レナウン
「新しい艦へ異動ね」
移動中のボートでレナがはしゃぎながら答えた。
彼女だけでなく異動が決定したブレイクの乗組員達が荷物を持って目的の艦に向かっている。
謁見が終わって数日後、ブレイク乗員の元に転属命令が下った。
皇帝陛下の一言で転属は決まったのだが、どの艦にするかまでは海軍側も決めておらず慌ててポート・インペリアル鎮守府の予備艦を探していた。
担当者になってしまったリドリー提督は笑顔で良い艦を与えると言っていたが、現状は対ガリア戦の為に大半の船を現役復帰させている最中で、良い艦の多くは既に乗員が決まっていた。
それでも探し出し、カイル達が乗る新たな艦を決定したようだ。
だが、異動することになった乗組員達の多くは表情が暗い。変わらないのはレナと元から無表情のウィルマぐらいだろう。
そしてサクリング艦長も少々不満気味だった。
「どうしたの?」
全員の表情が暗いのを見てレナは尋ねた。それを見て他の士官達はレナの脳天気に呆れ、カイルに視線を向けた。
少々、コミュニケーション能力に難のあるカイルだが、この時は自分が求められている事を悟り、レナに尋ねた。
「今度の艦がどういう艦か知っているの?」
「え? 確かレナウンじゃなかったっけ?」
「そうだよ。どういう艦か知っている?」
「戦列艦でしょう」
現在エウロパ大陸周辺の海軍の艦艇は大まかに戦列艦、フリゲート艦、等外艦の三つに分けることが出来る。
軍艦は大砲の搭載数に応じて一等から六等まで分けられており、一般に二〇門以上の大砲を積んでいる船が軍艦とされる。それ以下の艦は等外艦とされ、輸送や近距離の連絡、調査などに使われる。
六等以上が軍艦とされ主に四等から六等がフリゲート艦と言われ、比較的に小型で速力が早いため艦隊の間の連絡や警戒、偵察、少数による通商破壊などに使われる。
ブレイクはフリゲート艦に類別され軽快な動きが可能なことから海賊船を追いかける任務を前回行っていた。
そして三等級以上の軍艦を戦列艦と呼ぶ。
戦列艦とは文字通り戦列を構成する艦で縦一列に並んで横方向へ最大火力を叩き付ける事を任務としており海戦の主力となる軍艦だ。
「何か問題あるの?」
「大ありだよ。レナウンがどういうクラスか知っている?」
「クラス?」
一般的に軍艦の設計には膨大な労力と時間がかかる。そのため一度設計したら大きな欠点や予算が尽きていない限り、その設計図を使って新たな艦を作る。
多少の改造や艤装の違いはあるが大まかな構造は変わらないので、同じような艦を纏めて同型艦とかクラス、級とか呼ぶ。
「レナウンはR級戦列艦と呼ばれる戦列艦の三番艦だ。全ての艦にRから始まる単語が名付けられているからR級と名付けられている」
「それがどうしたの?」
「搭載門数は解る?」
「知らない」
「六四門だよ」
「そうなの。ブレイクの三倍近いわね。それがどうしたの?」
レナが脳天気に話してきたのでカイルは掻い摘まんで答えた。
簡単に言えばR級は何処の海軍でも拡張期に一度はやらかす、あるいは避けて通れない過程とでも言うべき軍艦だ。
カイル達が最初に乗艦したのは七四門艦フォーミダブルで七四門は戦列艦の標準だ。
しかしR級は六四門で建造された。
半世紀ほど前、アルビオン海軍は急速に軍艦を建造する必要に迫られた。
当時の軍艦の攻撃力は大砲の搭載門数で測られ、それを元に船体の大きさが決定した。
大砲の数が多ければ船体が大きく、少なければ小さい。
つまり大砲の数が多ければ船体が大きく、建造費が嵩む。砲数が少なければ船体は小さく、建造費が少なく済む。
建造費の高い強力な艦を少数作るか、安いが攻撃力が低い艦を多数作るか、アルビオン海軍は選択を迫られた。
丁度、多くの海軍の根拠地を保有することになり、各地に軍艦を配置する必要があったため、早急に数を建造する必要があった。
故に建造費が少なく済み、大量に建造できるR級が多数建造され配備された。
当時としては最良の選択だった。
だが、ガリアが同時期に建造し配備した新型戦列艦、七四門艦の登場で全てが変わった。
アルビオンの六四門艦の大量建造を知ったガリアは直ちにそれを凌駕する艦の設計、建造を開始。出来上がったのが七四門艦だ。
攻撃力は百門艦などに比べると小さいが、攻撃力は見劣りせず、資材や予算も少なく済み大量建造可能なバランスの取れた艦だった。
以降ガリアの戦列艦は旗艦としての百門艦を除いて七四門艦が主力となり、アルビオン海軍に対して優位に立った。
そしてガリアの優勢を見てアルビオン海軍でも七四門艦を主力として整備し始めた。
「と言う話しだ」
「それがどうしたの?」
「……簡単に言うと、R級戦列艦は攻撃力が弱い戦力外の艦なんだ」
七四門艦に劣るため、撃たれ弱く戦列に加われない。
フリゲート艦より大砲を持っているが速力が遅いため戦いを挑んでも逃げられてしまう。
非常に使い勝手が悪い艦となってしまった。
計画時には完璧な艦でも、建造中に新技術や新艦種が出来てしまい、完成時には時代遅れとなってしまう事は海軍史において良くある。
R級も七四門艦が出来てしまったために配備後、あるいは建造中にも関わらず、旧式艦となってしまった。
軍艦の戦闘力は置かれた状況によって左右されるため名艦と呼ばれる艦は本当に少ない。建造時世界最高と呼ばれようとも、その後建造されてくる最新鋭の軍艦の前には旧式艦に分類されざるをえず、長く名艦と呼ばれることはよほどの幸運で無ければ無理だ。
そして不運にも失敗作となったR級は七四門艦が入れない浅い海域で使用するか、使い道が無いので鎮守府の練習艦か宿泊艦に指定され泊地の肥やしとなりとなっていた。
あまりにも酷く、自分の運命を呪った。
よい小父さんである皇帝陛下がワザとやったとは思えない。大方、サクリング艦長かカイル自身を心良く思わない海軍上層部か誰かが吹き込んだか、あるいは舞い上がって突発的に言ってしまったか、のどちらかだろう。
多分後者の方が高いとカイルは想像していた。
「でも、出撃できるんでしょう」
旧式艦でも船なら洋上に出られる。何か出来るとレナは期待した。
「あの状態を見て言えるか?」
そう言ってカイルは前方、鎮守府の工廠区画を指して言った。
幾つものドックがあり、クレーンや足場が組まれ作業をしている。
その中の一隻、海に向かって見せている艦尾にレナウンと記入された艦がいた。
「まさか……改装中なの?」
軍艦が傷んだ艤装を交換したり、新装備を搭載するためにドックに入って改装を受ける事は良くあることだ。
その場合、比較的短期間で作業が終わる。
「違うよ。再建造中なんだよ」
無慈悲にカイルはレナの考えを否定した。




