64話
深夜。
小枝をポキッ、『はっ! しまった! 』『誰だ! 』という定番を避ける為。
息を潜めず、ゆらり、ゆら~りと空を漂いながらの隠密行動をしているルイーズです。
鬱蒼と茂る木々がうまい具合に姿を隠してくれて、ヒソヒソしながらもキャッキャッと歩く金狼仮面と赤狼仮面の後を追う事が出来ておりますが……というか。
あの2人、楽しそうだな。
手に持つ、革袋を取ったり、取り上げたりを繰り返しているその姿は。
『返せよ~俺のゲーム~』
『へへ、いいから貸して見ろ。俺が初めにクリアしてやるからよ』
『やめてくれよ~』
まるで、仲良く歩く男子学生みたい。
もしくは。
『へへ、こいつぁ、上物ですぜ、旦那』
『おい、気安くさわるんじゃないっ。こいつは俺のものだ』
『旦那ぁ、そいつぁ、ひでぇですぜ。わっしにもわけてくだせぇよ』
ってな感じの、小悪党風でもある。
仮面で表情が隠れているし、話し声も聞こえないから、全て想像だけどね。
しかし、ヒソヒソしてるのは確かなんだけれど……見られて困る風ではないんだよ……。
何か、ろくでもない事を企んでいるような気がしたから、後を追ったのだけれど。
私の早とちりだったのかな?
面白いものが見れないのならば、長居は無用とばかりに、クルリと方向転換した時。
視界の端で何かが光りました。
なんだ?
目を凝らし、光った物を見つめます。
あれ?
あれは通信用の宝珠だわ。
サクラおばあ様から譲り受けた宝珠の簡易版として制作された通信のみが可能な宝珠。
言うなれば、異世界版電話機━━魔道具ね。
ふふ、あれが完成した時の父様とのやり取りを思い出したわ。
父様ったら、あんなロマンが詰まったアイテムを見せびらかしておいて、欲しいとおねだりした私にこう仰ったのよ。
『誰と話すんだ! 相手を言いなさい。もしかして、ブライアンの息子か! もしくは騎士団長の所の息子か! ああっ! ナギかっ、ナギなんだなっ! 私の愛娘を誑かすとは許せん』ですもの……。
娘を思う父親としての反応なのだろうけれど、前世で携帯が欲しいとねだった時の父親の反応と被ってほのぼのしちゃったわよ。
ちなみに、相手はジョゼだと伝えたら、『良い案だ』と賛同して下さり、早々に用意して下さったわ。
何故だか、父様専用まで受け取ったジョゼは苦笑いを浮かべていたけれどね。
通信魔道具を取り出して、父様と陛下は誰とお話するのかしら?
天使成分が不足して、ジョゼとお話するのかしら?
う~ん、それだと陛下と共に行動するのはおかしいわね。
では、誰?
声が聞えないもどかしさに悶え、空中で地団太を踏んでいると、
━━シュンッ! パリンッ
と、言う音と共に張っていた結界が弾け飛んだ。
「ひっ」
ちょ、ちょっと! 娘に剣圧なんて飛ばす?
死ぬかと思ったじゃない。
ちらりと走馬燈が過ったじゃない。
追いかけた私が悪いのかもしれない。だけど、あれは娘に向けて放っていいものじゃない。
冷や汗をかきながら、下に視線を向けると、赤狼仮面━━父様がこちらに向かって飛んで来た。
「なっ、なんだ、ルイーズじゃないか。こんな場所で何をしているんだい? ここは危険だから、早く天幕に戻りなさい」
いや、一番危ないのは父様だからね。もう少しずれてたら、私真っ二つだったからね。
そう思い頬を膨らませていると。
「ああっ、私の娘はいくつになっても、どんな表情を浮かべても愛らしいね」
父様は、そう仰いながら、にこやかに笑みを浮かべて頭を撫でて下さいますが。
意固地になった私は、嫌味の一つで言ってやろうと、口を開いた。
「ふ、ふ~んだっ。父様なんて━━嫌いではありませんけど、お話するのも嫌ではありませんけど、けど……ごわがったんでずがらねぇぇぇっっ!!!!!! 」
うまい嫌味が思いつかなかった私は、八つ当たりをする事にした。
━━ポカッ、バシッ、ポカポカッ、ゴンッ
静かな森の中で、鈍い音が響き渡る……。
「おお、よしよし。すまなかったね。余りにも強大な力を持つ何かが空に浮かんでいたから、威嚇に放ったんだが……まさか、それが愛娘だとは思わなかったんだよ」
娘に八つ当たりをされつつも、よしよしと頭を撫でて訳を説明して下さる父様。
うん? 強大な力?
