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再建造

「再建造ってどういう事?」


 ドックに入っているレナウンを見てレナがカイルに尋ねた。


「一から建造するのが面倒なので、一旦解体して傷んだ古材を新材と取り替えて新造艦の様にしようということだよ」


「へー。じゃあ新しくなるの?」


「……」


 レナが尋ねてきたが、カイルは黙ったままだった。


「……何か悪い事でもあるの?」


「……まあね」


 カイルは重々しく答えた。

 再建造は既存の艦の傷んだ部分を新しい部材に変えるだけで新造艦と同じようになる。しかも新造艦より資材も費用も少なく、短期間で済むはずだった。

 だが現実は違った。

 解体に時間が掛かったし、あちらこちら交換する手間が掛かって費用が嵩んだ。

 終いには資材の量も多くなり新造艦を一隻作る方が割安という事態が発生した。


「そんなに時間がかかるの?」


「再建造のために艦を追い出されたからね」


 そう呟いたのは、エドモント・ホーキングだ。

 彼はレナウンから転属してきたことになっている。

 再建造が始まったのは一年以上前の話だ。新たに作る部材は少ないはずなのに、未だ完成しないのは問題だ。


「なんでそんな馬鹿なことをするのよ」


「議会が新造艦の建造を中々認めてくれないからだよ」


 帝国の予算は帝国議会が承認をしているのだが余計な支出を嫌う議会は海軍の艦が増えることを嫌っている。

 そのため海軍は比較的予算が通りやすい再建造を行い旧式艦でも何とか戦力化しようとしていた。

 また小型の艦はそれだけ吃水――船底から海面までの高さが低い事もあり、浅瀬が多い海域で重宝されるので六四門艦でも必要とされていた。

 だが今は対ガリア戦に備えて軍備拡張が認められており、予算が出ている。

 おまけにガリアとの戦争で想定される海域は深い海域ばかりで吃水の浅い艦は必要ない。戦力としては低いR級戦列艦より戦闘力の高い艦を作りたいのが常識的な判断だ。

 しかし再建造で占拠されている乾ドックを開けて新造艦を建造するには、レナウンが進水しない限り無理だ。

 そのため、迅速な作業を求められることになる。


「大急ぎで建造することになるだろうね」


 自分が決めた訳でも無い事を急かされて行うなどストレスの原因でしか無い。

 学習塾と違って給料が出るだけマシだとは思う。転生前の学習塾は金を貰っているくせに下手な授業を長時間する上、宿題ばかり出す。通わない方がマシだとカイルは思っていた。

 だが今は海軍軍人として奉職する身。給料を貰う立場とすれば無謀とも思える命令でも与えられたら実行しなければ。

 幸いなことにカイルには多少なりとも船の知識はあるし、サクリング艦長をはじめとして経験のある海尉が多いし下士官もいる。

 工廠の工員も多少なりとも協力してくれるだろう、とカイルは楽観したが調査を進めると状況はより酷かった。




「現在の進捗状況を視察したい」


 着岸してボートを下りて陸の宿泊所――建造中の艦船の乗員の宿泊場所に荷物を置いてから艦の状況を調べ始めた。

 サクリング艦長の要望にドックの長は心良く承諾したが、調査が進むにつれ士官達をがっかりさせる出来事に次々と遭遇する。

 艦に乗り込んですぐ、下層甲板が丸見えな建造途中である現実が露わになった。

 元々建造が遅れていた上に、対ガリア戦に備えて他の艦の整備に工員が引き抜かれており、建造が中断状態となっていた。

 今後の工事は最小限の工員で何とかやりくりするしかない。

 現状船体の方は出来ているが二層ある砲列甲板の内、上の甲板が全く出来ていない。

 下層の砲列甲板も甲板の板張りを進めているが、所々埋まっていない。

 使われている木材も酷い部分が多い。

 通常木材は十分乾燥させる、最低三年間は陰干しして芯から乾かす。

 水分が残っていると腐食しやすいからだ。

 だが急速な艦艇整備のため十分な乾燥が行われず湿ったまま、酷い物では生木――乾燥させず切り出したばかりの木材を使用していた。

 元の部分も工員達が切れ端を持ち帰る為か少ない。加工で出た船材の切れ端は工員達が持ち帰ることが許されているため、切れ端が多くなるように切る事が多く木材の使用量が増える原因になっていた。

 更にアルビオンが持つ造船技術の後進性も追い打ちを掛けている。

 木材を濡らすと腐食しやすい。特に芯の部分が濡れると不味い。なので、建造中は船体を濡らさないようにした方が良い。海に浮かぶ軍艦だが海水に触れる部分は意外と少ないので、これだけでも艦の寿命を大幅に伸ばすことが出来る。

 そのためエウロパ大陸では屋根付きドックが作られ、雨から船体を保護できるようにしている。

 しかしアルビオンにおいて屋根付きの造船所は少ない。一部導入はされているが、レナウンのドックは露天だ。

 工員が作業をキビキビ動き、キールを据えてからまだ一年しか経っていない事だけが幸いだった。

 昔は雨ざらしにした方が艦が強靱になると信じていたため建造途中、キールや骨材が剥き出しになった状態で数年間雨ざらしにする事が横行していた。そうして出来上がった船は例外なく骨材やキールが腐り数年、最悪一年ほどで使用不能に成り廃艦となった。

 そうした使用不能の艦を直す事も再建造が行われる理由の一つなっている。

 迷信云々は、予算が無いため中断する理由、あるいは横流しのための言い訳のように聞こえるのは、カイルの被害妄想だろうか。

 カイルの推測はともかく、以上の事からアルビオン製の軍艦は脆いとアルビオン帝国海軍士官の間では常識となっており、優秀な仮想敵国ガリア海軍艦艇を捕獲して指揮することを望んでいた。

 最近は改善されつつあるが、欠点は未だに残っている。

 そして船は船体が作られるだけでは意味が無い。

 マストや帆、大砲などの艤装に関しては進水してから取り付けられるため、外されている。進水したら取り付け作業を行わないといけない。

 更に船底にフナクイムシ、船体の木材を食い荒らす虫を防ぐために銅板を貼り付ける作業を行う必要がある。

 それらの作業の時間も考えなければならない。

 そうして艦が出来ても乗員を慣れさせる訓練の時間も必要だ。

 カイルが酷いとぼやくのも致し方なかった。


「現状は思った以上に悪い」


 あてがわれた会議室にレナウンの幹部が集まると苦々しくサクリング艦長が話し始めた。

 テーブルの上にはレナウンの設計図や工程表が残っている。

 サクリング艦長をはじめクリフォード海尉やカイルが一日掛けて艦の状況を確認したところ、レナウンの工事は十分に行われておらず少なくとも就役するのに半年ほどはかかることが判明した。

 予想される対ガリア戦が何時になるか解らないが、備えるには時間がかかりすぎる。

 それに急いだとしても戦力になるかどうか疑問符が付く。


「他にも問題があります、造船所の木材が殆どありません」


 クリフォード海尉が造船所との打ち合わせで確認したことを報告した。

 対ガリア戦に備えて艦艇の整備を行ったために造船所に貯蔵されていた木材の殆どを出してしまい在庫が底を尽きようとしていた。

 木材が無いという事は建造が不可能と言うことだ。


「どうすれば良いか、忌憚なき意見を述べて貰いたい」


 サクリングの言葉に誰も答えなかった。だが、ただ一人カイルは応えた。


「レイジーを行ってはどうでしょう」

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