70話
遠征から戻り、早10日余り過ぎました。
今の私は、ちょっと腑抜けでございます。
割と充実した遠征という名の遠足? が楽し過ぎたのかも知れません。
ほう~っと溜息を吐きながら、意味もなくペンを転がしてみます。
コロコロっと転がるペンが机から落ち切る前に、キャッチ……。
そして、またコロコロっと……。
…………。
はぁ、退屈ですわ……。
「何が退屈なんですかっ?! いい加減、真面目に授業を受けて下さいっ」
そう怒鳴り、私の前で仁王立ちを決め込んでいるのは、担任でもあり、数学教師でもある━━アリソン・プーリー先生でございます。
漏れ出た心の声を聞きつけたようです。
「先生はそう仰いますが……今更、『九九』を丸暗記だなんて……全くもって理解できませんもの」
九九だよ、九九。
年齢的に私達は小学生で、異世界の教育水準としては仕方がない事なんだろうけれども。
九九なんて、一回覚えたら、忘れないっての。
あ、でも、前世と少し言い方が違っていて、面白い部分もあります。
例えば、「9×9=81」の所が「9×9=81」になりますの。
他に「2×9=18」が「2×9=18」とかね。
お肉が嫌なのか、憎いやなのかは存じませんが、この九九表を作った方の性格が垣間見れるのは確かです。
「この『九九表』を暗唱して頂かないと、居残りしてもらう事になりますが宜しいですか? 」
先生は何を仰っているのでしょうか?
掛け算が出来れば、オーケーじゃあありませんの?
前世で覚えた九九が私の脳内を支配しているのと言うのに、異世界バージョンまで覚えろと?
これは、物申さなくてはならない案件ですわ。
「先生! 私の国では、こちらのバージョンの九九ではなく。違うバージョンの九九を覚えますの。ですが、掛け算が出来るのには変わりありません。にもかかわらず、こちらまで暗記しろと仰るのですか? 」
「ルイーズ嬢……貴女は生まれも育ちも『王都』だと聞き及んでおりますが? 」
チッ、先生は私の生まれ育ちまで、掴んでいるというのね。
個人情報は、国家機密扱い位にして欲しいものですわね。
あ、そうだ。
「先生、家庭教師の━━ひっ! 」
家庭教師━━アルノー先生を生贄に奉げようとしたら、プーリー先生にジロリと凄まれてしまいました。
「ルイーズ嬢の家庭教師は、『アルノー・サルーキー』でしたね」
「先生はアルノー先生を御存じで? 」
「ええ、もちろん。彼は真面目な生徒でした……少しばかり……ええ、ほんの少しばかり歴史に関する熱意が度を越していただけで、基本真面目な生徒でしたよ……」
何故かとっても矛盾している事を仰るプーリー先生。
懐かしさとその時感じた苦労などが思い出されているのでしょう。
先生の瞳から色が消えました……。
「アルノー先生は問題児だったのですか? 」
「聞きたいですか? 」
そう仰る先生の瞳から底知れぬ闇を感じた私は、
「いえ、過ぎた好奇心は身の破滅に繋がりますゆえ、ご辞退申し上げます」
と、丁重にお断り申し上げました。
プーリー先生は、そう……と寂しそうに呟き、話を切り替えられました。
「それはさておき、『九九』の話に戻ります」
「はい」
「九九は出来るのですね? 」
「ええ、もちろんですわ」
「では。今、この場で暗唱してみて下さい。それを聞いた上で判断いたしましょう」
「……承知いたしました」
なんだかんだで、良い先生ですわね。
やる気のない生徒の話をキチンと聞いてくれているのだもの。
さて、昔取った杵柄「九九」を、歌に乗せて暗唱いたしましょうか。
「いんいちがいち♪ いんにがに~♪ ━━━━くくはちじゅう~いちっ♪ 」
私は歌い終わると、淑女らしくカーテシーを致しました。
そして、先生のお顔と教室に居る生徒達のお顔を順に見遣りながら、反応を窺います。
『…………』
はい、無反応でございます。
アップテンポな曲に加え、ダンスまで披露したのがいけなかったのでしょうか?
