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楽しい転生  作者: ぱにこ
23/122

其の壱

 『ヨークシャー王国』と『サクラ公国』の国境にある山間部に、どの国にも属さない森がある。

 過去、邪神を封印した土地でもある為、両国が協議のもと、人が足を踏み入れぬよう両国の監視下に置かれることとなった。

 その森に、異国情緒溢れる服を身にまとった者が歩いていた。

 年長者である40代半ばの男、あどけなさの残る10代の男。

 そして、この森には恐ろしく不釣り合いな格好をした20代の女の3人だ。

 

「やはり、これ以上は瘴気が強すぎて進めん……」

 年長者である男が、憎々しげに遺跡のある方に目線を向けて言った。

「隊長。やはり、おババ様に報告しに帰った方がいいんじゃないですか?」

 事の深刻さを感じさせない口調で、青年は提案する。

「はあ?おババ様に報告するにしても、もう少し調査してからよっ!」

 青年に肘打ちしながら女が声を荒げる。

「グッッ!!イテテッ……何をするんですかっ!」

 目に涙を浮かべながら、女に抗議をする青年。


「二人ともやめろ。──それより、足元を見てみろ」

 年長者の男が2人にそう告げると、2人は足元に目をやった。

「……これは、最近の足跡ですね。……複数人が揃って遺跡の方へ向かってますね」

「……う~ん、それにしては変ね。向かってのはわかるけど、戻った形跡がないわ……」

「…………遺跡で何かが起こったという訳か……瘴気が濃くなった時期は?」

「えっと、報告によると、数日前という事しかわかってないようですよ」

「深く森に入るのは禁止されてるから、詳しい日にちはわからないわね」


 その後、3人は森を隈なく探したが、めぼしい収穫もないまま、帰途についた。


 ◇ ◇ ◇


 『サクラ公国』にある神社の様な建物の中で、3人は『おババ様』に謁見を申し出て、準備が整うのを待っていた。


「しっかし、『カリン』さんのその着物、森に行くには過激すぎやしませんか?」

 退屈しのぎとばかりに、青年が口を開く。

「何言ってんのよっ!女はいつでも美しく、可憐でなくてはならないのよ」

 女の名前は『カリン』、21歳になったばかりで、いつも花魁の様な着物を着ている。

 身に纏う着物に、かなりの重量があるにも関わらず、身のこなしも、剣術の腕も、国でトップ5に入るほどだ。


「重量級の着物で、あの剣技ですからね。……筋肉バッキバキ──」

 ──ドスッ!!

 青年が言い終える前に、カリンの拳が鳩尾に打ち込まれた。

「っんとに、早死にしたいようね。乙女に筋肉とか~あるわけないじゃないっ!この華奢な腕を見てみなさいよっ!」

「……華奢って……剛腕の間違い……」

 目に涙を浮かべ、尚も悪態を吐こうとする青年に、カリンは正義の鉄拳だとばかりに拳を振り上げるが、年長者の男に拳を受け止められた。

「もう、いい加減やめんかっ!『リョウブ』は口が過ぎるぞ。カリンは場所をわきまえろ。拳を振るっていいのは戦場いくさばと道場と決まってるだろ!」

「『ヒイラギ』隊長、すみません」「隊長すみません」

 不承不承ながらも、場所を弁えて謝罪するカリン。


 隊長に叱責され、項垂れる青年の名前は『リョウブ』、19歳。

 薬学に精通しており、湿布薬から腹痛の薬、傷薬、毒薬までも作り出す才能と、気配を消すのがうまく、情報収取に役立つことから、組織に勧誘され、入隊したばかりの新人だ。

 

 『ヒイラギ』と呼ばれる年長者の男は41歳で、『サクラ公国』の隠密部隊の隊長をしている。

 隠密部隊は『おババ』様の護衛が平時の役目だが、緊急時には、情報収集をし、一度ひとたび戦場に赴くと鬼神が如く戦う、特殊部隊である。

 飛びぬけた才能のあるものだけが入隊する事が許されるその部隊は、総勢20人程で、実力は各国も一目を置いているほどであった。


 口論になるのが目に見えているので、口を噤む3人を呼ぶ声が聞こえた。

 狩衣を身に纏い、神主の様な格好をしているが『おババ』様の従者をしている者の正装になる。

 

