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楽しい転生  作者: ぱにこ
117/122

75話

 燦燦(さんさん)と照り付ける太陽。

 白い砂浜。

 そこにポツンと座り、哀愁を漂わせ海を眺めるオレンジ色の髪をした人物。

 そう、それは。

 鬼の宰相と呼ばれ、横柄に街を闊歩する強者達をも泣かせるという国一番の剛の者。

 剣聖アベル、その人であった。

 

 なんてね。


 白い砂浜をザクザクと踏みしめ、そっと近付きます。

 ここで駆け出さないのは、父様から発せられる殺気を警戒しての事。

 いくら人の気配に鈍感な私でも、父様から発せられる殺気をモロに浴びると身を縮こまらせてしまうからです。

 そう成長期の私にとって、身の縮む思いは死活問題。

 将来、助けを求める人の前に颯爽と現れ、悪と対峙する格好良い私を演じる為にも、もう少し……いえ、もっともっと伸びて貰わねば困るのです。


 徐々に距離が近付くも、父様からは相変わらずの殺気。

 けれど、微動だに致しません。

 それは、父様にとって敵となる魔物も害する人物もこの村には居ないと認識しているが故なのでしょう。

 

 ……このまま、隣に行っても大丈夫そうね。

 私は安堵の息を吐き、父様の隣まで歩を進め、声を掛ける事に致しました。


「隣に座っても宜しいですか? 」


 ですが、父様は「ああ……」と空返事をするだけで、こちらを見向きも致しません。

 素っ気ないですわね。

 声や気配で愛娘が来たと気が付かないものなのでしょうか?

 それとも何か他に気掛かりな事でもあったのでしょうか?

 

「海が綺麗ですわね……」


「…………」


 無言ですか……。

 

「ここで、何をしてらっしゃるのですか? 」


「……娘を待っているのだよ」


 まさかとは思っておりましたが、本当に気付いていなかった様です。

 いくら意気消沈しているとはいえ、隣に座る愛娘に気が付かない父様には少々お仕置きが必要ですわね。

 私からは名乗らない事に致しましょう。

 

「その娘さんは海から参りますの? 」


「いや、森の方から来るだろう」


 そうとも限りませんぜ。

 私が開発した瞬間移動魔道具は位置に関する微調整が出来ず、森に突っ込んでしまう様なアバウトな代物なんですぜ。

 したがって、海からこんにちわもありうるのです。

 まあ、そんな代物で移動してきたとは露とも知らないはずなので、ここでウダウダと思考したところで栓無きこと。

 海を眺める理由でもお聞きしましょうか。

 

「では、森を見つめず、海を見つめているのは何故なんですの? 」


「……私が森を凝視すれば、村の者が怯えよう。ゆえに海を眺めて時間を潰しているのだよ」


「…………確かに。それだけ殺気を纏い、森を凝視すれば、村人のみならず魔物すら怯えましょう」


「……ふむ」


 そこは納得いたしますのね……。

 ここに来るまでは誰彼構わず、当たり散らしている様を想像していたのですが、まだ冷静さを失っておりませんでしたか。

 未だに、愛娘には気付いてくれませんがね。


「娘さんに会いたいのですね」


「ああ。今すぐにでも会いたい。今すぐ、愛娘の料理が食べたい」


「では、なぜ、愛娘が頑張って作り持たせてくれた料理を後先考えずに配ったりなさったのです? 」


「…………あれは、私の失策。愛娘への称賛が心地良くて、ついつい魔が差してしまったのだ」


「で、結果。禁断症状が出てしまったという訳ですのね……」


「ああ……愛娘はいつになったら着くのだ? 父様がこんなに焦がれているのに」


「愛娘は来ると言っておりましたの? 」


 私がそう問うと、父様はワナワナと震え、


「っ! 言っていないっ! まさか……来ない━━」


 ぐりんと振り向きました。

 目が合いましたね。


「来ておりますよ。父様」


 ニカっと笑い、そう告げると。


「る、る、る、ルイーズっ!! 」


 ガバッと抱擁。


「愛娘が来たぞーっ! 」


 と叫び、私を抱え砂浜を走り出したのでございます。



「愛娘が到着したのだよ」

 

