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楽しい転生  作者: ぱにこ
114/122

其の拾弐

 一夜明けて。

 朝日が昇りきる前に野営地を出立した侯爵一行。

 空の旅は概ね順調で、馬がワイバーンの(いなな)きに怯えた以外、トラブルもなく、昼過ぎには『ホエール連邦国』へ無事辿り着く事が出来た。

 

「ようこそ、ホエール連邦国へ」


 貴族専用門にて、アベルが身分証を提示すると、白銀の鎧を纏った騎士が恭しく礼を執る。

 その身のこなしは洗練されており、王宮勤めでも問題ないレベルであった。

 アベルは満足気に頷く。

 関所というものは、その国の玄関であり、顔でもある。

 そういった場所で手を抜く国は、どこかしらが腐っているといっても過言ではない。

 王を立てず、複数の領主が共に統治するホエール連邦国。

 末端の騎士にまで教育の行き届いているのを見て、アベルは素直に感心せざる得なかった。

 しかし、華やかであるものの、防御力が無いに等しい鎧を見たアベルは、眉根を寄せて騎士に問う。


「その鎧はこの国の正装かなにかなのか? 」


「はい。潮風が吹くのこの地では、錆び易い鉄より、錆び難さを重視して鎧が作られます。私ども末端の騎士ですと、比較的安価な白銀。領主様を護衛する専属騎士ですと金やオリハルコンの鎧を身に着けております」


「なるほど。されど、その鎧での戦闘となると心許無いのではないか? 」


 いくら錆に強い金属であろうとも、実戦において身を守る事が出来ないのであれば、関所を守る騎士が身に纏う鎧として体を成していないのではないだろうかとアベルは思ったのである。


「……御心配には及びません。と申しますのも、この地での戦闘は、海の魔物が殆どでございます。ですが、魔物との戦闘は漁師、もしくは冒険者が行っております。私どもは、陸地で起こる人々のいざこざを治める程度にすぎません。しかも、この鎧を身に着けた騎士に反抗、もしくは危害を加えようとすれば……即、牢獄へと連行されるのです」


 鎧そのものが、治安維持に役立っているのだと知って アベルは深く頷く。

 しかも、荒事は専門の者に任せているのであれば、防御力のなさそうな白銀の鎧だろうが、ピラピラのシャツだろうが、問題ないわけである。


「うむ、要らぬ心配だったようだな」


「いえ、私どもの身を案じて下さった事を心より感謝申し上げます」


 感謝を述べるとともに、礼を執る騎士。

 その実直な姿にもアベルは感心した。


「おっ! そうだ。要らぬ手間を掛けさせてしまった詫びに良い物を授けよう」 


 そう言って、アベルはアイテムバッグからある物を取り出す。

 それを見た騎士はアイテムバッグから徐に出て来た物に対して驚愕した。

 だが、騎士たるもの。むやみに騒ぎ、声を上げたりはしない。

 騎士はあくまで冷静を装いながら、アベルに尋ねる。


「これは何という食べ物なのでしょうか? 」


 と。

 その質問に、アベルは喜び答える。


「我が愛娘自らが作った『白髭お爺さん風のフライドチキン』だそうだ。サクッとしていて、かつジューシーで美味いぞ。食べてみろ」


 他国の貴族といえど、相手は侯爵━━しかも大国の宰相を務めている御方の薦めである。

 末端の騎士が断れるはずもない。

 騎士は、出来立てほかほかである『白髭お爺さん風フライドチキン』を受け取り、ふぅふぅと軽く息を吹きかけ齧り付いた。

 瞬間、騎士は目を見開き、アベルに視線を向けながら咀嚼する。

 騎士はハフっと息を漏らし、ゴクンと飲み込んだかと思うと間を置かずチキンに齧りついた。

 2口目も美味しかったようだ。

 騎士は、アベルに満面の笑みを向け感想を述べる。

 

「こっ、こんなっ! 美味しいもの初めて頂きましたっ! 噛んだ瞬間、中から飛び出す肉汁が外のカリっとした食感の衣と相まって、もう! たまりませんっ! いくらでも入りそうです! 」


