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クソガキサクリング

 サクリングというクソガキ、と言ったリドリー提督に宴会に参加していた全員が固まった。

 ただ一人サクリング艦長だけが憮然としてワインを飲んでいた。


「……あのそれは言い過ぎでは?」


 クリス・クリフォード海尉が恐る恐る尋ねるが、リドリーは意に介さなかった。


「クソガキとしか言いようが無かったね。何しろ無礼な振る舞いは、そのリドリー海尉艦長が北東航路探索、百年戦争最後の休戦期間に命じられた航海の準備を進めていた時の事だ」


 北東航路とは、現在東洋へは赤道を越えて南半球へ行ってから再び北上しなければならないため日数が掛かる。なにより疫病の発生しやすい熱帯を通るため乗員の病死が多かった。

 だが北半球のみを通れば熱帯を通らず、距離も短くて済むと考えられ、調査が進められていた。

 今で言う北極海航路だ。

 だが、現代でも実現に至っていない。北極圏の流氷や暴風などによる危険が高く安全コストが高く付くためだ。

 温暖化で北極圏の結氷海域が減っても出来ない現代より、更に寒冷なこの世界ではより困難が増しており現在に至るまで商業的に達成できた船は少ない。

 そんな無謀な航海に出るとき、やって来た無礼なクソガキの話をリドリーはじめた。


「その時来たのだよ。当時一二才のクソガキが。船に乗るなり士官になりたいから候補生としてこの船に載せてくれと腕を組んでふんぞり返りながらね。礼節も何も無いクソガキとしか言い様がないだろう」


 リドリーの言葉に全員が沈黙をもって同意した。確かに、そんなガキは大半の士官が追い返すか海に叩き込むだろう。


「知り合いの神官の息子でなければ口を開いた瞬間に海に叩き込んでいただろう。だが無礼なガキじゃったが見所はありそうだった。しかし、向かうのは未知の北東航路の探索。困難が予想されたため、そう言って海尉艦長は拒絶した。まあ、手元に置いておきたくないと考えてもいたがの」


 それが本音だろう、と全員が心の中で呟いた。


「それが本音じゃ」


「レナ、黙っていよう」


 ただ一人、小さく呟いたレナをカイルが黙らせた。無礼と思いながらも全員が心の底から賛同する言葉だったため、叱責は無かった。

 聞こえない振りをしてレナの小声が消えるのを待ちリドリーは話しを続けた。


「じゃがそのガキは激しく抵抗し兎に角乗せろと喚いた。マストに抱きつき絶対に離れないと意思表示してな。仕方なく屈強な乗員に命じて縛り上げて桟橋に置いていくことにした」


 まあ、そうなるな。

 全員が同じ思いを抱いた。

 レナなら小型の錨に括り付けて海底に送り込む位はやりかねない。それを思えば、縄で縛って放置というのは非常に紳士的だとカイルには思えた。


「まあ放置するのも目覚めが悪いので縄を解いて帰らせた。その翌日、船はリドリー海尉艦長指揮の下、北東航路探査に向かって出航した。そして出港して一日経ったとき船倉から食料を取り出そうとした乗員が見つけだしたよ。帰って行ったはずのクソガキが密航しているところをの」


 密航は勿論禁止されている。それなのに付いてくるとはどういうガキなのだ。しかも無事に帰れるかわからない、北東航路探索など向かうなど無謀すぎる。

 何処まで規格外なんだ。


「最早引き返せる海域ではなかったので、そのまま艦長付のボーイとして乗艦させることにした」


 基本的にボーイというのは見習い紳士、士官候補生見習いの様な立場だ。その立場は艦長の一存で決まってしまう。


「とりあえずクソガキには甲板掃除を一日中命じることにした」


 行儀見習いとしてジェントルマンのように懇切丁寧に教える場合もあれば新米水兵の様にこき使う艦長もいる。

 リドリー提督、いやリドリー海尉艦長の場合は後者のようだ。クソガキを虐めているだけかも知れないが。


「まあ熱意があっただけに辛い甲板作業などを率先してやりおった。マストに登ったり、ビルジの汲み上げなどをやらせたが根を上げることは無かった。試しに帆の操り方を教えたら直ぐに飲み込んで自ら操帆の指揮が執れるようになった。口先だけでないのでクソガキから少しずつ脱却していった」


