投錨
「今一番五月蠅いのはお前達のようだな」
二人から詰め寄られたカイルに救いの手を差し伸べた、いや声を掛けたのはブレイクの艦長ウィリアム・サクリング海佐だった。
艦長が来たことを知って三人は直ぐに整列して敬礼した。
「祖国が見えて嬉しいように見えるな」
答礼をしながらサクリングは三人の士官候補生を見た。
そしてカイルは今自分も他の二人と同族、騒いでいる子供に見られていることに気が付き不運を呪った。
「何ならシュラウドに張り付いて入港まで見ていて良いんだぞ」
『ノー・サー!』
サクリング艦長の提案に三人は揃って拒否を伝えた。
マストに上る為の縄ばしご――シュラウドに張り付かせるのは士官候補生に対する一般的な懲罰だ。命令されたら降りる事を許されるまでずっと張り付く。風に吹かれようが、雨に濡れようが、波に襲われようとだ。
だが掴んでいるならまだ良い。懲罰の激しい艦の場合、逃げられないように手足を縛り付けるのが普通だ。
それがない分ブレイクは非常に良い艦だが、好き好んで刑罰など受けたくない。
まして冬の寒風をまともに身体に受けたくない。寒いどころか、凍死の危険さえある。
「では、当直に戻り給え。祖国に戻れて嬉しいのは解るが、無事に入港できなければ上陸できんぞ。何より、これから戦う事になるだろうからな」
サクリングはそれだけ言うとその場から離れた。
生死の危険を回避できて三人は揃って安堵の溜息を吐いた。
「あんた達のせいで叱られたじゃないの」
『誰のせいだと思っているんだ』
レナのぼやきにカイルとエドモントは揃って反論した。
その間にもブレイクは祖国に近づきつつあった。
カイルが乗るブレイクの任務は各国が出してきた艦隊と合流し合同艦隊の一員としてマグリブの海賊征伐だった。
海賊の前進基地であったイコシウムを攻略し作戦は順調に進み、あと少しで海賊の本拠地イフリキアを落とせるところまで来た。
だが攻略本隊が出撃したところでイコシウムが海賊共の奇襲攻撃を受けて奪回されてしまった。
たまたまイコシウムでの哨戒活動をしていたブレイクが、カイルの提案した捕獲海賊船を使った火船による奇襲を敢行。無事に再占領したが、最初の奪回報告を聞いた主力であるイフリキア攻略部隊は引き返した。
そしてイコシウムを再占領した合同艦隊はそこでガリアがマグリブ海賊と結託していたことが判明、特に海賊被害の大きかったアルビオンとの間で激しい論戦となった。
元々島国であり貿易によって国が成り立っているアルビオンにとって海賊被害は深刻だ。そのため海賊を根絶したいと考えて徹底的な攻撃を加えることにしていた。
ガリアも深刻だったが大陸にあり諸国との陸上貿易も多い彼らにとって海外貿易は重要ではなく相対的に被害は少ない。下手に艦隊を出して被害を受けるより金銭や交渉で妥結した方が安上がりだった。
更に捕らえた海賊の中にガリアの海軍士官がいたことも話をややこしくした。
戦争になると相手を圧倒するために兵力は膨大になるが、戦争が終われば余剰人員となり急速にリストラが行われる。
ガリア海軍でも例外ではなく、戦争が終わると直ぐに兵力の削減を行い士官を含む兵員を解雇した。
そのため食うに困った海軍兵士が海賊となっていった。
十年前の戦争後多くの海賊が生まれた。元海軍兵の海賊など珍しくないが、彼らを通じてガリアが海賊と内通していた疑惑が浮上。アルビオンの商船を集中的に襲撃するよう誘導していた疑いまで発生し事態をややこしくした。
故にアルビオンとガリアの意見が対立し外交問題に発展した。
主戦力である二カ国が対立状態に陥ったため合同艦隊は分裂し解散。
各国の艦隊は母国へ帰投していった。
ブレイクもこの流れでアルビオンに戻っていたが、事態は深刻だった。
海賊の被害が一番深刻だったアルビオンと、それを使嗾したガリア。
両国の関係は急速に悪化。特に標的となったアルビオンでは強硬論が台頭し対ガリア戦を声高に唱える勢力が議会で増えており、開戦前夜という状況となっていた。
故に真っ先に戦場となりそうな海域、本国近辺に艦艇の集結を開始。
その一環として、ブレイクにも帰国命令が出てアルビオンに帰港しようとしていた。
「凄い光景ね」
入港のために周辺の見張りをしていたレナが呟いた。
帝都アヴァロンに近いポート・インペリアルは、アルビオン帝国海軍最大の軍港として何百年もかけて整備されていた。