「うむうむ。我が娘は愛らしいでなく、料理も菓子作りも得意でな。旅をする私の為に、大量の料理を作り、持たせてくれたのだよ」


 顔を綻ばせアイテムバッグを慈しむ様に撫でるアベル。

 その姿を見た騎士は、侯爵家令嬢ともあろう御方が本当に料理をなさったのだろうか? と、ふと思った。

 それもそのはず。高位貴族となればなるほど、料理を嗜む者は居ない。

 自らが作るよりも、腕のいい料理人を雇った方が遥かに美味しいものが食べられるからだ。

 しかも大量の料理がアベルの持つアイテムバッグに入っているという。

 アベルの言葉を鵜呑みにするのならば、大量かつ、美味な料理を1人の令嬢がどうやって作り上げたのだろうか。

 大量というであれば、もう少し分けて貰えないだろうか。

 疑問や願望が次々と溢れだして来る。

 しかし、騎士がその疑問や願望を口にする事はない。

 これは他国の騎士が踏み込んではならない領域なのである。

 ゆえに、騎士は当たり障りのない言葉を紡いだ。

 食べ終えたフライドチキンの骨を名残惜しそうに見つめつつ。

 

「それはそれは、たいへん親孝行なお嬢様でございますね」


 騎士の賛辞に気を良くするアベル。

 同時に今夜の予定が決まった瞬間でもある。

 食事をするだけならば、宿の室内で問題ない。

 とはいえ、侯爵ともなると旅先でお金を使い落とすのも仕事の内なのである。

 愛娘の手料理だけで、十分満足を得られてしまうアベルは、他の者を使いお金を落とそうと考えたのだ。

 この騎士であれば、愛娘の料理上手を褒め称えるに違いない。

 ならば、愛娘の手料理を食し、称賛する声を酒の肴にしようと画策したのである。


「其方、名はなんと申すのだ? 」


「はい。私は『バート・レイ』と申します」


「うむ、バートだな。では、バート。今夜、私達と外で食事をしないか? 」


 アベルの申し出に騎士━━バートの顔が喜色に染まる。


「はっ、はい! 喜んでお供いたします」


「では、良い酒と名物料理があり、尚且つ料理の持ち込み可能な店があれば、案内してくれまいか? 」


「良い酒と名物料理があり、料理の持ち込みが可能な店でございますね。…………あ、近場で心当たりがございます」


「そうか! そこへ案内してくれ」


「はい。あっ! 」


 驚きの声をあげたかと思うと、バートの顔が途端に青ざめていく。

 そして、こう続けた。

 

「……失念しておりました。その店は一般庶民の集う場所となっており、いささか粗野と申しますか…………」


 高位貴族であるアベルを、庶民が集う店に案内するということは、スライムの群れにドラゴンを放すようなものだ。

 スライムが大人しくしてくれれば問題ないが。生憎、喧嘩っ早いスライムが多く集う店である。

 そのような店に、大国の宰相━━ドラゴンを案内して良いわけがない。

 ドラゴンばかりが集う店で最上級のおもてなしをして然るべきところ。何たる失態、軽はずみにもほどがあると、バートは猛省し、アベルの判断を待った。

 

「『農耕者も海に入れば漁を(郷に入らば郷に従え)する』と言うではないか。其方が本当に美味しいと思う店を紹介してくれればよいのだ」


 バートの懸念を感じ取ったアベルは、優しく答えた。


「それは、我が『ホエール連邦国』のことわざ……! 承知いたしました。ご案内出来るのは、私の勤務が終わる夕刻以降となりますが問題ありませんか? 」


「問題ない。私達は『海鳥の羽休め亭』で宿を取り待機しているゆえ、勤務が終わり次第迎えに来てくれ。同僚も連れて来てよいからな」


「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えまして同期の者を何人か誘った後、『海鳥の羽休め亭』にお伺いいたします」


