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懲罰

「この大馬鹿者が! 何をやっているんだ!」


 翌朝、候補生区画に入ったカイルはウィリアムとカークがやけに怯えていることに気が付き、何が起きたか尋ねた。

 最初は拒んでいたウィリアムだったがカイルが丁寧に話しかけ昨夜の一件を怯えながら報告した。

 聞いたカイルは頭を抱えたが直ぐに姿勢を正すとウィルマを候補生区画に呼び出し昨夜の一件について尋ねると躊躇無く肯定した。

 そしてステファンに唆されたと伝えられカイルはステファンとお目付役としてマイルズを呼び寄せてステファンを叱責した。


「上官への暴行は絞首刑である事を知っていてのことか!」


「私はやっておりません」


「教唆も同罪だ!」


 澄ました顔で答えるステファンにカイルは大声で怒鳴った。身長が倍くらい違うが上官として無視できない。何より、虐めや暴行を許したくない。虐められていたモノとしてつらさは知っており放って置く訳にはいかない。いや許しておけない。


「ウィルマの証言は嘘では」


「彼女が嘘を吐いているという証拠を見せて見ろ」


「いや、それは……証明するべきでは」


「上官命令だ。ウィルマが嘘を吐いているという証拠を見せろ。ステファン!」


「しかし……」


 カイルの命令は無茶苦茶だった。彼女が嘘を吐いているという証拠などない。

 だがステファンの行動を許しておく訳にはいかない。ウィルマが嘘を吐いているとも思えないし何より彼女がカイルの命令無しに行動する事は考えられない。

 この前、甲板で見張りを行うように命じたあと、艦長に用を言いつけられて一晩出張して翌朝戻って来たらウィルマが甲板に立っていた。それも一晩中休まずだ。

 何故当直明けに戻らなかったのか尋ねたらカイルからの命令が無かったから、とウィルマが答えた。しかも直ちに横になるように命じたらずっと休んでいた。

 命令に忠実すぎて応用の無いウィルマなので気を遣う。故に勝手にすることは絶対に無いとカイルは確信していた。

 そのため、ステファンを執拗に問いただした。


「反抗するのか」


 一層厳しくカイルはステファンを責め立て追い詰める。

 上官への口答えも命令不服従も懲罰の対象だ。

 何も言えずにステファンの口調が怪しくなる。カイルは理性的で筋の通った考え方をすると考えて居たが、ここまで感情的に言うとはステファンにとって計算外だった。証拠も無しにしかも無茶苦茶な指示を行うとは。

 言っていることは事実だったがステファンは突っぱねた。それを見てカイルは更に追い詰める。


「そもそも、お前にはウィルマへの指導責任というのがあるが」


「うぐっ」


 下士官には水兵への指導義務がある。ウィルマへの指導義務、候補生への接し方を教える義務を怠ったステファンのミスは確かに存在する。

 実力が無いくせにプライドばかり高い候補生なら年下のそれも少女の水兵にコテンパンにされた。それが事実で懲罰出来るとしてもプライドの高さから口が裂けても言えない、告発しないだろうと高をくくっていたのがステファン最大の誤算だった。

 更にカイルのウィルマへの評価が思った以上に高かったことと信頼していた事だ。

 本来なら証拠さえあれば、悪魔の証明をステファンに要求せずに済むのだが、ウィルマが嘘を吐く訳が無いしステファンならやりかねないという確信から真実に基づきカイルを動かす事が出来た。

