65話
父様と陛下が跪いてるぅぅぅ??
なんだ?! なんなんだ? 誰かも知らないあの人は、陛下より高貴な方なのか!?
いや、そんな訳ない。この世界で陛下を跪かせるほど高貴な方なんて、居るはずもない。
他国の王であろうとも、大国の王で有らせられる陛下が頭を垂れるはずがない。
いや、待てよ。もしかして、神様とか?!
っ! ありうる! 邪神が存在するのだから、神様だって存在するはず。
では、神様が降臨あそばしたのかっ!
はっ! 昨晩、怪しい行動をとっていたあの2人は、神様と交信していたというのかっ!
……陛下、神様相手に、ふんぞり返っていたというの……なんて大胆な……。
「ルイーズ~混乱するのもわかるけどさ。百面相しちゃう気持ちもわかるけどさ。今度は抱き合ってるよ」
「っ!! 」
だ、だ、だ、だ、抱き合うだとぉぉぉぉぉっ!!
ギ、ギ、ギと頭を上げ、空を見上げた瞬間、私は飛び上がって行った。
「あー、れー、はー、許されないっっっ!!! ━━━━」
「いってらっしゃい━━」
だめ、許さないっ。
母様という最高の女性を妻にしておきながら、他の女性━━神様(仮)と抱擁するなんて。あってはならぬこと。
如何様な理由があろうとも、娘として見過ごすことは出来ない。
父親の浮気現場なんて、見たくもないっ。
「だめぇぇぇっ!! はーなーれーろーっ!! 」
父様を神様(仮)と引き離すっ。
あの父様とて、この渾身の一撃を喰らえば、弾き飛ばされるだろう。
そう思い、私は拳にマナを集め父様に突進した。
だが。
「邪魔だっ! 」と、一言告げた父様は容赦なく私を、突き飛ばした。
「グアァァアァァァッ!! 『身体強化』! 」
と盛大な悲鳴を轟かせながらも、私は咄嗟に身体強化をかけた。
吹き飛ばされ慣れていると、咄嗟の判断が出来る。
本当、慣れって大事━━
━━━━ドォゴォオオオン!!
土塊を巻き上げたおかげもあって、勢いが削がれ、大木に衝突した割にはダメージが少ない。
「グホッ、ペッ」
いっ、いたたたたっ。口に土が入って気持ち悪いし、痛いのは痛いけれど。
お腹に蒙古斑くらいの青痣を作ったくらいで済んでいるだろう。
「ルイーズ、大丈夫? 」
いち早く駆けつけてくれたフェオドールが、ヨタヨタと立ち上がる私を支えてくれた。
他の皆も、こちらに向かって駆けてくる。
「『回復魔法』。フェオドール、殿下を呼んできて。そして、他の皆は少し離れていて」
「う、うん。それはいいけど。本当に大丈夫? 」
心の底から、私を案じてくれるフェオドール。
「ええ、ありがとう。私は大丈夫よ。けれど、あまり時間がないから、早くお願い」
「わかったっ! 」
フェオドールが殿下の元へ駆けて行く。
その間に、私は先ほど見た光景を整理する事にした。
父様に向かって行った時、一瞬だがあの女性━━神様(仮)の姿が見えた。
あれは、神なんかではない。神が人の首元に牙を突き立てるはずがない。
あれは吸血鬼、バンパイアだ。
吸血鬼ならば、対処のしようがある。
吸血鬼は、ニンニクを嫌う。十字架で火傷をする。聖水でも火傷を負う。
太陽……ん? この世界の吸血鬼は太陽の光に強いの? 夕暮れだとはいえ、夕日に当たっても無傷なのだから。
さすが、異世界版吸血鬼……陽の光を模した攻撃は避けるべきという訳ね。
ともあれ。
「ルイーズ。殿下をお連れしたよ」
まずは、陛下を安全な場所へ避難させるのが先決。
それには、殿下の力が必要不可欠。
「殿下。あの空に浮かぶ2人は金狼仮面と赤狼仮面です。そして、もう1人は、吸血鬼に違いありません。私が吹き飛ばされる前、一瞬ですが生き血を啜ろうと、牙を突き立てていましたから」
「なんだとっ! 」
「そして、金狼仮面と赤狼仮面は何かしらの精神攻撃を受けた様です。私を認識していませんでしたから……」
