要塞攻略
「グレイブス海佐戦死しました!」
「くそっ」
部下の報告にレナは悪態を吐く。
港でサクリング艦長が欺瞞作戦を行っている間に西側の要塞をグレイブス海佐率いるレナ達の部隊が占領する手はずになっていた。
とりあえず要塞占拠担当であるレナ達の部隊は隊伍を整えて砲台に入ろうとした。
欺瞞作戦によって島がアルビオンに引き渡されたと強弁して要塞内に無血侵攻するためだ。
途中までは上手く行き、要塞入り口まで接近。詳細守備隊の隊長に講和交渉が成立したこととピク・マルティの割譲を言い渡し要塞を接収すると宣言した。
総督の命令が無ければ引き渡さないと言って渋っていたが、グレイブス海佐が既にガリア本国とアルビオンで話が通っていると強弁して入る寸前だった。
その瞬間港の方からアルビオンの謀略で既に開戦していると言う話がやって来てしまった。激昂したガリア側が発砲、アルビオン側も反撃して突発的な銃撃戦となりグレイブス海佐は戦死した。
「他に士官は?」
「戦死もしくは負傷で指揮不能です。今はあなたが指揮官です」
「そう」
ガリア側へ開城を迫るために威圧的になって士官が先頭に立ったのが失敗だった。
最初の銃撃で士官の大半が銃撃されて被弾し戦死するか負傷していた。
そのため残った最高指揮官がレナになってしまった。この事をカイルが知ったら失敗したと思い失神してしまっただろう。
だがレナの戦意は衰えなかった。
「あたしが指揮を執る! このまま砲台を占領する!」
先頭に立ち、残っていた部下に宣言する。上級士官は戦死したが、部下はまだ数百人残っている。要塞は堅固だが、準備が整っていないはず。このまま攻撃する方が良い。
幸いガリア側が状況を知ろうとして守備隊隊長以下が前方に出てきていた事で入り口が開きっぱなしだ。
生き残ったガリア側の士官達が入るまでは閉まりそうもないし、要塞入り口にガリア兵が残っているため味方撃ちを恐れた要塞からの攻撃は散発的だ。
「敵は反撃してきています」
それでも十字砲火を念頭に設計された要塞は容赦なく銃撃を加えてくる。だがレナは恐れなかった。
「このまま砲台を野放しにしたら艦隊は砲撃を受けて全滅する! そうなれば我々は敵中に孤立して全滅か降伏するしかない。このまま占領する以外あたし達に勝利は無い」
航海術に関してはあまり褒められた成績では無いが戦闘、事に陸上戦闘に関してレナは的確な状況認識能力と実行力があり、この場で遺憾なく発揮された。
「突撃する」
そう言うとレナは斧を奪い取って駆けだした。引き上げられつつあった跳ね橋の鎖をたたき壊して封鎖を回避する。
「突入せよ!」
突然の戦闘でガリア側も混乱しているのが幸いして入り口周辺に敵兵が少なかった。
レナに率いられた部隊は入り口にいた少数の部隊を蹴散らし、入り口と後方の堡塁を制圧し後続を引き入れる。部隊は要塞内に展開し占領を始めた。
しかし、沿岸砲台のある内郭への突入は門が閉じたために出来なかった。
要塞は海への攻撃を行う大砲を有する内郭とそれを守り外からの敵を防ぎ撃退する外郭に分けられる。
外側の外郭は占領しつつあったが、内郭への突入に失敗。
しかも内郭は最終防衛線としての意味もあり、外郭が制圧されても抵抗できる。
「乗り越えるぞ! 梯子か何か用意しろ!」
しかし、レナは諦めなかった。
このまま留まっても降伏するだけだ。乗り越えて突入する以外に方法は無い。
万が一の力攻めも覚悟してレナ達の部隊は梯子を用意していた。
「出来ました」
「良し、登れ!」
直ぐに海兵隊員数名が上り始めるが、防壁の上から銃撃され更に斧で梯子を壊される。
「手投げ弾で防壁上の敵を排除しろ!」
陶器に火薬を詰め込んだ爆弾を投擲して防壁上の敵を吹き飛ばす。
「梯子が破壊されて使えません」
「何人か集まって人梯子を作れ! 急げ!」
そう言って海兵隊員を集めて肩を組ませ上に人を乗せて防壁を乗り越える人梯子を作る。
出来た梯子を足場にしてレナは素早くのぼり防壁の上に上がる。
「うりゃ!」
裂帛の声と共にサーベルを突き出し、迎撃してきた敵兵を倒す。
敵兵が集まってくるがレナはサーベルを振り回して近づけさせない。レナの援護の後、多数の水兵が登ってきて橋頭堡を確保する。
彼らの多くはインペリアルタウンで入隊した新兵だ。奴隷船から強制解雇されくすぶっていた連中で、手柄を立てて富と名声を得るために進んで戦闘に立ち向かう。
マスト上りで鍛えられた水兵達は次々と人梯子を上りあっという間に壁を占領してしまった。
「門に向かう! 門を開放して味方を引き入れるぞ!」