 父様は村人さんを見つけるや否や、ぴたっと立ち止まり嬉しそうに報告なさいました。

 見知らぬ村人さんは手を休め、当り障りのない返事をして下さいます。


「ああ、それはようございましたね」


 お仕事中にお邪魔してしまい申し訳ありません。

 私は軽く会釈をし、自己紹介する事に致しました。

 

「初めまして、ルイーズ・ハウンドと申します。父様の小脇に抱えられているという奇妙な態勢でのご挨拶でございますが、ご容赦くださいましね」


「初めまして、私はこの村に住む『ボフミル』と申します。広大な海と魚くらいしかない村ですが、ごゆっくりなさってください。しかし、お嬢様が来てくださって本当に助かりました」


 ボフミルさんはそう言って、私に笑顔を向けました。

 助かったとはどういう意味なのでしょう?

 もしや。

 

「父様が何かご迷惑をおかけしたのでしょうか? 」


「迷惑と言う訳ではないのですが……」


 そう前置きして、ボフミルさんは今日あった出来事を話して下さいました。

 なんでも父様は、砂浜に座り込み海に向かって、一日中殺気を振りまいていたと言う。

 その結果、殺気にあてられた魚達━━小魚は気を失ってプッカリと浮き、大きめの魚は一気に沖まで泳いで逃げて行ったのだそうです……。

 

 ここで気になるのは、小魚の行方。


「小魚は回収されましたの? 」


「はい。ご覧の通り、大漁です」


 まぁ! 豆鯵くらいの大きさのお魚が大漁ですわ。

 小魚たちは気を取り戻したのか、ピチピチと体を跳ね上げております。

 

「干物に致しますの? 」


「生では食べきれませんからね……」


 気怠げに溜息を吐くボフミルさん。

 わかります。

 この量のお魚を捌き、塩を振り干物にするのは、さぞ骨が折れる事でしょう。

 

「後で必ずお手伝いいたします━━」

 

 父様から解放された後にねと告げると、心なしかホッとしたお顔をなさいました。

 ですが、すぐさま父様の様子を窺いつつ、


「宜しいのですか? 」

 と聞き返して参りました。


 転生してからお魚を捌くのは、初めてですけれど。

 昔取った杵柄、腕は衰えていないでしょう。


「はい。あ、父様の事はお気になさらずとも大丈夫ですよ。私が傍にさえ居れば、危険なこと以外許可してくださいますし。ね、父様」


「ああ、無論だとも━━おっ! 」

 

 父様はそう仰るや否や、再び走り出してしまわれます。

 本当に、唐突ですわね。

 私は、ボフミルさんに向かって、


「後で伺いますね~~」


 と告げ、大きく手を振りました。

 

「村長っ! 娘が来たのだよ。さぁ、ルイーズ。村長にご挨拶しなさい」


 次は村長の様です。

 ご挨拶しなさいと仰いますが、この格好のままですの?

 御相手は村長ですわよ。淑女として、地に足の着いた状態でご挨拶したいのですが……。

 父様に目配せするものの、笑みを浮かべるばかり。

 村長にも視線を向けますが、ニッコリ微笑んで私の挨拶を待っている様子。

 ……承知いたしました。

 

「初めまして、ルイーズ・ハウンドと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。そして、この様な格好でご挨拶申し上げる事をお許しください。後ほど、改めてご挨拶いたしますね」


「おお、これはこれは。愛らしい御息女でございますな。私はこの村の長を務めさせていただいている『ホンザ』と申します。なにもない村ですが、ごゆっくりお寛ぎくだされ」


 村長は、どこぞの亀の甲羅を背負ったお爺さんを彷彿とさせます。

 いえ、似ているのは白い髭とつるんとした頭皮のみなんですけれど。

 この海岸沿いの景色も相まってそう感じさせてしまうのでしょう。

 本当に、綺麗な景色━━


「あら? 父様、私達は何処に寝泊まりするのですか? 」


 海岸沿いに建てられた民家の数は少なく、宿屋の様な建物も見当たりません。


「ん? ルイーズは1人でここまで来たのか? 」


「いえ。護衛の冒険者の方1名と仲間達ですわ。ほら、あちらで砂遊びをしていますでしょう」


 フェオドール達は私と父様を待つ間、砂で山を作り遊んでいる。

 ふふ。なぜ子供って山を作りたがるのでしょうね。

 後で私も参戦いたしましょう。


「ふむ……私達も含めて10人か……村長、10人が寝泊まりできる場所はあるだろうか? 」


「……10人ともなりますと、バラバラで寝泊まりして頂くほかありませんのぅ……」


 村長は申し訳なさそうにそう仰います。

 ん? 10人?