この異世界━━軽快な音楽というものが好まれない、もしくは存在しないのかも知れませんね。
仕方がありません。
また、ペンころがしでもしながら、暇を潰しましょう……。
◇ ◇ ◇
数学の授業が終わり? 私は廊下を歩いておりました。
一応、授業は終わりましたよ。終わりの鐘が鳴ったのを機に、そそくさと逃げ出してきました。
あれ以上、放心する先生や生徒を見るに堪えませんものね。
「ルイーズ嬢、プーリー先生を見ませんでしたか? 」
私に声を掛けたのは、歴史学の授業を担当している「サラ・セッター」先生でございます。
セッター先生は、小柄で、大きな瞳が印象的な可愛らしい感じの方なのです。
この可愛さと肌のハリ艶を保ちつつも、御歳57歳というのだから、詐欺……いえ、妖怪……ゴホンゴホン……。
なんでもありませんよ。ですから、睨まないでくださいまし。
「先生は、教室で放心しておられますよ」
「はっ? 」
「ですから、教室で放心されております」
「へっ? 」
ふむ、詳しく説明するのは面倒ですが、仕方がありません。
私はセッター先生に、事のあらましを掻い摘んでお話いたしました。
先生は興味深げに私の話を聞いて下さいます。
そして、不敵に微笑んだと思ったら、
「ルイーズ嬢。私にもその『九九の歌』をお聞かせ願えませんか? 」
と、無茶な要求をされました。
「無理でございます」
私はきっぱりとお断りいたしました。
ですが、先生は聞き入れて下さいません。
しかも、事もあろうか、私を引きずってどこかへ連れて行こうとします……。
「あ~れ~」
私は叫び声を上げました。
「変な雄叫びをあげないっ! 」
攫っている加害者が被害者に注意するなんて……。
合点がいきませんわね。
ではでは、違うバージョンをば。
「人攫いですわ~~誰か~」
「…………」
無言ですかい。
しかし、先生は小柄な体躯にもかかわらず、力持ちですわね。
私を軽々と持ち上げ、息も切らさず歩いていらっしゃいます。
「先生は隠れマッチョですの? 」
「はぁ? まっちょ? まっちょとはなんです? 」
あ、マッチョを知らない。
「とても華奢に見えるのに、実は筋肉がムキム━━」
口を塞がれてしまいました。
はいはい、口は災いの元。閉ざしておきますよ。
「少しだけ、大人しくしておいてください。悪いようにはしませんからね」
それ悪人が使う常套句ですわよ。
大人しく連行される気でいた私を不安にさせる文句。
やはり、抗った方が宜しいのでしょうか……。
「……モゴ……モゴモゴ……ん? もぐもぐ……」
「はい。静かにね」
塞がれた口から漏れ出る言葉はモゴモゴのみでした。
挙句に、口に飴玉を放り込まれてしまう始末。
もぐもぐ……コロコロ……これは、ビーハニーキャンディですわね。
喉に優しく、風邪の引き初めにも効く、5粒で銀貨10枚という、少しお高めのキャンディ。
うん、美味ですわ。
◇ ◇ ◇
そして、連れて来られた先。
「セッター先生。なぜ、教員室なんですの? 私、余り教員室というものは好きになれませんのよ」
「まぁまぁ、そう言わず。今から説明しますから、まずはお座りなさい」
セッター先生は、悪びれもなく他の先生の机から茶菓子と椅子を拝借し、私に座るよう促します。
「先生? この机の持ち主が誰かは存じませんが、こんな勝手をなさって叱られたりしませんか? 」
「ああ、いいのよ。プーリー先生は教室で放心しているのでしょう? 今、お茶を淹れるわね」
ああ、プーリー先生の机でしたか。
でも、椅子をお借りするのは兎も角、茶菓子まで拝借しちゃっていいのかしら?
私の不安気な表情を読み取ったのか、セッター先生はクスっと笑みを零し、こう仰いました。
「こうして目に付く場所に置いてある菓子は、『皆さん。どうぞ、召し上がってください』と言う意思表示でもあるの。だから、気にする必要はないのよ」
「はぁ、そういう意思表示で置いてあるのですね……」
口では先生の言葉を肯定しておりますが、内心納得しておりません。
だって、山積みにした本の中に隠してありましたもの……。
私を茶菓子の盗み食い仲間として、悪の道へ巻き込まんとするセッター先生の野望。
見事、打ち砕いて差し上げます。
「さあ、このお茶にはこのお菓子が合うのよ。召し上がれ」
「はい、いただきます」
優雅にお茶のみを頂き、セッター先生をチラリと見遣ります。
菓子を一口召し上がる度に、恍惚とした笑みを浮かべております。
そんなに美味しいお菓子なのかしら?
