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妖怪毛皮置いてけ

『へ?』


 クソガキ、もといサクリング少年が銃で撃って右目に命中し今度こそ仕留めたハズのシロクマが立ち上がり襲いかかる。

 突然の展開について行けず全員が気の抜けた間抜けな声を揃って上げ、再びリドリーに注目した。


「あとで解ったことじゃが、シロクマの脳みそは小さくての。目から入った弾丸は脳などを通らず体内に留まったままじゃった」


 実際、熊の脳は頭蓋骨に比して小さく、銃などで致命傷を与えるのは困難とされている。

 右目に命中しても大脳や小脳、脊髄を損傷せず体内に留まる事は十分あり得る。

 なので猟師が熊を狙うとき、頭を狙うことは無い。

 いたずらに傷つけ闘争心を煽り、襲われるからだ。


「手負いとなったシロクマは傷を負わせたクソガキを殺そうと立ち上がり攻撃し始めた。これは不味いと海尉艦長達も駆けだしたが、間に合うとは思えなかった。しかし、クソガキは慌てることなく、銃を半回転させ銃口の部分を握り、銃を棍棒にして銃床でシロクマを殴りつけた」


 二〇〇〇年代の突撃銃は連発できるがプラスチックを多用しているため、横からの力に弱い。ましてバットでボールを打つように振り回して敵兵を叩きのめしたらバラバラになる。

 しかしこの世界の銃は銃身の反動に耐えるため、あるいは荒い運用に耐えるために堅い木で作られいる。

 そのためフリントロック銃の銃床は敵兵の頭蓋骨をたたき割れるほど堅い。

 銃は銃剣付の棍棒であり一発撃てるのはオマケ、というのが実際である。

 その意味でクソガキ、いやサクリング少年の行為は正しい事である。しかし、人間相手、敵兵であっても接近戦は困難なのに、シロクマ相手に行うのは自殺行為でしかない。

 しかし、サクリング少年はやってのけた。


「驚くことにシロクマの攻撃を躱しつつ、銃床をシロクマの頭や顎に叩き付けて、時間を稼いでおったわ。そして我々が到着し銃撃を浴びせると、シロクマは逃げ出した」


 息を呑んでいた全員がようやく息継ぎが出来てホッとしたところでリドリーは話しを続けた。


「だが、クソガキは逃す気など無かった」


「え……」


 リドリーの一言で全員が本日何度目かの衝撃を受け再び提督の口に注視した。


「待て! 逃げるな! 毛皮置いてけ!」


 左手を大きく広げ右手を前に突き出してリドリーは叫んだ。

 下手な芝居だったが、リドリーの口に注視し無防備状態の聴衆の度肝を抜くには十分過ぎた。そして、全員がその場に、クソガキが、もとい妖怪毛皮置いてけ、いやサクリング少年が追いかけていったであろう場面を容易にイメージさせてくれた。


「そう言ってクソガキは、シロクマを追いかけ始めた。腰の弾薬嚢から薬包を取り出すと立ち止まり銃口に弾丸を装填。シロクマに狙いを付けて発砲した。弾は見事シロクマの脚に命中し、逃走を阻止した。そして近づくと、熟練兵とも思える動作で短時間で何発もシロクマに撃ち込み続けた。あまりに無駄なく撃ち込む姿に止めるを乗組員達は忘れてしまった。海尉艦長がようやく気を取り戻して止めに入りようやく撃ち込むことを止めた」


 偏執的なまでの執拗な攻撃と奪取。

 通常、戦闘では必要以上の打撃を与えることはしない。

 死体に発砲し続けるなど弾の無駄遣いだ。

 気分が高揚していたため、と言えばそれまでだが、それが少年の本性と言えた。

 死体になるまで、いやそれでも打撃を与えようとする偏執的な闘争心、戦争狂といえるレベルだ。

 驚きというか、呆れるしかない。戦争を求めるようなキチガイと判断せざるを得ない。

 その素質が初航海の時から発揮されているとは、そのサクリング少年はどんな奴なんだ。


「その時、クソガキは何と言ったと思う?」


 リドリーの問いかけに全員が黙り込んだ。


「しまった。毛皮がボロボロだ」


 そんなに毛皮が欲しいのか、と思った時リドリーが真相を答えた。


「毛皮がどうして欲しいのか疑問に思った海尉艦長はクソガキに尋ねた。するとクソガキはこう答えた。海軍入りを許してくれた父に贈りたかった」


 サクリング少年は神官の息子だったが父が病に倒れて家計が逼迫していた事もあり海軍入隊を志願した。人を救う神官の家系でありながら戦う海軍に行くことを許してくれた父に、病床で苦しんでいる父を少しでも安心させ、温かな寝床をプレゼントしたいとシロクマの毛皮を得ようとクソガキ、いやサクリング少年は銃を持って船を出て行ったのだ。

