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帰国

初めての方は初めまして、前回シリーズからお読みの方はお久しぶりです。

蒼海の風シリーズの新編を投稿させていただきたいと思います。

今回は対ガリア戦、海軍強国同士の大海戦をメインに書きたいと思いますので乞うご期待。

宜しければ最後まで、お付き合いして貰えれば幸いです。


とりあえず初日は朝から夕方にかけて三回から四回投稿しようと思います。

どうぞ、お楽しみ下さい。


 開闢歴二五九一年二月

 ネイビーブルーのコートを着ても身体の芯まで冷えるような寒さ。追い打ちを掛けるように吹き荒れる冬の女神の吐息のような風。気分を重くする鉛色の厚い雲。

 毎年の事ながら非常に寒い。

 大蒼洋を東に向かって航行するアルビオン帝国海軍六等艦ブレイクもその寒さの中にいた。

 甲板上に人影は殆ど無く、最小限の見張りを除いて皆寒さを逃れるように甲板の下に逃げていた。


「故国なり! 故国なり! 現在天気晴朗!」


 だがマストの見張りが甲板に向かって大声で伝えると、それらを吹き飛ばすように乗組員達が活気づいた。

 週八四時間以上の労働を課された中、貴重な休み時間――非番を満喫中の者でさえ艦首に集まり前方を注視し陸地を見つけると歓声を上げる。

 約一年ぶりの祖国とはそれほどまでの価値があるのだ。

 海賊退治に出撃し危険な任務を終えて生きて帰れたことを喜んでいる。

 何より休暇と賞金が得られる。

 海賊船を捕獲したり商船を奪回すると船の大きさに応じて賞金が支給される。全ての乗組員が規定された割合に応じて与えられるボーナスだ。

 故に捕獲賞金は彼らが辛い海軍生活を送る上での心の支えとなっていた。

 それが支給され使えるのは艦が入港したときだけ。そして心置きなく使えるのは祖国だけ。異国の港でも使えるが満足のいく、食べ慣れ飲み慣れた食事や酒がありつけるのは、祖国のみだ。

 久方ぶりの充実した休暇を想像して乗組員達のテンションは上がりに上がった。


「身を乗り出しすぎるなよ!」


浮かれた彼らに何の飾りもないネイビーブルーの上着を着た士官が注意するが聞こえていない。


「……やっぱりこの身体だとダメなのかな」


 乗組員が自分の声を聞かないことに、その士官は肩を落とし小さくなった。

 もっとも最初から身体は小さい。何しろようやく一一才になったばかりで声変わりもしていない少年だからだ

 彼の名前はカイル・クロフォード。

 アルビオン海軍六等艦ブレイクの士官候補生だ。乗艦して一年にも満たないし最下級の士官だが、海賊討伐に参加し実戦経験もある彼らの上官だ。

 そして航海術に関して優秀な成績を収め、艦の航行に多大な貢献をした。

 僅か一一才にして熟練の船乗り以上の知識と技術を持つのは天賦の才能と幼少からの修練、なにより転生前の経験があるからだ。

 転生前の名前は杉浦航平。大手海運会社の航海士をしていた。

 中学時代に虐めに遭い不登校に。一般の高校だとまた虐められると考えたこと、そして船が好きだったので国立商船高専に入学し商船士官――一般商船会社の航海士として勤務しいずれ船長となる人生を歩み始めた。

 卒業後は大手商船会社に就職し三等航海士としてコンテナ船やLNG船、タンカーに乗船。数年の勤務を経て二等航海士に昇進していったが、ある日大学を中退して奨学金の返済に苦しむ中学時代のいじめっ子に逆恨みされ刺殺される。