「父様。9人ではありませんの? ルフィーノさん、イルミラさんと父様で3人。そして私達6人ですわよ」


「ああ、サクラ公国に立ち寄った際、ナギも同行したのでな。……あっ」


「ナギ? ナギも来ていますの?! 」


 ナギを誘おうとしたら、母様にしょっぱい顔をされてしまい、断念いたしましたが。

 父様と同行し、こちらに来ているのでしたら、なんの憂いもなく遊べますわ!


「これ、ルイーズ。ジタバタするでない」


 父様は一層力を籠めて、私の動きを封じます。


「父様ぁ~もう、いい加減解放してくださいまし~」

 

 遊ぶ時間が無くなるし、お魚を捌くお手伝いもしないといけませんのよ。

 

「侯爵様、そろそろ解放して差し上げたらどうですじゃろ? 」


 村長からの助け舟! かと思いきや。


「この年頃の子供は構い過ぎると、鬱陶しがりますからのぅ」


 先ほどまで意気消沈していた父様の傷を再びこじ開けた!


「る、る、ルイーズ……父様を鬱陶しがるのかい? 」


 瞳をウルウルさせ、恐る恐る問いかけてくる父様。

 私は、傷口を優しく閉じる様に語りかけます。


「私が父様を嫌いになったり、鬱陶しがるわけございませんでしょう。ですが、お休みは限られておりますし、そろそろ解放して下さると嬉しいのは確かでございます」


 3日しか休みが取れなかったからね。

 明後日には王都へ戻らねばならないのです。


「……仕方がない……遊んできなさい……それと、ナギの姿を見たら驚いてあげるようにね」


 父様は不承不承ながらも、ようやく解放してくださいました。

 しかし、ナギの姿を見たら驚くようにって、どういう意味なのでしょう?

 ま、いいか。


「父様。野営用の天幕は持ってきておりますし、私達は海岸で野営しますわ」


 寝る場所がなく、バラバラになっちゃうくらいなら、野営用テントで十分ですわ。

 こんな時の為、という訳ではございませんが、およそ2LDKくらいの広さがある野営用天幕『広々しているんです』をアイテムバッグに突っ込んだままにしといて良かった。


「なら、私も一緒に野営してもいいだろうか? 」


「父様もですの? ご一緒できるのは嬉しいのですが……冒険者の方もいらっしゃいますわよ? 殺気を振りまいたり、鋭い眼光で見つめたりしないとお約束して頂けます? 」


 私が仲良く談笑していたりすると、すぐ相手の方に睨みを利かせますからね。

 シモンさんの平穏の為にも、これは譲れない条件なのです。


「ちなみに、母様が個人依頼を出し、護衛に付けて下さった方ですのよ」


 ふふ。

 父様に怖い思いをさせられたとしても、シモンさんは何も仰らないでしょうけれど。

 念の為、母様の名も出しておきました。

 

