27話
闇に潜む影が2つ。
息を殺し、焚火の前に座る人影を警戒する。
野営の見張りをしているその者は大きく欠伸をして、消えそうになる篝火に薪を追加した。
瞬間、炎が弾け見張り番は大きく体を反らし、一瞬の油断を生んだ。
「いまよっ!!」
「はい」
その小さな掛け声と共に、闇に潜む影は走り出した。
木々の隙間を潜り抜けた先、月夜に照らされ、きらきらと輝く湖面を目指す。
闇を疾走するのは、なかなかに骨が折れる。
木々の隙間から、月の光が漏れているとはいえ、漆黒に彩られた木を避け、足元に伸びる根を飛び越えねばならない。
「だいじょうぶ?」
「はい」
「もうすこしよ。もうめのまえに、キラキラとひかっているこめんがみえてるわ」
「はい」
幻想的な風景が二人を出迎えてくれる。
「ついた~~」
「はい」
大きく息を吸い、2人は呼吸を整える……。
「ここまでくれば、ひとあんしんね」
「そうですね……ついせきもされていないようですし、一安心かと」
ルイーズです。
いつもと違うタッチで脳内解説してみました。
今、野営地に近い湖のそばに来ています。
本当は『スルス』という村に着く予定だったんだけれど、アルノー先生の『馬車暴走事件』で大幅に遅れ、今夜は野営をすることに。
夕飯に鶏肉?らしきものを使ったシチューを作り、皆を満腹にさせた後、日中の汗を流すため、カリンさんと湖に水浴びをしました。
うん?パンツ?!ええ、バッチリチェック済みです。
紐パンでした。サイドを結ぶタイプのもので【とっても経済的だわ】と感動してしまいました。
だって、私のパンツで10枚は作れそうなんだもの。
しかし、この世界にゴムはないのだろうか?私のかぼちゃパンツも、父様のパンツもジョゼのパンツも、もれなく紐を通して固定するタイプなのです。
母様のパンツチェックはしていません。まあ、父様のパンツも今回の旅で見たのが初めてなんだけれどね。
令嬢は洗濯物に触れることはないのですよ。ジョゼのパンツはトイレトレーニング中に見たのですわ。
パンツの話はさておき、カリンさんと水浴びして、この世界で初めての遊泳をしました。
前世では平泳ぎと立ち泳ぎ、潜水くらいしか出来なかったのですが、クロールもバタフライも出来ました♪なんて、スペックの高い体なんでしょう~
あっ、バタフライの影響でお魚がプッカリ浮いたのは内緒ですけど…………証拠隠滅で小さな火を焚き、焼き魚をおやつにしました。美味しかったよ…………。
これからも、どんどん鍛えてアニメやゲームでしか出来ないような技を繰り広げる所存です。
ちなみに、泳いでるとカリンさんに褒められ、ついつい泳ぎを伝授してしまいました。
この世界の人間は泳ぎと言ったら、潜水や平泳ぎなのだそうです。
バタフライを教えたのですが、カリンさんはお魚をとることが出来なかったので悔しそうにしていました。……そういうのが目的の泳ぎだったっけ?
「おじょうさま?」【ぴぃ~ぴぃ~】
「あっ、ごめんなさいね。すこし、かんがえごとをしていたわ。ひよこちゃんもごめんね」
そうです。
会議をするため、私はケンゾーとひよこちゃんを連れ、湖に来たのでした。
袋に入れてきた乾燥トウモロコシを粉末状にしたものと干し肉を細かくしたものをひよこちゃんの前に差し出します。
肉食なのか、雑食なのかわからなかったのでこのチョイスになりました。
ふやかしたほうがいいのかな?食べにくそうにしたら、ふやかしてみましょう。
ツンツン━━
干し肉を美味しそうに頬張っています……食べにくそうには……していないわね。良かった。
トウモロコシの粉をひよこちゃんのくちばしの前に置くと【ぷぃ】そっぽ向きました……肉食なのかな?
様子を見ながら食べるものを選んでいくとしますか。
「とりあえず、おにくはすきなようね」
「そのようですね……色々なやさいやくだものも食べるか、ためしていかないといけませんね」
「そうね…………ふふ、ほんとうにかわいいわぁ」
「はい。ついばむすがたがあいらしいです」
「では、おそくなるまえに、ひよこちゃんのなまえをきめてしまいましょうか」
「はい」
ひよこちゃんの名前会議を開きます。
このひよこちゃんがなんの生き物かが、ハッキリしないけれど……それどころか、雄か雌かもわからないけれど……名前を付けるとしますか!