「ああ、ではな」


 騎士バートと別れ、宿『海鳥の羽休め亭』に向かい馬車を走らせていると、ナギがおもむろに口を開いた。


「侯爵様、一つ聞いてもいい? 」


「侯爵パパとは、もう呼んではくれないのか? で、聞きたい事とはなんだ? 」


「……この呼び方はルイーズ達が合流するまででいい? さすがに、笑いの種にされるのは嫌だからね。侯爵パパも、ルイーズの前では、カッコいい所を見せたいでしょう。でさ、さっきのバートさん? や騎士さん達を食事に誘ったのって、なんのためなの?」


 ナギの言葉にアベルは力強く頷く。

 ルイーズに格好いい所を見せたいでしょうの部分に共感したようだ。


「高位貴族ともなると旅先でお金を落とすのも役目の一つとなってはいるが、私はルイーズの手料理で十分━━ルイーズの手料理以外、口にしたくないというのが本音。そこで、私は考えたのだよ。あの騎士達をもてなせば、解決するのではないかとな」


 ナギが頷く。そして、ニヤリとほくそ笑んだ後、こう続けた。


「ルイーズの手料理も配るんでしょう? 」


 アベルもニヤリとほくそ笑み答える。


「ああ。先ほどの騎士━━バートの顔を見たか? 目を見開いて一心不乱に食べていただろう」


「うん。あの『白髭お爺さん風フライドチキン』って、美味しいもんね。すごく癖になる味」


 アベルとナギ、両者頷く。

 ついでに、脇でジッと佇んでいるシロも小刻みに頷いているようだ。

 

「あれ? シロって『白髭お爺さん風フライドチキン』って食べた事あったっけ? 」


『…………』


 ナギの問いかけに、返答をしないシロ。

 というのも、これ以上、同行者同士を仲違いをさせる様な発言を続けるのであれば、問答無用で宝物庫へ返却すると、アベルに叱られたからである。

 シロはただいま反省中なのだ。


「シロ~返事をしないってのも、駄目だと思うよ」


 ナギがシロを見つめ、優しく諭す。


『……でもぅ、侯爵様が取り出した瞬間にぃ、味見しちゃったなんて言ったらぁ。怒らない? 』


「……」


 ナギは沈黙する。そして、御者をしているアベルをチラリと見つめた。

 その視線に気が付いたアベルは、シロとナギを交互に見遣り、


「ん? ああ━━」


 と呟いた後、こう続けた。


「それは気にしなくても構わない。シロは纏う気を吸って味を見るだけなのだろう? 」


『はい……』


 シュンと項垂れるシロを優しく手に取り、アベルは幼子に言い聞かせるように話しかけた。


「シロ。昨日の失言の数々は確かに目に余った。しかし、あまり気にする事はない。イルミラにしてもルフィーノにしても、昨日の失言の数々で耐性が付いただろう。だから、この面々だけであれば、普通に話して構わないぞ。だが、見知らぬ人の前では、極力話さない様にしなさい。君は唯一無二━━とても珍しい存在なのだからね」


『はい。知らない人の前ではぁ、お口を噤んでおりますぅ』


「そうだよ。シロは珍しい短剣なんだから、目立たない様にしてよ。公国でも、何度か誘拐されたでしょう」


「なにっ?! そうなのか? 」


 何度も誘拐されそうになったと聞き、アベルが驚きの声をあげる。

 シロは消え入りそうな声で、こう答えた。


『はいぃ……でもねぇ、誘拐されても、ただ煩わしいっていうだけで大した被害もないのよぅ。すぐに飛んで帰れるしぃ』


 話す短剣というだけでも、珍しいのに。

 シロは空を飛び、全ての魔法が使いこなせるチートな短剣なのだ。

 しかも、切れ味バッチリとくれば、誘拐されたのち、高額取引されるに違いない。

 違いなのだが。本人━━本短剣はすぐに飛んで帰宅するのである。

 誘拐犯を放置したまま……。

 

