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大論陣

「面舵一杯で敵艦隊へ突入します」


 カイルは答えた。

 サクリング艦長が取った行動をそのまま伝える。

 思わぬ回答に試験官達は顔色を変えて沈黙。傍聴席はどよめき、騒がしくなる。


「静かに」


 慌ててジャギエルカが静まるように言い、会場内を静かにしてからカイルに尋ねた。


「……命令違反では無いか?」


 軍法、海戦の基本行動を示した海戦要務令では勝手に戦列を離れることは厳禁とされている。それをあえて行うと宣言したカイルに思わず問題を出したジャギエルカ海佐が尋ねた。

 本来なら失格と言えば良いだけだが、自分の思惑と違う回答をしたカイルに動揺し尋ねてしまった。

 間違いに気が付いた時には、風を掴んだとばかりにカイルは説明を始めた。


「ですが風が変わり、敵艦隊も混乱しています。敵艦隊を撃滅する絶好の機会です。攻撃しない訳にはいきません」


「だが、旗艦の命令は戦列を構成せよ、だ」


 堂々としたカイルの態度に焦ったジャギエルカ海佐が尋ね返す。


「それは順風下での話です。状況が変わり、戦列を維持できる状況ではありません。寧ろ敵艦隊の戦列が乱れ攻撃できる絶好の状況となりました。この好機を逃さず積極的に攻めて行くべきです。旗艦も状況をみて突撃命令を出すでしょう」


「だが、命令は出ていないぞ」


「待っていては好機を逃します」


 ジャギエルカ海佐の言葉を遮ってカイルは畳み掛けるように答える。


「敵艦隊が戦列を崩した状況は何時までも続きません。敵が立て直す前に攻撃しなければ無意味です。直ちに戦列を離脱し追撃に移るべきです。こちらが戦列を立て直している間に、敵も戦列を立て直してしまいます。あるいは戦況の不利を悟り離脱する可能性が高いです。逃走しやすい風下側なら尚更です」


 風下側は逃走しやすく風上側は追撃が行いにくい。

 不利な状況と判断したら直ぐに逃げることが出来るのが風下側の長所だ。

 だから風上側は風下側を捕獲するときは逃げる隙を与えずに行動に移さなくてはならない。


「一秒の躊躇も無く、追撃に移るべきです」


「それでは味方の戦列が崩壊する。戦列を崩壊させるのがどのような意味を持つか知っているか。何故維持するか解るか」


 だがジャギエルカ海佐も退かない。

 規則を定める理由となった原理を尋ねることでカイルの意見を潰そうとする。


「はい戦列を構成することで戦列艦の弱点、前後をカバーし合うためです」


「ならば戦列を崩すようなことなどあってはならないではないか。どのような状況でも戦列を崩せば僚艦のカバーが無くなり各個撃破される」


「それはありません」


 カイルは意見を曲げなかった。


「敵艦隊は風の変転により戦列を崩しており効果的な迎撃が出来ません。寧ろ風上側の我々が自由に標的を選ぶ事が出来ます。各個撃破されるのは敵艦隊の方です。事実、先の五月一日の海戦では、ガリア艦隊は攻撃されている戦列艦に救援を送れませんでした。風下側にいたため風上側にいる逃げ遅れた味方艦の元へ行けないからです」


