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楽しい転生  作者: ぱにこ
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月喰の章

ダークなお話になっています。残酷描写ありとさせていただきました。

 新月の夜。

 人が足を踏み入れるのを拒むように、その遺跡は深い森に覆われている。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々は(かす)かな月明かりを通さず、また、内に秘めた闇を逃さない。

 闇を生物は好まない。

 光という加護があるから生物は生物足り得るのだ。故にその森の中はどこまでも静かだった。

 闇が(うごめ)いた。

 否、それは宵闇より尚暗かった。

 闇より尚暗い闇は、点滅するように、現れ、また消えてを繰り返した。

 遺跡へと足を踏み入れたそれは、人間には理解できぬ呪言めいたものを(うな)されたように口々に呟きながら尚も瞬転し、更に深くへと這入って行く。


 やがて遺跡内に火が灯った。

 (かそけ)く揺らめく松明は、粘質な闇を湛えた其処では太陽のようだった。

 場違いなほどに明るいそれは、少しも遺跡を暴くことはなかった。

 三尺程照らしたそれは、闇に潜む者共を照らし、彼らが人──あるいはそれに類するもの──であることを教えた。


 彼らはやがて立ち止まった。

 目の前にはひとつの祭壇があった。

 中心にいた背の低い影が、何か一言呟いた。

 彼らは、祭壇を中心に、螺旋状に設置された十三の大釜に火を灯していった。

 揺らめく火は、松明と変わらぬ動きをしているに拘らず、闇と親和していた。日と闇は相容れぬが、火と闇は甘美な融和を(もたら)すのやも知れぬ。

 灯し終えると、彼らは祭壇を取り囲むようにして立った。

 呪言が鳴り止む。

 太鼓が打ち鳴らされる。


 ドン、ドン、ドン──規則正しく鳴り響く。


 背の低い影が、祭壇へと歩いて行く。

 傍らに侍るのは背の高い影で、彼は何か重い荷物を持っていた。その荷物は両手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされていて、幾つもの痣が目立った。それはとてもよく暴れた。

 彼らが祭壇へ近づくほどに、太鼓の勢いは増して行った。祭りのようだった。事実、漆黒のフードから覗く彼らの口元は、一様に歓喜に歪んでいた。

 祭壇にたどり着くと、背の高い影は、荷物をその中心へ乱暴に置いた。

 荷物は縮こまって静かになった。


 背の低い影は、フードを取り除き、その顔面を晒した。

 その顔には掻きむしった跡のような醜悪な皺が幾重にも刻まれていて、瞳はどこまでも清澄(せいちょう)な若さをもっていた。

 老人が懐から一冊の本を取り出す。

 本は、皮を継ぎ接ぎ、中央に眼球のような宝石が埋め込まれていた。

 老人はその表面を愛し子の肌を撫でるように書物を開いた。


 イアイア、──

 掠れた声で呟く。

 それから、

 ──! ──!

 今度は歌うように、呪文を唱え始めた。

 ──! ──!


 祭壇を囲む他の影たちも続く。

 彼らは恐ろしい程熱狂的に己が神を讃えた。

 狂喜と期待が入り混じって、中には涙するものもいた。

 ただひとつ、祭壇の中心で(うずくま)る供物──ひとりの少年──だけは、その瞳に憎しみを宿していたが、それは精神的昂奮というもので、力を欲する少年もまた、祭りを興しているのだ。


(抗える力を──絶対的な力を──)


 少年の頬にある乾いた涙の跡は彼が供物になる以前の名残だった。


 老人が祭り上げる神の名を叫んだ瞬間、影たちの昂奮こうふんは臨界点を超え、幾人か倒れるものがあった。

 また、時を同じくして、遺跡内の闇が深まった。火が弱まったのではない。

 遺跡内に闇色の霧が立ち込めているのだ。

 そしてそれは供物の憎しみに呼応するように、意志を持って、少年の身体に吸い込まれて消えた。


「グアアアアアアアアアアアアアア」


 断末魔が(こだま)する。

 絶叫は影たちのざわめきとなって遺跡内に広がっていった。彼らは震えていた。

 成就の予感から来る昂奮か、或いは恐怖か。

 それでさえ彼らの瞳は、中心にある供物だったものへ捧げられていた。


 少年の緑の瞳が暗血色に染まる。

 少年を拘束していた縄が引き千切られる。


 少年の瞳に彼らが映し出される。

 『喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ────』少年の内に潜む何かがそう囁く。

 

 少年は彼らを憎んだ。

 父母のいない少年を甘言で惑わせ、拉致した彼らを。

 しかし、少年は力を得た。

 今なら供物として奉げられた己が身で復讐を果たせる。


 『喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ──』何かがまた囁く。


 ──次は彼らが、少年の供物へと奉げられるのだ。


 暗転。全ての灯が闇に掻き消えた。

 幾つもの悲鳴が闇を騒がしくする。しかし生物を好まない闇は、いつだって静かでなくてはいけない。

 だからその悲鳴は一瞬だけのものだった。

 先ほどまでの狂騒が嘘のように、あたりは森閑としていた。その中で足音が聞こえる──


 ひた、ひた──


 聞こえてくるそれは闇の様に粘質な液体にまとわりつかれ、滑稽な水音を立てる。闇は生物と相容れない。

 足音が不意に変わる。何かにぶつかったようだった。

 闇を歩く人影はぶつかった何かを軽く蹴飛ばし、また歩き出した。

 ぶつかったのは温かさの残る肉片だった。

 少年は祭壇に座り込む。

 次は何をしようか。

 少年は考えた。

 何を食べようか。

 肉を食うか心を食うか。肉はうまかった。けれど、肉はさっきたくさん食べたし、質に差がありすぎて、食べられないほど不味いのもあった。

 なら心か。

 けれど途中啜った男の心はすっぱくておいしくなかった。

 恐怖がいけないのだろうか、それとも肉と同じで心にも栄養があって、心が触れてきたものによって味に差が出るのかもしれない。……


 考えていると、少年の耳に擦過音が入ってくる。

 まだいたか。舌なめずりし、少年は音の方へ首を向ける。真上へ。

 少年はにやりと笑った。

 しばらくはここで過ごそうか。

 天井には無数の蠢くものがあった。

 少年はゆっくりと立ち上がる。

 外へ出るのはこれを平らげてからにしよう。

 

 闇は生物を好まない。


 なら闇を蠢くものと少年は、いったい何者なのであろうか。

 

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