「シロって誘拐されるのは、いいんだけどさ。誘拐犯をそのままにして帰って来るんだよ。その場で捕獲、もしくは無力化してあるのなら、捕らえる事も出来るのに。隠密部隊の人達と向かう頃には、すでにもぬけの殻なんだよ」


 ナギが深い溜息を吐き、シロを見つめている。

 そして、おもむろにシロの鞘を齧った。

 きっと、その時の出来事を思い出し、イラッとしたのであろう。

 痛くもないのに、シロが悲鳴をあげる。


『きゃぁ~~痛い、痛いわぁ~~やめてぇ~』


 シロの悲鳴を聞き、ナギは更に力強く齧りつく。


「いはくないでしょう(痛くないでしょう)」


『ぎゃぁ~~~』


 シロの悲鳴が木霊する。

 馬車の荷台に座るイルミラとルフィーノは耳を押さえて耐えている。

 アベルは呆れたように息を吐き、ナギの口からシロを解放した。


『侯爵様ぁ……お助け下さりぃ、ありがとうございますぅ』


 シロはアベルを命の恩人か救世主だと思ったようだ。

 いくら齧られようが、鈍器で殴られようが。ドラゴンに丸呑みされようが無傷であるシロなのに。

 そんなシロをアベルは無視して、アイテムバッグから水筒を取り出した。

 

「ナギ。これでうがいをしなさい」


 そう言いながら、殺菌効果のある緑茶をナギに手渡す。


「うがい? 」


 ナギがアベルに問い返す。


「ああ、このお茶には殺菌作用というものがあるらしい。汚いものを口にしたり、怪しい物を食べた時にいいそうだよ」


「は~い」


『……』


 素直でとても良い返事をしたナギはうがいを始めた。

 シロは無言である。

 

「ガラガラ……ガラガラ……ぺっ」


「うむ、いい子だ」


 アベルがナギの頭を優しく撫でると、ナギはヘヘと笑みを漏らした。


『……』


 シロは無言である。

 その様子を見かねたアベルが口を開く。

 

「シロ、人はね。よくわからない物を口にしたら、お腹を壊してしまう弱い存在なのだよ。決して、シロが汚いって言っている訳ではないよ」


『本当ぅ? 』


 その場でいじけるように、シロはゆらゆら揺れている。


「ああ、本当だ。愛娘ルイーズも料理する時は、細心の注意を払って調理している。調理器具の殺菌、消毒から始まり、食材を手にする度に手を洗う。最後は目に魔法をかけ肉眼で、お腹を壊すものが潜んでいないか確認するほどの徹底ぶりだ」


 ルイーズは自分で食べるだけであるのなら、ここまでしないだろう。

 だが他の者達に、手料理を振る舞うとなったらそうもいかない。

 貴族令嬢の手料理で食あたりになったなんてことになれば、家名に泥を塗る事になる。

 ゆえに細心の注意を払い、美味しい物を提供し続けるルイーズなのだ。

 そんな愛娘の気遣い、料理を誇りに思うアベルは、シロに優しく問いかけた。


「シロ。先ほど味わった『白髭お爺さん風フライドチキン』の味はどうだった? 」


『最高でしたぁ~』


「そうだろう。けれど、ルイーズは満足していないのだよ。本当の『白髭お爺さん風フライドチキン』は、もっと病みつきになるはずだ、といってね……」


『あれ以上に、病みつきになる味なのぅ~ヤバいわぁ~でもぅ、楽しみですわぁ』


 シロが小躍りをし始めた。

 すでに、心は『白髭お爺さん風フライドチキン』で一杯なのだろう。


「おや、着いたようだな」


 そんなシロを微笑ましく見守っていると、今夜の宿『海鳥の羽休め亭』に到着した。



 ◇ ◇ ◇



 宿で最高級の部屋を2部屋借りた侯爵は、宿の庭でナギと剣術の鍛錬を行っていた。

 ちなみに、部屋割りは、イルミラとルフィーノ。

 アベルとナギ、そしてシロといった具合である。

 イルミラとルフィーノには、明日からは始まる双子捜索に尽力してもらうため、アベルがのんびりする様にと告げると、その辺を観光してまいりますと言い残し、出掛けて行った。

