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クレアの力

 翌日、四月二二日レナウンは本国艦隊後衛戦隊の一員として出撃した。

 本国艦隊は三〇隻の戦列艦と一二隻のフリゲートそして数隻の支援艦艇からなり前衛、本隊、後衛の三つのグループに分かれて行動していた。

 レナウンは後衛戦隊に所属して洋上に出て行き指定された哨戒点に向かう。


「本国艦隊はガリアとルシタニアの間に哨戒線を設定。後衛戦隊は北方の哨戒線を担当して貰う」


 出撃前の会議で本国艦隊司令長官のライフォード大将が命令したため、カイルの乗るレナウンは北方へ配備され船団が来るのを待ち構えている。

 だが、予想進路の中央は本隊が固めており一番接触しやすい場所を占めている。一方、北側はアルビオンの本国に近いためガリア船団が通る可能性は低いと考えられていた。

 ガリア側が危険を冒してやって来ることもあり得るが、可能性は低いとカイルは考えている。

 そのため少々やる気を失っているところがあった。

 もっともやる気が無いのは他にも理由があったが。


「カイル」


 その時同じく海尉心得のレナに話しかけられた。


「済まない。少し気が緩んでいた」


「敵を探しているのに余裕ね」


「済まない。気を付けるよ」


「まあそれは見張員に任せるけど、アレをどうにかして」


「アレ?」


「士官個室の片隅で膝抱えて呟いているアレよ」


 カイルは理解したが思い出したくなかった。


「あなたの姉、あれから四六時中カイルに嫌われた、生きていけない、どうしよう、って呟いて五月蠅いんだけど」


 レナとクレアの部屋は隣だ。士官個室は薄い仕切り板に区切られただけの代物であり、隣の様子など簡単に解ってしまう。

 小声でも直ぐに聞こえてしまう。


「何とかしなさい」


「こうなるから嫌だったんだよ」


 姉の度重なる過剰なスキンシップにカイルはこれまで何度も拒絶を表明した。

 お姉ちゃん嫌い

 この一言で姉は何度もカイルを解放、と言うより抱きつく力を失いカイルは自由を手に入れたてきた。だが、その度に部屋の片隅で膝を抱えてグチグチ呟き続ける。

 解決策はある事はあるが、カイルはやりたくなかった。


「クリフォード海尉も迷惑しているのよ。どうにかして」


「……解ったよ」


 海尉にも迷惑が掛かっているのなら仕方ない。カイルは覚悟を決めて個室に向かった。


「カイルに嫌われた。カイルに嫌われた。どうしよう。もうだめだ。おわりだ……」


「……」


 相変わらず膝を抱えて部屋の片隅で呟き続けている。

 ああなると、解決する手段は一つだけだ。カイルは覚悟を決めて抑揚のない声で言った。


「……お姉ちゃん、一緒にいないと寂しい」


 カイルが言い切った瞬間、クレアは風のようにカイルの元に行き抱きしめた。


「カイルうううううううっっっっ私も好きよおおおおおおっっっっっっ」


 波音さえ掻き消すような大音響を放って抱きしめたカイルに頬ずりを行う。

 だから嫌だった。

 沈み込んだクレアにカイルが大好きと言えば大復活する。だがハイテンションになり全力でカイルを抱きしめ気が済むまで頬ずり、ベタベタする。

 その間、カイルは逃げ出せず為すがままだ。


「……何これ……」


 その痴態を見せつけられたレナは呆然とするだけだった。




「だから嫌だった」


 ようやく満足して解放されたカイルは、抱かれ疲れたコアラのようにぐったりしていた。

 この世界にコアラが居るかどうか分からないが、カイルとしてはそんな気分だ。


「毎度、抱きついてスリスリしてくるから大変なんだよ」


 消沈したクレアを、カイルは何度もあの方法で復活させてきた。その度に気力をえぐり取られるような疲労を感じる。

 疲れすぎて足腰も立たず船縁に身体を預けている状態だ


「大丈夫?」


「無理かも……」


