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戦争終結

 ピク・マルティの港に向かう途中から風が強くなり、帰投して直ぐに雨が降り始めた。

 捕獲したガリア艦八隻をかろうじて入港させ、ドック入りさせて確保したところで嵐を迎えた。

 激しい風雨は二日間に渡って続いたが、早々に港に引き返して対策を取ったため、被害は無かった。

 一方、ガリア艦隊は上陸部隊の撤収に時間が掛かったため嵐の直撃を受けた。

 風向きも悪かったために座礁する艦が続出。

 戦列艦一隻を含む数隻が座礁によって失われた。

 嵐が止むとガリア艦隊は直ちに出帆し、最も近いポルトー・ガリアへ向かった。


「追撃だ!」


 ガリア艦隊の撤退を見るとサクリング艦長は命じた。


「敵が逃げて行くのを見逃す訳にはいかない!」


 敵が圧倒的に劣勢の状況では攻撃を仕掛けるのがセオリーだ。

 そしてチャンスを逃すようなサクリング艦長では無かった。


「出撃できる艦だけでも向かうぞ!」


 戦闘と嵐で損害を受け、出撃不能な艦もあったが、それで怯むサクリング艦長ではなかった。

 だが、そこへ伝令が駆け込んできた。


「北東より接近する艦隊を発見しました!」


 伝令の報告に全員が緊張した。

 ガリア艦隊なら再び迎撃する必要がある。

 捕獲した戦列艦が一六隻もあるが、乗員がいない。戦列艦八隻と、レナウンを含め九隻のフリゲートで対応する必要がある。


「迎撃用意! 出撃して風上を取るぞ!」


 直ぐに新たな命令を下して準備を整える。

 台風一過という事もあり、外は晴れていて風は南西。

 暫くすれば西風に変わる可能性が高いが、それでも正体不明の艦隊相手には風上を取ることが出来る。

 直ちに出港して正体不明の艦隊と対峙する事になったが、その時、正体が分かった。


「アルビオン艦隊です!」




 現れたのはガリアに対抗して派遣されたアルビオンの増援艦隊だった。

 戦列艦八隻、フリゲート五隻からなる艦隊で司令長官はリドリー提督だった。


「ご着任歓迎いたします」


 先任艦長であるサクリングが真っ先に駆けつけて迎えた。


「ありがとうサクリング艦長。大変な事になっておったようじゃな。儂が方面艦隊の新司令長官としても着任することになった。宜しく頼むぞ」


「はい」


 生き生きとサクリング艦長は答えた。

 何しろ最先任の海佐として方面艦隊の主力を率いていたため、その重圧は相当なものだった。

 それらの重責から解放される事がサクリング艦長にとって嬉しかった。そのため口調も軽くなる。


「しかし、突然の着任ですな」


「先触れの連絡艦を出していたが、嵐に遭ったのかインペリアルタウンへ行ってしまったようじゃな」


 連絡の行き違いは良くある事で特に珍しいことではない。

 それに加えて、ガリアの増援に驚いたアルビオン海軍本部が直ぐに対応。増援艦隊を編成して急行してきたために、方面艦隊には急な来着に見えてしまった。


「ところで、ピク・マルティから出てきたようだが何が起きたんじゃ?」


 リドリー提督が尋ねて来たためサクリング艦長は掻い摘まんで報告する。

 すると、リドリー提督は無表情になった。

 疫病で壊滅状態だった艦隊が二ヶ月ほどで戦力を回復してピク・マルティへ再展開。

 そこで戦闘再開を知らされ、謀略を用いて僅かな損害でピク・マルティを占領。

 駐留艦隊と工廠施設も奪ってしまった。

 そこへやって来たガリア増援艦隊も、罠に嵌めて艦隊決戦に持ち込む。

 二倍の戦力差があったが、風の変転にも助けられて敵艦隊を撃破。大勝利を収めた。


「なんと……」


 リドリー提督が絶句するのも無理も無い事だった。

 だがそれも一瞬の事で直ぐに大喜びして讃えた。


「良くやったぞサクリング。歴史的快挙じゃ!」


 合計で戦列艦一六隻、フリゲート一〇隻を捕獲。戦略的要衝であるピク・マルティの要塞と工廠をほぼ無傷で手に入れた。

 まさしく歴史的快挙と言える。


「直ぐに海軍本部に報告しよう。これだけの戦果じゃ。皇帝陛下からも御嘉賞をいただけるだろう。来年には提督への昇進。そして、いずれサクリング艦長には爵位を与えられるだろう」