 きっと、リーヌスのお土産か何かを物色しているに違いない。


 ナギの額から、玉のような汗が滴り落ちる。


「侯爵パパっ! もう一本お願いしますっ」


 先ほどから、何度も打ち込まれているナギの体は青痣だらけである。

 かといって、癒そうとすれば、癒すのは鍛錬が終わってからお願いしますと言われてしまう。

 早く音を上げてくれないものかとアベルは思っている。

 我が子同然のナギの痛々しい姿を見るのは、アベルにとって苦痛以外なにものでないのだ。


「徐々に速度を上げていくのはどうだろう? 今の速さでは、目で追えないのだろう? 」


 アベルはナギの力量に合わせた鍛錬方法を提案する。

 だが、ナギは頭を振った。

 

「いえ。残像は見えてますので、このままでお願いします」


「ほう」


 いくら手加減しているとはいえ、剣聖の剣技を目で追え出したと告げるナギに、アベルは感嘆の声をあげた。

 愛娘ルイーズですら、魔法を掛けなければ、アベルの剣技を見切る事が出来ずにいるのに。

 ナギは魔法を使用しなくとも、後少しで見切れると言っているのである。

 将来は、我が後継者。第二の剣聖となるやも知れぬナギを見つめ、アベルは剣を打ち込むべく一歩踏み出した。

 

「承知した。今の速度のまま、打ち合うとしよう」


「はい! 」


 

 ◇ ◇ ◇



 夕暮れ時。

 部屋に戻ったアベルとナギは、備え付けられた風呂で汗を流し、ソファで寛いでいた。

 シロは、部屋の中を物色するのに忙しいようだ。


『侯爵様ぁ、これはぁ、なんですのぅ? 』


「ああ、それは来客を知らせる鈴だ」


『侯爵様ぁ、何故ベッドが4つありますのぅ? 』


「ああ、それはこの部屋が4人部屋だからだ」


『侯爵様ぁ━━』


 といった具合に質問攻めにあっているアベル。

 ゆっくり寛ぐ事も出来やしない。

 とはいうものの、アベルはさほど疲れていない様子。

 しっかり運動したナギは、お昼寝中だ。

 立ち上がったアベルは、寝ているナギに毛布を掛け、窓の方に向かった。

 部屋の窓からは、海が一望できるのだ。

 水平線に沈む美しい夕日を見ながら過ごす時間も悪くないとアベルは思った。

 

『侯爵様ぁ━━』


 ただ、シロが騒々しいのを除けばだが。



 ◇ ◇ ◇



 迎えに来たバートと同期の仲間である騎士達のお勧め料理店に訪れた侯爵一行。

 今は自己紹介を兼ねた騎士達の会話に耳を傾けている。


「私は、バートの同期であります『コニー・クラム』と申します。本日は誘っていただきありがとうございます」


 騎士達は白銀の鎧のまま訪れていた。

 その理由は、アベル達の護衛をするためだという。

 白銀の鎧そのものが、治安維持、良からぬ輩への牽制となるなら、騎士達の厚意に甘えようとアベルは思った。

 たとえ、良からぬ輩が出没しようが、海から魔物が押し寄せようが、それらを瞬時に討伐できるとしてもだ。


「私はバートと同期でもあり、幼馴染でもある『カール・マーリン』と申します。この店は、私共の行きつけでもありまして、新鮮な魚介類をたっぷり使用したスープが格別ですので、一度ご賞味ください」


 魚介類を欲していた愛娘を思い出すアベル。

 そろそろ、家族が恋しく感じる頃なのだろう。

 物憂げにアイテムバッグを撫で、小さく「ルイーズ、早く来てくれ」と呟いている。


「私は、バートと同期の『シエル・ウォールラス』と申します。ホエール連邦国には、様々な地酒が御座いまして、特に海底に沈め熟成させたものがお勧めです。これは贈答品などにも喜ばれる品ですので、お帰りの際でも、お買い求め下されば光栄です」


 我が愛しい娘は今いずこへ?