「うっ……承知した……」


 効果てきめんですわね。


「それでは、父様。私は遊んで参りますわね。あ、そうそう━━これを渡しておきますわね」


 アイテムバッグ化したポケットから、お弁当と野菜たっぷりスープを取り出し父様にお渡し致します。

 お弁当の中身は、おにぎり、玉子焼きと唐揚げですわ。

 シンプルイズベストなのです。


「これは『オベントウ』ではないか! 私の為に作り持ってきてくれたのか? 」


 いや、海遊びした後で皆と頂こうと思って作ったお弁当なのですが。

 …………。


「そうですわ! 父様の為に心を籠めて作って参りましたの」


 正直に話す必要などありませんわよね。

 オホホホホ━━



 ◇ ◇ ◇



 村長のお宅の傍で天幕を張った私達は、只今お着換え中なのでございます。


「ルイーズぅ、本当にこの格好で海に入りますの? 」


 カリーヌが、肩から掛けた大判の布をガバッと広げ、問うてきました。

 私は親指を立て、満面の笑みを浮かべ答えます。


「グッジョブですわ! 」


「何がぐっじょぶですのよ~っ! 足が出ていますのよ。こんなあられもない姿を人前で晒し、泳ぐだなんて出来ませんわ」


「あられもない姿って……ちゃんと水着を着ているじゃない。それに、とっても可愛いわよ」


 しかし、良いタイミングで水着が完成したもんだわ。

 この異世界に、化学繊維なんて物は無く、半ば諦めていた水着。

 最悪、布で覆っていればいいよね、子供なんだしで済ませようかと思っていた所。

 良い出会いがあったのです。

 あれは、魔法省にぶつを届けに行った時でございました。

 ケンゾーのお父様、シバ男爵に『これで何か作れませんでしょうか? 』と相談を受けたのでございます。

 私がこれは? と問うと、シバ男爵は『これはぴよたろうくんが持ち帰った蜘蛛の糸で織った布なんですけど、伸縮性があり加工が難しく、正直持て余している状態なのです。強度はご覧の通り、かなりの物なんですがね……』と仰いつつ、布にナイフを突き立て見せて下さったのです。

 この時、私はかなり仰天したのを覚えております。

 穏やかな雰囲気のシバ男爵が親の仇を討つかのように、布にこれでもかっ! とナイフを何度も何度も突きたてたのでございますから……。

 ほんのちょっぴり、トラウマとなり、幾日か悪夢にうなされも致しましたのよ……。

 ぷるっ!


 トラウマ体験はさておき。

 確かに、この布の強度は大したもので、何度もナイフで刺したにもかかわらず、傷一つ付いておりませんでした。

 私が思いっきり引っ張っても、火で炙っても無傷の布。

 水に浸しても、速乾性がある。

 しかも伸縮性に富んでいるのならば、まず思い浮かぶのは水着でしょう。

 いえ、水着に加工する以外考えられません。

 この後、様々な活用法を思いつき、魔法省へ提案書を出した私が言うのもなんですけれど……。

 

 ともあれ、水着に使用できる布を手に入れた私は寮へと持ち帰り、染色する事に致しました。

 夜な夜な、染料を鍋で煮立たせ、布に浸す毎日が続きます。

 しかし、ここで躓きました。

 ぴよたろうが手に入れてくれた蜘蛛の魔物の糸は染まらない。

 染料を弾いてしまうのでございます。


 ここで、諦めに似た感情が芽生え始めました。

 元来、凝り性でありながら、飽き性な一面もある私に悪魔が囁きます。

 このまま透明度のある布で水着を作っちゃえと━━


 ですが、盛大に頭を振り悪魔の囁きを跳ね退けます。

 そんな水着を着用しようものなら『お巡りさん、ここです! 』と連行されてしまうような案件━━事件になってしまいますものね。

 私は再度、模索致しました。

 染料の温度を変えてみたり、圧力をかけてみたりと。

 にもかかわらず、一向に染まらない生地。 

 ならば、初心にかえり、魔物の生態を知ろうと考え、魔物図鑑を熟読致しますものの。

 有効な手段は見つからず、というかぴよたろうか狩ってきた魔物がレア過ぎましたのね。

 情報自体が不足しておりましたわ。


 途方に暮れた私は、ここで魔法省に提出したぶつの完成品『ソフトクリーマー』を取り出し、一息つく事に致します。

 ちなみに、魔法省に提出するのは図案と説明書きだけですわよ。

 うねうねと回り、滑らかに出来上がった『ソフトクリーム』を眺め、ゴクンと喉を鳴らした時。

 私は閃いたのでございます。

 そうだ! 電気を流してみよう、と。

 ええ、煮詰まっておかしな思考をしていた事は認めます。

 でも、これが功を成したのでございます。

 究極魔法をお見舞いした途端、真っ黒に変色した布。且つ、強度も伸縮性も損なわれていない最高の生地が誕生したのです。

 とくれば、水着を縫い始めてしまうのが私の性。

 黒なら、スクール水着よねと、安易な発想の元、ミシンよりハイペースでチクチク致しました。

 ここで、ナイフを通さない程の強度なのに、縫えるの? と疑問に感じる方もいらっしゃいますよね。

 ふふ、ご安心を。

 いくらナイフを通さないと言えど、細い針を縦糸と横糸の隙間に通せば縫えますのよ。

 

