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海尉任官試験

「なんでしょうか?」


 ただ一人残されてカイルは不安になった。

 怒られる原因の心当たりはある。

 最近レナの勉強が進んでいない。

 任務が忙しいこともあるが、レナの物覚えが悪いので捗っていない。

 信号旗をようやく全て覚えてくれたが、略号を覚えてくれない。

 全軍突撃とか戦闘開始とかは覚えてくれるのだが、操船命令、陣形変更などを覚えてくれない。

 そのことで叱責かと身構えた。

 だがサクリングの口調は穏やかなものだった。


「ところでミスタ・クロフォード、海尉任官試験を受けるつもりは無いか?」


「勿論あります」


 船乗りとして海軍士官として生きていくことをカイルは決めている。

 そのために海尉任官に挑戦するのは前から決めていたことだ。

 その重要な試験を受けることに躊躇いはない。


「では来月の試験を受けたまえ」


「え?」


 突然の受験許可にカイルは戸惑った。

 通常は三年ほど候補生を勤め上げてから海尉心得へ任官し艦長の許可を貰い試験を受ける。

 だが、カイルは入隊してから一年と少しだ。

 海尉心得に昇進しており受験資格はあるが突然の昇進であり、早すぎるのではないかとカイルは考えていた。


「任官試験は所属艦の艦長の許可があれば受ける事が出来る。君には十分な能力があると判断した。だから受けたまえ」


「しかし、間もなく出撃です」


「だからこそだ。戦闘後は気が抜けることが多い。気合いを入れるためにも受験しておけ。それに海尉になるのは早いほどよい。先任序列は早いにこしたことはない」


「あ、ありがとうございます」


 上官の思いがけない言葉にカイルは感動して、その勧めに従うことにした。


「それとこっちの試験も受けると良いだろう。海尉任官試験の前日だが受けておいて損は無いハズだ」


「はい」


 そう言ってカイルに二通の願書を渡した。

 カイルは二つの願書を確認すると一つ疑問に思った。


「エドモントとレナ、いやミスタ・ホーキングとミス・タウンゼントは?」


「ミスタ・ホーキングは少々勉強が足りない。まあ経験があるから知識を得れば、次回の試験に出そう」


「ミス・タウンゼントは?」


「君が艦長として彼女を見て受験資格を与えるか?」


「失礼しました」


 レナの勉強を見ているカイルは彼女の実力を知っている。

 出したら恥をかくレベルだ。

 カイルでも受験の許可を出すのを躊躇うレベルだ。妥当な判断と言えた。

 それに引き換え、リドリー提督は立派だ。

 あのゴードンに何度も受験許可を出したのだから。

 海軍提督を多く輩出するフォード家の嫡男という以外なんの取り得もない粗暴なだけの人間の形をした獣に恥を被っても許可を出せるのだから。

 もっともゴードンも転属して今はライフォード大将座乗の旗艦にいる。旗艦艦長が許可を出すか楽しみだ。


「では、願書に必要事項を記入して司令部に提出したまえ。間もなくクリフォード海尉が物資の受け入れを行うのでボートを出す。それに便乗して提出してこい」


「サンキュー・サー」




「あーあ。カイルに先を越されちゃった」


 カイルとクリフォード海尉を乗せ陸上へ向かうボートを見送りながらレナが呟く。


「今試験を受けて合格する自信あるのか?」


「あ、あるわよ」 


 エドモントが尋ねるとレナは紅い顔をして反論した。


「剣術なら負けないわ」


「試験は口頭試験のみだよ。筆記や実技はない」


 海尉任官試験は基本的に公開での口頭試問のみだ。剣術などの実技が課されることはない。


「大体が航海術や操船術、法規の問題が多いよ」


「うぐっ、いや、私だってここ最近勉強しているのよ」


「カイルの顔色を見る限り上達しているように見えないけど」


 レナの勉強をいつも見ているのはカイルだが、その度にやつれていくようにエドモントは見える。


「ちゃ、ちゃんと覚えているわよ。この前、信号旗の種類全部言えるようになったし」


「略号は?」


「剣術なら誰にも負けない!」


「誤魔化すなよ」


 レナの強引な誤魔化しに苦笑した。


「でも努力はしているのよ。略号が多すぎるだけで、あれ? あれは」


「誤魔化すなよ」


「違う。岸から渡し船が向かってくるわ」


 そう言ってレナが指さす先には渡し船が近づいて来ていた。

 鎮守府泊地は軍艦が通るが許可を得た民間の渡し船も航行している。

 各艦艇への乗員の送り迎えをしており海上タクシーとでも言うべきものだ。

 各艦の艦載艇が定期的に岸を結んでいるが頻繁に動いてはいないし、乗り遅れたときや間の時間に行き来したいときに使用する。

 時に艦艇への来客、商売人や面会人、家族が訪れる事があり、彼らも使っている。


「魔術師だな」


 船が近づいて来ると乗っている人物が金縁の黒いローブを着ているのを確認した。金縁のローブは魔術師のみに許された特権だ。そして持っている杖は巨大な宝石がつけられており位の高い魔術師だと解る。


「どうして来るんだ」


 魔術師は絶対数が少ないため艦隊に配属されることは希だ。

 大概が司令部勤務であり、前線では精々艦隊旗艦で相談役のような役目を期待されるぐらいだ。

 そのためフリゲート艦へ来ることは殆ど無い。

 なのにどうしてやって来るのか好奇の目が向けられていた。

 やがて船が接舷しその人物が小声で何かを唱えた。直後、ローブの人物は渡し船から飛び出し、空中を飛行して甲板に立ち降りた。

 浮遊魔術。

 高位の魔術者しか行えない高等魔術。

 杖や服装は偽装できるが魔術までは偽装できない。今この魔術師が本物である事にエドモントをはじめ乗組員は驚いた。


「すっごーい!」


 特にレナは驚きの声を上げている。


「ねえねえ、どうやったの?」


「簡単な呪文よ。ただ他の人には難しいみたいだけど」


 声を聞いて乗組員は更に驚いた。澄んだ美しい女性の声。

 彼女がフードとり、プラチナブロンドの髪をかき上げ、風になびかせた。

 肌の白い青い瞳の美女。

 その美しさに全員が放心した。


「何の騒ぎだ」


 甲板が騒がしくなりサクリング艦長が艦長室から出てきて尋ねた。


「あ、いえ失礼しました。只今来艦者がありまして」


 当直士官だったエドモントは艦長に敬礼して報告した。

 それを聞くとサクリングは来艦者に向かって歩み寄った。


「失礼、私は本艦艦長のウィリアム・サクリングです。宜しければお名前を頂戴できないでしょうか」


 サクリング艦長は非の打ち所の無い態度と礼節を持って魔術師に尋ねる。

 すると彼女は今日最大の驚きをレナウンの乗組員に与えた。


「失礼しました。私はクレア・クロフォード。カイル・クロフォードの妻です」


 妻、それも最年少士官のカイル・クロフォードの妻という言葉に全員が狼狽えた。

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