 君が欲していた魚も菓子に使えそうな酒も目の前にあるというのに。

 愛娘がいない……。


「侯爵パパ? 」


 ナギがアベルの肘をツンツンと突いて呼ぶ。

 愛しい娘を想う気持ちを切り替えアベルは宴の開始を告げるべく立ち上がった。


「私は『ヨークシャー王国』宰相、アベル・ハウンドと申す。今宵はよく飲み、よく食べてくれ。君達だけではない。この店に訪れた客の分も私が持とう。さぁ、宴の始まりだ」


「「「「ううぉー!!! 」」」」


 歓喜した客達が一斉に注文を始める。

 普段頼まぬような、高級料理を注文する者もいた。

 手持ちのグラスに注ぎこまれたエールを浴びる様に呑み干し、次から次へと酒ばかり注文する者もいる。

 

「こっちにはエールをくれ」

「こっちもエールだ。2杯くれ」

「こっちは、姿焼きだ」

「お~い。酒と軽くつまめる物を持って来てくれ」

「肉だ肉! 」


 魚が名物のはずなのに、肉もあるのかとアベルは感心した。

 

「この店には肉もあるのか? 」


 その問いにバートが答える。


「たまにしか獲れませんが『海竜』という魔物です。そのまま食べると固すぎて噛み砕くどころか、喉すら通りませんが、この店では、じっくり長時間煮込んでいるので、柔らかくて美味しいのですよ。侯爵様も如何ですか? 」


