皇族
「うわ……」
(黙って)
皇帝陛下に近づいて御尊顔がよく見えるようになったときレナが言葉を出そうとしたが、すぐさまカイルは妖精魔法で声を掛けて制した。
(けど)
(解っているよ)
レナが口の中だけで声にしてカイルに言葉を伝えると直ぐに妖精魔法で聞き取り返事を返した。
レナもカイルも艦上生活、特に当直中の見張りで視力は良い。
そのため遠くからでもある程度、表情を見る事が出来る。数十メートル離れた玉座に座る皇帝陛下の顔も見ることなど雨の甲板を見るより容易い
そしてレナが初めて見る陛下の顔は
(人の良さそうな、やつれた近所の小父さんね)
(そうだね)
事実だったのでカイルは小さな声で同意した。
(……やけにあっさり同意するわね)
(隣近所の良い小父さんだったからね)
(不敬じゃないの?)
(事実だよ。領地が隣だったんだ。よく遊びに行ったよ)
カイルは帝国最北端のクロフォード公爵領で生まれ育った。その隣は帝族の一員だった現ジョージ三世が第五皇子として統治する領地があった。
(現役の海軍将校時代、父と親交があったし司令長官と参謀長の関係だったこともあって家族ぐるみの付き合いだったよ)
(どうしてそんなところにいたの)
(……後継者争いから逃れるためだよ)
一二年ほど前、百年戦争が終わったのは当時の皇太子殿下が東奔西走して講和を纏め上げエウロパ条約を結んだからだ。
だがその過労が祟って暫くして皇太子殿下は病没した。
しかも皇族の多くが先の戦争で戦病死していたため、帝国では後継者争いが激しかった。
それに嫌気がさした第五皇子は、帝都から逃げだし帝国北方の領地に引きこもった。
幸い、隣には心通わせる最大の親友ケネス・クロフォードが居り家族ぐるみで付き合い平穏な日々を過ごした。
(けど、六年前に先帝が無くなられたとき、継承の為に暗殺や謀略が頻発してね、終結したときには上位後継者は死亡するか獄に繋がれていた。で、最上級になったジョージ陛下が即位された)
ただの予備役海軍提督にすぎず何年も帝都から離れていた人の良い隣の小父さんがいきなり皇帝という重責を担うことになり、余りのショックに泣いていたのを物陰からカイルは見ていた。父以外には話していないが、カイルは同情し出来る限りの手伝いを心に決めていた。
(で、即位した後、父は陛下を補佐するために帝都へ。僕も新たに即位した皇太子殿下に仕える侍童としてアヴァロンに入った訳)
(ああ、それで詳しかったのね)
先ほどまでカイルが入り組んだ迷路のような通路を迷うことなく進んだことにレナは驚いていたが、かつて居住していたというのなら詳しいことにも納得だ。
その時、レナはある事に気が付いた。
(ところで皇妃殿下は何処に?)
結婚されていたことを思い出してカイルに尋ねた。
(六人目か七人目がお腹の中にいるか、出産後なので出て来ないんじゃないかな)
(そんなに多いの?)
(子供を産むのが好きなんだよね)
何故か解らないが、領地にいたときから子供を作ることに熱心だった。
そのため、カイルが出会うときはいつもお腹が大きいという印象しか覚えていない。
信心深いせいかエルフ嫌いでカイルのことを避けていたため、出会った事は少ないことも大きく作用していた。
(よく見ると本当にやつれているね)
(そうだね)
一年以上前にあったときより更に陛下の顔は、やつれているように見えた。
皇帝としての職務の重責のためか、夜が激しすぎるか、いつも目の下に隈を作っている。
それでもカイルに対しては優しい人で、この時も精一杯の笑顔を見せてくれた。
危なっかしいな
カイルと同じ金髪をしているが、艶がなく輝きも少ない。皇帝の威厳もなく、衣装を着ていなければそこら辺にいる近所の小父さんに見えてしまう。
(ねえ、横にいるのは?)
陛下の隣には銀髪の目つきの鋭い男の子が立っていた。
(ウィリアム皇太子殿下だよ)
皇帝の長男であり皇位継承第一位の男子だ。
不敬だが、父親よりも顔が引き締まっており、姿勢も良く、威厳に満ちており彼の方が皇帝に相応しいとカイルは思っていた。
だが次の瞬間、印象は一変した。
カイルと目が合うと直ぐに顔の表情を崩し、カイルに向かって手まで振っている。
(……なんか子供っぽいわね)
(うん)
レナの呟きにカイルは同意した。
普段は整った顔なのに、近しい人間といると顔が綻んでしまい、その顔は父親そっくりだ。
(あなたのこと見て、喜んでいるわね)
(お付きとして、仕えていたことがあったからね。まあ遊び相手だったけど。その前からも領地が隣だったから一緒に遊んでいたよ)
ウィリアムとカイルは同い年で、帝都に住んでいた頃学習院で共に机を並べた仲だ。
何より領地にいた頃からの仲で、心通った幼馴染みだ。
互いに領地を行き来して友情を育み、皇太子となってからも侍童として仕えていたが友情は変わらず、私的な空間では友達として付き合った。
四歳の時、ウィリアムが皇太子として帝都に出て行き、カイルは領地に残っていたが毎年のように領地に戻ってきたときには遊んだ。
故に友情を確認できて嬉しかったが、皇族としてあまり宜しくない行動が相変わらずな事にカイルは頭を悩ました。
侍童として仕えているとき、皇太子殿下が残念な行動を起こす理由が側に仕えるエルフが悪事を吹き込んだためだ、という噂が立つ程に。
成長するにつれて、そうした行動がより目立つようになり、全責任を負わされるような形でカイルは追い出されるように侍童を辞めてアヴァロンを去った。
お陰で海軍へ入隊する切っ掛けとなったのだが、釈然としない。
海軍入隊に後悔は無いが、素直に喜べない思い出だった。
少々、苦い思い出が出てきたが、カイルは気を取り戻した。
その時にはウィリアムも一通りはしゃいだのか、落ち着きを取り戻し、元の威厳に満ちた顔をしている。
彼が成長してくれたことにカイルは喜びを感じた。
(ねえ、あっちの女の子、あなたのことを睨んでいるわよ)
(エリザベス殿下は僕のことが嫌いなんだよ)
しかしウィリアムの横にいる長い金髪の少女、ウィリアムの双子の妹で第一皇女のエリザベスは不機嫌な顔でカイルを睨み付けていた。
(あなたよりエルフに似てるわ)
(同感だけど言うなよ)
確かに顔立ちは整っているし長くサラサラな金髪に大きな瞳に幼いながらも優美なラインを持つ身体はエルフに見えなくもない。
だが皇妃殿下と同じく皇女殿下はエルフ蔑視の考え方が強く、カイルが領地に遊びに来る度に睨み付けていたし、帝城にカイルが務めていたときもカイルを幾度も追い出そうとした。
カイルと並ぶと「兄妹のようだ」と言った当時皇子殿下だった父親に言われて心底、嫌な顔をしていたほどだ。
エリザベスだけなく他の弟や妹も同じであり、カイルを露骨に避けていた。
普通なら放り投げるがウィリアムと皇帝陛下が可愛がってくれたお陰で、やってこられた。
だからこそ二人の事を憎めないし、出来る限り応えたいと思っている。
不安要素が多々あってもだ。