「うん? 金狼仮面と赤狼仮面は、ルイーズ嬢の事を知っているのか? 」
「ええ、もちろん。誰よりも身近な存在ですもの……」
金狼仮面と赤狼仮面の素性を伝えるべきなのだろうか……黙っていた方が良いのだろうか……。
……いえ、余り猶予はないわ。
「殿下、お聞きください。金狼仮面の正体は殿下のお父上であらせられる陛下に御座います。そして、赤狼仮面は私の父、アベル・ハウンドでございますっ」
なので、真実を殿下に告げた。
「っ!! 金狼仮面が父上……赤狼仮面が宰相……だと……」
真実を知った殿下は、嬉しいのか悲しいのか。良く分からない表情を浮かべている。
「殿下っ! 精神攻撃を受けた2人を正気に戻すには、殿下のお力が必要なのです。ですから、私と共に」
一刻を争うこの状況を打破するためにも。
殿下を上に連れて行き、陛下を正気に戻さなくてはならない。
もしくは、気絶させて安全な場所へお連れしなければならない。
だから、一緒に飛ぼうと手を差し出しました。
「わ、私は飛べないが!? 」
「殿下、私が居るのです。私は、十数人程度なら、同時に飛ばせますわっ」
殿下が安心できるように、容易い事なのよと、笑みを浮かべて伝えてみた。
「い、いや━━━━」
しかし、殿下は顔を真っ青にして、フルフルと震えるばかり。
その時、この様子を一部始終見守っていたフェオドールが、陽気な口調でこう言い放った。
「ルイーズ、無理やり連れてっちゃえ」
そうね、連れてっちゃおうか。
「ラジャーッ! 」
と、返答をした私は、殿下の腕を掴み、空へと飛びあがりました。
「うわぁぁぁぁぁっ」
殿下の悲鳴が木霊する。
「殿下。どんなに暴れようとも、落ちたりは致しませんから、気を強く持って下さな」
「ほへぇっ? ……ほ、本当だ……凄いぞ、ルイーズ嬢、凄い。私は飛んでいるぞ」
「ええ、飛んでいますわね。それは兎も角、金狼仮面━━陛下をお救いする為にも、私と殿下の息を合わせないといけません」
「あ、ああ。して、どうすればいいんだ? 何か策でもあるのか? 」
「策と呼べないかもしれませんが……2人で変則的な動きをし、翻弄する事に致しましょう。その時、隙が生まれたのならば、同時に飛び掛かり陛下を確保します。そして、隙がなければ……」
「なければ? 」
「殿下を地上へお戻しします」
「ハッ? 何故だ? 」
「ふふふ、私の最大魔法を打ちこんで、木っ端みじん━━こほん。ダメージを受けていただきますわ。生きていれば、治せますもの。ふふふ」
ええ、私の最大魔法『土・火・風』の複合魔法である『粉塵爆発』をお見舞いしてさしあげますわ。
これで正気に戻ってくれれば良し、戻らなくても威力を試せたってだけで重畳ですものね。
さて。
頬を引きつらせて微笑んでいる殿下に指示というお願いを致します。
「殿下、行きますわよ」
「あ、ああっ! 」
2人で策通りの動きをする。初めは、父様を中心に変則的に動き、陛下との距離を開けさせるのです。
時々、父様の攻撃が頬や腕を掠めるも、普段は使わない『絶対防御』を展開している私達に死角はない。
そう、死角はないでのすが。
チート父様の動きについていくだけで精一杯の殿下は、早々にバテ始めております。
「ルイーズ嬢━━はぁ、はぁ━━まだかっ━━あっ」
━━ガンッ!
「ちっ」
「殿下っ! ご無事ですかっ? 」
「ああ、問題ない」
危ないなぁ。
荒事は苦手で傍観しているのかと思っていた吸血鬼が、攻撃を仕掛けて参りました。
「高貴な方に手を出すなんて、以ての外っ! 」
そう言い放ち、私は吸血鬼に連続回し蹴りをお見舞いする事に決めました。
ビュンビュンと風を切る音と共に、一歩二歩と後退る吸血鬼。
私の蹴りを躱すとは、なかなかの強者のようですわね。
しかし。
足に身体強化を掛け、繰り出した蹴りを躱せますかね?
「とどめですっ! 」
━━バシッ!