そう言うと門に向かって水兵数名を連れてレナは駆けだした。
邪魔をする敵兵数名を切り伏せて駆け抜け、門のある塔へ入る。
「お前達は下を制圧しろ」
「ミス・タウンゼントは?」
「あたしは上を制圧する」
そう言ってレナは階段を駆け上がって行く。
途中、上から迎撃してくる敵兵がいたが突きで相手を仕留めてから門の上へ向かう。
指揮所になっていて防御指揮を執っていた。
登ってきたレナに数名の敵兵が斬りかかる。
「邪魔だ! どけっ!」
だがレナは怯むこと無く剣を捌き、斬り捨てた。
敵も守備兵とはいえ戦争になってから訓練を続けていたし平時でも海賊や逃亡奴隷の襲撃があり訓練は欠かしていない。
だが、この前の海戦での実戦経験などから技量を磨いていたレナの敵では無かった。
「小娘が!」
守備隊長が大声で叫び剣を抜いてレナに斬りかかる。
レナは冷静に身体を右にずらし剣を紙一重で躱すと左に構えていたサーベルを振り抜いた。
振り抜かれたサーベルの刀身は男の首に入り込み何ら抵抗なく抜けていった。
綺麗に首と胴が分かれるとレナは首をひっつかんで内郭側の胸壁に立って叫んだ。
「お前ら!」
戦闘中だった双方の兵士がレナに注目した。
「お前達に私は殺せない! 殺そうというのならこうなるわよ!」
そう言って先ほど斬り捨てた隊長の首を放り投げた。
「こうなりたければ掛かってきなさい! でも考えて見ることだな。既にアルビオン艦隊は港に侵入して町を占領している! 貴様らに勝ち目はないぞ! 死にたくなければ今降伏しろ!」
ガリアの兵士達は互いに顔を見合わせた。
仕事にあぶれて金で雇われただけの兵士だ。しかも状況を正確に判断できるだけの知識もない。
指揮する者が殺された時点でどうすれば良いか解らなくなった。
そのため士気が低下して次々にカトラスを放り捨てて降伏した。
「直ぐに武装解除しろ! 要塞の旗をアルビオンに替えて掲げた後、大砲を放て! 目標はガリア艦だ!」
海兵隊員は降伏したガリア兵を拘束し、旗をアルビオンの物に変える。その間に水兵達が大砲に取り付く。
レナの命令の下、弾薬庫から火薬を持ち出し大砲に装填、弾を込めて狙いを定める。
「準備出来ました」
「撃てッ」
レナが発砲を命じると砲弾はガリア艦隊に向かって放たれた。
「代将! アルビオンの旗が翻りました!」
要塞の旗がアルビンに切り替わるとアルビオン側の歓声があがった。
続いて大砲が放たれ、ガリア艦を狙うとガリア側の士気を打ち砕いた。
銃を向けていたガリア兵は次々と銃を落としていく。
「降伏する」
ソントナも抵抗が無意味である事を悟りサーベルをサクリングに差し出して降伏の意をしめした。
「わかった」
サクリングもサーベルを収めてソントナのサーベルを受け取り幸福を受諾した。
「国際条約に基づき、捕虜として扱う」
こうしてピク・マルティ島はアルビオンによって占領された。
降伏したピク・マルティ島各所をサクリング艦長は制圧して行く。
残った東側の要塞も降伏させ、湾内に停泊していたガリア駐留艦隊を接収し武装解除して行く。
特に重要だったのは海軍工廠。ドックと工場を無傷で確保し稼働できるように管理しておいた。
それらの作業をカイルが指示を出しつつ終えた時、レナ率いる部隊が要塞から帰ってきた。
「戻ったわよ」
流石に海尉心得に任せておくのも心許ないので、ベテランの海兵隊士官と海佐クラスに要塞の接収を任せてある。
レナは新たに送られた部隊と交代して戻って来た。
「お帰り、激戦だったって聞いているけど」
「そうね、骨のある戦いだったわよ」
そう言ってレナは自分の武勇伝を語り始めた。明朗かつ正確で流れるようにレナは伝える。
何ら誇張も誤りも無く事実を正確に伝えた。
「どう? 凄いでしょう」
「レナ……」
感極まったカイルは思わず答える。
「今からでも海兵隊に移ったら?」
「命の恩人に言う台詞?」
「まあそうだけど」
レナが崩壊しかけた海兵隊を立て直して要塞を奪取しなければ、港内に侵入していたアルビオン艦隊は要塞砲の砲撃により全滅していた恐れがある。
上陸部隊など抵抗虚しく降伏する以外無い。
その意味ではレナは恩人だ。
「それでも思わずにはいられないんだよね」
軍法会議の時の説明と違って流暢に戦闘状況を伝えるので本当に陸戦向きだと思ってしまう。
「あたしは海軍士官に進むの」
「だったら航海術覚えようね。既にウィルマに抜かれているよ」
「あたしには剣術がある」
「それが一番活用出来るのは海兵隊だと思うけど」
二人がやりとりしていると緊急報がもたらされた。
「ガリア艦隊が来航しました!」