 気が付くとソフトクリーム放置で、仲間全員分を一夜で縫い上げておりました。

 深夜のテンションとは、ほんとう末恐ろしいものがございます。

 良い子は決してマネしないでくださいましね。

 そうそう、この時放置したソフトクリームは、ナタリーが美味しくいただいておりましたわ。

 食べ過ぎて、お腹を痛めてしまったナタリーに毛糸の腹巻をプレゼントしたのは言うまでもございませんね。


 こうして完成した水着を着たカリーヌ。

 とても似合っていますわ。 


「かっ、可愛いで誤魔化されませんわよっ」


 頬を赤らめ、プイっとそっぽを向いてはおりますが。

 誤魔化されているのは間違いありません。


「なんにせよ、海に入るのなら水着は必須ですし、諦めて下さいましね」


 私がそう告げると、カリーヌは仕方がありませんわねと小さく呟きました。


「それはそうと、ララは何処に行きましたの? 」


 女子3人でお着替えをしていたはずなのに……。

 いつの間にやら、ララの姿が消えております。


「ララでしたら、着替え終えた後『海~っ! 』と叫びながら出て行きましたわよ。ルイーズったら気が付きませんでしたの? 」


「それは、いつ頃のお話? 」


「つい先ほどですわね」


 もしや、水着の長い回想をしていた時?


「それより、ルイーズ。水着に名を記すのは良いのですが、何故学校名とクラスまで刺繍しておりますの? 」


「うん? ああ、それは『お約束』ってやつですわね」


「お約束? ん? 」


 まぁ、言い換えれば、様式美ってやつね。


「さて、皆も集まっている事でしょうし、海に参りましょうか? 」


「っ! ええっ、待って。まだ、心の準備をしていませんのよ━━━━きゃっ、きゃーー! 」


 

 ◇ ◇ ◇



 やってきました海!


「無理やり引きずって来るなんて酷いわ……心の準備もまだでしたのに……」


 青い空、白い砂浜、燦燦と照り付ける太陽!


「似合っているよ、カリーヌ」

「……フェオドール……あ、ありがとうございますわ。あ、貴方も似合っていますわよ」

「うん、ありがとう」

「ふふ」

「ハハ」


 遠くで大きな魔物が水を吹きだしているわ。

 クジラみたい……食べられるのかしら?


「あっ! カリーヌばかり褒めて、ずるい~~私は? 」

「ララも似合ってますよ」

「えへへ。ありがとう、ダリウス。貴方もとっても似合ってるわよ」

「ありがとうございます」

「えへへ~」


 あら、父様が剣を取り出したわ。

 海に向かって、剣を振り鞘に戻した。

 えっ!?

 あっ!

 …………。

 み、見なかった事にしましょう。


「さて、皆揃った様ね」


 私は集まった皆の方に向き直り、声を掛けました。


「今、侯爵様が魔物を斬っていなかった? 」

「フェオドールにも見えましたか。しかし、剣聖の名は伊達ではありませんね。剣を一振りするだけで、あんな遠くにいる魔物を一刀両断してしまうのですから……」


「はいはい、フェオドール、ダリウス、私語は慎んで。まず、ナギを紹介するわね。ナギ、こっちに来て」


「でも、侯爵様飛んで行ってしまわれたよ」

「うんうん」


「いいからっ。見なかったことにしなさいね。後でお菓子をあげるから」


「は~い」

「はい」


「さて、こちらは『ナギ』。私の大の仲良しのお友達よ。そして、ナギ、こちらは学園で仲良くなったカリーヌとララよ」


「はじめまして、俺は『ナギ』。よろしくね」


 自己紹介と共に、ナギがニッコリ微笑むと、ララとカリーヌが真っ赤に頬を染めて、モジモジし始めました。  

 そして、互いが肘をコツコツと打ち付け合いながら、何かを促しております。


 …………何してるの? 遊んでいないで、早く自己紹介してとハンドサインを送ると、ようやくララが口を開きます。

 

「あの、えっと……私『ララ・ウィペット』と、申します。どうか、宜しくお願い致しますね」


 ナギは、ララのピンクの髪を一房掬い、

「ララと呼んでも? 」

 と聞き返しております。

 というか、ナギ。言動がチャラいよ!


