23話
「ぐっ!これまでかぁ……」
手に持った着替えを床に放り投げ、溜息を吐くルイーズです。
旅の荷造りをしているのだけれど、思う様に荷物が入らない……。
鞄は通学用サブバッグくらいの大きさで、そのままでも2泊3日くらいの旅なら十分な物。
アイテムボックス……容量が小さいのでアイテムバッグですね。に、変化させて、約3倍の容量を得ましたが、着替えは詰め込めませんでした。
う~ん、どうしましょう。
お忍びで行くから荷物は極力減らすようにと父様が仰っていたのよね。
『サクラ公国』の使者の方が乗っていらした馬車に同乗して向かうとの事。
お忍びの旅にピッタリな忍び装束も、師匠が『忍び装束をこの国で着る分には構わない』と意味深な事を仰っていたので、メインで着る服はカンフー道着にしました。
道着は少々汚れてても気にならない濃い色合いのものにしましたし、数着持って行けば事足りるとして、下着の替えはそれなりに持って行きたいのよね。
この世界のパンツって嵩張るのよね~はぁ……。
洗濯が出来れば、もう少し減らしても良いのだけれど……。
洗濯できる場所ってあるのかしら?川?
川で洗濯して、どこで乾かすの?馬車の外?レディのパンツがヒラヒラなびく……(ぶるぶるっ)
まって!
馬車はイメージだけれど、帆馬車よね?!
使者は2人と聞いたから、馬車はそれほど大きくはないと予想して……。
定員ギリってところよね?!
みっちみっちの馬車の中で洗濯物を干す場所なんて、ある?ないわよね?!
もし、干す場所があったとしても……。
帆馬車の中で皆の目に晒されるレディのパンツ……(ぶるぶるっ)
許容出来ない案件よっ!
乾燥機のような物はないのっ?
いえ、魔道具があったとしても、この荷物だけでも入りきらなくて困ってるのに、これ以上増やせないわ。
それならば、シーツのような物で囲って温風をかける?
イメージは浴室乾燥機……囲う布を引っかけるのに、ロープも必要よね。ロープは後で侍女に用意してもらうとして、程よい温風が出るか、試してみましょう。
私室のバスルームに行って、パンツは……ないから、タオルを水で濡らして、タオルハンガーにかけて……。
程よい温風だから、風魔法をメインにして……って、ん?熱を発生させるにはどうするんだっけ?
炎だと、タオルは焦げちゃうよね。熱伝導率の高い金属を熱して風を送る?お鍋とか、フライパンしか思い浮かばないけれど、荷物は増やせないので却下ね。
ん~、空気を圧縮すると熱が発生するって聞いたことがあるわ。
まずは、空気を圧縮して固定、熱が発生したら、熱を送るような感じで風魔法を使う。闇魔法と風魔法で出来るかしら。
熱くなったお好み焼き屋の鉄板に扇風機の風を送るようなイメージしかわかなかったけれど……。
鉄板の前で食べるお好み焼きって美味しいのだけれど、暑いのよね。
久しぶりにお好み焼きが食べたくなってきたわ。
今世では、お好み焼きを食べてないのよね……だって、お好みソースがないんだもの。
どうにかして、作れたらいいのだけれど……。
熱いお好み焼きをハフハフしながら、冷たいビールをキュウっと流し込む。最高よね♪
S社のキリッとした飲み口のビールと、K社の霊獣が描かれてるビール……飲みたいわ~この世界にビールはあるかしら。異世界転生ものでよくあるのは『エール』?……お酒が飲める年になったら、飲み比べしてみましょう♪
いけない!また思考が脱線してしまったわっ!
とりあえず、温風の実験を進めましょう。
魔法を練ります。闇魔法で空気を包み、圧縮します。
────魔法が発動され、空中で輝く球体が出来ました。
最初は鉄板をイメージしたのだけれど、全体を圧縮するとなると、球体をイメージしちゃうわね。
まあ、いいわ。って、これって熱くなってるのかしら??
っっ、あつっ!