所属艦艇数も多く元々活気づいていたが今は所狭しと艦艇が停泊し、その間をボートが行き来し甲板上では乗組員や工廠の工員が忙しく動いていた。
「やはり対ガリア戦の為かしら」
「だろうね」
レナの言葉にカイルは同意した。
出師準備、対ガリア戦のために予備艦艇の整備を行っているのだろう。
軍艦の運用には莫大な経費が掛かる。人件費や艤装の整備費用など保有するだけで莫大な金額が掛かる。
そのため各国海軍は平時の現役艦艇を最小限に抑える。現役から外れた艦は帆や索具、時にはマストを外して乗員も最小限に抑えて予備艦となり各鎮守府に保管される。
そして開戦の前後、あるいは危機が起きて仮想敵国に圧力を掛けるときだけ予備艦の艤装を戻し乗員を補充して現役に復帰させて対応する。
現代の海軍は可能な限り軍艦の稼働率を上げて可能な限り軍艦を動かす事を基本方針にしているが、第二次大戦前までの各国海軍は同じような考えだった。
「敵を圧倒する戦力を用意するのは戦争の常識だからね」
「だったら私たちも昇進できるかしら」
「なんで?」
「だってこんなに軍艦があるんだから乗員が必要でしょう」
「そうだね」
「だったら海尉が不足して士官候補生の中から優秀な人間を昇進させるしかないでしょう。私たち戦功上げているから昇進のチャンスじゃない?」
「そうでもないよ」
「どうしてよ」
「海尉の数は多いし士官候補生の数も多いからね」
戦時の海軍は人手不足になるが平時は余りがちになる。
特に職業軍人である士官の数は多く、ポストを用意することに辟易することになる。
そのため多くの士官は艦のように予備役に編入される。
海軍で身を立てようとする若者は多いため士官候補生も余り気味だ。
カイル達が候補生になれたのは幸運に近い。
家柄が良くなければ入る事は出来なかっただろう。
もっとも戦争になるかどうかは解らない。
外交交渉を有利にするため軍備を増強して、それを背景に高圧的に会談を行う事がある。世に言う砲艦外交で、交渉を有利にするためだけに軍艦を動員、時に相手国近海を航行させたり、相手の港に寄港することもある。
そうして緊張が高まっても交渉が妥結し、回れ右して母港に戻ることも多い。と言うよりそちらの方が多い。
なので、今回も戦争になるかどうかは微妙だった。
「兎に角、入港だ」
だが、カイルはそんな事は何も言わず入港指揮に入るため配置に付いた。
ブレイクは指定された海域に投錨を行い無事に入港した。
「全員整列して並べ! でないと上陸を取り消すぞ!」
入港配置を解いた後、甲板に溢れ出した水兵達を相手に汚名挽回とばかりにカイルは大声を張り上げて並ばせた。
甲板は上陸希望の乗組員で溢れており休暇許可を期待して気もそぞろに待っていたのだ。
主計官の所に行き自分の上陸用の制服――女と一緒に酒を飲むために大切にしまっている服で普段着は潮と汗と垢で酷い事になっている為そんなのを来て飲みに行きたくない。なので預けている服を受け取りたい。
何より自分の給与を引き出したい。
上陸時には自分の給与を一部引き出す事が出来る。
全部渡さないのは、飲んで全部使い切ってしまうのを防ぐ為と給与を預かっておけば働いた分は全額貰おう、と考えて脱走しにくくなるからだ。
実際、脱走が多いのは強制徴用直後で給料日が近づくと急速に減って行き、それ以降はごく希になる。
それに船上では金を使う場所も無いし、ツケやチケットで支払うことになっているので現金は必要ない。賭や盗難のトラブルを避ける意味もあって乗組員に現金を支給するのは上陸するときか、海軍を辞めるとき、所属艦艇が解役されて解雇されたときだけだ。
何より、単調で窮屈な艦上生活を離れて羽目を外せるまたとない機会であり、全員が期待していた。
そのためカイルの注意にもかかわらずテンションが上がっていた。
それは仕方ないとカイルも理解していたが、秩序維持を放棄する訳にもいかず懸命に声を張り上げた。
「何かしら」
その時、当直のクリフォード海尉が陸から接近してくるボートに気が付いた。
「連絡士官のようね」
クリスはカイルに命じて連絡士官引き上げる用意をさせると同時に、レナに艦長を呼びに行かせた
見知らぬボートはクリスの予想通りブレイクに横付けすると乗せていた連絡士官を下ろしカイルが甲板に引き上げた。
甲板上で制服を整え、出てきたサクリング艦長に連絡文を読み上げた。
「発ポート・インペリアル鎮守府予備艦隊司令長官リドリー少将 宛六等級艦ブレイク艦長サクリング海佐。夕刻頃、貴艦の帰国を祝うべく訪問する」