18話
「みなさま、ほんじつは、わたくしのおいわいに、あつまっていただきありがとうございます」
うわ~、人口密度が高いわ。
色彩豊かなドレスの海、高らかに響く『ホホホ』の笑い声。
凄いね、侯爵家。凄いね、宰相の人脈。
肉食獣が獲物を見つけた様な目をしているよ。
逃げるのよ、ルイーズ!貴方は小さなうさぎさん。
肉食獣が、ジリジリ詰め寄って来てるわよ……。
本日、2度目の現実逃避に走るルイーズです。
「さあ、ルイーズ。挨拶回りに行くよ」
父様は、遠い目をしてる私に構う事なく、挨拶回りを促します。
「……はい。とうさま」
「まあ、まあ、愛らしいお嬢様です事。ホホホ」
「ルイーズともうします。ほんじつは、おこしくださりありがとうございます」
「流石は、侯爵家のご令嬢ですな。聡明そうで、美しくも愛らしい」
「ありがとうございます、ルイーズともうします。ほんじつはおこしくださりありがとうございます」
「本日は、おめでとうございます。私はーーーーーーーーーーーー」
「ありがとうございます」
ルイーズは、スキル『聞き流し』を覚えた。
「ーーーーーーーーーーーー」
「ありがとうございます」
………………。
……………………。
こんなやり取りを何度すれば、終わるのっ??
もう、ぐったりよ!!
「ほう、我に会わしたくないと頑なに拒むだけあるな。うむ、息子の嫁に来るか?」
「……?」
スキルのせいで、よく聞き取れなかった。
風格のあるイケメンなおじさんです。
私が言葉を発せずにいると、父様が怪訝そうな顔つきで、イケメンおじさんを見ています。
「アベルよ、そのように怖い顔をするな。ちょっとした提案ではないか」
宰相の父様に、気安く話しかける事が出来るイケメンさんは、何者なのでしょうか?
気になり、父様に目線を送ります。
すると、父様は『任せなさい』と言わんばかりに、私を後ろに隠し、小声でイケメンさんに話しかけました。
「陛下。なぜこの場にいらっしゃるのですか?」
へ、へ、へ、へいかーーーっ?!
王様?!
あわわわわーーー、落ち着くのよルイーズ!ご挨拶を、淑女の礼をするのよ!
でも、でも、陛下に発言の許可をいただいてないわっ。
私が、アワアワと落ち着きのない挙動に走ってると、父様が耳元で「落ち着きなさい、ルイーズ。今、追い返すからね」と、囁きました。
父様、その発言は臣下としてどうなの?
「それで、陛下。変装までして、いらっしゃった理由をお聞かせ願いますか?」
「いつも、いつも、お前から『愛娘ルイーズ』の自慢を聞いてるからな。会いに来た」
…………。
父様?『愛娘ルイーズの自慢』ってなんですか?
知らない所で、何を噂されてるんだろう?
父様に、発言の許可をいただけるか伺います。
「とうさま、へいかに、はつげんのきょかをいただいてくださいませんか?」
「ルイーズ、話さなくてもいいんだよ。君は私が、守るからね。母様の元に、避難していなさい」
「とうさま……そういうわけには、まいりませんわ。わたくしも、へいかのしんかなのです。こうして、あしをはこんでくださったへいかに、ごあいさつもせず、せきをたつことなんて、できませんわ」
陛下には、私の件でも、ジョゼの件でも、お世話になっていると聞いたわ。
また、邪神復活の件でも、お世話になると思うのよ。
良い印象を持っていただかないと。
「陛下。本日は、王として参られたのですか?それとも、友『フレデリック』として、来たのですか?」
「アベル。今日は友としてきた」
「では、息子の嫁という発言は、戯れですね」
「……」
「戯れですね」
「いや、ルイーズ嬢が、城に来てくれたら楽しくなりそうだなと、思ったのでな。戯れに言ったのではないのだが……ルイーズ嬢にその気がないのならば、致し方なし」
「愛娘ルイーズには、その気は全くなし!そうだろう、ルイーズ?」
えっ?急に話を振られました。
嫁って言ったよね、王子に嫁ぐって事よね。
もちろん、その気はないわ。
「ええ、とうさま。わたくしは、とつぐきもちはございません」
父様は、ほら見ろと言わんばかりに、陛下に目線を飛ばします。
「ルイーズ嬢、発言を許可するので、アベル越しではなく、直接話そうではないか」
陛下に、発言の許可をいただきました。
父様の額に青筋が浮いていますが、今は気にしないでおきます。
間接的に話されると、理解できない事がもどかしいのです。
「ハウンドこうしゃくがこ、ルイーズともうします。ほんじつは、ごたぼうにもかかわらず、あしをはこんでくださり、こうえいにございます」
私が淑女の礼とともに、そう挨拶をすると、陛下の口元が、にやけた様に見えました。
◇ ◇ ◇
会場の人混みの中で話す内容ではないと、父様の私室に移動しました。
「それで、愛娘ルイーズと話したい事とはなんですか?」
「この目で見たいというのが、一番の理由だな」
「では、用は済んだのですね」
「2番目の理由があってな。『あいすくりーむ』を食べたい」
父様と陛下は、お酒を嗜みながら、話始めました。
「あいすくりーむですか?ただいま、おもちしますね」
私は『アイスクリーム』を持ってくるように、待機している侍女に伝えました。
『アイスクリーム』を食べたいからと、変装までしてくるなんて……。
私と一緒で、食いしん坊なのかしら?