 帆走船は風上に向かって航行することは出来ない。斜めに進む事を繰り返しジグザグに進まなければならないが、時間が掛かる。そのため風上へ応援を送ることは時間が掛かる。

 実際レナウンが三隻を捕獲出来たのは他の敵艦が風下にいたため救援できず、妨害されなかったからだ。


「戦列を崩しては攻撃も十分に出来ない。第一、指揮系統が保てないではないか。バラバラになって攻撃できるのか」


「各個の艦長の判断に任せるべきです。各艦長もあえて強敵に狙いを定めることはないでしょう。その為には追撃命令を出すべきです」


「序盤で戦列を崩しては無意味では無いか。そもそも追撃命令は出ていない。戦列維持の命令のみだ」


 再度戦列維持の命令を持ち出してカイルを黙らせようとする。

 ジャギエルカ海佐は愚鈍では無くカイルの意見が正しいと認識していた。だからこそ認める訳にはいかなかった。

 カイルの意見を認めてしまっては今行っているサクリング艦長に対する軍法会議のシナリオが崩れてしまう。

 断じてカイルの意見を認める訳にはいかなかった。

 状況不利を悟ってジャギエルカ海佐はあえて軍法を再び持ち出しカイルの意見を封じようとした。

 しかし、カイルも負けてはいない。


「戦列を維持するのは海戦に負けないため、勝つためです。ですが敵味方双方とも戦列が崩れた今、敵艦隊を撃破する絶好の好機です。これを見逃す訳にはいきません」


「軍法は絶対だ。軍法を守れない軍人に指揮を任せる訳にはいかない」


 ジャギエルカ海佐は軍法を盾に言うがカイルは怯まない。


「その軍法は海戦に勝つために作られています。軍法に従って負けるのであれば、遵守を放棄して海戦の勝利の為に最善の行動をとるべきです」


「軍法を蔑ろにするのか!」


 暴言とも言うべきカイルの意見に法規の専門家であるジャギエルカ海佐は怒鳴った。自分が研究し纏めてきた軍法を蔑ろにされた事に激情したからだ。

 しかしカイルは冷静に意見を言う。


「適用すべき状況で無い時、軍法を守り続ける必要は無いと話しているのです。帝国海軍は勝利を求めており、その前提で軍法は作られています。しかし軍法を守って勝利を得られないのであれば遵守することはないと考えます」


「だが軍法に反する」


「ならば軍法を変えるべきです」


 カイルの意見に他の試験官も目を見開いて驚き、傍聴席でも動揺が広がった。

 目的の為にルールや決まりを定める事がある。

 危険を避けるためにルールは守るべきだが、そのルールを守ることで危険となるならルールを見直すべきだ。

 掃除の方法を変えて時間短縮を図っても、掃除の時間を頑なに守るために何時までも見直しが為されないのと同じだ。

 ルールを変えようとカイルは提案していた。だがそれまでのルールを守ってきた上層部、試験官達にとっては面白い話ではない。

 なのでジャギエルカ海佐は吐き捨てるように言った。


「君は艦長失格だな。自分が罰を逃れるために軍法をねじ曲げようとしている。しかも上官の命令に逆らうのではな」


「ならば私は戦列艦の艦長として上官である司令長官を戦意不充分として告発しなければなりません」


「……何だと」


 カイルの言葉にジャギエルカの額に血管が浮き上がった。

 傍聴席の聴衆も驚きのあまり喋るのを止めてカイルを注視する。


「上官を脅迫するのか」


「勝利を掴む好機でありながら適切な指揮命令を下さなかったからです。戦意不充分と見なし海軍本部に報告しなければなりません。以前にも戦闘不能の艦を降伏させた臨時艦長の海尉が戦意不充分で銃殺に書されました。戦力十分で敵の戦列が乱れた好機に追撃命令を出さないため艦隊は勝利を得る機会を失っています。以上の事から司令長官には戦意不充分の疑いがあり告発の対象となるでしょう。帝国海軍軍人として告発しなければなりません」


 傍聴席がざわめく。

 カイルの話しは荒唐無稽では無い。

 開戦前の海賊討伐で海賊に降伏した海尉が戦意喪失と判定され処刑されたことがあった。判例は軍法の一種として見なされるから根拠としては十分だ。

 この場合司令長官、問題を出した試験官の資質も問われる。更に五月一日の海戦の指揮官であるライフォード大将さえ軍法会議で問われる事になる。

 実際にレナウンはフリゲートでありながら三隻の戦列艦を捕獲している。

 もし本国艦隊全艦で襲撃していたらガリア艦隊を文字通り全滅させる事が出来たかもしれない。

 この事は戦意不充分と見なすには十分であり、告発が受理される可能性がある。

 事の重大さに傍聴人たちは騒ぎ出す。


「静まり給え! 静かにしろ!」


 ジャギエルカ試験官が叫ぶ。


「静かにしないと退出させるぞ!」


 何度目かの叫びでようやく会場は静かになった。

 大声を出しすぎて肩で息をして呼吸を整える。その間にジャギエルカ海佐はこれまでの内容を整理する。その上で試験での目的を勘案して言うべき言葉を見つけ出しカイルに伝えた。


「ミスタ・クロフォード。君は軍法に不理解があるようだ。士官としての知識に欠ける。更に軍法を非難し、上官を告発すると脅し上げるのは組織に属する者として不適格だ。よって失格を言い渡す」


「では追撃命令を出さない状況を示した方に対して戦意不充分として告発しなければなりません」


「試験官を脅迫するな! 無礼きわまりない! 即刻退室したまえ!」


 ジャギエルカ試験官が怒鳴るとカイルは一礼し、その場を後にした。

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