「ぴよこ、ぴよたろう、ぴよのすけ」
「シリウス、カペラ、アルタイル」
「ん?ほしのなまえよね……」
「そうなのですか?……いぜん、おじょうさまの机の上で見つけた紙にかかれていたものから、はいしゃくしました。ひびきがよかったもので……」
そうだ!前世の記憶を呼び起こし、紙に書いたのだったわ。
なんで、そんな事をしたのかって?
天体観測は趣味ではなかったけど、青く光る星を見つけて、気になったのが始まり。
本当に、青なのよ!めちゃくちゃ青!
似たような星座があるのかと思って書き留めたのはいいけれど、星に関する書物がなくて……頓挫したわ……。
決して、探すのが飽きたからではないわ。
「いいひびきよね~では、つづけましょうか。ぴよみ、ぴよか、ぴよし」
「デネブ、アルナイル、プロキオン」
「ケンゾー、よくおぼえてるわね」
「おほめにあずかり、こうえいです」
「ぴ、ぴ、う~ん、ぴのつくなまえ……あ、ぴーなっつ!ぴくせる、ぴらにあ……って、ぴらにあは、だめだわ……うん、と……ぴ、ぴ、ぴらみっどっ!」
「リゲル、アンタレス、レグルス」
【ぴぃ~ぴぃ~】
「「レグルスっ!!」」
【ぴぃ~~~】
ひよこちゃんが『レグルス』で反応したわ。
レグルスはしし座だったよね?!うん、いい名前だし、このよくわからない尻尾もそれっぽくていいんじゃないかな。
ひよこちゃん改め、レグルスは名前が気に入ったのか、ケンゾーの頭の上に飛び乗ってぴぃぴぃ鳴きながら飛び跳ねてるわ。かわいい~
「では、なまえもきまったし、おそくなりすぎないうちにもどりましょうか」
「はい。さあ、レグルスかえろうか【ぴぃ】ようし、いい子だね【ぴぃー】レグルスは、ぼくの言ってることがわかるんだね【ぴぃぴぃ】なんて、かしこいんだろう【ぴぴぃ】しばらく、きゅうくつな思いをするかもしれないけど、がまんするんだよ【ぴ、ぴぃ……】」
なんか、会話が成立してるわっ!!
ケンゾーは『レグルス』って名前を囁きながら、慈しむように撫でてるし……。
今は、生まれたばかりだから良いけど、しつけの時に過保護になりすぎないようにしなくちゃ。
ケンゾーは要注意ね。
行きは走りましたが、帰りはゆっくり会話しながら、歩きます。
「そういえば、きになったのだけれど……レグルスは、ばしゃのけいほうそうちにひっかからなかったわよね……」
「はい。生き物がちかづくと、けいほうがなるはずでしたのに……中で生まれたからでしょうか?!」
馬車の中で生まれた瞬間、鳴ってもおかしくはないのに、警報が鳴らなかった。
それは……まさか………。
「おじょうさま?」
「いやなかんがえをしてしまったわ……」
「どういったかんがえですか?」
「いいにくいのだけれど……レグルスはたまごのときに、しょくざいとしてのったでしょう?だから、うまれたあともばしゃがしょくざいのひとつとして、かんちしているのかと……」
「……」
「へんなことをいってしまってごめんね……」
可愛いレグルスを食べるなんて想像するのも嫌だけれど、馬車の警報装置に関してはそう認識せざる得ない。
「……いえ、だとうかと思います。まだ、ほんの小さな生き物なのでそうかんちしたのかもしれません。かりに、生きた魚を馬車にのせると、けいほうがなるでしょうか?」
「……そうか、そうよね。しんせんないきたさかなを、ばしゃにつめこむことだってあるわよね……そうかんがえると、レグルスにはんのうしないのもうなずけるわ」
「ええ、ほかにも考えられるのは。走行中にとびこんでくる虫などに、はんのうしないようにするためでしょうか……」
「うんうん。それもかんがえられるわね……でも、ちいさないきもののおおきさって、どれくらいなのかしら?」
ひよこの成長は早い……行きの一か月の間にそれなりに大きくなってしまうわ……。
途中で、反応してしまったら父様にバレる……。
「……大きな魚をとってきて、どれくらいの大きさならはんのうするか、ためしてみましょうか」
「そうね!あすのあさに、みずうみでさかなをとってくるわ。おおきめのぎょえいもみかけたから、そのさかなをとってきて、ためしてみましょう」
「はいっ!」
・
・
・
「ケンゾーしずかにね……レグルスはケンゾーのふくのなかにかくれて」
「はい……【ぴぃ】」
馬車の傍まで戻ってきました。
見張りをしているリョウブさんに気取られないよう、ゆっくり馬車へ近づきます。
「お帰りなさい」
「ひっっ!!」
「っっ!」
「えらくゆっくりでしたね。お腹でも壊したのですか?」
「…………」
「あ、すみません。侯爵家のご令嬢にする質問ではありませんでした……」
「いえ、だいじょうぶよ」
篝火から目線を外さず、会話を続けるリョウブさん……ってか、気付いてたのっ!!
