21話
「「「ふぅー」」」
ズズズ……。
とりあえず、師匠を無理やり座らせ、お茶を勧めてみました。
師匠は、お茶を飲み、お茶請けをもっそもっそと食べたら、少し落ち着いたのか、こちらの問いかけに答えてくれるようになりました。
「……2人ともすまない。故郷の、とある組織の制服に似てたもんだからよ。まあ、軽々しく話せるもんじゃないから、そこは聞かないでくれよ」
とある組織って何かしら?
秘密結社的な、なにか?……他国の暗部に触れる事になるのだったら、聞かない方が良いわね。
では、忍者装束を着てると『とある組織』の者と見做されるんじゃあ……。
まずいのかしら?
「とあるそしきですか……では、このいしょうですと、もんだいがありますか?」
「いや。似てるってだけで、問題があるわけじゃねえ。この国で着る分にはな」
この国では、問題ないけれど『サクラ公国』では、問題ありって聞こえるのだけれど。
冒険者として活動する時に着ようかと思っていたのだけれど、駄目なのかしら?
そんな事を考えていると、師匠がお茶を飲み干し、立ち上がりました。
「……それじゃあ、この話はここまでだ。茶を飲み終えたら、鍛練を始めるぞ」
「「はい」」
次の鍛練の時にでも、冒険者として、この忍び装束を着てもいいのか、問う事にしましょう。
◇ ◇ ◇
「剣術の鍛練に割り当てられた時間も残り少ない。今日は、ルイーズとケンゾーの力量を見るだけで終わりにしよう。まずは、木剣の打ち合いを始めっ!」
木剣を持ち、ケンゾーに向き合い、礼をします。
「「よろしくおねがいしますっ」」
木剣を構え、ケンゾーとの間合いを測ります。
ケンゾーは、腰に帯刀している構えを取っているので、居合斬りを放つようですね。
わざと、間合いを詰め、打ち込ませるとしましょうか。
一気に距離を詰めると。
「ハッ!」
ケンゾーの掛け声とともに、シュッ!と、風を切る音が聞こえます。
私は身を翻し、横一文字に放たれた剣技を避けます。
なかなかのスピードですね。父様ほどではありませんが。
次はこちらから参りますよ。上段の構えから、一気に木剣を振り落とします。
「たあっ!」
カンッ!
木剣同士がぶつかり合う音が響いた瞬間を合図に、一気に打ち合います。
カン、カン、カン、カン!
よしっ、体が温まってきましたっ!
ケンゾーも体が温まってきたのか、動きがスムーズになってきています。
カン、カン、カン、カン、カン!
なにこれ、楽しいわ♪
父様との打ち合いという名の、一方的な蹂躙とは違って楽しい~。
力が拮抗していると、こんなにも違うのね。
つい、楽しくて顔がにやけてしまいます。
ケンゾーも楽しいのか、にやけていますし。
でも、剣術の技量だけで戦うと、決定打に欠けるわね。
「ししょう~。けんぎだけをみるのですよね?」
アクロバティックな動きをしてもいいのか、師匠に聞いてみました。
その間も、ケンゾーとの打ち合いは続いています。
「ああ。でも、剣術の腕は同じくらいか……よしっ!魔法は禁止。それ以外は使ってもいいぞ」
はい、許可いただきました~。
「ケンゾー、いきますよっ」
私は大きく跳躍し、ケンゾーの背後にまわると、体を低くして、足元を狙いうちこみました。
「うわっ!」
少し驚いたようですが、ケンゾーは小さく飛び、躱します。さすがですね。
でも、今の攻撃はフェイントですよっ!
私は、某アクションゲームの技を体得済みなのですよ。
「ハアアアッ!!」
倒立した後、前方宙返りに踵落としで決めますっ!
ゴンッッ!!
