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緒戦

 サクリングの命令と共にレナウンは最大限に切り上がって船団に向かって突進した。

 風下側だがレイジー化したレナウンの性能は素晴らしく、風上にいる船団に接近できた。


「フリゲート艦、接近してきます」


「ミスタ・クロフォード。フリゲートの間をすり抜けて船団に接近したまえ」


「アイアイ・サー」


 舵輪脇で航海指揮をしていたカイルは答えた。

 確かにフリゲートの間をすり抜けて船団に向かえば良い。だが、言うは易しだ。

 こちらは風下で行動が制限されるがガリア側は自由に接近できる。

 行動を制限された中で最善を尽くさなければならない。

 カイルは洋上を見た。風は相変わらずの西風。風力は強く風向きが変わる様子は無い。

 ならば思う存分、船を走らせる事にする。

 カイルは最大限の切り上がりでレナウンを風上に向かわせる。横帆船は風に対して六ポイント――七〇度まで切り上がる事が出来ると言われている。

 レナウンは性能限界まで船を切り上げさせ、航行して行く。

 一寸でも油断すれば、風向きが変われば、帆がばたつき失速し、敵艦の餌食になるだろう。

 だが、その危険を冒してまでもカイルは航行させる。

 ガリア側も気が付いてレナウンの頭を抑えようと、左舷前方から二隻接近してくる。

右舷側からも一隻が接近してきていてレナウンを包囲しようとしている。


「艦長。連中の間をすり抜けます」


「宜しい! やりたまえ」


「アイアイ・サー! ツリムを甘くして帆をばたつかせた後、面舵一杯。右へ二ポイント回頭!」


 カイルはワザと帆をばたつかせると、右へ二ポイント、風下側へ艦を回頭させた。

 船団を横切るような形となり、少し距離が離れる。

 だが、これもカイルの目論見通りだ。フリゲートは帆のばたつきを見て切り上がりの限界と見て油断しているはず。

 案の定、一番近い左舷側のフリゲートは不用意に接近してきた。


「よし取舵一杯! 上手回しで回頭し、フリゲートの間をすり抜ける!」


 カイルが命じるとレナウンは左――南南西へ回頭する。

 一度、風上に舳先を向けて反対側へ切り上がる上手回し。不充分な技量と状況だとそのまま失速する高等な技術だ。

 しかし、予め風下側へ向かい速力を増していたレナウンは簡単に上手回しを成功させる。

 突然の上手回しに一番近いガリアのフリゲート艦は対応できず、レナウンがすり抜けるのを許してしまう。


「前方に新たな敵艦」


 更に一隻のフリゲート艦が立ち塞がる。


「こいつは応戦して撃破する。面舵! 左砲戦用意!」


「アイアイ・サー!」


 サクリング艦長の命令に甲板にいた全員が答える。

 大砲を押し出し、砲戦準備を整える。


「砲戦になる前に一斉射かますぞ! カロネード砲、斉射用意! 前方へ一杯に旋回させて待機!」


 上の甲板に搭載されているカロネード砲は旋回装置が付いている。そのため、射界を広く取ることが可能だ。

 つまり、前方に向かって旋回させておけば敵艦より速く砲撃することが可能だ。しかも車輪と軸、太い割りに短く軽い砲身のお陰で少人数、二、三人で旋回可能。

 サクリングの急な命令にも直ぐに対応できた。


「準備完了しました」


「撃て!」


 報告したビーティー海尉は、サクリング艦長から即座に返ってきた命令に従い発砲を命じた。

 十門の大砲が一斉に火を噴きフリゲート艦に襲いかかる。

 カロネードの有効射程は短い。通常の大砲の有効射程は一五〇〇メートルを越えるがカロネードは五〇〇メートル以下だ。

 しかし通常の海戦では、敵味方の間は平均三〇〇メートルほどが砲戦距離となる。それ以上だと、照準器が原始的なため命中が望めない。

 海戦に関してはカロネードの不利は殆ど無い。

 それどころか、射界の広さを利用して相手より先に砲撃をお見舞いすることが出来た。

 突然の先制攻撃にフリゲートは驚き次々に被弾して行く。思わぬ攻撃に勝手に発砲する砲門もあった。

 敵が混乱しているのが手に取るように解る。


「装填!」


 ビーティー海尉の命令でカロネード砲の要員が取り付き再装填する。砲身が短いためすぐさま装填を終えて前方へ押し出す。砲身が軽いこともあり、再装填は短時間で済み、敵艦が真横に並んだときには準備を終えて砲身を押し出していた。


「撃て!」


 横に並んだ瞬間、サクリングは一斉射撃を命じた。

 今度は下の二四ポンド通常砲も発砲。

 合計二一発の砲弾が発射され、ガリアのフリゲート艦に襲いかかる。

 多数の砲弾が降り注ぎ、一部は貫通して艦内を暴れ回る。

 一回半の斉射を短時間に受けた敵フリゲートは戦闘不能となり、レナウンを無傷のまますり抜けさせた。


「よし、面舵。もう一度上手回しして船団に向かう」


 艦長の命令で再び上手回しをして、レナウンは船団に向かう。

 護衛のフリゲートが撃破され、アルビオンのフリゲート艦が接近してくるのに驚いている。


「船団の商船が回頭を始めました!」


 マストの見張りが報告してきた。

 レナウンの接近に慌てて回頭する商船が出てきた。


「やりましたね艦長」


「ああ、下手回し。離脱する」


「え、船団内に入って捕獲するんじゃ」


 斬り込み隊を組織していたレナが尋ねた。このまま敵の船団に突入して商船を捕獲するのかと思っていたからだ。


「周りにはまだ護衛のフリゲートがいるし、ガリアの本国艦隊もいる。商船を捕獲して制圧している間に囲まれて攻撃される。上手く短時間で制圧できたとしても鈍足な商船を連れて脱出する事は不可能だ。船団を混乱させたことだけで十分と判断し離脱する」


「しかし」


「本艦の現在すべき事は、船団の進路を妨害して本国艦隊が接触するまでの時間稼ぎだ。敵に撃破されず、進路を妨害することに専念する。これは命令だミス・タウンゼント」


「あ、アイアイ・サー!」


 サクリング艦長の強固な命令にレナは従った。


「さて、距離を置いて見物するとしよう。ミスタ・クロフォード離脱したまえ」


「アイアイ・サー」


 カイルは命令通りに艦を離脱させた。

 ガリアのフリゲートも逃げていくレナウンを追いかけるようなことはせず、見逃している。

 船団は先頭の商船がコースを外れる。それを後続の商船が避けようと転舵し、その後にも伝わり混乱している。

 そのため船団全体が動きを止めていた。

 たった一隻で船団を足止めするという快挙を成し遂げる事にレナウンは成功した。


「あとは我が本国艦隊主力が合流してくれると良いんですけどね」


 カイルは体勢を立て直そうとしている船団を見ながら呟いた。

 こちらの動きを見てフリゲート艦が集まってきている。再び同じ手を使うことは出来ないだろう。

 それでも何度か風下側から切り上がって接近し船団の動揺を誘ってみる。

 しかし、四隻以上のフリゲート艦が集まってきて牽制されてはレナウンもそれ以上の事は出来ない。

 先ほどの戦果は初見殺しが上手く嵌まったようなものだ。

 あとは精々嫌がらせ、接近と離脱を繰り返して不安を増大させるぐらいしかない。

 合流までの期間限定とはいえ、気が抜けない作業が永遠に続くかとカイルには思えた。 

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