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追撃

「面舵一杯!」


 レナウンの甲板にサクリング艦長の命令が響いた。


「お、面舵で宜しいのですか」


 自分が口にしようとした言葉だったが、カイルは狼狽え確認の為に尋ねた。


「風が変わり次第、面舵。ガリア艦隊に突っ込む!」


「ですが」


 サクリング艦長が明確に宣言したことにカイルは更に狼狽えた。カイルは翻意をするよう、進言しようとした。


「君は風向きの変化を見たのだろう。直ちに準備しろ」


「あ、アイアイ・サー。風が北西に変わる! 面舵用意!」


 だが、サクリング艦長はカイルの機先を制して改めて命じたため、カイルは従うしかなくなった。

 掌帆長が半信半疑でカイルを見るが、航海指揮を取っているカイルに従わざるを得ない。

 部下に操帆の指示を出して風が変わるのを待った。


「両舷砲撃準備! どちら側でも発砲できるよう全砲門に弾を装填して待機」


 サクリング艦長も風が変わるのを想定し、その後の戦闘準備を命じる。

 そして準備が整ったとき風が止んだ。一瞬の静寂が過ぎると前方から風が吹いてきた。

 カイルの言葉通り、西から北西へ変わり、逆風となった双方の艦隊は一瞬停止した。そして裏帆を、帆が通常とは逆方向の面に風を受けたため後退する艦が出てくる。

 アルビオン、ガリア共に戦列が大きく乱れた。

 ライフォード大将は戦列の再構成を命じるが、風向きが変わった中では不可能に近い。

 一方、ガリア側も自分たちの戦列が乱れたことで戦闘不能と悟り、退却命令を下した。

 一旦退却して船団の前で再構成する腹づもりだ。

 そのため素早く動き出したのは、カイルが風を読み、準備していたレナウンだった。

 直ぐに舵を右に切り、帆の向きを変えて北風を捕らえると、退却するガリア艦隊に肉薄した。

 戦列艦は戦隊側面に大量の大砲を搭載しているが、艦尾方向は二門程度しか無い。

 そのためレナウンはさほど反撃を受けずにガリア戦列艦の真後ろに付いた。

 艦尾に書かれた名前はテメレール。ガリアの七四門艦だ。


「ミスタ・クロフォード。敵艦を撃ち抜け!」


「アイアイ・サー! 左回頭する。右砲戦用意を」


 カイルは戦列艦テメレールの右舷後方至近に取り付くと左へ急回頭。同時に帆を緩めて風を逃がし、後ろのスパンカーのみ左側に回して風を受ける。

 そしてテメレールにレナウンの右舷を向けた。上空から見ると逆T字となり、レナウンはテメレールに対して横を向いているため、右舷全ての大砲を放てる。


「撃て!」


 右舷側の大砲が一斉に発砲した。

 二一門の大砲が一斉に火を放ち、二四ポンドの球形砲弾がガリア戦列艦に飛んで行く。

 無敵に近い戦列艦だが、弱点はある。艦尾は艦長室や士官室があり、採光のためにガラスが嵌め込まれている。

 そのため防御力が弱く小型の大砲でも簡単に撃ち抜ける。

 しかもレナウンが発砲した時レナウンの射線は戦列艦の首尾線上と一致。艦尾から艦首まで一直線に貫いている。

 ボウリングで真っ直ぐピンのど真ん中をボール進むが如くレナウンの砲弾は戦列艦に突入。進路上にある構造物、大砲、人間をなぎ倒した。


「もう一撃加えます!」


「宜しい!」


 だがレナウンの攻撃はこれで終わらなかった。サクリング艦長の承認を得てカイルは更に艦を回頭させる。


「面舵! ジブを開いて右舷へ! 右一六点回頭! 左砲戦用意!」


 艦首の三角帆が右に開いて風を受けると艦首が右に急回頭して八点回頭――一八〇度ターンを行った。

 そして今度はテメレールの艦尾にレナウンの左舷を向ける。回頭中の間に砲員は全員右舷から左舷に移動して大砲を押し出し、砲撃準備を整えていた。

 つまり目の前には先ほどの砲撃でボロボロになったテメレールの艦尾が砲口の先にある。


「撃て!」


 再びの砲撃がテメレールを襲う。二度も艦尾から艦首までを砲弾に貫かれ、テレメールは満身創痍となる。

 テメレール乗員の多くが戦死。戦闘力は無くなったと言って良かった。

 この好機を見逃すサクリング艦長ではない。


「斬り込むぞ! 海兵隊! 甲板に集まれ! 接舷するぞ」


「はい!」


 サクリング艦長の命令にレナが答え、海兵隊のみならず手空きの乗員が集まる。

 カイルもジブから風を逃がし取舵一杯で艦を回頭させテメレールの左後方より近づく。

 艦尾を破壊されたため、舵が効かないのか回避する様子も無いテメレールの左舷後部へ突入した。

 両艦のヤードとリギンが激突し、絡まり千切れ落ちてくるが強引に突き進み接舷する。


「斬り込め!」


 接舷と共にサクリングは先頭に立って突入した。

 テメレールの乗員も応戦しようとしたが砲撃で多数の乗員を失っている。生き残っている者も砲撃によって散った破片、木片が散弾銃のように身体を襲い大けがをしている。

 そのため無傷のレナウン斬り込み隊を防ぐ力は、テメレールに無かった。