「先生。それは、なんというお菓子なのですか? 」
「え、ああ、これ? これはプーリー先生の手作りお菓子なのよ。特別高価な材料を使っている訳でもないし、洗練されたお菓子って訳でもないのに。どこか懐かしく、優しい味なのよ。ちなみに、他の先生も大好きなお菓子だから、こうして本に埋もれさせて隠したのよ。ふふ」
ふふって……それって食べて欲しくないからではないの?
怪訝な表情を浮かべた私に、セッター先生はこう続けて仰いました。
「誤解しないでね。プーリー先生は、皆さんにどうぞってつもりで、持ってきてくださったのだけれど、私が独り占めしたいが為に隠しただけなの。だから、これは私の物」
ウインクしながら、どこぞの、ジャ〇アンみたいなことを仰るセッター先生はとても愛らしい。
これで我が祖母と同年代というのだから、異世界七不思議の1つとして数えてもいいくらい。
ちなみに、先生は生粋の人間です。
「はぁ……独り占めしたいが為ですか……先生がそこまで、大好きなお菓子を私も食べて宜しいのですか? 」
「ふふ、1つくらいはいいわよ。どうぞ、召し上がれ」
たった、1つですか!
い、いや。独り占めせんが為に、ここまでなさる人からのおこぼれです。
何も言わず、ありがたく頂戴するとしましょう。
「いただきます。……モグ……モグ……うん、これは……」
アレだ。外はサックリ、中はしっとりのあのクッキーの味。
カン〇リーマ〇ムの味だわ。
うん、確かに、美味しい。間違いなく美味しい。
「ね、美味しいでしょう? 」
「はい、結構な美味しさでございました」
私の言葉に満足したのか、はたまた、菓子をこれ以上減らすのは嫌だと思ったのか。
セッター先生は、いそいそと菓子を自分の机の引き出しにしまい込まれました。
「では、ここへ連れて来た訳を説明するわね」
セッター先生は、先ほどまでのふにゃっとした表情ではなく、真剣な面持ちを浮かべそう仰いました。
「はい」
私もティーカップを置き、先生のお顔を見据えます。
「ルイーズ嬢、あの『九九表』について、どう感じました? 」
「どうとは、どういう意味でしょうか? 」
「そうね。暗唱する時、スラスラと口に出しやすいかどうかって意味ね」
私は前世の九九が頭に沁み込んでいるせいもあって、異世界バージョンは馴染めない。
まるで、替え歌を歌っている感じね。
しかし、先生に前世の九九について説明する訳にもいきませんし、どうしましょう……。
私が思案していると、セッター先生は、違う解釈をなさったのかこう仰いました。
「やはり、言い難いわよね……」
私は慌てて否定致します。
「いえ、言い難いかどうかではなく。私の場合、違う言い方で九九を暗記してしまっているので、新たな九九が頭に入り難いだけです。初めて覚える者でしたら、あの『九九表』は覚えやすいし、暗唱しやすいと思いますよ」
「そう? そうなのね。なのに……」
セッター先生はそう呟いた後、考え込まれてしまいました。
「いかがなさいました? 」
「……ええ。ルイーズ嬢、本当に覚えやすいし、暗唱しやすいのよね? 」
「はい。個人の感想になりますが、覚えやすいし、暗唱しやすいと思います」
「にもかかわらず、習得率が8割を切っているのよ……何故だと思う? 」
…………8割? それって多いの? 少ないの?
貴族の子供達が通う学園ならば、全員が覚えて然るべきなの?