「ルイーズ、陛下の仰る『あいすくりーむ』も、言い訳に過ぎない」
「そうなのですか?」
「陛下は、前世の話を聞きにいらしたのだ」
「アベルにはお見通しだな。ルイーズ嬢、前世の世界が、どういう風だったのか、文化の違いなどを聞きに来たんだ」
こちらの世界との違いを話そうとしたら、思いつく限りでも、何日もかかるわ。
「こちらのせかいとの、ちがいですか……まず、まほうはありませんでした。そのかわり、かがくがはってんしていて、ちょうきょりのいどうには『じどうしゃ』や『ひこうき』、『でんしゃ』などをりようします。いどうしゅだんは、まだほかにもございますが……おもだったものとして、れいをあげてみました」
移動手段なんて、自動車にバス、自転車、バイク、飛行機にヘリコプター、電車や新幹線、持ち手を前に倒すと動き出すのもあるし、細かく分けるときりがないわ。
船も種類が豊富だし。
「魔法がない世界に住んでいながら、異世界人の『ちーと』というのは、なぜ起きるのだ」
「ひをおこすげんしょうひとつでも、こまかくぶんせきし、まなぶせいでしょうか」
「分析とは?」
「みずは、なにがあつまっているものか、かぜは、なぜふくのか。めにみえない『さいきん』とよばれる、ちいさないきものがおこす、やまいのことも……いせかいじんは、まほうがつかえないぶん、ちいさなことから、おおきなことまで、しりたいという、よっきゅうがあるのです」
大きなことって言ったら、宇宙よね~宇宙の旅とかしてみたかったわ。
「ふむ、実に興味深い。もう少し事細かく聞きたいが……今宵の主役が、いつまでも、席を外すわけにもいかぬだろう。近いうちに、城に来て話の続きを聞かせてはくれまいか?」
父様の、お顔の表情が険しくなりました。
「陛下、愛娘ルイーズの社交界デビューの日まで、お待ちください」
「後5年もあるではないかっ!……だから……息子の婚約者に……」
陛下は小さな声で、何かを呟いています。
社交界デビューは10歳になった時です。
この年で、城に訪問は出来ないのです。重要な案件でもないかぎりは。
そう、王太子殿下や王子殿下の婚約者の選定でもないかぎり……、あっ!
陛下は、私が王城に訪ねる事が出来る様に、王子殿下の婚約者にしようと……。
だから、父様は警戒されていらっしゃったのね。
「はあ、それで、嫁に来ないかと仰ったんですね。愛娘ルイーズの10歳になる時を、お待ちください」
父様は納得されたようです。
陛下は項垂れておりましたが、侍女が持ってきた『アイスクリーム』を召し上がると『美味い』と、感激して、明るい表情になられました。
人は、美味しいものを食べると元気が出るもの♪
◇ ◇ ◇
陛下とのお話は、長時間ではなかったものの、緊張して疲れました。
陛下は、会場の皆様がお帰りになる時まで、父様とお話をされるそうです。
うん、誰かに気付かれると、混乱を招くもの。
もうすぐ、ダンスの時間です。
パートナーである、フェオドールを探す為、会場を見渡すと「あっ、いました……」
令嬢に囲まれて、貼り付けた様な笑顔のフェオドールを、発見しました。
うわ~、あの中のフェオドールに話しかけるの?
小さな肉食獣の様な令嬢の間を、掻き分けて?
無理でしょう……。
よし!念を送ってみましょう(気が付いて、フェオドール!こっちよ!)
……。
こちらを向いてくれたら儲け物ぐらいに考えて、やってはみたものの、やはり無理ね。
手を振ってみましょうか?
ぴょんぴょん飛び跳ねてみる?
「おじょうさま……。命じていただけば、フェオドールさまをお連れいたしますが」
呆れた口調で、ケンゾーに言われました。
そうね、目から鱗だわ。
初めから、ケンゾーに呼びに行ってもらえば良かったのよ。
「そうね、おねがいします」
「かしこまりました。少々、おそばをはなれます」
ケンゾーは凄いわね。人混みをスルリと掻き分けて行くわ。
本当に忍者みたい。忍者の着物を作って着てもらおうかしら。
あ、フェオドールが脱出に成功したわ。
「フェオドールさまをお連れいたしました」
「ありがとう」
私はケンゾーにお礼を言って、フェオドールに再会の喜びを告げます。
「おひさしぶりです。フェオドールも、ごかぞくのみなさまもごけんしょうですか?」
「うん、ルイーズもひさしぶり。とうさまやかあさまも、おげんきだよ。ほんとうはね、ルイーズのおいわいに、かあさまもおいでになるはずだったんだけど、ちょうじかん、ばしゃにのるのは、おからだにさわるから、とうさまとぼくだけで、きたんだ」
「はくしゃくふじんは、おかげんがわるいの?」
「ううん。かあさまのおなかに、いもうとかおとうとがいるの」
ええ~っ、フェオドールに妹か弟が出来るって……。
「おめでとう~~フェオドールもおにいさまになるのね♪」
「えへへ、ありがとう。ほんとうにたのしみだよ」
ゲームの物語と違うけれど、素敵な違いね。
素晴らしいわ♪