昇進
カイルとレナは、謁見のために玉座に座る皇帝陛下の前まで歩いて行く。
そして定められた位置、玉座の前までやって来て止まった。
(跪いて)
(解っているわよ)
妖精魔法でカイルが指示するとレナは怒ったように返事をして、右膝を立てて跪いた。
「アルビオン帝国海軍士官候補生カイル・クロフォード及びレナ・タウンゼント。表を上げよ」
『はっ』
儀典長の声に二人揃って返事をすると頭を上げた。
相変わらずやつれたような顔だが、精一杯笑顔を見せようとしている。やはり優しい隣の小父さんだった。
変わりないようで少しホッとするが不安も感じてしまうカイルだ。
そんな小父さんが口を開いて言葉をかけた。
「先の海賊討伐において多大なる武勲を上げたとの事。褒め称えよう」
「有り難きお言葉です」
カイルは、かしこまって答えた。
皇帝陛下と言うことで緊張するが声は昔のままでホッとした。だが、気を緩める訳には行かず何とももどかしい気分をカイルは味わった。
「この功績に対して帝国は二人に帝国武勲章を授ける」
皇帝が宣言すると、儀典官が黒を基調に宝石をあしらった十字の勲章二つを持って来て、傍らに居たウィリアム皇太子に渡した。
武勲を上げた軍人が賞されるのは信賞必罰の上で必要だ。
通常は海軍内で海軍勲功章、顕著な者に海軍武勲章が与えられる。
しかし、今回与えられるのは<帝国>武勲章。
帝国自らが軍人に対して与える、最高クラスの勲章であり滅多なことでは与えられない。
こうした謁見の場で与えられるのは更に誉れを示すものだ。
だがカイルがエルフということもあり、嫌悪の目で見る者も少なからず、いや殆どの人間が嫌っていると言って過言ではなかった。
しかし、既に式は始まっているし皇帝陛下の意向では無視できない。何より相応しい武勲も立てており表だった異議を唱える事は出来ず、見ているだけだった。
差し出された勲章をウィリアムは、手に取るとまずカイルの元にカイルの胸に付けた。
「おめでとう」
付け終えると屈託の無い笑顔でカイルに個人的なお祝いをウィリアムが言ってきた。自分だけに向けられた言葉にカイルは嬉しくなったが、皇太子としては不用心と思う。
それでも嬉しいのはカイルがこれまで友人がウィリアムのみだという事もあった。
何しろ幼馴染みとしてお互いに名前で呼び合った仲だ。ウィリアムもカイルには心を許し家族の間だけで使われるウィルの愛称を使う事をカイルに許していた。
続いてウィリアムは隣にいるレナの胸にも勲章を付けようとしたが、固まった。
礼服の上からも解るレナの見事な物に触れる事をウィリアムを躊躇させていた。
二次性徴が始まり、異性を意識し始めているのが手がぎこちない。そのため時間が余計にかかり触れる時間がより多くなっている。
レナの方もこそばゆくなり始め、ただ胸を触るのが目的では無いかと思いはじめ握り拳を作り始める。
(やめて)
カイルが小声で伝えて平常心を取り戻し大人しく勲章を付けて貰い、ようやく終わった。
その瞬間、文武百官の間から拍手が沸いたが疎らだった。
エルフであるカイルに対する偏見もあって歓迎されていない。
「ふむ、やはり二人とも中々よく似合う」
ただ皇帝陛下と皇太子だけは喜んでおり、参列者も二人の心証を悪くしないために拍手をするしか無かった。
海軍側も手放しに喜ぶような状況では無かった。
二人が、海賊討伐の任務で活躍したことは既に知られていた。
ただ、カイルはともかくレナに与えられるのはおかしいというのがブレイク乗員の感想だったが、これには海軍内の理由がある。