良い子の皆さん!熱いものに触れる時は、気を付けましょうね。
「は~い!」
……、一人遊びはこれくらいにして、風を送ってみましょう。
────風魔法が発動して、タオルの方へ流れます。
パタパタと揺れるタオル。
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軽く絞ったとはいえ、厚みのあるタオルが短時間で乾きました!所要時間10分くらいでしょうか。
パンツだともっと時短出来そうだわ。
洗濯ジワは……許容範囲ね。洋服だと気になるけど、パンツだもんね。少々のシワくらいじゃ動じないわ。
────ゴソゴソ
「ふう~」
パンツの枚数を半分にしたわ。
いえ、まって!……水場がないと野営も出来ないでしょうし、宿には水があるし、毎日洗濯が出来ると仮定しても、3枚のパンツでイケる??……いやいや、旅先で洗濯できないor破けた等を想定して、予備に2枚増やして5枚にするわっ!
これで、パンツ問題は解決したわね。
野営をするとして、寝袋も作った方が良いかしら?冒険者の方ってどんな風に寝てるのかな……。
想像だと、毛布に包まって寝てるイメージだけれど。
石とかゴロゴロしてたら、背中とか痛くなりそう。クッション性は必要よね。
背中に硬めの芯材を入れて、寝袋を作ろうかしら。
アニメとかだと、野営中に魔物が襲ってきたりするわよね。この世界も、魔物が出ると仮定して、手足が自由に動かせる寝袋がいいわよね……。
上下が繋がっているスキーウェアみたいなもの……いいわね♪
あと、旅に必要なもの……食事?……。
食事は、父様にお任せしましょう。
う~ん、他には……石鹸と歯ブラシでしょ、ヘアブラシに髪をまとめるリボンも必要よね。
私……まだ、幼女で良かったわ。
これである程度の年齢だったりすると、基礎化粧品とお化粧道具も必要になってくるのよね。
この世界のお化粧品、母様が使用している物をみたけれど、ゴチャゴチャと装飾されていて、とても嵩張る物ばかりだったわ。
前世の世界の様に、シンプルな容器に移し替えたり、小旅行用の小さなものってないのよね。
女性冒険者の方ってどうしてるのかしら?
機会があったら、聞いてみるのもいいわね♪
あと、囲い用の布でしょ、ロープ、裁縫道具もあった方がいいわね。
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侍女にロープを分けてもらって。
荷造り再開よ。
………………。
入ったわ!!余裕で荷造りが出来たわ!!
寝袋を用意して詰め込んだとしても、スッカスカよ!!
やはり、パンツの嵩張り具合は半端じゃなかったわ。
◇ ◇ ◇
荷造りを終え、階下に降ります。
これからが正念場よ!
そう、ジョゼに旅に行く事を告げる時がやってきたのです。
早朝鍛練の後に告げようかと思ったのだけれど、挫けました。
ジョゼは初めての剣術の稽古に大喜びしていました。
そんな笑顔を曇らせる事を告げるなんて……私、には……無理……。
ジョゼは幼いながらも、太極拳もマナの練り方も上手で、初回と言う事で走り込みも3周にしましたが、まだまだ体力に余裕があるようでした。
剣術は……小さな木剣の素振りだけにしましたので、才能は未知数です。
すでに、あの愛らしい姿の中に『攻略対象キャラチート』が隠されているのでしょうね。
(ゴクリ)
出来れば、連れて行きたい。出来れば泣き顔は見たくない。笑顔で送り出されても辛い。
そんな複雑な乙女心が交差します。
母様と寛ぎお茶を飲んでるジョゼ、なんて愛らしいのかしら。
まだ熱い飲み物が苦手だから、一生懸命『ふうふう』しているわ。
あっ、目があった。
覚悟を決めて、対面に座ります。
「あっ、ねえしゃま~にじゅくりおわったの?」
えっ!?