「っったーーーー」
鈍い音が響き、蹲るケンゾー……咄嗟に頭は避けたので、肩に踵落としが決まってしまいました。
「それまでっ!」
師匠の終わりの合図を聞き、「ありがとうございました」と礼をした後、ケンゾーの元に駆け寄りました。
ケンゾーは目にうっすら涙を浮かべています。
「ケンゾー。だいじょうぶ?いま、かいふくまほうをかけるわね」
私はそう言うと、ケンゾーに回復魔法をかけました。
淡い光が、ケンゾーの肩を包み癒します。
「どう?もう、いたくない?」
ケンゾーは肩をグリグリと回しながら不調がないかを確かめ「はい。もう、平気です」と、ニッコリ微笑んで、返事をしてくれました。
「よかったわ~」
ホッと胸をなでおろします。
「しっかし、ルイーズは予想外の動きをするな。それは、侯爵様に教わったのか?」
「けんじゅつは、とうさまにおそわりましたが、いまのわざはちがいます」
……はい。これも、前世からのパクリです。
師匠に向かって、ニッコリ微笑んで、更なる追求を拒むことにします。
ニッコニコ、ニッコニコ……。
・
・
・
ようやく、師匠は察してくれたのか、ケンゾーに向き直ります。
「ま、まあ、いいか。ケンゾーは大丈夫だな?」
「はい」
「今日は、二人の動きを見た。次回からは、個々に合わせたメニューで、鍛練を始めるから、そのつもりで」
「「はい」」
個々に合わせるって、どんな鍛練になるんだろう。楽しみだわ♪
ついつい、嬉しさを隠せず、にやけ顔のままケンゾーに顔を向けてしまいました。
「ぷっっ」ケンゾーは、私の顔を見て吹き出します……。
な、な、なぜ笑ったっ!
「むうー」
「ぷっ……くふふ……(すぅ~はあ~~)ん゛、あ、いえ、すみません、おじょうさま。あまりにもうれしそうなお顔をされていらっしゃるので。笑ってしまいました」
オイオイ、なんなんでしょうかね。この満面の笑みは……。
少しだけ、イラッとするわ。
ムニーーーーーッ!
「いひゃいでふ」
イラッとしたので、条件反射で頬をつまんでしまった。
ムニムニ、ムニュー!!
「すひはへん」
もう少し、ケンゾーの頬をもてあそぼうとしたら、師匠が手をパンパンと叩き、こちらに向くように合図をしました。
私はケンゾーから手を離し、師匠に向き合います。
「はいはい。じゃれ合うのはそれくらいにしろ。今日は、客が来るから、帰らせてくれ。以上、解散っ!」
「「はい。ありがとうございました」」
お帰りになる師匠を見送り、屋敷へと戻って行く最中、ケンゾーが私に話しかけてきました。
「おじょうさま。今日は負けてしまいましたが、私はおじょうさまをお守りするため、強くなります。次は負けませんよ」
いつもと違う真剣な表情のケンゾー。
「ええ、たのしみにしていますわ。そして、わたくしよりつよくなって、まもってくださいね」
「はい、お約束いたします」
ケンゾーは従者ですものね。どんなことがあろうとも、私を守ってくれる気概でいるのでしょう。
その気持ちはとても嬉しいです。これは、ケンゾーには言えませんが、私もケンゾーを含め、みんなを守りたいのです。ですから、互いが腕を磨き、互いに背中を預けられる様に、切磋琢磨しましょうね。
◇ ◇ ◇
屋敷に入ると、嬉しそうに笑顔を振りまいたジョゼが駆け寄ってきました。
「ねえしゃま~~けんじつのおけいこはおわったのでしゅか?」
「ええ。さきほど、おわったわ」
はぁ~、舌足らずなジョゼは、本当に愛らしいわ♪
私は、ジョゼを抱き上げクルクルと回ります。
ジョゼと身長差はあまりないけれど、クルクルすると大喜びするのよね。
「きゃははっ、ねえしゃま~もっと~」
クルクル、クルクル──
さて、目が回ってしまう前に、ジョゼを下します。
「はい、おしまい。またクルクルしましょうね」
「はい、ねえしゃま。あにょね、ねえしゃま、おはなしがありゅのでしゅ」
ジョゼが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら言います。
「うん?では、あちらのソファにすわって、おはなししましょうね」
ジョゼの手を繋ぎ、ソファまで移動すると、母様が座っていらっしゃいました。
「かあさま。ただいまもどりました」
母様に挨拶をして、向かいに座ります。
「お帰りなさい。剣術の鍛練はどうでした?」
母様に、今日一日の出来事を大まかに説明する事にします。
まあ、大したことはしていないのだけれどね。挨拶をして、お茶を飲んで、ケンゾーと模擬戦闘をしたって事を掻い摘んで話しました。
「まあ、ウフフ。楽しかったようですわね」
母様は微笑んだ後、ジョゼにお話をするのでしょう?と、ジョゼを促します。
「あにょね、ねえしゃま。ぼくもけんじつのおけいこをしゅることになったのでしゅ」
ジョゼはそういうと、エヘンと胸を張ります。ああ~可愛いわ~♪
得意げなジョゼは、少しキリッとしてて、なんて愛らしいのかしら……。
剣術の稽古を始めるだなんて…………。
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はっ?へっ???剣術の稽古???存在するだけで、心に活力が湧いてくる程の愛らしさを持つジョゼが?剣術の稽古ーーーーーー??ぷにぷにの可愛い手で、無骨な木剣を持つのーーーっ!!
