リドリー提督
「総員! 気を付け!」
ブレイク副長のブレイクニー海尉が命じると甲板に整列した乗組員達が改めて姿勢を正した。
そこへ金縁の装飾を施してある提督服を来た初老の男性が甲板に上ってきた。
「ポート・インペリアル予備艦隊司令長官リドリー少将に敬礼!」
ブレイクニー海尉の号令で整列した全員がサクリング艦長に続いて敬礼した。
士官の列に並んだカイル達も敬礼して提督を迎える。
「諸君ありがとう。久しぶりだね」
偉ぶった様子もなく軽やかな挨拶と共にリドリー提督は敬礼を返した。
昇進して一年にも満たないはずなのに提督服がよく似合い、何年も前から着ていたかのようだ。
かつて海軍に入隊したときカイル達が初めて乗艦した戦列艦フォーミダブルの艦長であり父親の様に候補生の自分たちに接してくれて育ててくれた人。
何時か昇進すると思っていたが、今ようやく昇進できたことをカイルも他の士官も我が事のように喜んだ。
「来艦頂き、ありがとうございます。それと昇進おめでとうございます」
緊張気味に士官全員を代表してサクリング艦長が感謝とお祝いを伝えるとリドリー提督は苦笑して伝えた。
「慣れないことはするものではないぞ、サクリング艦長。しかし、ここまで大事にすることはないのだが」
整列するブレイクのほぼ全乗員を見ながらリドリーは言う。
来艦の知らせでも儀礼は不要と追伸で伝えていたのだが、大勢に囲まれて戸惑っていた。
「いえ、これは全員自発的に行ったものです」
それは半分事実だった。
ここにいる士官のほぼ全員がリドリー提督が艦長の時お世話になった者達だった。
昇進したリドリー提督を迎え祝いたく、上陸を中断して艦に残っていた。
下士官の連中も多くはリドリー提督の元で勤務した事があり、その時の事を覚えており自分たちも迎えたいと艦上に残った。
気の毒なのが一般水兵達だ。
何しろ殆どがリドリー提督の元で働いた事が無く、士官や直属の下士官にせき立てられて休暇を中断され、艦の清掃を行い今なお整列させられる。
一応希望者のみとなっていたが、下士官と士官がほぼ全員残るのに自分だけ上陸するという勇気のある水兵は居らず、結局補給任務の有るものを除いて全員が残った。
「こんな老いぼれのために済まないね」
事情を悟ったリドリーは水兵達に労いの言葉をかけた。
「さて、諸君ら英雄の武勇伝を是非聞かせてくれたまえ。本来なら司令部のホールに招くべきだが、あいにくと懐が寂しくてな。捕獲賞金で懐豊かな諸君らのご相伴に与らせてもらう」
言葉通りに受け取れば、部下のボーナスで食事をたかりに来たいけ好かない上官だ。しかしリドリーは来艦前に補給の打ち合わせに上陸していたブレイク主計長サトクリフと会いブレイクに優先して高級食材やラム酒を追加供給していた。
その分はリドリーの自腹である。
そして送り届けられた高級食材や酒がブレイク艦上で振る舞われていた。
「では、諸君の無事の帰国を祝って乾杯!」
艦長室でリドリーの乾杯の音頭と共に宴会が始まった。
テーブルの関係で士官と准士官、士官候補生のみの参加だったが終始明るく行われた。
下士官兵は給仕を除いて入れなかったが、彼らにも特配、焼き肉や揚げた芋、何よりグロッグが配給され彼らで宴会が行われていた。
「ところで君らの活躍はどうかね」
宴会が進むにつれて提督の話は士官候補生の三人に向いた。カイル、レナ、エドモントはブレイクに転属する前、リドリーが指揮するフォーミダブルで士官候補生をしていた。
短い期間とは言え、自分が育てた候補生がどのような活躍をしたかを聞きたがった。
「彼らは非常に勇敢に戦いました」
そう言ってサクリングは掻い摘まんで三人の活躍を話した。
エドモントは戦闘の時も落ち着いて乗員の指揮を行い、更に航行中は主計長を手伝って物品の管理、捕獲した海賊船の搭載物の確認などを行った。
レナは、斬り込みの際に乗員の先頭に立って勇敢に戦った。
カイルは、航海指揮において顕著な成績を残し、占領後のイコシウムで測量を行って正確な海図を作成。後日、火船作戦を立案し実行。再占領に多大な功績を残した。
「ははは、皆らしい活躍のようだね」
サトクリフからの報告にリドリーは我が事のように喜んだ。
「しかしミス・タウンゼントは中々のようだ。火船作戦の時、特に活躍したとか」
「ええ、火船に乗り込み船団を襲撃。その後小型ボートでミスタ・クロフォードと共に海賊船を一隻奪取。そして、逃げようとした海賊船にも襲撃をかけました。残念なことに二隻目は取り逃がしましたが勇敢に戦っております」
サクリングの言葉にカイルは苦笑いを浮かべた。
確かに火船による襲撃の際に、レナと共に火船を指揮して突入。点火後は小型ボートに乗り込み海賊船に斬り込んで一隻を奪った。
だが、逃げようとした海賊船を見つけてレナが独断で飛び出し追いかけて乗り込んでいった。
勇敢な行為だが、相手が悪かった。
相手はアンとメアリーの女海賊が率いる白百合海賊団だった。
剣術に優れたアンを相手にレナは互角に戦ったが、そこへメアリーが乱入、自分の着ていたドレスのスカートをナイフで切りさいて、ぶら下げていた拳銃を取り出して乱射。
一緒に乗り込んだ水兵を倒してしまいレナは包囲された。
幸い、間一髪の所でカイルが間に合いレナを収容し逃れる事が出来た。
ただ一つ腑に落ちないのは、サクリング艦長が特にレナを注意しないところだった。
多数の兵員を失ったにも関わらず、レナに対しては口頭注意のみだった。
戦死者より病死者が多く戦闘で多少、水兵が減っても気にしないのか。頼りになる艦長だが、カイルはレナへの叱責が無い事を疑問に思っている。
「ははは、中々勇敢な士官候補生だね」
リドリー提督も笑って聞いていたがカイルの表情を見て彼の不満を読み取り、サクリングに尋ねた。
「しかし、ミス・タウンゼントにさほど注意をしていないようだね」
「……勇敢なところは褒め称えなければなりません。相手が悪かっただけです」
「確かに、普通の海賊なら火船の攻撃を受けただけで混乱し、少数でも制圧できただろう。その時必要なのは相手を圧倒する迫力と勢いだ。ミス・タウンゼントはその両方を持っていた」
賞賛していたリドリーだったが、不意に一つサクリングに尋ねた。
「しかし無謀な勇気は注意しなければならぬのでは」
「彼女の勇敢さは類い希です」
しかしサクリングはレナを擁護するような発言をした。
「確かに。しかし蛮勇は戒めなければならん。まあそれが苦手な者も居るがね」
だがリドリー提督の言葉にサクリング艦長は黙り込んだままだった。理由が分からず黙っているとレナが尋ねた。
「どういう事でしょうか?」
「ああ一寸、伝え聞いた話しをしよう」
尋ねてきたレナに孫娘に答える祖父のような表情でリドリーは答えた。
「昔、部下のお陰で何とか任務をこなしている新米の海尉艦長にリドリーという者がいた。ある時、北東航路開発の任務へ向かうべく準備を進めていると、サクリングというクソガキが彼の船に乗り込んできた」
 