 だが、何の因果かこの世界に転生し、今度は自分の身を守れるように海軍に入隊し海軍士官の道を歩んだ。


「やっぱりこいつのせいかな」


 そう言って自分の顔の横、髪の間から突き出る笹のような尖った耳に手を触れる。長いお陰で冷えやすいのだ。

 転生後の航平の種族はエルフだった。

 転生前にコーディーネーターとか名乗るギャルっぽい女の子フェイトが転生後の希望を聞いてきたとき、航平は色々と盛った要求をした。


「高貴な家の生まれで、船に乗れて、何かチートな能力があって出来れば美形になりたい」


 まず通らないと思われたが、何故か通ってしまった。

 盛りすぎるとマイナス要素が加わらない限り通らないという言葉が付け加えられて航平は転生した。

 転生前の記憶を取り戻し意識がハッキリしたのは二歳頃だろうか、航平はアルビオン帝国公爵クロフォード家の長男カイル・クロフォードとして生まれ変わった。

 アルビオン帝国にはフォードという大貴族が居り、クロフォードはその有力分家の一つであり非常に有利な立場だったが、たった一つ欠点があった。

 カイルがエルフだったことだ。

 古の大帝国では様々な種族が集まって暮らしていたが暗黒時代に分裂し種族毎に激しく争った。

 中でもエルフは人間に忌み嫌われておりアルビオンでもそうだ。

 そのため貴族社会では不利になると考え実力主義の海軍に入って立身出世を目指すことにした。

 元々航海士であったし転生しても船乗りをしたいと考えていたので貴族の地位に未練は無かった。

 ただ、入隊の際に家の地位を利用して一〇歳で士官候補生として乗艦することに成功した。

 入隊条件は最低一〇歳以上で艦長の同意がある事、だけなのでエルフとはいえ有力貴族出身のカイルには簡単だった。

 それに一〇歳で乗艦するのは珍しいが皆無ではない。もっとも小さいときから見習い紳士、士官の身の回りの世話という形で乗艦する者もいる。

 しかし通常は一四歳程度で士官候補生となるのだから特別と言えば特別だ。

 だが士官としての威厳がいささかない。


「おい! お前ら! ミスタ・クロフォードがお前らを気遣って注意しているんだぞ! はしゃぎすぎるな! 海に落ちても助けてやれないぞ!」


 風の中でも良く通る甲高い声が甲板に響いた。

 金色の肩章や袖章が付いた士官服。

 ブレイクの二等海尉、クリス・クリフォード海尉だ。

 彼女の言葉が耳に入った彼らは直ぐに振り返り、姿勢を正した。


「静かにゆっくり見ろ。これから入港するから余り浮ついていると座礁して休暇がパアになるぞ」


 ニヤリと笑って水兵達に釘を刺した後、クリフォード海尉はくるっと回ってその場を離れた。

 水兵達は、先ほどの熱気も冷めて静かに近づいて来る祖国を鑑賞していた。


「敵わないな」


 クリスはカイルより六歳年上の正規士官でありフォードの一族の一人である。海軍に入隊してからカイルと手紙をやりとりしてアドバイスを受け猛烈に勉強してストレートに昇進し、今では正式な海尉だ。

 カイルのアドバイスもあったとは言え、四年も早く入隊していると現場経験も実戦能力も上であり、こういう実際の指揮、部下の統率ではカイルも敵わない。


「舐められすぎじゃないの?」


 話しかけてきたのは、カイルと同じく士官候補生のレナ・タウンゼント。炎のように燃える赤い髪と目を持つ控えめに言っても美人だ。


「あなたまだ小さいんだから」


「先任は敬うものだよ」  


 年は彼女の方が上だが、入隊した日が同じだった。そして先任序列はカイルの方が上と認定されていた。


「そ、そんなの僅かな差じゃない」


「でも昨日の天測、七海里間違っていたよ」


「うっ」


 差を付けられた理由の一つにカイルの方は入隊前から航海術などを学んでいたため知識豊富だったことがあげられる。何しろ五年前にクリスを海尉試験に合格させただけの知識と指導力があるのだ。

 一方、レナは入隊してもうすぐ一年となるが、航海術はまだ怪しい。


「まあ、頑張っていると思うよ」


 天測や三角関数など教わらず、読み書きが出来るだけで入隊する候補生は多く、一年経っても出来ない方が当たり前だ。

 候補生でも士官の端くれとして当直に立つ必要もあるため勉強の時間も十分ではない。独学でやっていたら人の倍、いや、候補生のまま海軍を去ることになりかねない。実際に候補生のままで海軍を辞めて行く人間は多い。

 なのでカイルがこの航海の間、レナに艦位測定を教えていた。

 これでもマシになったほどで前は地球の反対側の地点を出してきた。

 それを思えば凄く上達している。


「相変わらず、夫婦げんかをしているな」


 二人をからかったのは同じく士官候補生のエドモント・ホーキングだ。


「違うわよ!」


「先任に対する態度じゃないな」


 怒鳴るレナをエドモントがたしなめる。

 彼はレナと同い年だが、入隊したのは四年ほど早いため、カイルやレナより先任だ。

 同階級同士の場合、先に任官した日時の早い者が先任、上位者となる。普通ならエドモントの指示に従わなければならないのだが。


「大体あなただって碌に航海指揮できないじゃないの」


「だからといって先任序列を乱すな」


「まともな指揮が出来るようになってから言いなさいよ。ねえ、カイルもそう思うでしょう」


「あー……」


 いきなり振られてカイルは一瞬迷った。


「どうなんだよカイル」


 エドモントに尋ねられてカイルは迷った。

 エドモントは確かに四年ほど前に入隊している。だがそれは乗員目簿に名前を入れて入隊時期を早く見せていただけで経験や知識はレナより多少ある程度、というのがカイルの見立てだ。

 言うべきだろうかとカイルは悩んだ。


「ハッキリ言ってあげたら」


 だがレナは容赦しない。

 当然エドモントの事情をレナは知らないが、女の勘か野生の勘か、そのことを理解していて同格視しているのか、タメで話すことが多い。

 二人のやりとりにカイルは、ウンザリした。

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