「ええ、はい。もちろんです」


 ポッと頬を赤らめ、きゃっきゃっ言ってるララはこの際、放って置くとして。

 私はカリーヌに視線を向け、同じくハンドサインを送ります。


「あの、その……あの……私……『カリーヌ・ローシェン』と申しますわっ! 気軽にカリーヌと呼んでも宜しくてよっ」


 とってもツンデレさんな自己紹介を披露して下さいました。

 何があった、この2人に。いや、ナギも含めて3人か。


 もしかして、スキー場や海で出会うと恋が芽生えやすいというアレなのか?!


「ハハ。じゃあ、カリーヌと呼ばせてもらうね」


 ナギは柔和な笑みを浮かべ、カリーヌの手を取った。

 そして、そっと━━

 おっ、おいっ!

 私は咄嗟に、スパーンッと。

 ナギの手に、手刀をお見舞いしていた。


「っつ! 痛っ」


「それは駄目っ! やり過ぎなのっ! メッ! 」


 手刀を喰らった手をふぅふぅしながら、ナギは私の耳元で、

「ルイーズの友達って個性的だよね」

 と呟いた。


「というか、ナギもおかしかったわよ。そんなキャラではなかったでしょう」

「えっ!? おかしかった? これは、ルフィーノさん直伝の女性をもてなす術で、こうすると女性は年齢に関係なく喜ぶんだと言ってたんだけどな……」


 …………。


「はぁ?! 」


 開いた口が塞がらないとはこういう事なのか。


「せっかく、ルイーズ達をもてなそうと頑張ったんだけどな……」


 私がポカンと口を開けて呆けていると、ナギはそう言って項垂れた。

 あっ、ごめんなさい。

 折角、ナギがもてなそうと頑張ってくれたのに。

 私ったら、頭ごなしに否定してしまったのね。

 でも、背筋ぞわっとするくらい不気味だったのよ。

 

「な、ナギ? あのね、気持ちはとっても嬉しかったわ。でも、ルフィーノさん直伝の女性をもてなす術は、大人になるまで封印しておいて欲しいの。今はまだ、子供の━━いえ、以前のままのナギで居てちょうだい。お願いよ」


 私はナギに懇願した。


 するとナギは「了解! 」と返事をした後、「まぁ、ルイーズ達を驚かすという目的は果たせたしね」と小さく呟いた。


 聞こえましたわよ~

 最初から、悪戯目的でやっておりましたのね。

 頭に来た私は、足元の砂をケシケシと蹴り上げて、ナギの足を埋め始めました。


「ふぅ、すっきりした。ねぇ、シモンさんを見なかった? 私達の護衛をして下さった冒険者の方なんだけれど……」


 足元に小さな山を築き上げ、小さな復讐を終えた私はスッキリした面持ちで、辺りを見渡します。


「ああ、シモンさんって人なら、リヒャルトさんの家に居るはずだよ」


 小さな山から足を抜き、ブラブラ振り回しつつ、ナギは一軒の家を指差しました。


「会ったの? 」

「さっき、会って自己紹介したよ」

「そか、では改めて紹介する必要はないわね」

「うん」


 私はナギや仲間達を見遣ります。

 皆、気持ちは同じですわね。


「それでは、皆さん。準備は宜しくて? 」


 そう問うと、一様に頷いた。


「忘れ物はなくて? 」


 また一様に頷く。

 生まれて初めて泳ぐララとカリーヌは、私が渡した浮き輪もどきを掲げています。

 カリーヌは兎も角、ララは飛行魔法を習得しているので、溺れる心配はないのだけどね。


「では、海に突撃ーーーっですわ! 」


『おーーーーっ!! 』


 雄叫びと共に仲間達が一斉に駆け出します。

 みな、まるで水を得た魚。いきいきとしていますわ。

 そうそう、水に浸かる前は、体を水温に慣らす為にそっと入るのよ。

 うん、良い子達。


「さてと」


 私は踵を返し、リヒャルトさんのお家の方に向かう。

 ずっと陰から、こちらの様子を窺い、あまり友好的とは言えない視線を向けている子供達に。

 その訳をじっくり聞く事に致しましょうか。

  

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