其の参
PCのご機嫌斜め(@_@;)
頼むから、壊れないで……
『サクラ公国』を発ち、ひと月余りが過ぎた頃、カリンとリョウブは『ヨークシャー王国』へと辿り着いた。
道中、大したトラブルもなく辿り着けたのは、幸運とも言える。
邪神の力を内に秘めた少年とおババ様が眠りについた後、遺跡周辺の森の瘴気は払われた。
瘴気に触れた動物や魔物は狂暴化し、樹木は毒と化す。
樹木は浄化によって、新しく芽吹き以前の様子を取り戻すのだが、瘴気に触れ狂暴化した動物や魔物は、散り散りに去っていった。無作為に暴れる為に……。
◇ ◇ ◇
『ヨークシャー王国』へ辿り着いた二人は、貴族街の門の前に来ていた。
「すみません。『マティス・シバ男爵』の屋敷を教えていただけますか?」
冒険者の格好をした二人が男爵家に訪問する理由を探ろうと、強い口調で門兵は聞き返した。
「どのような用件で男爵家に訪問する。身分を証明する物は持っているか?見たところ、この国の者ではないようだが、どこから来た」
「男爵家に嫁がれた奥方様とその父親であるカツラ様の同郷の者です。上司から、元上司であるカツラ様に渡すようにと手紙を預かってきております。身分は──」
と言いながら、リョウブは『サクラ公国』で身分証明にと持たされた木札を見せた。続けてカリンも木札を取り出し門兵に見せる。
隠密部隊の者は、表立って証明出来る物が必要な時に、木札を持たされる。書かれている身分は、その時々で異なる。
今回は、王城にも足を運ぶため、近衛騎士となっていた。
「『サクラ公国』の近衛騎士団の方ですかっ!ご苦労様です。男爵家まで、私が案内いたしましょう」
木札を見た門兵は、一転して目を輝かせ、好意的になった。
それもそのはず、門兵という仕事は、騎士団に入ったばかりの新米が多い。
他国であろうと、近衛騎士団の者と聞けば、腕に覚えありの強者ばかりを想像する。
新兵にしてみれば、憧れの象徴なのだ。
そんな門兵の言葉に、カリンとリョウブは(豹変しすぎ……)(初々しいわね)など思いつつ返事をする。
「この場を離れても宜しいんですか?」
「そうね。案内してくれるのは助かるのですが……」
「大丈夫です。もう一人詰めておりますので」と言いながらピシッと敬礼する門兵。
そんな門兵の様子を見つつ、断わる理由も思い浮かばず案内してもらう事にした二人であった。
「「それでは、よろしくお願いします」」
門を抜け、広がった光景に二人は目を見張った。綺麗な石畳に、芸術品の様な街灯。落ちているゴミもなく、美しく装飾された馬車が行き交う。
騒がしすぎず、静かすぎず。さすが、貴族街といったところだろうか。
「綺麗な街並みですね……」
貴族街を歩くリョウブがそういうと、
「そうでしょう~この辺りは、宰相であらせられる『ハウンド侯爵』様の屋敷が近いですからね。清掃にも力が入っているようです」
と、先導していた門兵が答えた。
屋敷付近の清掃は、屋敷に仕える者が行う。
主が外出の際、気分の妨げにならぬように、そして屋敷に訪れる客人をもてなす意味合いも含まれている。
離れた場所にありながら、ひと際目を引く美しい屋敷に2人はしばらく魅入っていた。
「美しく見事なお屋敷ですね……」「あれが、宰相様のお屋敷ですか……」
「宰相様は、剣の達人でもあるのですよ。宰相様に憧れて稽古をつけて欲しがる人間も多いのですが、さすがに恐れ多くて……」門兵はそう言いながら苦笑いを浮かべ、続けて「私も一度でいいので稽古をつけて欲しい人間の一人です」と言った。
「剣の達人ですか……一度、手合せを願いたいわね」
カリンも剣の達人と謳われる腕前を持っている。
同じ剣の達人と名高い宰相に興味を持つのは仕方のない事だろう。
しかし、手合せの想像をして、だらしなく緩んだ顔を見たリョウブは、溜息をつく。
「カリンさん。酷い顔になってますよ……(はぁ、これだから戦闘狂は)」
「っっ!ひ、ひどいってなにがよっ!」
顔を真っ赤にしたカリンが問うと、さらっと流すようにリョウブは言った。
「顔ですよ……」
ゴスッッ!!リョウブの左脇腹に、カリンの蹴りが命中する。
「グフッッ!────」
新米の門兵は、他国の近衛騎士2人を止める術などないのだ……と、苦痛にのた打ち回るリョウブを見守るのだった。
◇ ◇ ◇
貴族街の中心から逸れ、しばらく歩いていると、宰相宅に比べ敷地は広くないが、重厚で趣のある屋敷が見えてきた。
「こちらが、シバ男爵のお屋敷でございます」
門兵はそう言うと、ノッカ―を叩いた。
「こちらのお屋敷には専属の門兵はいないのですか?」
素朴な疑問とばかりにリョウブが問うと、「そうですね。伯爵家や侯爵家程の敷地になりますと、門兵を置いたりしますが、男爵家や子爵家でしたら、腕に覚えのある従者や執事などで対応しています」と、案内してくれた門兵が答える。
そんな話をしていると、屋敷の奥から初老の男が出てきた。
「いらっしゃいませ。どちら様でしょうか?」
「お客人を案内いたしました。こちらの奥方様と同郷の方だそうです」
門兵がそう伝え挨拶をすると、続けてカリンとリョウブも挨拶をする。
「初めまして。『サクラ公国』より参りました、リョウブと申します」
「初めまして、カリンと申します。こちらのお屋敷にいらっしゃる『カツラ』様宛に、上司より文を預かって参りました」
「さようですか……門兵の方、お客人を案内して下さりありがとうございます。さあ、お客人は中へどうぞ」
初老の男がそう告げると、案内してくれた門兵は一礼し、本来の任務へと戻って行った。
屋敷の中に案内されたカリンとリョウブは、侍女の持ってきたお茶を飲み寛ぐ。
長旅で疲れた体に染み渡るお茶の美味しさに、人心地ついた後、リョウブは向かいに座り、同様に寛ぐ初老の男に疑問に感じた事を聞いた。
「あの、突然来訪した者の素性も確かめず、屋敷にあげても宜しいのですか?」
「はあ?貴族街の門の所で、素性確認されただろ。まあ、名前も素性もその時々で変わってるだろうがな……とりあえず木札を見せてみろ」
カリンとリョウブは、唐突に口調の変わる男に驚きつつも、木札の事を詳しく知っている者と言えば、元上司である『カツラ』本人だろうと当たりを付ける。
「「カツラさんですか?」」
二人はそう言いながら、木札をカツラに渡した。
「ああ、カツラだ。しかし、近衛騎士とはな……」
カツラは木札を見て、思案する。
(貴族街に来る為だけに、近衛騎士の木札か?いや、それだと過剰な役職になる。他に何か重要な案件があるのか?)
