ピク・マルティ沖海戦
あと三回で終了の予定です。
「上陸を開始せよ」
コンフラン中将はソレイユ・ロワイヤルの後甲板から命令を発した。
上陸先はピク・マルティ島だ。
人員が数千名もいて戦力的にも十分なので奪回戦を挑むことにした。
海賊討伐でヘマをやらかした弟の尻拭いのためにも家の名を辱めないためにも、ここで退くことは出来ない。
幸い、ピク・マルティにいた守備隊や駐留艦隊の乗員が多く地理に明るい。迅速な行動が可能であり、何とかなるはずだ。
問題なのはピク・マルティにいるアルビオン艦隊だが、向こうの戦列艦は八隻のみ。駐留艦隊の八隻を接収しているだろうが、接収してから日が浅く、戦力化するには時間が掛かる。
現状、戦列艦の数はガリア一六隻、アルビオン八隻。数ではガリアが有利だ。
本当ならピク・マルティの港へ直接乗り込み艦隊を奪回したいところだが、アルビオンも警戒して要塞の射程内に収めている。
まずは要塞を攻略して奪回しないと危険だ。
だから要塞の射程外から部隊を上陸させて要塞を攻略しなければならない。
そのための戦力として、解放されたピク・マルティ駐留軍にやらせている。
「間もなく上陸を完了します」
緊張気味に部下がコンフラン中将に報告してきた。
状況が悪い事を彼も理解している。
戦力的には十分だが、上陸作戦を行うには心許ない。急いで始めた作戦なので準備不足な部分は多い。
それでも決行しなければならないのは、戦力が十分なのと時間をおけば不利になるからだ。
アルビオンはピク・マルティを占領してから間もないため防御は整っていないはず。
要塞は強固で防御力も高いが、十分な準備が出来てこそだ。占領して時間が経っていないので簡単に奪回出来るはず。
何よりガリア艦隊の兵員が多いのが問題だ。
軍艦の乗員は通常でも許容限界に近い位乗せている。そこへ一万人も乗せると混雑が激しい。単純に居住空間が少ないのも問題だし、水や食料の消費量も多くなる。艦隊の備蓄が凄い勢いで減っている。
一旦退いて準備を整えてから攻撃再開という手もあるがアルビオンにも防御準備の時間を与えてしまう。
そこで今ピク・マルティ上陸作戦を行い早期奪回し、改めて根拠地とすれば問題は解決する。
戦力は十分だし成功すれば諸問題は解決する。
だが失敗すれば多大な犠牲を伴うだろう。
心苦しいが、コンフラン中将はやれることをやるしか無かった。
上陸作戦は成功し上陸部隊はボートを下りて徒歩で要塞に近づいている。
奇襲に成功して突入してくれれば良いと思っていたが、聞こえてくるのは激しい銃撃音だった。
「苦戦しているようだな」
アルビオンも警戒は解いていなかったようだ。
敵も要塞を奪回されると港への侵入、ピク・マルティが奪回される事を知っており必死に抵抗してくる。
しかもガリア側の動きを察知していたようで迎撃している。
要塞攻略は難しい。特に防御が整った陣地への攻撃は難しい。
稜堡を持つ要塞は敵に対して十字砲火を浴びせやすいので強襲は難しい。
一応、艦隊の小型艦から大砲を取り外して運ばせている。攻城砲代わりに使う予定だがジャングル内を運ぶのに時間が掛かる。
だが何としても運ばせて胸壁を打ち崩し、敵艦隊が戻ってくる前に陥落させたかった。
「東方よりアルビオン艦隊が接近してきます」
だがコンフラン中将の目論見は外れた。
二倍の戦力差で迎撃に来るとは思わなかった。要塞砲を当てにしているのだろうか。ならば射程内に入らなければ良いだけだ。
射程外において圧倒的戦力差で擂り潰すのみ。
「艦隊に迎撃命令を出せ」
「ガリア艦隊発見! 上陸を開始しています!」
マストに登っていた見張員が報告した。
「想定通りに進んでいるな」
望ましい状況にサクリングは満足した。
「これで連中は動けません」
カイルも自分の作戦が予定通りに進んでいることに満足していた。
「相手に攻めさせるなんて悪辣ね」
レナがカイルを評した。