「ふふ。母様がジョゼに話したのよ」
母様は、言い難かったのでしょう?とウインクをしています。
「ありがとうございます……」
けれど、あっさりしたジョゼの言葉に少々ショックを受けました……。
いいえ、泣き顔よりはいいわね。
「ええ、にづくりはおわったわ」
「ねえしゃまと、とうしゃまはだいじなごようじで、ちばらくるしゅにするのでしょ?」
「いっしょにいきたかったのだけれど、こんかいはおるすばんしていてね。るすのあいだ、まいあさ『たいきょくけん』のみにして、けんのおけいこはおやすみしてね」
私がいない時に、木剣を振り回して怪我でもしたらと思うと、気が気じゃないわ。
すると、ジョゼは頬を膨らませて抗議します。
「むう~、ねえしゃまがいないときは、けんのおけいこできないの?かあしゃまが、みてくれりゅっていってたのに?」
「えっ!かあさま、そうなのですか?」
「ええ。今日、ルイーズに教わった事くらいなら、私が見て付き合う事は出来そうだから、そう提案したのよ」
今日のメニューだと、見て監督するくらいなら危なくはないわね。
「それでは、よろしくおねがいします」
私がそう告げると、母様は「ええ、任されましたわ」と言い微笑まれました。
「ね、いったどおりでしょ。ほんとうは、ねえしゃまもとうしゃまもいないのは、しゃみしいけれど、ぼくもはやくちゅよくなって、ねえしゃまたちについていけりゅようになりゅためにがんばりゅの」
ジョゼは、言いたい事を一気に言えた満足感か、少し誇らしげです。
こんな小さいのに早く強くなって、旅に同行したいですって!!なんて頑張り屋さんなのっ!
私は我慢が出来ずに、ジョゼに抱きつきます。
「ジョゼ~~なんて、がんばりやさんなのかしらっ!ねえさまはとてもうれしいわ」
「ねえしゃま、くるしいの~」
少し抵抗して手足をバタつかせながらも笑顔のジョゼを見ていると、複雑な乙女心なんてどこかに吹き飛んで行ってしまいました。
この笑顔を守る為に、頑張って来ますね。
◇ ◇ ◇
私室で寛いでいると、足音が聞こえてきました。
「おじょうさま、たたいまもどりました」
鍛練の後、師匠に呼び出されて出かけていたケンゾーが戻ってきたようです。
「おかえりなさい。ししょうのようじはすんだの?ししょう、しんけんなようすだったから、だいじなおはなしだったのでしょう?」
「大事な話といえば、そうなのですが……そうでもなかったような気もいたしますし……」
なんだろう……ケンゾーは首を傾げて、考え込んでいます。
「どうしたの?むずかしいおはなしだったの?」
厳しい特訓メニューを開示されたとか?……それだったら少し羨ましいかも……。
「すわってもよろしいですか?」
「どうぞ」
ケンゾーはお茶の用意をして、対面に腰掛けました。
「…………人さがしをたのまれました」
「ひとさがし?……でも、やしきにつとめているケンゾーにひとさがしなんてできるの?」
常に私と一緒にいて、自由に屋敷の外に出る事も出来ないケンゾーに人探しが出来るのかしら?
あっ!『サクラ公国』に行くから、そちらで人探しをするのね。
「サクラこうこくにいったときに、さがしてほしいじんぶつがいるのね」
「いえ、このヨークシャー王国で人さがしをしてほしいとたのまれたのです」
「どんなじんぶつをさがすように、いわれたのかきいてもだいじょうぶ?」
「……それが」
ケンゾーは言い難い事なのか、再び考え込んでしまいました。
「いいにくいことなら、きかないでおくわ。こまらせるつもりはないもの」
「そういうわけではないのです。……さがし人には心当たりがあるのですが、じっちゃ……いえ、ししょうがどういった意図でその人物をさがしているのか、そのあたりがふとうめいなのです。それを、おじょうさまに申しあげていいものか、はんだんにまよいまして……」
「さがしびとには、こころあたりがあるのね……う~ん……」
話をまとめると……師匠が探している人は、ケンゾーに心当たりがある。
師匠の意図が不透明だから、私に話せない?……これだけでは、全く意味がわからないわ。まとめようにもまとまらないわね。
「ねえ、ケンゾー。こころあたりのあるじんぶつについて、わたくしにかんけいがあるひとなの?」
「……かんけいがあるかどうか───」
バンッ!!!