尊敬する上司、ヒイラギが『最も信頼する元上司』であるカツラを前に、二人は『サクラ公国』式の挨拶をする。
床に座り、手を付け頭を下げる。
「はじめまして、リョウブです」「はじめまして、カリンです」
カツラは故郷の挨拶を見て、懐かしい気持ちが湧きあがり、苦笑いを浮かべた。
そして、二人にソファに座るように促し「詳しい話は、夜でもいいか?これから用事があって出かけなきゃならんのでな」と、外出する事を二人に詫びる。
「帰りは遅くなるのですか?」
出直した方良いかと思いリョウブが聞く。
「ああ、暗くはなるだろうな」
カリンは、それならば「では、先に宿とか取りに行く?」と提案した。
二人は、ヨークシャー王国に着き、宿も取らぬままこちらに来たのだ。
「おいおい、家に泊まればいいだろうが。何を遠慮してるんだ」
故郷の話を肴に酒を飲もうと画策していたカツラは、侍女を呼び、二人を客室に案内する様に告げた。
「「お世話になります」」
ハモって礼を言う二人に、笑みをこぼすカツラだが、約束の時間が差し迫っていたので、慌てて仕度を始める。
侍女に促され、部屋を出ようとしたリョウブが、まだ日も高いし王城へ行こうかとカリンに提案する声がカツラの耳に届いた。
「王城だあ?おババ様から文でも預かったのか?」
王城へ赴くには、それなりの理由があるのは知っている。それゆえカツラは驚愕した。
「はい。本来の役目が文を届ける事なので」
「気になるが、時間がない。帰ったらゆっくり話してくれ。それと、身だしなみは整えて行けよ。王城まで、屋敷の者に案内させるように伝えておくから、準備が整ったら屋敷の者に声をかけろ」
カツラは矢継ぎ早にそう告げると、出かけて行った。
◇ ◇ ◇
侯爵家へ向かう馬車の中で、カツラは文について考えていた。
おババ様が、文を出すのは稀である。公国の王が代替わりした折に出すか、見張っている遺跡に異変が生じた時以外に出すことはない。
(おババ様の文を王城へ届けるって事は、良くない事が国で起こってるって事か……だから、近衛騎士の木札を持たされたのか……)
◇ ◇ ◇
長旅の疲れと汗を流す為、湯浴みをし『サクラ公国』の正装となる着物に身を包んだ二人は、男爵家の従者に王城へ案内してもらった。
男爵家の従者の口利きで、スムーズに話が通り、謁見の許可が出た。
カリンとリョウブは、王城に勤める騎士に案内され、通された個室の絢爛さに居心地の悪さを感じる。
「ちょっと、豪華すぎませんかね……うっかり触って壊したら……(ぶるぶる)」
「見て、リョウブ。この茶器……華奢すぎて……持ったら壊れそう……(ぶるぶる)」
何一つ壊してはまずいと考えた二人は、不動の構えを貫くのだった。
◇ ◇ ◇
相変わらず宰相の執務室で寛ぐ陛下もとに、サクラ公国の使者の来訪が告げられた。
「公国よりの使者か……すぐに参る」
(当主の使者ならば凶報、公王の使者ならば交易、どちらだ……)
「陛下。顔色が優れないようですが、いかがいたしました?」
宰相は、難しい顔で思案する陛下に声をかける。
「うむ。アベルよ、サクラ公国の使者なんだが、ルイーズに関係する事かも知れぬ。共に来るか?」
「は?なぜ、サクラ公国の使者と、愛娘ルイーズが関係あると思われるのですか?」
森と遺跡の監視については、宰相ですら知らない。ヨークシャー王国では国王、魔法省のトップのみが受け継がれ知らされる。
サクラ公国では、歴代の当主、隠密部隊の者のみが知らされる。
今回の使者がどちらにせよ、宰相抜きで話を進めるのは得策ではないと考えた陛下は、共に使者に会うよう命じる。
「承知いたしました」
宰相は、腑に落ちないながらも了承し、使者の待つ部屋へと向かうのだった。