「へ、陛下っ」
吸血鬼の前に躍り出て、私の蹴りを軽くいなす陛下。
ちっ、『チート』持ちはこれだから、面倒くさい。
「殿下っ! 陛下がご乱心の様です! 援護に来てくださいましっ」
率先して、陛下に手を挙げる訳にはいかない。
なので、息子である殿下に押し付けましょう。
「わかった。しかし、赤狼仮面がっ━━」
『絶対防御』の障壁を張っているとはいえ、父様の攻撃をひたすら耐え続けている殿下。
こちらに向かう余裕はない御様子。
仕方がありません。あれを使いましょう。
「殿下! 目を閉じてっ! 『閃光』」
ピッカーンと輝く閃光が、吸血鬼と金狼仮面、赤狼仮面の視力を奪いました。
「うわぁぁー、目がっ、目がっ」
……殿下、目を閉じてって言ったのに……もう。
しかし、隙は生まれた。
同じように目を押さえ悶えている吸血鬼と金狼仮面との距離を空けさせる為に、突進致しました。
どけどけですわっ。
陛下と吸血鬼の距離を空ける事に成功した私は、少し油断があったのかもしれません。
赤狼仮面と対峙しようと、振り返った瞬間。
━━バシッ
という音と共に、『絶対防御』の障壁にひびが入ったのです。
父様の一撃でございました。
仮面で素顔は見れないものの、覇気からして父様は本気モードの様です。
これ以上長引かせると、不利になるかもしれない。
「殿下っ! 『絶対防御』の結界がある以上、ダメージは受けませんっ。ですから、一気に押しましょう! 」
「ああっ! 」
2人で、防御壁任せのタックルを決めるっ!
━━ゴンッ!
「くっ」
距離にして2メートル程度だが、赤狼仮面が退いた。
この隙を見逃すわけにはいかない。
クルリと金狼仮面の方に向き直り、殿下に合図を送る。
「殿下っ! 今です! 」
「おうっ! 」
私と殿下はスピードを上げ、陛下に渾身の一撃をお届けする。
1人でやれば、不敬罪で糾弾される。
しかし、殿下を道連れにすれば有耶無耶に出来るはず。
その為だけに、殿下をお連れしたのですもの━━
「不敬罪パーンチッ! 」「っ?! 不敬罪ぱ、パーンッチッ!」
━━ごんっ
「グホッ」
同時に繰り出されたパンチをお受け取りになった陛下は、ぐったりとした瞬間。
下に落ちていく……。
「ちょっ、あぶなっ」
咄嗟に殿下と共に駆け寄り、陛下をお支えした。
うむ、陛下は気を失っている様ね。
「殿下。陛下は気を失っているご様子。地上に戻り、介抱して差し上げて下さいましね」
「ああ。父上……何故この様な事に……お労しい……」
…………。
ほんと、何があってこうなったんだろうね……。
瞳に涙をため、父親である陛下を気遣う殿下。美しいわ。
ああっ、親子の絆って本当に素晴らしいっ。
なんてな事を考えていたら、地上に到着いたしました。
陛下は近衛騎士団長であるダリウスパパに支えられ、殿下の天幕へと入って行かれました。
追従するように殿下もお入りになります。
その背を見送り、私は戦場へと戻るべく友の顔を見つめます。
フェオドール、ダリウス、ララ、カリーヌ。そして、シモンさん。
皆が一様に、表情を曇らせてこちらを見つめております━━いえ、若干1名ニコニコしていますね。
「ルイーズっ! それで、勝算はありそう? 」
フェオドールったら、何故そんなに楽しげなの?
「勝算はありますわ」
ええ、もちろんありますとも。
本来の父様相手ならば、勝機は万に一つって所だったでしょうが。
今、精神攻撃を受けている父様の動きは、本来の十分の一以下でしたもの。
それでも、強い事には変わりはありませんが、勝つ事は可能でしょう。
「そっか、良かった。じゃあ、見物しているから頑張ってね」
だから、何故貴方は、そんなにニコニコして軽いの?