「父様、私の気配を何だと思ったんですの? 」
「いや、うむ、コホン。ドラゴンだと思ったのだよ」
ど、ドラゴンって……今日はドラゴンに呪われているのかってくらい、話に上るわね。
しかし、こんな幼気な娘をドラゴンと見間違うなんて、父親としてどうなのよ。
━━ポカポカ、ポカポカッ
「る、ルイーズ? 何故、攻撃を続けるんだい? 父様は素直に白状したよ」
「素直すぎるのですわっ。愛娘をドラゴンと見間違うなんてっ。確かに、可憐な少女とは言えませんけど、深窓の令嬢でもありませんけれどもっ」
━━ポカポカッ
「娘ですのよ。女の子、な、の、で、すっ!! 」
そう言いきって、プイっとそっぽを向くと。
「何を言ってるんだ?! ルイーズは美しくも荘厳なドラゴンを見たことがあるのかい? 」
ゲームの中で現れたドラゴンは、ノーカンとして実物は見たことがないわ。
「いえ、ありませんけど……」
すると父様は大業に両手を広げ、ドラゴンの美しさについて語りだした。
如何様な攻撃をも弾き返す虹色に輝く美しい鱗。全てを見通すかのような金色に輝く瞳。
一度、翼をはためかせれば、大木すらも薙ぎ倒してしまう力強さ━━━━
等々……。
云々かんぬん…………。
家の父様、ドラゴン信仰でもしてるの?
…………。
ん? 下でボッチ陛下が、宝珠で誰かとお話をされていらっしゃいますね。
はは、陛下楽しそう。
なにあれ、空気椅子でふんぞり返っているわ、フフフ。
あ、ああ、電話口でペコペコお辞儀しちゃったりするあれと同じなんだわ。
ん?!?
いえ、待って……。
何か見えるわ。
目をギュッと閉じた後、腕でゴシゴシっとこする。
目をパチパチっとして、陛下の方を凝視します。
ああ、見えるわ、陛下。玉座に座り、家臣に命を下すその姿が。
陛下は今、執務をされていらっしゃいますのね……。
「━━なんだよ。わかったかい、ルイーズ? 」
「え、ええ、父様。父様は誉め言葉としてドラゴンと仰ったのですね。けれど、うら若き乙女である愛娘相手には、ドラゴンと言わず、花などで譬えて下さってたら、父様の好感度は益々アップ━━もとい、急上昇でしたのに……残念ですわ」
ふぅと溜息を吐きながら、下に目線を向けて残念がってみた。
「あっ、ああ……好感度が……」
空中でorzポーズする人って、初めて見たわ。
悲壮感漂う父様を見るのはしのびないし、そろそろ許して差し上げましょうか。
元はと言えば、私が後を付けてこの状況を作ってしまったのだしね。
「いいえ、父様の好感度は常に満タンですので、ご安心くださいな」
「ああ、ルイーズ、私の愛娘━━」
ガシッと抱擁を交わし、確かめ合う親子の絆。
月明りに照らされた2人のシルエットを見た者は、きっとこの幻想的なシーンに心がほっこりする事でしょう。
「で、父様。陛下を放って置いて大丈夫ですの? 何やら先ほどから、1人楽しそうですけれど」
「うん? っっっ!! ちっ、ぬかった。る、ルイーズ、きちんと天幕に戻るのだよ━━」
「え、ええ、はい━━」
私の返答を最後まで聞かず、父様は脱兎の如く、陛下の元へ降りて行かれました。
……父様、舌打ちしたよね。
……誰も聞いていなかったし、まっ、いいかぁ。
さて、夜のお散歩は終わりにして、帰りましょう。
・
・
・
天幕に戻った私は、走馬燈に現れた『北京ダックもどき』を作り始めています。
「嬢ちゃん、こんな夜更けに何を作ってるんだ? 」
「これは、『北京ダックもどき』と言って、先ほど死の恐怖を味わった時に、思い出したメニューですわ」
「死の恐怖っ!? 」
「ふふ、シモンさんったら、そんな驚愕に満ちたお顔をせずとも、私はこうやって無事に生きて戻ってきておりますでしょう? ご安心なさって」
「ご安心なさってじゃないだろう。何があった? 」
「ふふふ、ちょっとした手違いですわ。空からあの2人を付けていたのですけれど、見つかってしまったのですわ」
「っ! 叱られたのか? 」
「いえ、叱られたりはしませんでしたわ。ちょっと、私の気配とドラゴンの気配を見間違った父様に剣圧を飛ばされ、死の恐怖を味わっただけですもの。オホホ」
「…………よく、無事だったな」
