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クレア・クロフォード

 クレア・クロフォード。

 魔術師として高い能力を持つ女性。

 見た目は端的に言って美人。

 そしてカイル・クロフォードの妻。


 最初と最後は自称だが、レナウンの乗組員が驚くのも無理はなかった。

 特にレナは驚いた。一番近しい間柄だったのに妻がいるなど話していない。

 商売女――海軍では妻と名乗れば乗艦しても良い事になっているため、その類いかと思った。だがカイルがそのような事をするとは思えず、本物の配偶者かと乗組員達は驚いた。


「失礼、ご婚約はしたのでしょうか?」


「公的には結ばれていません」


 サクリングの問いにクレアはあっさりと答えた。


「ですが結ばれるのは運命です」


 ハッキリと答えて再び乗組員は驚いた。

 許嫁。

 貴族同士の関係を強めるために幼い頃から家同士で結婚の約束をすることはある。

 カイルも一応、公爵家の人間だ。

 血縁関係などを重視するため早くから婚姻を約束するのは珍しくない。

 ただ、カイルがエルフであるため嫁に送る貴族家があるとは思えなかった。

 だがクレアは少し発言が飛んでいるが見た限り落ち着いた大人びた女性だ。見たところクリフォード海尉と同じか少し年上。

 貴族の子女としては少し結婚するのが遅れている、と少し失礼な感想をレナは抱いた。

 そういう自分も本来なら嫁いで行かなければならないのに海軍士官に憧れて海尉心得をしている。


「まあ、兎に角、ここではなんですから艦長室へ」




 サクリング艦長の取りなしもあって、クレアは艦長室へ行く。

 気もそぞろなレナとエドモントも同席させて貰った。

 入室させてもらえなかった乗組員達は艦長室の扉と壁に張り付いて聞き耳を立てていた。

 薄い仕切りの中の音も良く聞こえるし、外からの圧力もよく分かる。

 だが、中の人間は咎めるどころではなかった。

 客人であるクレアの言動に注目していたからだ。

 そして部屋の主であるサクリングは自ら紅茶を入れて差し出した。


「カイル・クロフォード海尉心得は現在所用で上陸中です。間もなく帰艦予定です。それまでお待ち下さい」


「ありがとうございます」


 そう言って出された紅茶を口にするクレアの所作は洗練された上流階級のそれだ。

 細い指で摘まみながらもソーサーを揺らさず持ち上げ、右手でカップの取っ手を取り静かに口に運んで行く。

 思わず見惚れるほど品の良い動きであり、クレアの育ちの良さを伺わせた。

 一応、艦内に残っているウィリアムとカークも同席しているが、二人とも黙り込んだままだ。

 二人ともクロフォード公爵の推薦を受けておりクレアとは顔なじみのハズだ。しかし、クレアを恐れているのか口を閉ざしたまま説明しない。


「あの」


 沈黙に耐えられなくなったレナはクレアに話しかけた。


「カイルと結婚するのは嫌じゃないんですか」


 貴族社会のなかでエルフは呪われた種族とか言われており、受け入れられていない。

 家の不名誉だと言って例え我が子でも生まれた瞬間に殺して死産と届けることも珍しくはない。

 そんな社会のため幾ら公爵家の長男であろうと結婚するのは嫌がるだろう。それにカイルは事実上、継承を放棄しているようなそぶりだった。

 姉が婿をとってくるか養子をとってくるか解らないが、自分は継がないだろうと。

 ウィリアム・アンソンが養子になることに関しては明確に否定していたが、自分が公爵家を継ぐことも無いだろうと言っていた。

 それなのに彼女はどうして結婚するとか言っているのだろう。

 レナはそれが不思議だった。


「家に初めてカイルが来たときから運命を感じました。金色の髪に青い瞳、そして尖った耳。まるで御伽の国から降りてきた妖精でした。きっと私だけのために、私の元に来てくれた、と確信しました」


 記憶を思い起こしているのか遠くを見るようにクレアは答えた。


「それからカイルと一緒の時を過ごしました。笑った顔、怒った顔、泣いた顔。いろんな表情を見せて私を喜ばせてくれました。広い草原を走る姿は正に風の妖精のようで美しく綺麗です。私が悲しいときには近くに来て慰めもしてくれました。いえ、そんな事だけで無くカイルと一緒に食事をしたり、肩を寄せ合うだけでも私は幸せです」


 許嫁なのか、元からなのかカイルにしては積極的な姿にレナは驚いた。

 略号を覚えろと不条理な事を言う鬼のようなカイルでも許嫁には優しいのか、とレナは理解出来ない衝撃に襲われた。


「カイルと結ばれない事なんて考えられません。残念な事に私は魔道学院に入学することとなり、長い期間離ればなれとなりました。先日ようやく卒業してこれからはずっと一緒にいようと思います。ただカイルは海軍に入隊してしまったので追いかけてきました」


「はあ」


 潤んだ瞳で情熱的に話すクレアにレナは若干引き気味だったが、本気だというのは解った。

 学院出身で腕の良い魔術師なら就職先は引く手あまただろうにそれでもカイルと一緒になることを選んだクレア。

 そんな彼女にレナは感心するが同時に薄ら寒いものを感じた。

 何よりレナは何故か焦りを感じる。


「カイルはどうするのですか?」


「除隊させます。そして二人でずっと一緒に暮らして行きます」


「待って下さい」


 クレアの言葉を聞いてレナは立ち上がった。


「カイルは海尉任官試験を受ける予定です。除隊することはあり得ません」


「カイルは私と一緒にいるのが幸せなのです。危険な海に出しておく訳にはいきません。エルフ蔑視が激しい社会では生きて行き無いでしょう。」


「違います!」


 力強くレナは否定した。


「確かに偏見を持つ者は多いですが、ここは違います。誰もが彼の能力を認めています。なによりカイルは海が好きなんです。船に乗ることが好きなんです。ここはカイルの居場所なのです」


 卓越した航海技術と知識を持っている化け物みたいなカイル。だが、それは一面に過ぎず心の底から海が好きだ。

 エルフで社会的な偏見があるが寧ろ自分の強みと能力を生かして勉強している。

 習ったことは半分も理解出来ないレナだが、カイルが心から海を愛している事は常々実感している。危険なことも勿論あるがそれらも全て知った上で、受け入れ志願して海軍に入隊したハズだ。

 困難も危険も承知して本人の意志で入って来ているのに横から口出しして除隊させるなど許しておけなかった。


「本人が承諾していないのに勝手に除隊させるのは良くないことです」


「カイルは私と結ばれることが一番の幸せなのよ」


「何が幸せなのかはカイルが決める事です!」


「そういうあなたはカイルの何なのよ」


「それは……」


 クレアに指摘されてレナは考え込んだ。

 自分はカイルの何なのか。

 候補生仲間?

 面倒を見なければならない年下の弟。

 色々教えてくれる変なエルフ。

 どのような存在なのかレナはハッキリと答えられずにいた。

 様々な感情が沸き起こり、どの気持ちが正しいのか分からない。


「答えられないの?」


「!」


 クレアの煽りに耐えきれずレナは叫んだ。

 だが、誰もその声を聞かなかった。

 クレアが突如椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、艦長室のドアを蹴破って甲板に出て行ったからだ。

 そして甲板に出るとクリフォード海尉に押さえつけられ顔面を蒼白にしているカイルを見つけて叫んだ。


「カイル!」


 クレアに呼ばれたカイルは恐怖に染まりきった顔でポツリと一言呟いた。

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