「ええ、頑張って来るわ! でも、近くに居たら危ないかもしれないし、もう少し離れた場所で見ていてね」
「うん」
「皆も、なるべく離れて見てねーーーっ! 今から、剣聖と戦うのだから、巻き込まれたら死んじゃうかもだよーーーっ! 」
そう見物客ならぬ、学生達に声を掛けると、蜘蛛の子を散らすように避難していった。
よし、これで、二次災害は防げますね。
「では、行ってきますっ」
「「「「「頑張れーっ」」」」」
皆の応援を受け、私は赤狼仮面の元へ飛び上がります。
さて、第二ラウンド始めましょうか。
空を駆けながら、『身体強化』と『絶対防御』を念入りに掛けます。
いくら、弱体化しているとはいえ、父様相手に油断は禁物というもの。
愛娘にデレデレな父様が、実力を出し切って、私と剣術の鍛錬をしてるとは思えませんしね。
きっと、想像より、数倍。いえ、数十倍は強いと思った方が良いでしょう。
父様の前に躍り出た私は開口一番、こう言い放ちました。
「さて、赤狼仮面! 私と戦いましょう! 」
「…………」
「なっ、何なのよ。あなた誰? 」
コクンと頷く父様の頬に、挨拶代わりのパンチを繰り出します。
ふふ、さすが父様。容易く避けて下さるわ。
だが、拳の風圧で、仮面がずれましたね。
隙ありっ!
━━バシッ、ガンッ、ガッ、バシュッ
この蹴り、このパンチ、このチョップ。どれをとっても、いつもよりキレがありますわ。
ふふふ。
しかし、有利なのは一時だけ。
父様が反撃に出ました。
剣を鞘から抜く事はいたしませんが、剣聖の剣技。目で追うだけで、いっぱいいっぱいです。
━━ガンッ、バシッ
「ぐふっ」
父様の圧倒的強さ、ちょっと骨身に沁みました。
けれど、こんな傷。
「『回復魔法』」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。何故勝手に、戦闘始めているのっ」
なにやら、吸血鬼が置いてけぼりにされ、切れている模様。
されど、構っていては、父様に勝つ事など出来やしないのです。
拳を繰り出せば、上体を反らせ回避する。蹴りを繰り出せば、半歩下がり回避する。
チョップを繰り出せば、真剣白刃取りの様に掴まれてしまう。
あ~れ~?
あんまり弱体化してなくない?
ならば、私も本気モードで相手をしましょう。
右手に『風』左手に『氷』足には『炎』といった属性付きマナを纏い、決戦に挑みます。
「行きますっ! 」
先手必勝とばかりに、躊躇なく攻撃を繰りだします。
右の拳に纏った『風』は、赤狼仮面の仮面をずらし、左の拳に纏った『氷』は、赤狼仮面の武器を持つ手を凍らせた。
そして、手札を封じられた赤狼仮面が、次の手に躍り出ようとした瞬間。
『炎』を纏った足が、赤狼仮面の胴を直撃した。
━━ボフッ!!
「グフッ」
さすが、私の付与付き衣装ですわね。焦げ焦げにならず、綺麗なまんま。
自分の仕事っぷりに酔いしれていると、体勢を立て直した赤狼仮面が剣を片手に近づいて来た。
いつの間に、溶かしたのっ。
━━ガンッ
「くっ」
なんて重い一撃っ。だが、負けてられません。
私の拳が唸る。
ここで負けては、父様を正気に戻すことが出来ない。
できなければ、家庭崩壊、離婚の危機。
拳圧と剣圧が衝突し、空に轟く。
やまびこの様に、木霊しながら轟いている。
「ふぅふぅ」
「はぁはぁ」
いくら父様とて、お疲れが見えて参りましたね。
夜のとばりも下りて来て、これ以上長引かせれば、互いに不利。
この手は使いたくはなかったけれど……。
仕方がありません。
いざ。
「私のこの手が光って唸る。父様に一撃をと輝き叫ぶっ! 『必殺っ! 低周波治療拳ンンンッ!! 』」
『究極魔法』を纏った拳が父様の頬に炸裂いたします!
いくら仮面でお顔を覆われようとも、電撃の通る金製品。
威力マシマシでの必殺拳にございます。
「グァァァッツ!! ァァ…………ア? …………」
「ふっ、決まった! 」
・
・
・
こうして正気に戻った父様には、軽くお説教をした後、退避していただきました。
さて、第三ラウンド。
私と吸血鬼の戦い。いざ、開幕ですわっ!
