離をあける私たちの攻防がしばらく続き……。
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「はぁはぁ、わ、わかった!話し合おう」と、父様が降参しました。
「……きょりをあけたままでもよろしいでしょうか?」
うんうんと頷くケンゾーとレグルスを見て、父様は仕方なしといった感じで了承されました。
「仕方がない。魔物が飼えない訳を教えてあげよう」
「「…………」」【……】
「飼ってもいい魔物というのは……まず、知性がある事。これは、人間を襲わないという確約が手続き上、必要だからだ。後、魔物が飼える広さの敷地がある事。そして、魔物が飢えないようにする食料を用意できる事。肉食の魔物が飢えると、例えしつけられていたとしても、人間を襲うことがあるからだ」
「「あの~よろしいですか?」」
私とケンゾーは挙手をして、質問を投げかけます。
「「すべてのことがらを、クリア(たっせい)できているとおもう(思う)のですが」」【ぴぃ~】
「…………!…………?」
父様は、腕を組んで考え込んでいます……。
「本当だ……いや、しかし……」
何かブツブツ言っていますね……。
この隙に、レグルスに干し肉でもあげましょうか。
「ほら、レグルス。あさごはんですよ~」
小さく引き裂いた干し肉を、ケンゾーの手のひらに乗せ、それを頭の上で保護されているレグルスが啄みます。
「おいしいかい?【ぴぃ】たくさん食べて大きくなるんだよ【ぴぴ】」
ケンゾーが声をかけると、レグルスが答える。相変わらず、会話が成立してるわね。
干し肉をたっぷり食べて満足したのか、レグルスは頭の上でスヤスヤ眠り始めました。
赤ちゃんの内は眠るのもお仕事だからね。ぐっすり休みなさい。
考えがまとまったのでしょうか?父様が突然立ち上がりました。
「とうさま?」
「ルイーズ、ケンゾー。よく聞きなさい」
「「はい」」
「今から、この雛の知性を調べよう。森の中に捨てて、お前たちの元へ帰ってきたのなら知性があると認める」
「あの、まだ、ちいさなひなですし、あまりとおくへは、おいてきませんよね?」
「ああ、もちろん。その辺りは考慮する」
ケンゾーと互いに目を合わせ頷き、頭からレグルスを下ろし、父様へ預けます。
「レグルス、かならずもどってきてね」
スヤスヤ眠っていたレグルスは目を覚まし、首を傾げて【ぴぃ?】と一鳴き。そのさやかな鳴き声があまりに無垢だったので、私は思わず泣きそうになってしまいます。泣いちゃだめよルイーズ。親なんだから子どもの事は信じてあげなくちゃ。隣でうつむきがちになっていたケンゾーも、前をしっかりと見据えます。
「とうさま、ではおねがいします」
父様は頷くと、新緑深い森の中へと歩いていきました。
◇ ◇ ◇
朝食の準備も終わった時、森の中から父様が戻ってきました。
「「…………?」」
「飼うのは許可しよう。しかし、今は愛らしい雛だから、人は襲わないだろうが、万が一にでも人を襲うような事があれば、私自ら、斬る……いいね!」
「あの~とうさま?レグルスのちせいをしらべるため、もりにおいてくるはずでしたよね?どうして、あたまのうえにのせたままなのでしょうか?」
「いや~ハッハッハ!置いたのは、置いたのだが……つぶらな瞳を潤ませて、私によじ登ってくる必死な姿を見ていると……」
「ほだされたのですね」
「そうだっ!!」
なんて堂々と断言されるのでしょう……。清々しいまでの変わりっぷりに思わず吹き出してしまいました。
「ぷふっ」「クッ」
ケンゾーは表立って笑う訳にもいかず、唇を噛みしめ、どうにか堪えていますわ。
「んっ、コホン!と、とにかく、今は愛らしくても、コカトリスはかなり大きくなる。その時に人を襲うことがないよう、しっかり躾けるのだよ」
「「はいっ!」」
父様の容赦のない眼力に押され返事をしてしまいましたが、無作為に人を襲うような魔物に育ってしまったなら、私達の責任です。