私とケンゾーは観念して、リョウブさんの隣に腰かけます。
「リョウブさん。わたくしたちが、どこかにいくのをきづいてたの?」
「もちろん!それくらい気付かないと、……お、あ、……旅など出来ませんよ」
あちゃ~
「それで、お腹の具合は悪くないのですか?」
「ええ、おなかはだいじょうぶよ」
「具合が悪かったら、言ってくださいね。俺、薬を作るのが得意なんで、いろいろ持ってますよ」
そういって、鞄の中から紙に包まれた物や瓶詰されたものを取り出し、見せてくれました。
「これ、ぜんぶがくすりなんですか」
「そうですよ。これは……腹痛でしょう。こっちが傷薬に、これは虫刺され……止血剤に……えっと、あ、これは足の疲れを癒す湿布ですね。打ち身にも効きます」
「ほお、すごいわ。すごいです。そんけいしますわっ!」
「いやぁ、尊敬だなんて━━」
ニマニマしながら、むっちゃ照れてますわ。
「あの、リョウブさん。ぼくにやくそうのちしきをおしえていただけませんか?」
ケンゾー?アルノー先生の講義も一緒に受けてるし、薬草に関して、それなりに知識があるはずなんだけれど、真剣な表情で、リョウブさんに伺っています。
「ケンゾーくん……師匠って呼んでくれたら、旅の間だけになってしまうけど、教えてもいいよ」
「リョウブししょう」
「ケンゾーくん……」
がっつり互いの手を握り、見つめあっています。
師弟愛でも生まれたのでしょうか?
「それにしても、どうしておしえをこうの?」
うん、薬草の知識はあった方がよいけど、回復魔法もあるのに。
「それは、まんがいち……そうぞうしたくもありませんが、おじょうさまが『かいふくまほう』を使えないじょうたいになったとき、ひつようかと思いまして」
「あ、そうよね。わたくしのいしきがあるときはじぶんで『かいふくまほう』が、つかえるけど……そうでないとき…………うん、ケンゾー、ありがとう」
自分の意識がない時の事まで考えてなかったわ。
その思いやりがすごく嬉しくて、リョウブさんと握り合ったままのケンゾーの手を握ってブンブン振ります。
「ほんとうに、ありがとう。たくさん、まなんでわたくしをたすけてね」
「もちろん。おじょうさまが気をうしなうほどのけがをされたときは、とびおきるほどにしみるくすりをぬってさしあげますので、ご安心ください」
ケンゾーは不敵な笑みを浮かべています……
「し、しみるのっ?いや~~~~」
「クスッ。では、なるべくけがをされないように、きをつけてくださいね」
「は~い……きをつけます……」
シュンと項垂れると、柔和な笑みを浮かべるケンゾー……怪我ばかりして心配かけているのは自覚しているのです。
「うんうん。いいね。良い主従関係だ」
「リョウブさん。わたくしたち、しゅじゅうかんけいではありますが、しょうらいのたびのパートナーなんですよ」
冒険者になった時、互いに背中を預けられる関係になろうと切磋琢磨しているんだもの。
「旅のパートナー?ルイーズ様は、旅をするんですか?」
「ええ、しょうらい、せかいをまわるぼうけんしゃになるんです。ね、ケンゾー」
「はい」
「へぇ、でも、侯爵家の令嬢がいいの?侯爵様に反対されたりはしないんですか?」
「もちろん、とうさまにうちかつひつようがございますが……いちげきでもいれられたら、ぼうけんしゃになってもよいと、おっしゃっていますし。……もうすこしなんですわっ!もうすこしで、ふいうちができそうなのです……ね、ケンゾー」
「はい……さまざまなしゅだんをもちいていますが、あと一歩というところでしょうか……しかし、あと一歩が大きい」
本当に悔しそうな顔をするわね。
そうよね……2人がかりで挑んでも、2人で宙を舞っているんだものね……。
「あといっぽが、なかなかにむずかしいわ……」
「あの、隙が全くない侯爵様に、一撃ですか……しかも、あと一歩ってっ!一体何を目指してるんですかっ!!」
「「ぼうけんしゃ」」
綺麗にハモった私たちの返答に、リョウブさんが笑い、つられて私たちも笑顔に……。
直後、その笑い声で、目を覚まされた父様に『早く寝なさいっ』と、馬車に引きずられて行くのだった。
あああああ、もう少し、お話ししたかったのに~