 そして毛皮を得るべくタイマンを張り、死闘を展開。シロクマが逃げだそうとしたら逃すまいと追いかける。それらは全て自分の海軍入隊を許してくれた父親のため。

 甲板での作業を必死に頑張っていたのも少しでも早く海軍になじむためだった。

 最初こそ滑っていたが、必死さの空回りと解れば納得が行く。

 行動はアレだが。


「無茶な行動だったがクソガキなりに恩や礼儀を弁えていることが解った。そして圧倒的な力を持つ相手に対しても怯むことのない闘争心は時に無謀だが、混乱し恐怖が渦巻く戦闘では役に立つ。そう思った海尉艦長は艦に帰るとクソガキを出港日に遡って士官候補生に任命した。そして、その後クソガキは候補生として航海術など船の事を覚えて行き、その後の戦争では英雄的行動を幾度も行い武勲を上げ、昇進していった」


 サクリング艦長は、一二年程前終結した百年戦争末期の十年戦争において、海兵隊を率いて敵の砲台を先頭に立って攻撃し占領したり、フリゲート艦相手に単独で戦ったり、様々な武勇伝がある。

 その時の上官の心境を赤裸々にリドリーは披露し、一同を蒼白にさせつつ話しは続いた。


「とまあ周辺に心配ばかり掛けるクソガキなのは相変わらずで、海軍でもたたき直すことは出来なかった。じゃがクソガキを候補生に任命した若い海尉艦長にとっては、候補生に任命し育てたことは数少ない功績だと自負しているようだ。帝国に貢献し勝利をもたらしたこと、その切っ掛けとなった自らの手による候補生任命をのお」


 そう言って、リドリーはワインを一杯飲んでからサクリング艦長に尋ねた。


「サクリング艦長はそのような前例があるから、部下の勇敢と思える行動に対して叱責することを躊躇っているようだが」


「……勇敢と蛮勇の見極めは困難です」


 絞り出すようにサクリング艦長は呟いた。


「確かに。だが過程や状況が同じでも結果が異なる事は海では良くある事だ。どんな行動にも長所と短所はある。状況によって長所が出て戦果を上げる事もあれば、短所が出て損害のみが出てくる。そのことを良く教え込むことだ。勿論、一度決めたことを真っ直ぐ脇目も振らず突き進むのは良い事じゃ。父親のためという目的で毛皮を求めてシロクマに戦いを挑みアレじゃが。まあ、何事にも熱中は必要じゃが、熱中しすぎて目的をはき違えなければ毛皮をボロボロにするヘマもしまい」


「……肝に銘じます」


 ただ一人サクリング艦長だけが答えたが、出席者全員に向けられた言葉である事は明らかだった。


「ふふふ、クソガキのアレな行動からでも教訓は導き出せるの。それともう少し仲間を信じることは大事じゃぞ。そのクソガキの熱意に当てられた海尉艦長をはじめとする乗員が、その後総出でシロクマ狩りに出て行き、一〇頭ほど毛皮にしてやってクソガキの父親に贈ってやったがの。諸君らも互いに遠慮すること無く言うべきだ。船の仲間は家族だ。一人は皆のために皆は一人のために活動する。皆がバラバラに動いても船は動かん。それにアレな行動をする必要も抑えられるて」


 最早驚き疲れた参加者達は何も言えず頷くだけだったが、リドリーの言葉を肝に銘じた。


「さて、諸君。少しばかり空気が悪くしてしまったのは許して貰いたい。何しろ空気を悪くするような事実なのだからね」


 リドリーは笑ったが、誰も笑えなかった。

 ただ、何故レナに対する処分が軽かったのかは理解は出来た。

 サクリング艦長がそれ以上の無謀行為を行っていたからだ。

 これほど無謀な事を今の自分たちと殆ど変わらない年齢から重ねてきたとしたら驚く以外に何が出来るだろうか。

 普段勇ましいレナでさえ、口を半開きにして驚いている。

 まあ少しは薬になっただろう、とカイルは考えることにして心の動揺を抑えようとした。


「では老人はそろそろ、お暇させて貰うとしよう」


 気分が重くなったところでリドリーは立ち上がった。

 驚きのあまり全員の動きが一瞬遅れ、慌てて席を立って敬礼した。


「おおっ、そうだ! 忘れておった」


 そう言ってリドリー提督は懐から一つの手紙を出した。


「これをミスタ・クロフォードとミス・タウンゼントに伝えなくては」


 そう言って手紙を読み上げ始めた。


「告げる。アルビオン帝国海軍士官候補生カイル・クロフォードおよびレナ・タウンゼント。先の海賊討伐時の功績大なるを認めアルビオン帝国皇帝ジョージ三世陛下への謁見を許すものなり」


 その日最大の衝撃をリドリー提督は放ち、全員が驚きに包まれた。 

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