相談
ウィリアムとカークから伝えられた開戦決定の話。そして開戦前に自国船団を無事帰国させて欲しいとの小父さん、いや皇帝陛下の個人的な依頼。
だがフリゲート艦一隻には荷が重すぎる。
そのためリドリー提督と相談するべくカイルはウィリアムとカークの二人を連れて陸上の予備艦隊司令部に向かった。
カイルは司令部に入り用件を伝えると直ぐにリドリー提督の執務室に通された。
「失礼致します」
「おお、カイルか。どうした?」
「レナウンの現状についてご報告に参りました」
そういってサクリング艦長が書いた報告書を渡した。
「ふむ、レナウンの艤装は順調なようだね」
一応、カイルが来たのは現在行っているレナウンの建造に関する報告を行う為だ。
「で、用件は?」
報告に来たとは表向きの話であり、本題はウィリアムがもたらした開戦の知らせと、船団の入港に関する話だ。
提督昇進の際にウィリアムと会っているリドリーはレナと違って記憶力が良く皇太子殿下の顔を覚えていた。
そのためリドリー提督は重大な話と認識し三人に尋ねてきた。
カイルは掻い摘まんで小父さんこと、皇帝陛下からの依頼と手詰まりになっている状況を説明した。
「ふむ。確かにフリゲート艦一隻のみでは出来る事は限られておるからの」
何しろ事が大きすぎてカイルとサクリングの手には余るからリドリー提督のもとへ相談に来たのだ。
「それにしても相談と言うには議題が大きすぎるが」
そう言って周囲を警戒したあと、リドリーは話し始めた。
「じゃが、儂に出来る事も限られておる。現在の儂は予備艦隊司令長官であり、予備艦を現役復帰させ艦隊に供給するだけじゃ」
アルビオン海軍はいくつかの鎮守府に分かれており、全ての海軍艦艇はいずれかの鎮守府に所属している。
それぞれの鎮守府には予備艦隊があり、予備役編入された艦艇を保管している。
そして必要に応じて現役復帰させ各艦隊に送る。
実戦部隊の艦隊は大きく分けて決戦兵力である本国艦隊。各方面を担当する方面艦隊として海峡艦隊、大蒼洋方面艦隊、滄海方面艦隊、新大陸方面艦隊、インディゴ海方面艦隊。そして船団護衛を専門に行う護衛艦隊に分けられる。
このうち最大戦力を誇り大多数の戦列艦を保有するのは本国艦隊だ。
通常は方面艦隊が対応し、最も強力と判断した敵艦隊に対して本国艦隊を派遣し撃滅する。幾つもの海域を跨いで航行する船団の護衛には護衛艦隊が方面艦隊の支援を受けながら行動する。
広大な海域を支配する必要があり、強力な艦隊を分割せずに一箇所に纏めて叩き付ける事が出来るこの方法が帝国にとって最良の戦略とされていた。
「本国艦隊の方も開戦の報を受けて準備しているようじゃ。ガリア側も察知したらしく本土対岸にある軍港ブルトンに艦隊を集結させつつあると海峡艦隊が報告してきおった。じゃが、ここにきてガリアの大規模船団、およそ三〇〇隻が接近中との情報も入って来た。本国艦隊ではこの船団の襲撃も視野に入れている」
「ガリア船団はどれくらいでガリアに入港予定ですか」
リドリー提督からもたらされた新たな情報を知るべくカイルは尋ねた。
「二〇日ほど後との事だ」
「うげっ」
聞いたカイルは思わず呻いた。
現状を整理すると
ポート・インペリアルにて出撃準備中のアルビオン本国艦隊
対抗するように対岸のブルトンで出撃準備中のガリア艦隊
大蒼洋を本土に接近中のアルビオン船団三〇〇隻:到着予定四月二五日頃
大蒼洋をガリアに向かうガリア船団三〇〇隻:到着予定四月一五日頃
今日は三月二五日。