 知らなかったとは言え、対応するよう求めたレナは多少の罪悪感を覚えて気遣う。

 だが、カイルの言葉は弱々しかった。


「そんな状態でガリアと戦えるの?」


「戦闘になるまでには復活させるよ」


 現在、本国艦隊はガリアとルシタニアの間の最短航路を塞ぐように展開している。中央を本隊、南方を前衛戦隊、北方を後衛戦隊が担当し船団発見に努めている。

 レナウンは後衛戦隊の一番北方、本国艦隊最北端を担当している。

 足が速いため、本国との連絡や発見した場合に期間へ迅速に通報できるようにと配備されていた。

 だが、カイルは接触出来る可能性は少ないと考えていた。

 ガリアは最短距離を通過しようと考えているだろうし、迂回航路でも陸地に近いコースをとるだろう。

 中立国であるイスパニア沿岸を航行すれば最悪の場合、避難できるからだ。

 北方、しかもアルビオン本土に近いコースを取るとは考えにくかった。

 本国艦隊の上層部もそう考えており、戦闘力の高い本隊を中央に、次に高い前衛艦隊をイスパニア沿岸に近い南方に配置していた。

 ガリア船団が発見されれば直ぐに急行し合流して艦隊決戦になるだろうが、レナウンの位置だと下手をすれば出遅れる公算が大きい。

 貧乏くじを引いてしまったとカイルやサクリング艦長は残念がった。


「南西に船影を確認!」


 突然、見張り台から報告が下りてきた。


「敵味方は解るか!」


 最北端にいるが風に流された味方艦あるいは本土からの連絡艦の可能性もあり、敵味方の識別は必要だ。


「ガリアの国旗を掲げています!」


「はぐれた船団の商船?」


「いや、離れすぎている。アルビオンへ向かう商船を襲う海賊船か私掠船、フリゲートかな」


 レナの推測をカイルは否定した。

 推定航路より離れすぎているし、単独航行するのは危険すぎる。もしはぐれた商船だとしてもガリアかイスパニアのある南か西に進路を定めるはずだ。

 アルビオン本土に近い北に向かうのは危険すぎる。


「見逃す?」


「いや、情報が欲しいし、連絡艦が襲撃されるかもしれない。攻撃して撃破するべきだろう。艦長に敵艦発見を報告。戦闘配置。進路を敵艦へ」


 戦闘配置のドラムが鳴り響くと共にレナウンは回頭。敵艦に向かった。

 風は相変わらず西風で南西方向へ向かうには切り上がりが必要なので少し骨が折れる。

 しかし、風を掴んで進む感覚は非常に心地よい。

 優れた切り上がり性能を発揮するレナウンにカイルは満足していた。

 自分で改装を計画、設計したこともあり抜群の性能を発揮していることが嬉しく、姉に抱きつかれた事も忘れるほどだ。


「状況は?」


 艦長室から出てきたサクリングが話しかけてきた。


「敵艦は推定二二門のフリゲート艦です。このまま行けば敵の風下ですね」


 風上側に出て行くのは骨が折れる。レイジー化したレナウンでも更に軽量のフリゲート相手では切り上がりが多少劣る。

 風向きも悪く風上に出るには時間が掛かる。それも最短で半日、相手が逃げれば翌日になっても追いつけない可能性がある。


「早く切り上げたい、風下側から攻撃を加えよう」


「それならお任せ下さい!」


 肌を艶々にしたレナウン付の魔術師であるクレアが甲板に上がってきた。


「乗艦させていただいたお礼に、あの艦を火あぶりにしてやります」


 そう言うなりクレアは呪文を唱え始めた。

 レナウンの上空に巨大な火炎球が生まれる。

 あまりの熱量でレナウンの至る所から白い煙が出始めた。


「ちょ、一寸待って」


「メガファイアーボール! 発射!」


 カイルが止める間もなくクレアの呪文は完成し、ガリアのフリゲート艦に放たれた。

 火炎球が接触すると一瞬でフリゲート艦は燃え上がり、巨大な松明となって洋上を漂い黒い煙を空高く上げ始めた。

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