外交の裏側
「上手く行ったよ」
バタビア海軍本部から出てきたカイルは、外で新聞を片手に待っていたエドモントに会談の結果を伝えた。
「じゃあ、これから大っぴらに交渉をしても良いんだな」
「ああ、出来る限り買ってくれ。それとヤン・カンパニーの方も頼むよ。何しろ物資が足りないんだからね」
「やれやれ、人使いが荒いな」
ウンザリした表情でエドモンドが愚痴を言う。購入予定量が多いため幾つかの会社と交渉しなければならないだろう。しかも現在の担当者はエドモンドのみだ。
「伝手があるのはエドモントだけだからね。確保出来るのはエドモントしかいないよ」
エドモントの実家は紡績会社で原料の輸入、織物の輸出で海外とも関係を持っている。今回はその伝手を使って物資の買い付けを行う予定だ。
でなければこの作戦は使えない。
「まあ、頑張るけどね。けど購入にはバタビアの許可が必要なのか?」
「いや全部日用品とか食料で戦時禁制品や輸出入許可が必要な物資はない。普通に取引して問題は無い」
「じゃあどうしてバタビア海軍に行って話してきたんだ?」
「バタビアのメンツを立てたんだ。あとあと知って文句を言われないようにね」
バタビアはアルビオンもガリアも承認した永世中立国でありどちらかに肩入れすることはダメだ。
なのでどちらにも同じように許可を与え、同じ取引をする必要がある。
「もしガリアが文句を言ってきてその時になってバタビア政府が知っても条約上は問題ない。だがバタビア政府上層部は怒るだろう。それを避けるためさ」
カイルが接触して購入を伝えたのはバタビアのの上層部が取引を知らないと、そんな話し俺は聞いていないぞ、と怒り出すのを恐れたからだ。
理屈で話してもどんなに正論でも感情的になった人間が友好的に付き合ってくれることなどない。
仲違いをしたまま戦争に入ると敵対的中立国――各種取引の許可を出さない、情報を与えてくれないなどの嫌がらせを行ってくることもありえる。
だが礼を尽くして好感を引き出し友好的中立国――各種取引、交渉に便宜を図ってくれる、情報を伝えてくれる。時に一部の国際法違反を見逃してくれるなどのアシストをしてくれる存在になって欲しい。
永世中立国でも交渉は出来るし契約も出来るので味方にしておくにこしたことは無い。
「てっきりバタビアは輸出しないと言うかと思ったよ」
「それは無いよ。寧ろ双方へ輸出したいから積極的にアピールするだろうね」
中立国は交戦国の片方に肩入れしてはならない、一方に輸出を行うならもう一方にも輸出を行う。平等に権利を与えなければならない。
結果、双方への輸出が増えて中立国であるバタビアは潤う。
それどころか交戦国にバタビアは取引相手、物資購入先として必要と思わせることが出来たら中立侵犯が起きる可能性が少なくなる。結果中立を維持できる可能性が高くなる。
なので取引にダメ出しする可能性は限り無く低かった。それどころか促進するように働きかけてくることも充分にあり得る。
「結局、メンツの問題で海軍本部に行ったんだな」
国家間のプライドの高さにエドモントは呆れた。商売なら利益になるのであれば仇敵とさえ契約を結ぶのに、面倒な会談などは取引の効率を著しく悪化させるのでやらないと考えていた。
「まあ、それだけでは無いんだけどね」
そう言ってカイルは肩を竦めた。エドモントは聞こうとしたがその前にカイルが話しかけてきた。
「それより物資の買い付けだ。本当に物資が足りないんだからね。本国艦隊は僕たちの物資を待っている」
「解っているよ」
そう言うとエドモントは取引先のリストを見ながら回る順番を組み立て回ることにした。
「待っている間、周りの店で物価とかを見ておいたよ。まあ予算内に収まるだろう」
「本当に手回しが良いな」
呆れたがエドモントが頼りになることが解ってカイルは良かった。
一方のカイルも積み出し作業の手はずを整えるべくアルビオン大使館に向かった。
「ではアルビオンは開戦を決定したというのだな」
「はい」
カイルにヤン・カンパニーへの紹介状を渡した後、ロイテルは会談内容を報告書に纏めて上官であるウィット提督に提出した。
まだ開戦していないというカイルの言葉から、アルビオンは開戦を決意したと判断。そのために必要な物資を集めていると考えた。
予備艦隊が購入する予定の物資の量と品目から戦闘を想定しており、開戦の意志は確実であるとロイテルは分析している。
現にヤン・カンパニーだけでなく他の有力貿易会社との契約を結び一部バタビア商船との傭船契約を結んでいる。
ここまでやって契約を履行しないとなれば、バタビアとの国際問題となるから破ることは無いだろう。
戦争遂行上、友好的中立国の存在は非常に重要なのでアルビオンも無闇に破らないはず。今後の為にも物資は購入するしその活用も考えているはずだ。
現に物資を必要としており購入先としてやって来ているのがその証左であり、関係各所に断りを入れていることも証拠となっている。
「そしてガリア船団への襲撃を考えている、と」
「はい」
同時にロイテルはアルビオンの戦略についても洞察していた。
購入契約で短い期日を設定したということは四月七日以降に出撃する可能性が高い。
その後にある大きな事と言えばガリア船団の到着だ。バタビアにもガリア船団の情報は入っている。
早急にアルビオン艦隊が出撃するのはガリア船団が入港する前に捕捉して阻止するため、という可能性が高い。勿論、アルビオンの船団を守る可能性も有るが海軍士官なら捕獲償金を狙って船団襲撃に向かうことを考えるはず。
それにアルビオンの戦略は基本的に敵国の封じ込めだ。
軍艦のみならず船は一旦出港すると所在を見つけ出すのに非常に苦労する。三〇〇隻を超す大船団でも海の上では点以下の大きさでしか無く見つけられるかは運次第だ。
なのでガリアの根拠地を抑え出港出来ないよう、入港できないようにするのがアルビオンの基本戦略だ。
ガリア艦隊を封じ込めつつ、ガリアの船団を待ち構え捕獲する。あるいは船団の保護のためにガリア艦隊がアルビオン艦隊に襲撃を加える可能性も有る。
その場合、双方とも敵艦船捕獲の可能性が出てくるので積極的に攻撃する公算が強い。
故に、ロイテルはアルビオン艦隊がガリア船団を襲撃すると考えた。
「解った。良く出来た報告書だ。下がって良し」
少し考えた後、ウィット提督はロイテルを部屋から下がらせた。
ロイテルが出て行ったのを見届けてウィット提督は席を立ちクローゼットから礼服を取り出して着替え始める。
着替え終わった時、丁度報告書の写しが出来上がりそれを受け取った。秘書官が居なくなるのを確認して提督は礼服に報告書を隠し執務室を出て行った。
本日はガリア大使館主催の晩餐会があり、前々から招待されていた。
中立国としてこれから交戦するであろう国の情報を手に入れるために晩餐会というのは情報収集の絶好の場である。情報収集の責任者が出席するのは不自然ではなかった。
そして晩餐会が終わったとき、ウィッテ提督はガリアの駐在武官に話しかけた。
「実はアルビオンに関する情報がありまして」
話しを聞いたガリア駐在武官は目の色を変えて話しを聞いた。
そしてその証拠となるロイテルの報告書を渡すと共に取引のある会社を話す。
「それでは失礼します」
すべてを渡し終えた後、ウィッテは大使館を辞した。
受け取った駐在武官は直ぐに報告書を外交行囊に入れる。そして本国宛の至急便に乗せてガリアの海軍省へ知らせた。