「防御結界を張っておりましたからね」
「張ってなかったら? 」
「軌道がずれていましたから、腕に傷を負うくらいで済んだと思いますわ」
「……良かった……無事で良かった」
「心配して下さって、ありがとうございます。次からは正々堂々と後を追う事に致しますわ」
「後を追わないという、選択肢はないのか? 」
「……不穏な動きをする者の後を追う事は、私に課せられた定め。気分が乗ってる間は何処までも追い続けますわっ」
「……ちなみに聞くが、気分が乗っていない時は? 」
「放置ですわね」
「……そうか」
そんな報告を兼ねた会話をシモンさんとしながら、完成した『北京ダックもどき』を頂く事に致しました。
もっちりとした皮の中にパリパリの鶏皮と千切りにしたシャキシャキの野菜。
それらと甜麺醤代わりの甘く味付けした赤みそが混然一体となって織りなすハーモニーは、初めて食したシモンさんをも虜にした模様。
「うめぇっ! なんだこれ、うめぇっ」
「北京ダックもどきですわ」
「ぺきんだっくもどきって、うめぇな」
「そうでしょう。走馬燈に現れるくらい、美味しいのですわ」
「やばいな、俺の走馬燈にも現れるかもしれん」
「その時は、お作りいたしますわね」
「ああ、頼んだ…………ん? 」
「冒険者は危険な職業ですもの。何度も死線を潜り抜けるでしょう? ですから、何度も食べることが出来ますわ」
「そ、そうだな。うん、そん時は頼む」
「はい、お任せください」
深夜に北京ダックもどきを食べ、満足した私は見張りの交代要員フェオドールとララを叩き起こし、就寝いたしました。
ちなみに、なかなか起きない2人の耳元で囁いた言葉は「北京ダックもどきがあるよ」でした。
北京ダックもどきは、色んな人を虜にする最強フードの様です。
・
・
・
遠征3日目。
相変わらず、怪しい動きをする金狼仮面と赤狼仮面を横目に、ながら鍛錬をこなした私達。
本日の成果は、シモンさんが攻撃力のある『ウィンドカッター』を放てた事と、殿下がポッキンアイスくらいの『アイスブレード』が作れたことです。
後、カリーヌの『炎の鞭』の際に繰り出す高笑いが、殿下を魅了━━怯えさせることに成功いたしました。
これは攻撃力UPと言って、差し支えないでしょう。
他に、ララの空中散歩が10メートルを記録致しました。
浮くだけで苦労していましたのに、目を見張る成長っぷりです。
ん? フェオドールとダリウス?
あの2人は……。
「僕、必殺技名を考えたんだよ」
「へぇ、奇遇ですね。私もです」
「大剣に風を纏わせて放つ『風の調べ~死の囁きを以て~』ってどう? 」
「いいですね。とても、心をくすぐる技名だと思います。私は炎を武器に纏わせる『煉獄夢幻円舞』にしました」
「かっこいいね。なんだか、胸の辺りがワクワクってなる技名だよ」
こんな感じで、ずっとくっちゃべっております。
ええ、朝からずっとですわ。
男同士の会話に口を挿むのは、野暮というものの。
そろそろ、こちらを手伝って頂きましょうかね。
「フェオドールっ、ダリウスっ。天幕張るの手伝って! 」
「「はーい」」
3日目の野営地である『フラウ湖』の畔を陣取り、天幕を張る私達。
この場所を指定したのは、殿下でした。
『朝焼けで煌めく湖が見たいゆえ、ここにしよう』と。
本当は、湖から離れた所が良かったんですよ。湿気が凄いからね。
べたってなるの嫌じゃない?
でもね、夕焼けに照らされ輝く湖の美しさを目の当たりにした瞬間。
『良いですね。ここにしましょう』と、口走っていたわ。
ふふ、私も現金なものね。
「ねぇ、ルイーズ」
「なあに? フェオドール」
「あれって、金狼仮面と赤狼仮面だよね? 」
フェオドールがそう言いながら、空を指差していた。
「うん? 」
なので、フェオドールが指す先に視線を向けてみると。
フェオドールの言った通り、赤狼仮面と金狼仮面と、もう1人知らない人が浮かんでいました。
「そうね。金狼仮面と赤狼仮面……と誰? 」
自由に空を飛ぶ人なんて、私と父様と陛下以外に知らない。
私はここにいる。
「ねぇ、ルイーズ」
「うん? 」
「空で、金狼仮面と赤狼仮面が跪いているよ」
「はっ?!? 」