映画に登場する吸血鬼は、動きが瞬間移動してるんじゃない? ってな感じの素早さがある。
けれど、この吸血鬼に素早さはない。
拳に『風』を纏わせ、鳩尾めがけて、繰り出すっ。
━━ボフッ
「グホッ」
繰り出すっ。
━━ボフッ
「ガハッ」
…………?
あれ? この吸血鬼、弱くね? って思い、攻撃をいったん中止して見つめていたら。
周りに立ち昇っていた瘴気が、吸血鬼を包み込んだ。
すると、先ほど与えたダメージが、みるみるうちに癒されていく。
あ、ずるい。瘴気で回復するなんてずるい。
長期戦になる予感がピシパシとする。
これは、回復する隙を与えてはいけない。
私は拳に『究極魔法』を纏わせ、吸血鬼の頬めがけて、攻撃を繰り出した。
━━ゴッ
「ガガガガッ、アダダダダッ」
…………。
こ、これ、女性にしていい攻撃じゃないわ。
………余りの苦悶っぷりに良心を痛めた私は、直視できずそっと視線を逸らした。
そして、反省した私は『風』を拳に纏わせ、臨戦態勢で待ち構えている吸血鬼に向かって、距離を詰める。
先ほどのダメージは瘴気がすでに癒した様だ。
しかも、短かった爪がニュキニョキっと伸び、鉤爪の様に変化していた。
「この小娘っ! 許さないっ」
ビュンと風を切る音が私の頭部を掠めるが、咄嗟に上体を屈めて回避した。
「許さないのはこちらですっ。父親を唆されて━━黙ってみていられますかってっ━━」
屈んだ状態のまま、吸血鬼の脇腹に一撃を加える。
鈍い音と共に、「カハッ」と漏れ聞こえる声と血飛沫。
吸血鬼はかなりのダメージを受けたと思われる。
だが、暫くすると癒されてしまう。
何度も何度も、吸血鬼を癒す瘴気。
この瘴気を何とかしなければ、永遠に戦いは終わらないだろう。
吸血鬼の攻撃を躱しながら、有効な手段を模索する。
瘴気は巫女様以外の者は、浄化できない。
では、どうする。
吸血鬼の苦手なニンニクを用意する? 否、持っていない。
聖水? 否、それも持っていない。
十字架? 否、持っていない。
…………いや、待って。
十字架なんて、腕を十字にすればいいんじゃない?!
要は形でしょ? 形が十字架なら、効果は望めるわ。
「フハハハハ。吸血鬼っ! 貴方はもう終わりよっ」
声高らかに宣言する。
腕を十字に組んでね。
詳しく説明すると、Mなんちゃら星雲からやってきた某ヒーローみたいなポーズね。
「…………? 」
吸血鬼がポカンとしている。
効いてない?
はっ! いくら十字架だろうとも、神に祈りを捧げなければ、効果なしという訳ね。
では、神に祈りましょ。
神様……吸血鬼を弱体化してください……。
神様……むにゃむにゃ……。
よし、ついでに神々しい光を演出するために、光魔法を発動してみましょ。
陽の光と光魔法は違うから、効くでしょう。
たぶん。
「『光の矢』」
詠唱と同時に、十字架から放たれた光の矢が吸血鬼に降り注ぐ。
「ギャァァァァァァアッ!! 」
そして、無数の光の矢━━神の裁きを受けた吸血鬼は、耳を劈くような悲鳴をあげ、湖へと落ちて━━
「ちょっ、あぶなっ」
湖なんかに落ちたら、死んじゃうと思って、咄嗟に抱きかかえたものの、どうしようこの吸血鬼……。
地上に下ろしたら、また『魔眼』を掛けてくるかな?
…………。
そうだっ! 目を覆い隠せばいいんじゃない? ついでに暴れない様、縄でくるくるっと巻いておけば安心よね。
斯くして私と吸血鬼の戦いは、幕を閉じたかのように見えた。
だが、もう一悶着あった。
吸血鬼は、縄でくるくるに巻かれていたにも関わらず、爪で切って脱走しようと試みたのだ。
しかし、友の手助け━━十字架による攻撃によって、大ダメージを負い漸く静かになった。
「十字架って効くね~」
「ええ本当に。十字架という切り札が無ければ、負けていたかも知れないわ」
「「「「えっ!? ルイーズが? 」」」」
「そうよ。瘴気で延々と回復していたのよ。いずれ、体力も限界が来るだろうし。負けていたわ」
「十字架様様だね」
「ね」