 これだけの戦果を上げたのだから賞賛されるだろう。

 現在は昇進停止処分が下っているが、処分明けと共に提督への昇進は確実だろう。


「ありがとうございます」


「これで戦争も決まっただろう。敵は戦列艦を一八隻以上喪失したのだから。対してこちらは最大で一六隻を得た。戦局はアルビオン優位に傾く」


 こちらは戦力が増し向こうは減った。その差は現在解る範囲で三〇隻前後。

 撤退中の敵に損害が出ていたら更に広がるだろう。

 これほどの戦力差はアルビオンが各海域で優勢を確保するには十分な差だ。

 ほぼ拮抗状態だった戦力差が決定的に広がった。先だって決裂した講和交渉が再び動き出す。それも帝国優位で交渉が進むだろう。


「これほど嬉しい話は無い。儂が持ってきた良き知らせが霞むほどだ」


「良き知らせとは?」


「ああ、ミスタ・クロフォードはおるか?」


「はい。ここにおります」


 サクリング艦長に付いてきたカイルは自分が呼ばれて直ぐに答えた。


「良かった。アルビオン帝国海軍フリゲート艦レナウン海尉心得カイル・クロフォード!」


「は、はい!」


 リドリー提督の大きな声にカイルは反射的に背筋を伸ばして答える。

 そしてリドリー提督は懐から一枚の紙を取り出して読み上げる。


「アルビオン帝国海軍フリゲート艦レナウン海尉心得カイル・クロフォード。貴官の武勲および海軍への多大なる貢献に対し皇帝陛下の名を持って海尉に任命する。おめでとうクロフォード海尉」


 そう言ってリドリー提督はカイルに辞令を渡した。

 海尉任官の文字が書かれた紙にカイルは驚きの余り何も言えなかった。


「なぜですか」


 任官試験が失格となった訳だがどうして昇進となったのか不明だった。


「試験には不合格となったが、君の主張が上層部などでも議論の的となり高く評価されたようでね。皇帝陛下の耳にも入り自ら海軍の改革検討委員会の設立を命じた。委員長はクロフォード公爵だ」