 組織的な抵抗は短時間で終了しテメレールは甲板を完全に制圧された。一部抵抗する乗員も艦内にいたがレナの斬り込みにより抑え込まれている。


「ミス・タウンゼント!」


「はい!」


「海兵一〇名と水兵を二〇名残す。彼らを指揮してこの艦を制圧したまえ」


「了解しました」


「大丈夫ですか」


 サクリング艦長がレナに与えた命令にカイルは耳を疑った。

 わずか三〇名で六〇〇人以上は乗っている七四門艦を制圧しろ、など無茶にカイルは思える。


「砲撃と我々の突撃で大方は倒した。問題あるまい。甲板は制圧しているしな」


「まあ確かに」


 斬り込みで重要なのは甲板の制圧である。甲板は帆を操る場所なので、相手の船の航行能力を手にすることが出来る。艦内に残っている水兵がいても船を操られなければ怖くない。

 奪回しようにも階段を上って上がってくる必要があり、階段を斬り込み隊に抑えられたら上に登れない。実際、圧倒的少数の斬り込み隊が甲板と階段を制圧して敵艦を降伏させた事例はある。

 それに砲撃で大量の死傷者を出しているのだから、反撃できる乗組員も少ないだろう。


「なにより逃げる敵を追いかけて拿捕してやる」


「まだ行くんですか?」


 通常は一隻を拿捕した時点で終了だ。艦に損傷が出るし乗員にも死傷者が出る。何より制圧した艦の捕虜の扱いや監視の兵を割かなくてはならない。


「機会を失う訳にはいかない! ミスタ・クロフォード、直ぐに追撃を再開したまえ。何、先ほどの動きを同じように行えば大丈夫だ」


「は、はあ」


「何をしている! 直ちに追撃に移れ!」


「は、はい!」


 サクリング艦長に命令されてカイルは直ぐにレナウンを追撃戦に向かわせた。

 レナに率いられた少数の制圧部隊を残しレナウンはテメレールから離れ追撃に移る。

 次の標的にしたのはスーヴラン。

 同じように艦尾から二斉射を浴びせた後、サクリング艦長がまたしても先頭に立って突撃し制圧している。

 そして粗方片付けるとビーティー海尉に四〇名ほど預けて他の獲物を探しに行った。


「次はあいつだ!」


 そう言って三隻目の獲物サントールへ斬り込もうとする。


「か、艦長。砲撃が不充分では」


 前の二隻と同じく二斉射を浴びせたが敵は甲板に乗員を上げて被害極限と斬り込みの迎撃を行おうとしていた。

 そのため多数の敵兵が甲板に溢れるほど乗っていてこちらを待ち構えている。


「では斉射しよう。ミス・クリフォード。カロネード砲を敵艦に向かって撃ちたまえ」


「アイアイ・サー」


 そう言うとクリフォード海尉はカロネード砲を敵艦にむけて限界まで旋回させ砲撃した。

 至近距離のため、カロネードの威力は衰えること無く敵艦の甲板に着弾し乗員をなぎ倒した。攻撃は一回だけでは終わらず、装填の早さを利用して三斉射を行いサントールの甲板を掃討した。


「斬り込め!」


 この日三度目の斬り込みをサクリング艦長は敢行し、またも戦列艦を制圧してしまった。


「よし次に行こう!」


「待ってください!」


 またしても斬り込もうとするサクリング艦長をカイルは止めた。先ほどは押し切られたが今度はカイルも退かない。


「既に三隻の戦列艦を制圧し回航のための人員を割いています。これ以上は戦闘どころかレナウンの操艦にも差し障ります。それに敵艦隊も態勢を立て直しており攻撃は困難です」


 先ほどまでバラバラだったガリア艦隊は風下で再集結を完了し、レナウンの動きを警戒していた。こちらに来ないのは追撃に入りレナウンに続いてやって来たアルビオン艦隊を警戒しているからだ。

 レナウンも、これまで捕獲した二隻に監視要員を八〇名近く割いている。死傷者が出て数が減っているとはいえ定数で六〇〇名以上が乗り込んでいる戦列艦に四〇名前後の監視要員では明らかに少ない。

 更に割かなければならないのに、これ以上の捕獲艦を獲得するのはカイルの言うとおりレナウンにも航行に支障が出る。

 捕獲した艦を回航することに注力するべきだろう。


「……わかった。サントール制圧後、他の二隻の支援に回る」


 サクリング艦長も現状を理解しカイルの意見を肯定した。


「もう一隻仕留めたかった」


 まだまだ戦い足りないという趣旨の台詞を残して艦長室に戻った。

 なおも戦意が旺盛であっても制御する術を艦長は持っている、とカイルは思う事にした。

 とりあえず壊れた索具などを修理してから各艦への回航要員を準備することにカイルは注力した。

 各艦に海尉が送り込まれたため士官の数が足りず、カイル達が艦内各部署への通達と細かい指示を出して回るしか無かった。レナウンに残す乗組員と三隻出た捕獲艦への人員配置を考えることでカイルは頭を悩すこととなる。

 それでも戦果として捕獲艦を得たのでカイルをはじめレナウンの乗組員は高揚感に包まれていた。

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