「ルイーーズ!!」
「「…………」」
勢いよくドアを開ける音とともに父様が息を切らせて入ってきました。
「驚いたのかい?いや~父様はやったぞ!外に出てみなさい」
驚きのあまりケンゾーと私は言葉を失っていました。
父様の勢いも手伝って、まだ一言も返答が出来ていません。
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・
無言のままの私とケンゾーを両脇に抱え、父様は屋敷の門の前まで連れてきてくださいました……。
……。
「あの、とうさま?じょうきょうがりかいできないのですが……」
「ほら!見てみなさい!父様は頑張って、馬車を用意したんだ」
満面の笑顔で胸を張り、外に停めてある馬車を見る様に促します。
「ばしゃですわね」
父様が自信満々に仰るほどの馬車なのかしら?見た目はごく普通の帆馬車です。詰めたら10人ぐらいは乗れそうですが……。
「ふっふっふっ。普通の馬車に見えるだろう!これは、陛下の秘蔵馬車だ」
「ひぞうばしゃですの?これが?」
「見た目に惑わされてはいけないよ、ルイーズ。この馬車が秘蔵であるには、訳があるんだ」
陛下秘蔵の馬車で、中に秘密があるって……父様、もったいぶり過ぎです。
「とうさま、ひみつをおしえてくださいませ」
「ふふ、ルイーズはせっかちだね」
「あっ、だんなさま、おかえりなさいませ」
放心していたケンゾーが、思い出したように挨拶をしましたわ。
まだ、状況が掴めていないのね。
「ああ、ただいま」
そう返事をした父様は、私とケンゾーの手を引き、馬車の中に乗り込みました。
「どうだ!」
「「…………」」
「「すごいです」」
すっすごいわこの馬車!外観は変哲もない帆馬車なのに、中はキャンピングカーの様になっているの。
簡素ながら寝台が3つ、簡易キッチンにトイレもあるわ。
えっ?えっ?どうなってるの?
大きさの辻褄が合わないわ。
「とうさま、これどうなってるのですか?なかのほうが、ひろくなってるようにかんじるのですが」
「ハッハッハ。これはね、魔法省の技術が結集した馬車なんだ。陛下がお忍びで視察に向われる際、王家の馬車だと目立つし、普段の民の暮らしぶりを見る事が出来ないと仰って、魔法省に作らせた秘蔵の馬車なんだ。これを、交渉して借りる事が出来たんだ!!愛娘も一緒に行くのに、不自由な思いをさせてなるものかと、陛下に直談判してきた父様を褒めてくれ!そうそう、防犯面も安心で、眠る時や馬車から離れる時にこの魔道具を起動させておけば、不審な人物が近づいた時に大きな音が鳴るらしい」
ちょ、ちょ、ちょっと待った!!魔道具を起動させようとする父様の手にしがみつき止めます。
「とうさま。じゅうたくがいでのおおきなおとはめいわくになりますし、ジョゼやかあさまがおどろいてしまいます」
「そうか……母様やジョゼを驚かしてはまずいな。これは街を出てから試すとしよう」
シュンと項垂れる父様を元気づける為に、褒めちぎる事にします。
「とうさま。すごいですわ、こんなばしゃにのってたびができるなんて、ゆめのようです。とうさまありがとうございます。さすが、わたくしのだいすきなとうさま♪」
そう言って、満面の笑みを浮かべると、父様は「ルイーズーー」と言いながら、私を高く持ち上げ振り回します……目が回るので、やめてください……父様……。
そうれはそうと、さっきから無言のケンゾーはどうしたのかしら?まだ父様の勢いと馬車に驚いているのかしら?
「ケンゾー?」
私が呼ぶと、考え事をしていたのか、ハッとなっています。
「だんなさま、すばらしい馬車ですね」
腕を組み馬車を眺める父様は「そうだろう」と短く返答をして、ケンゾーの方へ向き直ります。
「あの、だんなさま。あとで、ごそうだんしたいことがございます。お時間をいただけますか?」
「うん?では、夕食の後に時間を取るから執務室の方へ来なさい」
「かしこまりました」
うん?相談事ってなんだろう。
さっきまで話していた人探しに関する事かしら?
私への不満って事はないわよね……?
ケンゾーの顔を覗き込むと、私には言えない事の様で、目線を外されました。
私に関係する事だったらその内、話してくれるでしょう。待ってるわ。