「謀反の嫌疑は?」


「既に晴れている。枢密院議員としての資格も戻っている」


 父の嫌疑が晴れたのがカイルには嬉しい。


「そしてその切っ掛けとなった海尉心得を昇進させなければ帝国海軍のメンツに関わる。任官試験の決定は絶対だが、功績を上げた者を昇進させないのは信賞必罰を蔑ろにする」


 サクリング艦長の懲罰と違う扱いにカイルは戸惑う。

 規律を乱した者に対する罰は非常に厳しい。たかが任官試験で五月蠅く騒いだヒヨコに大の大人が目くじら立てるのは大人げない、という理由で決まったようだ。

 それとも人の良い小父さんが口を出したのだろうか。

 後者の可能性が高いと思考してカイルは溜息を吐いた。

 皇帝陛下に引き立てられたエルフの海尉。

 周りからやっかみや妬みを受けそうな存在になることがカイルには頭痛の種だ。


「おめでとう、クロフォード海尉」


「ありがとうございます。リドリー提督」


 改めてリドリー提督に呼ばれたカイルは今だけは素直に喜ぶことにした。

 入隊時にお世話になったリドリー提督から褒められるのは本当に嬉しいからだ。




「良くやったなカイル」


 旗艦から戻るボートの上でサクリング艦長が話しかけた。

 子飼いの部下ばかりのため口調はフランクなものだ。


「晴れて海尉だ。だが油断せずに海佐、提督と昇進して行け」


「ありがとうございますサクリング艦長。サクリング艦長のような士官を目指して頑張ります」


「それは無理だ」


「はい?」


「私のようになるなど無理だ。ウィリアム・サクリングはこの世でただ一人。ウィリアム・サクリングを真似ることなど出来はしない」


「は、はい……済みません」


「気にするな。世の真理だ。君のようになりたいと私が願ってもなれないのと同じだ」


「え?」


「良いところを真似しようという程度なら良いが、全て真似しようなど思わないことだ。君には必要の無いことだ。私は私だし、君は君だ。自分の道を進め」


「は、はい!」


「宜しい。落ち込んでいる暇など無いからな。これからガリアの追撃だ。味方を警戒して出遅れたからな」


 リドリー提督の艦隊は最初敵味方不明だったため、敵であった場合を想定して警戒してしまった。そのためガリア艦隊への追撃が遅れている。


「まだ追撃するのですか?」


「当然だ。機会を逃すなど出来ない。レナウンに戻ったら直ぐに出撃だ」




 サクリング艦長の宣言通りレナウンにもどると直ぐに追撃に入ったが、上手く行かなかった。

 撤収を行った艦隊は近隣のガリア植民地に逃げ込んだが、リドリー提督率いる艦隊に封鎖された。

 沿岸砲によって港と港内に港内に停泊している艦隊は無事だった。しかし洋上に出れば捕獲されアルビオンの戦列艦となった元ガリア艦を含む圧倒的なアルビオン艦隊のまえに敗北する。なので港から出られず封鎖されるしかなかった。

 それとは別に新大陸方面艦隊は指揮を引き継いだリドリー中将指揮の下、圧倒的戦力差を持ってアンティル諸島のガリア植民地への襲撃、占領を繰り返している。

 サクリング艦長はその一群の指揮を執り武勲を重ねた。

 だが、先のピク・マルティ沖海戦で発生した戦力差によりガリア側は帝国に対して講和交渉を持ちかけ帝国はこれを受諾。再び停戦が発効した。

 新大陸方面でも発効し戦闘行為を中止した。

 大規模海戦は結局発生しなかったが、ガリアに対して優位な状況を得ることに成功し、交渉では帝国が優位に事を進めることが出来るだろう。

 現状維持あるいは植民地をガリアから幾つかもぎ取って勝利を収めるだろう。

 ただカイル達はガリアとの戦争は終わったが、海賊を退治したり、終戦にともなう混乱を収めたり、住民の慰撫を行うなどして忙しい日々を過ごすことになった。

 サクリング艦長はリドリー提督の右腕として活躍し、新大陸のニューアルビオンに駐留するニューアルビオン戦隊の最先任海佐、事実上の司令官として赴任。

 カイル達も赴きサクリング艦長の指揮で動くことになる。

 そして翌年を迎え無事に講和交渉が纏まり平和となった。

 そんなカイルの元に新たな任務が下ることになったが、それはまた別の話だ。

 これで対ガリア戦編は終了です。御愛読ありがとうございます。

 来週金曜日、四月一四日に鉄道英雄伝説の続きを投稿しようと思います。お読みいただければ幸いです。

 少し予定が詰まり気味なので一週間ほどお休みさせていただきます。どうかご理解の上、ご容赦を。

 投稿の際には引き続き御愛読のほどを。

 誤字、間違いだらけの当小説に指摘をし続けてくれた田舎ライダーさん。

 貿易風の間違いを指摘して下さった salix_tさん

 度々意見を入れて下さったmiaouさん、

 感想を入れて下さったX-copyさん、キーさん、愁星さん、功之丈さん、Eannさん、僧籍さん、 イテリキエンビリキさん、 貫太郎さん、 黄金拍車さん

 何より、本作を読んでくださった読者の皆様。

 海洋冒険物というマイナーな分野にお付き合いいただきありがとうございます。

 またいつか新シリーズを投稿したいと思います。

 それまでしばしのお別れです。

 また投稿するときは宜しくお願いします。

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