 それを聞いて参加者全員が安堵して顔の表情筋を緩めた。


「と思ったが違った」


 その一言で全員が顔をしかめた後、リドリーは話しを続けた。


「船は遂に結氷海域に到達し着氷した。そして航路がないか探索を開始した時だ。見張りがシロクマを発見した。報告が下ると、そのクソガキは突然銃を持ち出して船を下りてそのシロクマに向かって走り出した」


 何も驚くまいと構えていた参加者達だったが、思いがけない行動に唖然とした。

 一瞬サクリング艦長に視線が集まったが、ずっと憮然とした顔のままなので事実だと理解し更に唖然とする。艦長なら提督でも噛み付くからだ。

 言われている本人の抗議もないためリドリー提督の話は続いた。


「そして、クソガキはシロクマに近づき銃を構えて正対した。シロクマは獲物を見つけてクソガキの方向へ歩いて行く。巨大な捕食獣を前にしても震え上がらずにいたのは大した胆力だ。そして冷静に狙いを定めて引き金を引いた。弾丸は寸分違わず、シロクマの額を貫き後頭部から出ていった」


 シロクマの体長は二メートルを超える。軽乗用車が正面から突進してきたと思って貰えれば恐怖は解るだろうか。しかも狙われているなかパニックを起こさずに冷静に狙いを定めることが出来るだろうか。

 しかしクソガキ、もといサクリングというボーイはやってのけシロクマを倒した。


「じゃが、それは錯覚だった」


「え?」


 リドリーが呟いた接続詞に全員が思わず驚きの声を上げた。


「確かに弾丸はシロクマの後頭部から出ていった。だが、頭蓋骨を撃ち抜いたのでは無い。分厚い頭蓋骨を貫けず、骨に沿って回り込み後頭部から出ていっただけじゃった。致命傷にはならなかった」


 マタギはヒグマを仕留めるとき頭を狙わない。丸く分厚い頭蓋骨が弾丸を弾くからだ。

 後装式ライフルの村田銃でも貫けないので心臓を狙うのが普通だ。

 シロクマより小さいヒグマでさえ無理なのに、性能の劣るフリントロック銃を使って頭を狙うなど元より無謀だ。

 全員がこの後の展開を想像し固唾を飲んでリドリーの話に耳を傾ける。

 そして全員の注目が集まるとリドリーは、ゆっくりと口を開き続きを話し始めた。


「怒りくるったシロクマは更に勢いを増して突進。クソガキに向かって走って行く。海尉艦長達は慌てて銃を持って助けに駆け寄ろうとした。その時、クソガキは何をしていたと思う?」


 リドリー提督は尋ねたが誰も答えられなかった。


「手元から弾を取り出して再装填しておった」


 あっけらかんとした口調でリドリーは答えを披露し、全員を再び唖然と挿せた。

 ホッキョクグマは軽自動車くらいの大きさくらいある。それが自分に向かっているとき、冷静に弾の再装填など出来るか。それも殺意を剥き出しにして自分に突進してくるシロクマを前にしてだ。平静を保つだけで無理、普通なら立ち尽くすだろう。

 しかもフリントロックは銃は現代の銃と違って装填が面倒だ。銃口から火薬、弾丸、薬包を入れて槊丈で突き固める。更に手元の火皿に火薬を入れてから構えないと発砲できない。

 多少の省略をしたり動作を洗練することで熟練者は一五秒で再装填して発砲する事が出来る。

 しかし、それは平常時の訓練の話しであり、戦闘時の極限状況で出来る物では無い。


「だがクソガキは熟練者の如く、まるで訓練のように素早く装填して構えて発砲。見事至近距離に近づいたシロクマの右目を撃ち抜いた」


 全員から安堵の溜息が出た。当の本人が目の前で生きているのだから助かったハズだが、あまりに怖い話しに思わずのめり込んでしまった。


「海尉艦長達も仕留めたと思った。だが、シロクマは再び立ち上がってクソガキに襲いかかった」

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