アルビオンは船団が入港してから開戦したいが、ガリア側の方が早く入港できる。それだけ、ガリアは早く宣戦布告することが出来る。
しかもガリアは大陸のため物資を陸送することも可能だ。
だがアルビオンは島国であり国外から物資を購入するには海路を使うしかない。
だから船団護衛が必要なのだが、本国艦隊は嫌がるだろう。
船団護衛は敵や海賊を追い払うだけ。船団襲撃ならば相手商船を捕獲しただけ賞金が得られる。
なのでアルビオン船団の護衛では無くガリア船団襲撃を選ぶ可能性が高い。
その方が金持ちになれる可能性が高いし乗組員の士気も向上するからだ。
ノロマな商船の護衛などやりたがらないだろう。
「本国艦隊司令長官はライフォード中将が大将に昇進して就任した。海賊討伐の功績とガリアの艦隊について把握しておるからな。彼なら船団護衛を選ぶ可能性もあるが、前衛戦隊の司令官がリンフォード中将じゃしな」
「げっ」
再びカイルは呻いた。
本国艦隊は本隊、前衛戦隊、後衛戦隊の三つの部隊からなる。
その前衛戦隊司令官であるリンフォード中将は、非常に好戦的で海戦を好む。特に船団襲撃を好んでいる。
下手をしたらアルビオン船団が襲われるのを放って置いてガリア船団の攻撃に向かいかねない。
前衛戦隊は艦隊の文字通り前衛、事実上最初に突入する。船団攻撃を重視するリンフォード中将が先走って船団を攻撃に行くだろう。それに引きずられて本国艦隊全体が船団攻撃に向かう可能性が高い。
新たな難題にカイルは悩んだ。
「この状況を何とかせねばならん。何か方法はあるかの?」
尋ねられてカイルは考えた。
要は、アルビオンの船団がガリアより早く入港できれば良い。何とかしてガリアの船団が遅くなるようにすれば良いのだが。
更に、ガリア艦隊の妨害を防ぐ必要もある。
宣戦布告前なので露骨に攻撃はしてこないだろうが、宣戦布告と同時に攻撃してくることは十分に考えられる。
アルビオン本国艦隊をどう動かせばガリア艦隊とガリア船団を上手く誘導できることができるか、あるいは足止めをすることが出来るか。
カイルは悩んだ。
「うん?」
「どうしたのかね?」
カイルの表情が変わったのを見てリドリーが尋ねた。
「……一つだけ、思いついたことが。上手く行けば船団を入国させた上、ガリアの船団を遠ざける事が出来ます。ついでにガリア大蒼洋艦隊も足止め出来ます」
「聞こう」
都合の良い話だったが、聞くだけは聞いて見ようとリドリー提督はカイルの話しに耳を傾けた。
「なるほど、確かにその方法なら何とかなりそうじゃな。レナウンはまだ予備艦隊所属じゃし、その用件で動くというのなら儂の一存で動かす事も出来る。じゃが、本国艦隊と船団に関してはなんとも言えないぞ」
「解っております」
本国艦隊は鎮守府と並ぶ部隊で、鎮守府指揮下の予備艦隊より格上だ。
さらに船団護衛は本国艦隊と同列の護衛艦隊指揮下の艦艇が行う。
護衛艦隊が船団の動きを指揮するがそれを認めてくれるのだろうか。
その本国艦隊を動かすのは難しいだろう。
「しかし、ほんの数日程度の出撃です。それでガリア大蒼洋艦隊、ガリア船団を足止めできるなら。最悪でも牽制できますし、上手く行けば大蒼洋艦隊を準備不足で引き出す事が出来ます」
「確かにそうじゃな」
カイルの作戦案をもう一度思案してリドリーは伝えた。
「よかろうやってみろ。レナウンに関する命令書に関しては直ぐに用意する。護衛艦隊と本国艦隊に関しては掛け合ってみるが保証は出来ない」
「いえ、充分です」
「老骨に鞭打ち、奮励努力しよう。じゃが君らにも手伝って貰うぞ」
そういってリドリーは三人を見て言った。