「当主様の準備が整いましたので、こちらへ」


 従者に促され、板を張り巡らされた廊下を移動すると、巫女装束を身に纏った女が二人左右に正座をしている。

 巫女装束は『オババ』様の侍女をする者が身に纏う正装なのだ。


 引き戸の前まで来ると、従者が来客を告げる

「当主様。ヒイラギ様、カリン様、リョウブ様がお越しになりました」

「通しなさい」

 その返答を聞き、巫女装束を身に纏った侍女が、引き戸を左右に開け、3人を通す。

 板の間に掘り炬燵のようなテーブル、床の間には掛け軸を飾っており、奥には着物を身に纏った老齢の女が座って、お茶をすすっていた。


「おババ様、お時間を割いていただきありがとうございます」

 床に座り、手を付け、ヒイラギが代表として挨拶をする。


「まあ、こっちに座りんしゃい。お茶でも飲みながら、話を聞こうかの」

 促されるままテーブルを囲み、座布団に腰を下ろす3人に侍女がお茶を持ってくる。


「さて、報告を聞こうかの。その顔からして、あまり良くない状況の様じゃが……」

 出されたお茶を飲み、人心地ついたヒイラギが口を開く。

「はい、報告します。……遺跡付近は瘴気が強すぎて、踏み込めませんでしたが、近づける範囲で捜索してまいりました」


 おババ様は、報告を聞き厳しい顔つきを一瞬浮かべたが、話を続けるように促す。


「遺跡付近の森の中に、複数人と思われる足跡が、遺跡へ向かって伸びているのをみつけました。行き先を詳しく探る為、辺りを隈なく捜索しましたが、戻ったと思われる足跡も見つからず、瘴気の濃くなった時期を織り交ぜ考えますと、その足跡をつけた集団が関与し、まだ遺跡に留まっているのか、予想外の事態に巻き込まれたかと推測いたしました」


「……ふーむ。最悪の事態も想定しておかねばならんかの」

 報告を聞き、懸念されていた事態を想定し、対策を練る事にした。

 おババ様はしばらく考えた後、待機している侍女へ書くものの用意をさせ、文をしたため始めた。しばらくして筆を置くと、おババ様はヒイラギ達に向き直り、命を下す。


「わし自ら行くとしようかの。ヒイラギは、瘴気の強くなった所まで同行。カリンは目立たぬ恰好をして『ヨークシャー王国』へ使者として、この文を渡してこい。リョウブは万が一のことを考えて、カリンと共に行け。よいの?」

「「「ハッ」」」

 3人はおババ様の命を聞き、頭を下げ返事をする。

 カリンとリョウブは、文を受け取り退室した。


 2人を見送り、残ったヒイラギは、おババ様に尋ねる。

「やはり、邪神復活の線が濃いとお考えですか?」

「うむ。そう考えるのが妥当だろうのう……」

「おババ様の力で、どれくらいの時が稼げましょうか?」

「異世界の巫女の血は、どんどん薄れていくのでのぉ……わしの代になると……10年は保たせたいと思ってはおるのじゃが」

 

 『サクラ公国』

 数百年前、異世界より召喚されし巫女は、見事邪神を封印した。

 しかし、再び邪神が復活する懸念を孕んだまま異世界へと帰る事を躊躇われ、この土地に留まる事を選んだ。

 そして、巫女の子孫は代々邪神の監視、及び封印する役目を担っているが、血は薄れ、当時の巫女程の力は残っていない。

 

 不安が残るおババ様だが、2年前『ヨークシャー王国』の使者から受け取った文を思い出す。

 異世界の記憶を持つ少女がいると。

 その少女の記憶によると、時系列が異なっておる為、異世界では過去に起こった出来事だが、この世界では未来に訪れる出来事になると。

 その少女が16歳になった時、再び異世界より『巫女』が召喚され、その少女の弟達が奮闘する事により、邪神を退けると……。

 その少女は、5歳を迎えたばかり……。

 結果、11年は時を稼がねばならない……。

 深い思考に囚われていたおババ様は、強い決意を秘めた面差しで、ヒイラギを見つめる。


「ヒイラギよ。わしの持つ力を全て注ぎ込み、邪神を足止めするぞ」

「おババ様の決意は尊いものと思いますが、お体の方は──」

 ヒイラギは、おババ様の決意に感銘を受けたものの、それ以上に老齢の身が心配だった。だが、おババ様は心配無用とばかりに、発言を遮った。

「心配するでないわ。まだまだ、若い者には負けん体力も残っているわい。巫女の力を注ぎ込んだとて、死ぬわけではないしの。再度、封印を施せと言われると……無理だろうがの……」

「おババ様……」


 おババ様は11年後、自分の身に何かあった時、巫女を導く役目をヒイラギに引き継がせようと考えた。

 ヨークシャー王国より届いた文の話をすることで、ヒイラギの不安も拭えると思ったのだ。


「ヒイラギよ。これから言う事は、ここだけの話にするのじゃよ」

「ハッ」

「これより11年後、再び異世界より『巫女』が召喚される」

「っは?」

「うむ。そういう顔をするのは、想定内じゃ」


 おババ様は、文の内容を一通りヒイラギに伝えた。

「それで、おババ様は全ての力を注ぎ込み、11年は保たせたいと考えたのですか……」

「そうじゃ。今は健康じゃが、11年後となると、どうなっておるのかわからんでの。わしの代わりに、巫女の導き手として、同行してくれてもよし、助言を与えるもよし。頼んだぞ」

「ハッ」

「それと、おぬしが心から信頼する者であれば、この事は言って良いからの」

「ハッ」


 前線で戦う者に、約束された未来はない。

 そう考えたおババ様は自身同様、引き継ぐ者の裁定も委ねるのだった。


「しかし、わしの元気なうちに、異世界の記憶を持つ少女とやらに会ってみたいのぉ……」

 異世界の習慣が根付いた国、この『サクラ公国』を見た少女はどんな顔をするのか。

 異世界より齎された食に舌鼓を打ちながら、書物でしか知りえないご先祖様の住まった世界の話を、聞きたいと願うのだった。


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