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海尉任官試験

 カイルは司令部に入ると直ぐに控え室に案内された。


「貴様か」


「お早いですねミスタ・フォード」


 先に控え室に入っていたのは、入隊直後カイル達を虐めていたゴードン・フォードだった。

 相変わらず人を見下すような顔つきでカイルを睨み付けると吐き捨てた。


「エルフが受験するとは身の程知らずだな。船を失って中立国に抑留されるような間抜けが合格できると思っているのか」


「はい、初めての受験で経験も無いので是非、経験豊富なミスタ・フォードにご教授を願いたいのですが」


「……俺を舐めているのか?」


 ゴードンは、ここ十年近く連続して昇進試験に落ちていて二桁の大台に届こうとしていた。


「あ、艦を指揮したことが無いので艦喪失の弁解は出来ませんか」


「貴様……」


 艦の指揮を任される事は士官にとって夢だ。艦長へ至る道の通過点である。それ以上に自分の指揮で巨大な船を動かせるのは快感だ。

 だから候補生も艦を指揮できる機会、回航する船の指揮を狙っている。

 しかし技量が劣るゴードンに指揮の機会は与えられていなかった。


「今ここで息の根を止めてやろうか!」


「静かにしたまえ!」


 控え室の案内役である士官の叱責が飛んで二人は黙った。


「俺が合格するところを指を咥えて見ていろ」


「見習えるところがあれば見習いましょう」


 再びいがみ合った二人だったが、それ以降は黙った。

 来たのが早すぎたのか控え室で待っている人は少なかった。しかし開始時間が迫るにつれ徐々に人が増えてゆき、最終的には数十人に増えた。

 海尉任官試験は陸上の司令部の一室で行われる。通常、月一回、艦長の推薦を受けた海尉心得に受験資格がある。だが、試験問題は難しく合格者は一割ほど。そのため受験資格のある海尉心得がほぼ全員参加するので控え室はいつも一杯になる

 不合格になっても一年半以内に三回までは受験できる。合格できなくても再び候補生として半年間勤務した後、海尉心得に昇進すれば受験できる。

 それ以外に受験制限はなく、何度も受験できる。

 そのため二〇歳を過ぎても海尉になれず、三〇代目前の海尉心得もいる。ゴードンのような候補生も珍しくはないのだ。

 特に開戦前の十年間は戦争が無かったために士官の必要数は満たしており、増やす必要がなかった。故に合格者を抑制していることもあり合格者は少なかった。


「おい、今回の試験官、本国艦隊のレンフォードに、海軍工廠のスミス、軍法会議のジャギエルカの三人だ」


 情報通らしき受験生が呟いた。

 レンフォードは戦列艦の艦長で航海術、操船術に関しての専門家として名が通っており間違った操船、特に船を失うような行動をとると失格にする。

 スミスは工廠の監督官、建造中の船体や艤装に不備が無いか調べる役職に就いていることもあり、船の仕組みを聞いてくる。知識があやふやだとこれまた失格となる。

 ジャギエルカは軍法会議の判事役を行っており軍法に関して詳しい。規則に則った答えを出さないと失格にする。

 この事からも三人いずれも試験に関しては辛口であり今回の試験が厳しいことを示していた。


「最初の者、入れ!」


 試験官の号令と共に、最初の受験者ゴードン・フォードが立ち上がった。

 カイルを一睨みしてから会場へ入っていった。

 ゴードンは十回以上受験して不合格を続けていた。それでも受験が許されるのはアルビオン海軍の懐深さを示すものだろう。

 公平性と透明性を確保するために試験は公開され受験者は傍聴者からも審問を受ける。

 試験は海佐クラスの試験官三人から出される問題を答える口頭試験のみ。

 問題は航海術、操船術、法規など海軍士官が覚えておくべき事から出される。

 一題の時もあれば複数の時もある。

 カイルは試験の傾向を知ろうと試験の内容が聞ける場所へ移った。


「何度も受験をしているので手慣れたものだろう。君の経験が素晴らしい回答を出すことを期待するよ」


 そして試験官の受験者に浴びせられる皮肉もこの試験の名物だ。試験官であるレンフォードはゴードンが席に座ると試験開始を伝えた。


「では、最初の問題だ。君は今艦長としてフリゲートを指揮しアルビオンとガリアの間の海峡を南西の風の中、ガリア沿岸近くを西北西へ左舷の詰め開きで航行中だ。ところが風が急に北へ六ポイント変転し裏帆を打っている。さてどうする?」


「裏帆を打たせて取舵一杯。後進させつつ艦首を右に向けた後、北東に向かって航行します」


 問題を聞いていたカイルが小声で答えた。

 そのような状況、風が変わって風下に陸地がある状況では艦を一度バックさせる。次いで向きを変えて風上に逃れるのが基本だ。風に乗ったままでは陸に座礁してしまう。特に敵国の領土に座礁すると捕獲される危険も加わるため避ける必要がある。