「かあさま、ジョゼ。わたくしは、ききまちがいをしたかもしれませんので、もういちどおっしゃっていただけますか?」
ジョゼは少しポカンとした顔をして、もう一度話してくれました。
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「やはり……ききまちがいでは、なかったのですね……ジョゼが、けんじゅつを……もし、けがでもしてしまったら……わたくし、わたくし……」
想像するだけで泣けてきます。
うぁ~~~~ん…………。
「ねえしゃま?ぼく、けがしにゃいよ~ぼく、いっちょうけんめーがんばうかりゃ、なかにゃいで」
ジョゼがそう言いながら、小さな手で頭をナデナデしてくれます。
ぐすん、姉様ですものね……。
もう、泣かないわ。
「ありがとう、ジョゼ。ねえさまは、もうなかないわ。……でも、かあさま。ジョゼには、はやすぎませんか?」
「旦那様の提案なのよ……ルイーズ、貴女が剣術の鍛練を始めたのは3歳を過ぎた時だったけれど、訓練所で魔法の練習をしたりしていたのは、いつからだったかしら?」
「2さいになるまえです……」
「そうでしょう。ですから、ジョゼも早すぎるという訳ではないのですよ」
私は、体は幼児でも、頭は大人ですよ……心も体も幼児なジョゼに、無茶はさせたくないのです。
「ルイーズ。明日から、剣術の師として、ジョゼを頼みますよ」
「へっ?わたくしが、ジョゼのししょうになるのですか?」
「ええ、これも旦那様からの提案です。まずは、身体作りから始めて、剣術に移って行くようにとの事です」
「ねえしゃまがししょーにゃの?へへへ、たのしみだね~」
「ええ、たのしみね。…………かあさま。わたくし、ジョゼのために、がんばりますわっ!」
私がジョゼの師匠になるのだったら、怪我などしない身体作りをして、剣に慣れさせる事が出来るわね。
ゲームのジョゼは、剣術の才能が確かにあったわ。
後は……魔法剣ね。風と火、これを纏わせた剣技が得意だったはずよ。
可愛いぷにぷにの肌を痛めない様、細心の注意を払って、鍛練しましょう。
可愛いジョゼの為に、カンフー道着と忍び装束を縫わなくてはっ!!
こうしちゃいられませんわっ。
「かあさま、ジョゼ。わたくしは、しばらく、ししつにこもるので、しつれいいたします」
そう言った私の手をガシッと捕まえる母様……。笑みが怖いのは、何故?
「ルイーズ。私室にこもり、ジョゼの道着を縫うつもりですわね。その・ま・え・にっ!もうじき、旦那様もお帰りになりますわ。家族揃って、お食事にしましょう。部屋にこもって軽食で済ませようなんて考えてはいけませんわよ」
「……はい、かあさま」
料理長にサンドイッチでも作って貰って、部屋にこもろうかと思ったのに……。
母様、お見通しでしたか……。
「ねえしゃま、しかられちゃったね~ぼくが、なでなでしてあげりゅ」
しょぼ~んとしていると、ジョゼが手を繋いできて、慰めてくれました。
「ありがとう、ジョゼ」
はあ~癒しだわ。温泉に浸かり、森林浴をして、滝の側でマイナスイオンに包まれているのかと、錯覚するほど癒されるわ。
そんな癒しを堪能していると、父様がお戻りになられました。
「とうさま、おかえりなさいませ」「旦那様、お帰りなさいませ」「とうしゃま、おかえりなしゃいましぇ」
それぞれが挨拶をすると「ああ、ただいま」と、覇気のない声で父様は返事をなさいました。
執務が忙しいと仰ってましたし、お疲れなのでしょうか……。
「……ルイーズ。食事の後に、執務室に……いや、訓練所に来なさい。大切な話がある」
「はい、とうさま」
大切なお話とはなんでしょう?
屋敷の執務室ではなく、訓練所へと仰るのですから、人には聞かれたくないお話なのだと言う事は、想像できます。
悪いお話ではないといいのですが……。