敵に戦力を与えて上陸しやすく、いや上陸せざるを得ない状況に追い込む。捕虜を送り返したのはそのためだ。
勿論、他の植民地に退いて態勢を立て直すという選択肢もある。だが、余剰人員により重くなった船で身軽に動けるはずが無い。我が艦隊は悠々と後を付けて行きチャンスをうかがい有利なときに襲撃すれば良いだけだ。
だが敵はそれを恐れて上陸作戦を選んだ。
「でも攻めさせて良かったの?」
「ああ、これで逃げられなくなる」
「そうなの?」
「上陸部隊を置いて逃げる訳にはいかないだろうね。目の前で置いていかれたら上陸部隊の士気が低下するしね。敵艦隊を逃げられない状況に追い込めた」
実際、敵艦隊が撤退できないように上陸させてから攻撃を仕掛けるというのは有効だ。
太平洋戦争中の西暦一九四三年頃、日本海軍は中部太平洋において米軍を迎撃するZ作戦を企画していた。だが、アメリカ軍が空母機動部隊によるヒットアンドラン戦法を採ったことに対し、島が空襲を受ける度に連合艦隊を出撃させたため燃料を無駄に消費してしまいギルバート上陸作戦時に迎撃に行けなかった。
そこでマリアナでの迎撃作戦<あ号作戦>では上陸を確認してから迎撃するという作戦案に変更して敵艦隊に向かった。
作戦自体は非常に有効だった。だが、それまでの戦いで戦力を消耗しきっていたため悲惨な結果に終わったが、基本計画は間違っていない。
カイルはそれを応用したのだ。
ガリアが上陸作戦を行うよう誘導し、その最中に襲撃して艦隊決戦を強要させるのだ。
「あとは敵艦隊へ艦隊決戦を挑むだけです」
現在のところ、風は西風。九月の半ばで貿易風は南に下がり、偏西風の影響を受けやすくなっているため風は一定だ。
風下で不利な状況だが、こちらには要塞の援護がある。
敵艦隊が攻撃を仕掛けてきたら偽装退却を行うなどして要塞砲の射程内に引き込み撃破する。
風は西風。普通に航行しているだけで東、要塞砲の射程内に流される。
そうなるようにカイルは作戦を立て誘導していた。
こうして後に<ピク・マルティ沖海戦>と呼称される海戦が始まった。
「敵艦隊が動き出しました! 戦列艦が上陸部隊との間に入り壁になっています!」
ガリア艦隊は上陸中の部隊を見捨てる事は出来ない。攻略するにしても撤退するにしても戦列艦が間に入り、アルビオン艦隊が突撃するのを防ぐしかない。
ガリアの戦列艦は次々と出帆し、東からやって来るアルビオン艦隊を迎え撃つべく戦列を構成する。
「艦長、ご命令を」
副長のビーティー海尉が尋ねてきた。
「攻撃する。全艦に信号。戦列を構成せよ」
「はっ」
出撃前、サクリング艦長は旗艦会議を行い、これからの方針を指揮下の艦長に伝えいた。
信号、攻撃方法、方針なども伝えてある。全て計画通りに進むように周知徹底してある。
「艦隊の諸君!」
サクリング艦長は全乗組員に訓令を行った。
「帝国は勝利を求めている。この戦いにおいてガリアから諸君らが勝利を掴み取ることを求める。そのためにあらゆる行動を取る事を私は熱望する」
「アルビオン帝国万歳!」
『アルビオン帝国万歳!』
演説が終わるとビーティー海尉が音頭を取り全乗組員が唱和する。
他の艦でも同じ訓令が行われている。海戦前の艦長会議の時にサクリング艦長が戦闘開始前に一言一句違わず全乗組員に伝えるよう厳命したいたからだ。
艦隊全員というより艦長達に自分の意図を徹底する為の命令だったが、効果を発揮するかはわからない。その結果は、海戦後に判るだろう。
「艦隊針路を北へ」
「アイアイ・サー。取舵一杯。信号を北に変えろ」
カイルは操舵手に命じると共に艦隊への針路指示を北へ向けるように信号旗を上げさせる。
針路が変わり、後続艦も続いている。
レナウンに続くのは戦列を構成する戦列艦八隻。レナウンを先頭にした九隻で戦列を構成する。残りのフリゲート八隻は敵フリゲートを牽制している。