 珍しいものであるのなら、一度味わうのも吝かではない。

 アベルはナギとルフィーノ、イルミラを見渡し視線で問うて見た。

 一斉に頷いたのを確認したアベルはバートに告げる。


「ならば、頼んでみよう。其方達も遠慮などせず、どんどん注文するのだぞ。私は何が美味くてお勧めなのか知らぬのでな」


「はいっ! お~い、おかみ。こっちに『海竜』の煮込みと『クラーケン』のフリッターを各8人前頼む。後、エールを7杯と果実水1杯」

「はいよ~」


 暫く後。

 うんしょうんしょと息を切らせながら料理を運んできたおかみ。


「はいよ、おまたせ」


 ボンと大皿に盛られた揚げ物と顔どころか上半身がすっぽりと入ってしまうくらい大きなスープ皿に盛られた肉の塊がテーブルに乗せられた。

 この人数で完食できるのだろうか? と疑問に思うほどのボリュームである。

 アベルが皆の顔を見渡すと苦笑いを浮かべていた。

 ここまでボリュームがあるとは思っていなかったようだ。

 だが、出された物を食べない訳にもいかない。


 意を決したアベルは、テーブルに着く者達を見渡し、

「さあ、いただきなさい! 」

 と号令を掛けた。


 各々、酒を呑み、食事を楽しんでいる最中。

 アベルは自分の食事もそっちのけで、ナギの取り皿に揚げ物や海竜の煮込みをせっせと取り分けていた。

 その様子を見たバートは優しい笑みを浮かべ、ナギとアベルを見つめている。

 アベルは大量の料理を見ただけで満足してしまい、成長期のナギにたくさん食べさせようという目論見のもと動いているだけであるのだが、何か勘違いをしているようだ。


「身分証でこの子が侯爵様のご子息でない事は存じているのですが、本当の親子の様に睦まじいですね」


「この子とは血こそ繋がってはいないが、我が子同然だからな」


 アベルの言葉にナギが微笑む。

 昨日、アベルが我が子同然だと言っていたのを思い出したのかもしれない。

 ナギが囁くように「侯爵パパだもんね」って言ったのをアベルは聞き逃さなかった。

 喜び勇んだアベルは、せっせとナギの皿に料理を取り分ける作業を再開した。


 それは、「多いよう~」とナギが音を上げるまで続く。



 侯爵一行と騎士達が料理を堪能していると、バートがふいに溢した。


「関所で頂いた『白髭お爺さん風フライドチキン』……美味しかったなぁ」


 物憂げに溜息を吐きながらそう言われると、アベルも鬼ではない。

 氷の宰相、鬼の宰相という異名はあるものの。

 本当の鬼ではない。

 しかも、恋に破れたかのように心ここにあらずといったバートに、同期の者達が心配し始め、手を額に当てたり、励ます様に背中を叩たりもしている。

 そろそろ当初の目論見を決行する時間が来たのだとアベルは思った。

 さりとて、ここは料理屋である。

 おかみや店主に一言断りを入れるのが礼儀というもの。

 ならば、とアベルは立ち上がりおかみを呼んだ。

 

「すまない! 持ち込んだ料理を出しても構わぬだろうか? 」


 賑やかで、忙しない店内。

 怒涛のように繰り返される注文とそれに答える声。

 疲労困憊といった具合のおかみはアベルの呼びかけに力無く答えた。


「構いませんよ~もう、食材も尽きかけておりますし~」


 アベルは待ってましたと言わんばかりにアイテムバッグから料理を取り出す。

 

「ここの料理も悪くはないが。やはり、我が愛娘の料理には勝てぬからな」


 そう小さく呟き、ドンドン料理を取り出すアベル。

 テーブルに並べきれなくて、隣のテーブルにまで乗せている。

 その様子をみたナギが心配そうに訊ねた。


「侯爵パパ。全部取り出すつもりなの? 」


「ああ。一度は披露しておかねばならぬだろう? 我が愛娘がどれだけの料理を私に持たせてくれたのかをな」


 こうなったアベルは誰にも止められない。

 隣の席だけでは足らず、その隣の席、また隣の席と。

 どんどん愛娘の料理でテーブルを埋め尽くしていく。

 そして、全てを出し終えたアベルは、ふぅ~っと一息ついてこう言い放った。


「どうだ! 愛娘は私の為にこれだけの料理を作り持たせてくれたのだぞ」


 ホカホカの湯気を立てた料理は店内の客の胃を刺激したようだ。

 あれほど飲み食いした後だというのに、ゴクリと喉を鳴らし、食入る様に料理を見つめている。

 食材が尽き、一息入れていたおかみも店主も初めて見る料理に目を奪われている様子。


「なんだ? 食べたくなったのか? いいだろう。存分に味わうがいい」


 待ってましたと言わんばかりに、客達が歓声をあげる。

 

「私達もいいかい? 」


 おかみがアベルに伺いを立てる。

 

「珍しい物もあるだろう。遠慮なく味わってくれ」


 それにアベルは快く了承した。


「侯爵パパ、本当にいいの? 」


 ナギはそう問いつつも、さっきからアベルの目を盗みせっせとルイーズから貰ったアイテムバッグに料理をしまい込んでいる。

 せめて、自分の分だけでも確保しなければと。


「侯爵様。こう言ってはなんですが、明日からの食事はどうされるのですか? 」


 ルフィーノも消えゆく料理を見つめて問う。

 そして、乾き物、日持ちする物だけでも確保しようと、自身のバッグにせっせと押し込み始めた。

 

「侯爵様。私達は料理が出来ませんよ」


 イルミラはルイーズの料理を堪能しつつ、アベルに問うている。

 そんな皆の心配を余所に、アベルはこう言い放った。


「なに、心配ない。明日、明後日にはルイーズが助けに来てくれるだろうだからな。ハハハハ━━」


 大仰に笑い、愛娘の料理に舌鼓を打つ者達の姿を肴に、ちびりちびりと地酒を楽しむアベル。

 その後2日間、泣きながら過ごす羽目になることは予測できたはずなのに…………。

 この時のアベルは、それすら気が付かなかった。

 否、気付きたくなかったのかもしれない……。


「ルイーズ……父様は待っているぞ…………」


 喧騒にかき消されるアベルの囁く様な声。

 家族から引き離されたアベルは……すでに病み始めていたのであった。

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