 航海術の初歩だが今後の戦争でガリア沿岸での哨戒任務が多くなるであろうから、このような問題を出したのだろう。

 開戦した今、アルビオン海軍の士官ならガリア沿岸の封鎖を想定して研究して覚えておくべきことだ。ここで答えられない者はいないはず。


「……ああ、ええと……」


 だがゴードンは答えられずにいた。

 十数秒経って、ようやく答えを思い起こし口にしようとした。


「強風が吹き、全ての帆が破れたぞ」


 回答が遅かったのでスミス試験官から状況悪化、帆が破れたと言われる。

 言いよどむと容赦なく状況を悪化させられる。その状況から艦を救わなければならない。

 例え他の試験官が言い渡したとしても答えなければならない。


「シーアンカーを出し漂泊しつつヘッドスル――艦首の三角帆を修理。完了後、展開し風を孕ませ艦首を北東へ向けつつ舵を操作して岸を離れます。他の帆は外して修理を命じます」


 再びカイルは小声で答える。

 シーアンカーで船の速度を抑えて時間稼ぎしつつ、最小限の帆を修理して風上に離脱する。ガリアの岸へ座礁して艦が失われることを防ぐ事を最優先する。

 だがゴードンはまたも答えられず口をもごもごさせるだけだ。

 そして答えようとしたとき、試験官から伝えられた。


「対処が遅れ、艦はガリアの沿岸で座礁した。時間切れだ。ゴードン・フォードは不合格とする」


 直ぐに答えられないと状況がドンドン悪化して最終的には大失敗して不合格となる。

 それが海尉任官試験の特色であった。


「退出したまえ」


 試験官に促されてゴードンは暫くの間、呆然と座ったままだった。会場係に促されて弱々しく席を立った。


「今回はヤマが外れただけだ」


 退出する際、小声で呟いていた。

 現在の状況、ガリアとの戦争状態でガリア沿岸での封鎖作戦が行われている状況では、沿岸作戦に関する問題が出てくるに決まっているのに答えられないとは情けない。

 とカイルは思い哀れな視線を向ける。

 会場の外で、自分の問題を聞いていたカイルを見つけるとゴードンは睨み付けてくる。


「次の者! 入れ!」


 カイルの順番がやって来たのでカイルはゴードンを無視して試験会場に入った。

 二角帽を脱いで入室し一礼した後、席に座る。

 ちらっと傍聴席を見たら、クリフォード海尉やレナが居る。先ほど失格となったゴードンも入って来ている。

 ゴードンはともかくクリフォード海尉やレナに見られるのはこそばゆい。だが、次の瞬間には気持ちを試験に向けて切り替えた。


「さて君はその年齢で海軍に入隊し一年少しで試験を受ける程の秀才のようだね。どのような難題でも模範解答が聞けることを期待しているよ。まあ、君にとってはどんな問題も簡単すぎるだろうがね」


 ジャギエルカ海佐より皮肉が飛んでくるが、カイルは受け流す。

 緊張していると見たのかカイルを気にせずジャギエルカ海佐から試験問題を伝えられる。


「さて、君は戦列艦の艦長として艦隊と共に行動している」


 出された問題を聞いてカイルは疑問が浮かんだ。

 てっきり法規の問題が出てくると思っていたからだ。軍法会議で判事役をしているジャギエルカ海佐ならば海軍刑法などが専門のハズ。

 勿論、ジャギエルカ海佐も海軍軍人なので操船術や艦隊行動を心得ているので艦隊戦の問題を出すのはおかしく無い。

 しかしジャギエルカ海佐の専門ではない問題を出してきたことに、カイルは警戒感を抱いた。


「大蒼洋を航行中、ガリア艦隊を発見し艦隊決戦を行う事となった。強い西風で艦隊は北北西へ針路を取っている。敵艦隊も同様だ。旗艦からの『戦列を構成せよ』との命令を受け、戦列の三番艦として加わり徐々に距離を詰めつつ戦闘に参加。今は東側にいるガリア艦隊と同航戦の最中だ。だが、風が突如北西に変わり裏帆を打っている。さあ、どうする」


 聞いた瞬間、カイルは血が逆流する感覚に襲われた。

 これは試験問題では無い。サクリング艦長への制裁だ。


「旗艦の信号は変わりませんか?」


 カイルは確認の為に質問を行った。状況を把握するための質問は許されている。あまりに多いと時間稼ぎや理解不充分と見なされ失格となるが一度くらいなら許容範囲だ。


「信号旗は『戦列を構成せよ』のままだ」


 カイルの質問を予想していたジャギエルカ海佐は流れるように返答した。

 それでカイルはいよいよ確信した。

 勝手に戦列を離れた罪を部下であるカイルに言わせようというのだ。

 それも海尉任官試験の場で。

 答えは簡単、戦列を維持するため先頭艦に続行するだ。信号が変わっていない以上、先の命令に従うしかない。

 しかし、これでは先の海戦におけるサクリング艦長の行動を批判してしまう。

 部下でさえ理解している行動をなぜ上官が取らなかったのか、軍法会議にも影響し判決はサクリング艦長を窮地に追い込んでしまう。

 だが、サクリング艦長の行動を支持するような事を言えば試験に落ちる。

 軍法会議がサクリング艦長を追い落とすためにジャギエルカ海佐に指示してこのような問題を出したのだろう。


「どうしたね?」


 試験官であるジャギエルカ海佐がカイルに回答を促す。

 今答えなければ失格を言われるだろう。

 カイルは口を開いた。

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