一方ガリア艦隊も針路を変更してアルビオン艦隊に同航する。その数戦列艦一六隻。フリゲートは入っておらず、こちらのフリゲートの牽制に出て行く。
「敵先頭は旗艦八〇門艦ソレイユ・ロワイヤル」
倍近い砲門数を持つ敵艦が相手である旨を見張員が報告し、レナウンに緊張が走る。
こちらはフリゲート。向こうは戦列艦。それも標準的な七四門艦より戦闘力が高い八〇門艦。
本来なら戦列は戦列艦で構成されるべきだ。だがサクリング艦長が旗艦を変更しなかったためにレナウンが旗艦として先頭を進んでいる。指揮官先頭の伝統に従ってというより戦列だと先頭に居た方が指揮を執りやすい。後続艦は旗艦に続行すれば良いからだ。
その分、旗艦は敵と真っ先に戦闘する事になる。
「総員左砲戦用意」
戦闘の指示を出すと共に、緊張する乗組員にサクリングは言う。
「全員、押し負けるなよ。本艦は強い。これまで大物を食ってきたんだ。お前達なら大丈夫だ」
サクリング艦長の言葉で、乗組員の間からは安堵の雰囲気が流れた。これまで戦列艦三隻を捕獲した実績があり、今回も同じように行くのでは無いかと考えていたからだ。
実際は敵艦隊が崩れたときに混乱に乗じて攻撃を加えただけなのだが、カイルは水を差さずにしておく。
「艦隊、射程内に入りました」
風下側にいるため射程が長くなっており、敵をアウトレンジできる。
「まだだ」
だがサクリング艦長は発砲を命じない。
砲撃が確実に命中する地点まで接近させる。
砲戦距離に入っても互いに砲撃せず、不気味な静寂が流れた。
「敵艦発砲」
先に撃ったのはガリア側だった。風下で射程が短いが自分たちのセオリーに従ってマストなどの帆装を狙っている。
仰角が大きくなるため狙いが荒く被害はない。カイルは操帆員を指示して冷静に艦を徐々に接近させる。
やがて、必中距離に接近した。
「砲撃開始!」
サクリング艦長は命じた。
左舷側の全砲門二四ポンド砲二一門が火を噴き、砲弾が敵艦隊に降り注ぐ。
船体を狙った砲弾は数発命中しソレイユ・ロワイヤルを叩く。
「良し! 命中した!」
レナウンの甲板は喜びの声で溢れるがカイルは冷静だった。
「撃ち抜けていないか」
戦列艦の分厚い構造材に阻まれて有効な打撃を与えられない。
木でも厚みがあれば鉄の砲弾でさえはじき返せる。
戦列艦とフリゲート艦の違いだ。
それでも甲板にいた兵員を殺傷できたようにカイルは見えた。
その間にソレイユ・ロワイヤルも反撃する。
今度は船体にも命中しレナウンを叩く。
船体に命中した砲弾が構造材を粉砕し猛烈な速度で飛んで行き乗員に襲いかかる。
無数の木片が散弾のように襲いかかり乗員を負傷させる。
血まみれになった乗員を艦内の医務室に運んで行くと共に、甲板に溜まった血糊で滑らないように砂を撒く。
「負けるな! 撃ち返せ!」
サクリング艦長の怒号が飛び、乗員たちは再び大砲に取り付いて弾を装填し、発砲する。
砲撃戦はどちらかが根負けしたときに勝負が決まる。
後続艦も砲撃を開始して、敵の戦列と交戦を開始する。
こちらの方が戦列は短いが万が一の時は風下へ逃れて要塞砲の射程に入り援護を受ける事が出来る。背後に回られない限り問題無い。
要塞は敵に攻撃されているが、砲台の使用に問題は無いはずだ。
現在のところアルビオン艦隊はガリア艦隊に対して互角に戦えていた。
だが、その最中カイルは異変に気が付いた。
「艦長! 風が北東へ変転します!」
アンティル諸島周辺はハリケーンが発生しやすい。
特に九月頃は発生しやすく回数も多いので、いつ来てもおかしく無い。
接近すると周辺の風向きが変わる。
カイルはエルフとしての能力で風向きの変化を予測できた。
だが、当初の想定では風に流されたりして東に行き要塞砲の射程にガリア艦隊を誘い込むはずだった。しかし、風が北東に変わってしまうと戦列を維持できない上、要塞砲から遠ざかってしまう。
カイルは叫んだ。
「艦長! ご指示を!」