「とうさま。そのときは、わたくしもせきにんをおいます」
「ごしゅじんさま。わたしもせきにんをおいます」
「……それは、この雛を手にかけると言うことだね」
「は、はい。そういうみらいがこないよう、せいいっぱいしつけます」
「はい。人をおそわないよう、しつけます」
想像しない……想像したら駄目だ……。しっかり、しつけて、そんな未来が来ないように頑張るしかない……。
父様の頭の上で気持ちよさそうに眠るレグルスを見て、固く誓います。
◇ ◇ ◇
レグルスの一件も落ち着き、和気あいあいと朝食をいただきました。
今朝のメニューは、昨夜の残り物のシチューとトロトロのオムレツ、料理長が持たせてくれたパンを軽く焼いたものです。
時短の為に簡単メニューになりましたが、一頻り運動?した後だったので最高の味に感じました。
「はぁ~くうふくはさいこうの、スパイスよねぇ」
「言ってるいみは少々わかりませんが、空ふくにしみこむ、おいしさです」
ケンゾーは、トロトロのオムレツを頬張り、目を閉じ感動しています。
日本特有の言い回しだったのかしら?言ってる意味は一緒なんだけれどね。
「本当に、どうなる事かと思いましたよ……やっとご飯が食べられた……」
「本当よね、親子喧嘩が勃発したときはどうなる事かと、思ったけれど丸く収まって良かった……ご飯も美味しいし」
「(ガツガツ、ゴックン)」
旅を始めて、2日目で親子喧嘩?ですものね。
ごめんなさい。
アルノー先生は無心でご飯を掻き込んでるし、余程お腹が空いてたのね。
「うむ、美味しい。ルイーズは本当に料理上手だな。嫁には行かさないが━━」
父様はうんうんと頷きながら、ご自分で仰ったことに納得しているようです。
まあ、今は嫁に行くことなんて、考えてないので良いですけどね。
「ところで、このあとしゅっぱつしますが、つぎのまち『スルス』にはたちよるのですか?」
大幅に遅れて、昨日は野営になったけれど、次の町『スルス』には、温泉があるそうなのです♪
この世界に来て、初めての温泉ですよ。
「宿泊は出来ないが、少し見てまわるくらいなら、立ち寄っても構わないよ」
「とうさま、ぜひ!おんせんにつかりたいのですっ」
手を重ね祈ります。神頼みならぬ、父様頼みです。
「じゃあ、そうしよう。本当におねだりしている時のルイーズは愛らしいな━━」
いつものツボにはまった父様が私に頬ずりをしようと屈んだ瞬間、レグルスが落ちてきました。
【ぴぃぃぃぃ】
「おっと!あぶなっ!とうさまぁ~、レグルスをあたまにのせてるんですから、じちょうしてくださいね。もうすこしでシチューにドボンでしたわっ」
頬を膨らませてぷんすかしていると、リョウブさんが「もう少しで共食いするところでしたね」と………。
「「【…………】」」
カラン
「いやぁぁぁぁーーー」「うわぁぁぁぁーーー」【ぴぃーーーー】
シチューの椀を落とした後、私とケンゾーとレグルスの悲鳴がこだまします。
「とう、と、と、とうさまっ!シチューのお、おにくはっ、コ、コカトリスなんですかっ??」
「イヤイヤ、違うから、シチューの肉は普通に鶏肉か、ウサギの肉だから、落ち着きなさいっ、苦しいからっ」
「…………ほんとう?」
「ゴホゴホっ、ああ、本当だ。大体、侯爵家に魔物の肉が食卓にあがることはない!!これは、断言できる」
「「よかった~」」【ぴぃ~】
青い顔をして一生懸命、吐こうとしていたケンゾーも、話を理解しているのか、一緒にパニックになっていたレグルスも、父様の襟首を掴み詰め寄っていた私も、落ち着きました。
失言したリョウブさんは『このバカタレがっ!!』と、カリンさんから痛そうな拳をもらっていました。
今回ばかりは、同情しませんよ。
おかしいな?予定ではスルスの町に行って、温泉でのんびりしているところまでのはずだったのに……