でも、数字や記号が苦手って人も居るからなぁ……。
「よくわかりません」
そう答える事しか出来ませんでした。
「そうよね。で、ここで本題です。ルイーズ嬢は九九を歌えるのよね? 」
「ええ、まぁ」
「では、『九九の歌』を全校生徒の前で披露して下さい」
…………。
「嫌です」
「やはり、全校生徒の前での披露は、さすがのルイーズ嬢でも尻込みいたしますか……では、『九九の歌』を教師達に伝授してください」
なにが、やはりで。なにがさすがなんですか。
ほんとに、先生の中の私って、どういうイメージなんでしょう……。
「…………」
「ルイーズ嬢? 」
「はい」
「お願いします」
セッター先生は、クッキーを1つ差し出しつつ、私に懇願いたします。
これは、賄賂ですわね。
いただきましょう。
「承知いたしました。先生方に『九九の歌』を伝授いたします」
「ありがとうございます。ルイーズ嬢っ! 」
セッター先生は、私に感謝を述べつつ、もう1つクッキーを握らせて下さいました。
また、賄賂ですか。
いただきましょう。
「しかし、何故━━もぐ━━やはり、美味ですね━━先生達に『九九の歌』を伝授する必要があるんですの? もぐもぐ━━数学教師でもあるプーリー先生だけに伝授すれば、済む問題ではありませんの? もぐもぐ━━」
私の疑問を、セッター先生は遠い目をなさったまま、答えて下さいました。
「ああ、生徒達だけではなく……教師の中でも、苦手な者が居るのよ。誰とは言わないけれどね」
「ふむ。それは、セッター先生の発言で身を隠した剣術科のバセンジー先生の事でございますね」
バセンジー先生は、それはもう、素早く身を隠し、教員室から抜け出されました。
私の様に動体視力が優れておりませんと、忽然と消えた様に映った事でしょう。
「それで、先生。『九九の歌』は、いつ先生方に伝授すれば宜しいのですか? 私も学生の身ゆえ、いつもは忙しくしておりますのよ。本日はたまたま、時間が御座いますが」
「そうね……今日はたまたま、選択してもいない『数学』の授業を受け、たまたま、この後の予定もなかったのよね」
「ええ、その通りですわ。オホホホ」
「まぁ、ルイーズ嬢ったら。オホホホ」
セッター先生と私の乾いた笑いが教員室に響き渡ります。
互いの瞳が交差し、腹を探り合っている状態が、暫く続きます。
すると、突然。
体がブルリと震えました。悪寒でございます。
この感じ、何かが起こる予兆に違いありません。
この場を早く離れなくては、私に明るい未来はなさそうですっ。
「先生。私、突然の腹痛に苛まれております。ですので、この辺でお暇させていただきますわ」
いそいそと立ち上がり、セッター先生にご挨拶申し上げます。
もちろん、腹痛を装っておりますゆえ、お腹を押さえ、苦痛に身を置いておりますよ、という演技も忘れてはおりません。
「まぁまぁ、大変ですわ。そんなに腹痛がお辛いのでしたら、私が保健室までご案内いたしましょう」
セッター先生に肩をガッチリ、ホールドされた私は身をよじり、抵抗いたします。
「先生。腹痛ですので、トイレに行けば治ってしまいますわ。お気遣い無用に存じます」
「ではでは、トイレまで肩を貸しましょう」
…………。
「セッター先生。グルでしたのね」
「あらあら、何の事かしら? オホホホ━━━━あら、いらっしゃったようです」
セッター先生は高笑いをした後、教員室の入り口に視線を向けてそう仰いました。
…………。
「ほら、ルイーズ嬢。お迎えが来たようですよ。さぁ、ご挨拶なさいませ」
…………ごめんなさい。無理です。
後ろを振り向く事が出来ない私を、セッター先生はグルリと回転させ、入り口の方へ向けました。
もう、逃げる事も隠れる事も叶わないようです。
私はこれでもかというくらい、固く瞳を閉じました。
「先生、お手数をお掛けして申し訳ございませんでしたわ」
優しい余所行きの声音で、セッター先生に話しかけている人物。
そう、それは……母様でございます。
「いえいえ。この程度、私に掛かれば造作もございません。ご息女との会話も楽しかったですしね」
人を手玉にとっての会話はさぞかし、楽しかった事でしょう。
「ふふ、この子ったら、会話を振られれば、つい返事をしてしまう性分ですものね。けれど、先生に頼んで正解でしたわ。他の先生ですと、ほら、すぐに怪しんで逃げてしまいますでしょう」
さすが母様です。私の事を、知り尽くしておりますね。
歴史学を専攻していない私は、セッター先生の為人を知りません。
ですから、油断しておりました。
これが、剣術科や魔法科の先生でしたら、ダッシュで逃亡しておりましたもの。
「ええ。私が教員室に連れ込んだ時も、バセンジー先生を怪しんでおりましたが、無視を決め込んでくれたお陰で、ルイーズ嬢はシロと断定したようですがね」
「まぁ、バセンジー先生は連絡係であり、クロですのにね。オホホホホ━━」
何ですとっ! しょぼんとしたお顔でクッキーを見つめていたのも演技だったというのっ。
もしや、九九が暗唱できない人間のレッテルを貼られ、身を隠したのは……。
好機と踏んで、母様に連絡しに行っただけ?!