 止めを刺されてステファンは何も言えなくなった。


「今回はミスタ・アンソンとミスタ・シーンの要望もあり、艦長への報告はしないでおいてやる」


「それはどうも」


 結局ミスタ・クロフォードもウィルマを庇うため、なにより自分のミスを恐れて艦長に報告しない、とステファンは予想しておりこのような結末、軍法会議回避は想定内だった。

 それに最近は艦艇の現役復帰が激増し水兵の需要が高まっており各艦で奪い合う状況だ。特に熟練水兵が足りず、喉から手が出るほど欲しがっている。

 そんな水兵を簡単に刑罰にかけて、死刑にしたら補充など来ないため刑罰に掛けることが出来ない。そんな状態もステファン優位に働いていた。

 更に事を大きくしてウィリアム達の素性がバレないようにしなければならないので、内々に済ませるしかない。

 しかし釘は刺しておく。


「だが、指導力不足のためステファンに関しては懲罰としてグロッグ配給を一週間停止する」


「げっ」


 グロッグはラム酒を水で薄めた飲み物だ。一日一杯支給される艦内における数少ない水兵達の楽しみだ。

 それを供給されないのは下士官兵には非常に辛い。特に酒が好きなステファンにとっては予想外の罰に思わず声が出たくらいだ。

 ショックで項垂れるステファンを置いておいてカイルはウィルマに話しかける。


「ウィルマお前も士官への侮辱でグロック一週間支給停止だ」


 少し厳しめの口調でカイルが言うとウィルマはシュンと小さくなってしまった。

 正規の乗組員である彼女にもグロッグは支給される。だがカイルがアルコールは成長に悪いとアドバイスを受けて飲まずにいる彼女に支給停止は辛いモノでは無い。

 だが、カイルに叱責されたという事実がウィルマにはショックだった。そして見捨てられるのでは無いかと怯えて、表情を変えないまま目尻に涙が浮かび始めていた。


「……まあ、他にも色々と働いて貰うけどクヨクヨするな。色々と教えてやるから」


 溢れそうになった涙の粒を見てカイルはそう言い彼女の頭を撫でた。涙は引いたが無表情のままだったのでカイルは喜んでいないのかと思い、何かしらのフォローが必要かと考えた。

 だが、その様子を見ていたウィリアムとカークは唖然とした。

 目をパチパチさせ凝視。更に目を擦ってウィルマを再び凝視する。

 ウィルマの頭に犬耳が生えピョコピョコ動き、お尻の辺りからシッポが生えてぶんぶんと振れている様に見える。

 異常に白い肌と白い髪の少女で近接戦闘の腕が異常と言う以外はただの人間のハズでつい先ほどまで犬耳もシッポも生えていなかったはずだ。


「あーマイルズ」


「何でしょう」


 ウィリアムに尋ねられたマイルズは答えた。


「ウィルマは亜人だったか?」


 狼や猫のようなシッポや耳を生やした種族がいることはウィリアムも知っている。

 アルビオン北西にあるデミニアという多数の獣族の住む島があり時折アルビオンにやって来るので珍しくは無い。

 だが、ウィルマは人間族だったはず。では自分は幻覚を見ているのだろうか、とウィリアムとカークは自らの目を疑ったがマイルズは否定した。


「違います。ウィルマは異様に白いですが人間である事に間違いはありません」


「しかし、私には犬耳とシッポが見える」


「はい、私もです」


 マイルズは否定せずに自分も見えることをカミングアウトした。


「でも何故か見えることがあるのです。現に私も見えております。前にもミスタ・クロフォードがウィルマを撫でているとき犬のような耳とシッポが出ているところが見えることがありました。私も周りも見えていましたが、後でウィルマを確認しても耳もシッポも付いていません。幻覚だと解っていても何故かハッキリと周りの全員が見えるんです」


「どういう事だ?」


「さあ、この世には解らないことが多々あると言うことです」


 そう言ってマイルズは説明したがウィリアムは納得出来ずにいた。

 そしてカイルがウィルマの頭を撫で終えると、いつの間にかシッポも犬耳も消えた。


「よし、以上だ。ミスタ・アンソン、ミスタ・シーンこれから陸上にある予備艦隊司令部へ向かう。君らにも一緒に来て貰うぞ」


「どういう事ですか?」


 突然の命令にウィリアムが尋ねた。


「艦の状況を報告する。それに士官として司令部の中での振る舞いを知って置いて貰う」


「は、はい」


「マイルズ、ステファン、ウィルマ。お前達はボートの用意をするよう伝え、準備に入れ」


『はい』


 そう言うと三人は敬礼して上がっていった。ただステファンはショックが抜けきらないのか、足取りは重かった。

 三人足音が遠ざかったことを確認したカイルは


「昨夜伝えられた事をリドリー提督に相談に行く。証言して貰うぞ」


「! では」


「勘違いするな」


 笑顔になるウィリアムにカイルは釘を刺した。


「上手く行く方法が思いつかない。とりあえず話しの解る上官に相談に行く。なにしろ一フリゲート艦には荷が重すぎる。だが、予備艦隊でも荷は重いだろうな」


 そう呟くとカイルは二人を促してボートに乗り込むべく甲板を上がっていった。

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