海賊討伐の際、一隻の戦列艦が海賊船三隻に囲まれて攻撃された。
幾ら大型で戦闘力の高い戦列艦とはいえ、多勢に無勢で釣瓶打ちにされマストは全て破壊され艦長も戦死。上級士官の多くも戦死して四等海尉が指揮を執る状態では降伏するしか無かった。
通常ならこれは仕方ないと考えられるのだが問題はその後に起きた身代金の支払いだ。
海賊を根絶するために出撃したのに、海賊の捕虜となり捕虜解放の為に身代金を渡すとは何事かと議会で問題となったのだ。
既に解放され帰国していた件の四等海尉は軍法会議に掛けられ死刑が決定し銃殺に書された。
提督達、特に単独で戦列艦を派遣した指揮官の責任を回避するために、彼に責任を転嫁するべくあえて厳しい処分を下したのだ。
しかしこのままだと海軍の失点ばかりが目立つことになる。
そこでイコシウムの再占領で火船に乗り込んだ二人を叙勲させることで英雄に祭り上げ海軍の成果を強調させることにした。
だが、その指揮を取ったのは事もあろうにエルフだった。
エルフに対する偏見は根強く海軍がエルフを使って呪いを掛けたとか不名誉な噂が立つことは不味い。だがカイルの功績は既に現場で知られており、これを否定すると現場の士気が下がる。
そこで有名な女海賊の船に乗り込み二対一で戦った紅目赤髪で見栄えの良い女性候補生も一緒に叙勲させることにした。結局、退却することになったとは言え、女海賊と女性士官の戦闘は見栄えがするので受けが良い、という事でレナへの叙勲も決定した。
無視できない功績を上げたこしゃくなエルフに栄誉を独占させないため、宣伝のために選ばれたアイドル。それがレナが推薦された理由でもあった。
このような裏事情もあり、二人の叙勲を心良く思っていない人間は多かった。
「二人ともこれからも海軍ひいては帝国の為に活躍することを望む」
『今後も海軍軍人として職務に精励します』
それでも温かい陛下の言葉にカイルとレナは言葉を揃えて答えた。
散々練習して覚えた言葉だ。
昨日は礼服を注文した後、直ぐに宿に入って謁見の練習を行いレナの体力が尽きるまで繰り返し練習した。
その後労いと祝いを兼ねて宴会をやったのは失敗だったが、成果は出た。
とりあえず、これですべき事は全て終えた。
カイルはホッとしていると陛下は更に言葉を紡いだ。
「これほどの武勲がありながら、未だ候補生というのは非常に惜しい。余は彼らが更に活躍出来るよう海尉心得に昇進させることを認める」
海尉心得とは、海尉の見習いだ。
候補生と違って士官室に移り海尉とほぼ同じ職務をこなす。事実上の昇進に近い。
だが、一年半以内に昇進試験に合格しなければ取り消され候補生に逆戻りする階級だ。
通常は候補生を三、四年務めてから昇進するのが普通だが、二人とも入隊してから一年にも満たない。これは異常な速度だ。
それも皇帝陛下が直々に認めるのは希だ。
武勲艦全乗員の階級を一つ上げた事はあるが、個人に与えられるのは珍しい。
まあ昇進したのは嬉しいが妬まれないか心配だ。
とりあえずカイルとしてはこのままブレイクの乗員と共に起きるであろう対ガリア戦を戦えれば良いなと思っていた。
「さらに特に顕著な功績を残したブレイクの乗員に新しく戦列艦を与え海軍に一層尽くすことを願う」
あ、無理だ。
笑顔で述べた皇帝陛下の言葉に自分の望みが絶たれたことをカイルは知った。
ここで異議を唱えることは、出来ない。
皇帝陛下と言うより、良い小父さんの言うことを断れない。
善人が善意で行う事が当人達にとってありがた迷惑であっても断りにくいのと同じだ。悪意が無いだけによりタチが悪い。
こうしてカイル達の転属が決まった。