ぐ、ぐぐぐ……してやられましたわっ!!
「ルイーズ嬢。もう、観念してお母上に謝罪した方が宜しいのではありませんか? 」
瞳を閉じたまま項垂れる私の肩に手を置き、セッター先生はこう仰いました。
目を開けるのが怖い。
けれど、このまま母様から逃げる事は出来ません。
母様を怒らせたら……ぶるりっ!
遠征から戻った日、あの時の事が思い出されます。
そう、父様がイルミラさんに魅了を掛けられたという件を母様に報告した時でございます。
父様は、母様に『愛しているのは君だけだ。しかし、魔眼に抗う事が出来なかった。本当に申し訳ない』と、こう仰いました。
母様は父様のお話を静かにお聞きになられておりました。
そう、母様は父様を責める言葉を一言も発さず、静かに、静かに聞いておられるだけでございました。
私達は安堵いたしました。
母様はイルミラさんの件を不可抗力だと判断し、父様をお許しになったのだと。
しかし。
そうではございませんでした。
母様の怒りは、静かに。そして確実に。私達の元へも忍び寄っていたのでございます。
……屋敷中が凍り、床に足が貼り付くという経験を得た私は、ハウンド家に君臨する女帝━━母様のご機嫌を損なう訳にはいきません。
その恐ろしさを知る1人として、最初に発する言葉は慎重に期さないといけないのです。
「ルイーズ? 」
「っ!! ひゃっ、ひゃいっ!! 」
突然、母様に声を掛けられた私の心臓は、飛び出さんばかりに跳ねます。
「ふふ、この子ったら。別に叱ったりはしないわよ。安心しなさい」
母様は私の頬を撫でながら、優しくそう仰いますが。
それを鵜呑みにするほど、楽天家ではございません。
「本当ですの? でも、私……魔法科研究室を爆破してしまいましたのよ。事故とはいえ、叱られる案件だと思いますの」
そう、今朝。私はうっかりミスで魔法科研究室を爆破してしまいました。
咄嗟に張った防御壁のお陰で、人的被害は出なかったものの、魔法科研究室はまるっと吹き飛ばされてしまったのです。
もちろん、事故でございますよ。
「ええ、私は叱りません。ですが、ご迷惑をかけた先生方に謝罪を述べなさい」
「はい……先生方。本当にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
深々と腰を曲げ、謝罪をすると、母様は私の頭を撫でて下さいます。
ん? 本当に怒っていないようです。
「母様? 怒っておりませんの? 」
「ふふ。魔法科研究に爆発は付き物ですのよ。流石に教室を吹き飛ばすのは、学園長も初めてだと仰っておりましたが」
「私以外の方でも、爆発させてしまう事がありますのね……」
「ええ。それゆえ、叱る事は致しません。ですが……」
「なんですの? 」
「自身の手で教室の修繕を行い、新たな『防御結界』魔道具を制作しなさい」
え、ええ~~~~っ!
「1人で、ですか? 」
「ええ。1人で、ですよ。爆破した教室から逃げて、選択してもいない教科の授業を受け、身を隠した罰です」
…………はい。
◇ ◇ ◇
後日、バセンジー先生を筆頭に、学生達の「九九習得率」は100%を達成したそうです。
ええ、そうです。バセンジー先生は本当に九九が苦手だった模様です。