決着
昨日は更新できず申し訳ありません。
大事なパートだけにちょっと練り直していたら日付が変わっていました。
「ここからは僕の手番だ、勇者ジーク!」
千切れた鞭を向けてくる男を睨みながら、心の中で舌打つ。あり得ない。このようなことは許されない。
俺は勇者だ。人類最強の切札にして魔王を討つ光の戦士。女神の申し子にして正義の体現者、ジーク・ミュラーだ。
それが第五級の、最下級の男と拮抗するなどあってよいものか。
とはいえ、現実を見られないほど俺は愚かではない。目の前の『獣使い』は強い。姑息な手段ばかり使う見下げた奴だが、侮り難い相手ではある。それは認めよう。
それでも俺が負けることだけはありえない。総合力ではなお勝っているし、隠し玉も残っている。勝負が決まるのは時間の問題だ。
そう、時間は俺の味方だったはずなのに。
「ちょっ、なんでジーク様とクラトスさんが戦ってるんスか!? ってか角とか生えてますけどクラトスさんッスよね!?」
『聖騎士』が目覚めたとなれば話が違ってくる。この状況で第一級が敵に回るのは好ましくない。どうにか言いくるめなくてはならない。
「目覚めましたか『聖騎士』! 実はこの獣使いは魔族だったのです。奴は卑劣にも我らを陥れようと策謀を巡らし、貴方も他の少女たちも毒牙にかかって眠らされてしまいました。あの悪魔の角がその証拠です」
「え? でもあれ羊の角でしょ。悪魔の角はヤギッスよ?」
ひと目見ただけで分かるのか、この田舎者は!
「レオ、詳しい話は省くけどスズが危ない! 【治癒の波動】の出力をもっと上げて!」
「わ、分かったッス!」
状況を冷静に見られたら、おそらく奴は敵に回る。【紅き魔眼】で命令しようにも『聖騎士』は精神防護の職能【篤き信仰】を持つため洗脳の類が一切効かない。
仕方がない。『聖騎士』からの信用を損なうのは痛いが、戦闘力では獣使いと束になってかかってこようが負けはしないはずだ。ここはまとめて倒し、後でどうにか言いくるめるのが次善の策か。
そう思案する俺の視界の隅で、さらにふたつの影が立ち上がった。
「ふぁ、ねむい」
「さて、状況はだいたい予想通りだけど……キツネさんは早くなんとかしないといけないかな」
「奴らまで……!?」
「レオの職能は彼女が味方とみなした人全てに働く。これが初対面ならともかく、いっしょに冒険したニーコが範囲外のはずがない。クニーさんは耐性がついているしね」
「くっ!」
人数差は四対一。決して勝てない数ではないが、今しがた目覚めた二人の戦闘力もかなり高いと『暗殺者』の監視役から報告を受けたことがある。それが『獣使い』の職能で強化されるとなると少々骨だ。
ならば、こちらも切札をまたひとつ使うとしよう。
「『賢者』、こっちを見ろ!」
「きゃっ!?」
「フィナ!」
獣使いが反応するが、遅い。
戦況を不安げに見ていた『賢者』の髪を掴んで強引にこちらを向かせ、目に力を込めた。
「『獣使いとその仲間を、塵も残さず焼き尽くせ!』」
「っ! そんな……」
『聖騎士』と違い『賢者』には洗脳を防ぐ類の職能は無い。命令の職能【紅き魔眼】の効力はたちまちに『賢者』の身体に行き渡り、奴の手に魔力を集め始めた。あとは『賢者』の強力無比な魔法が奴らを殺すのを待つだけだ。
如何に姑息な獣使いも幼馴染を相手に鞭を振るうことはできまい。いささか優美さには欠けたが、この勝負もらった。
「そこな賢者さん、お好きな動物は?」
「……オオカミ! 毛が灰色で身体の大きいの!」
「はいよ」
目覚めたばかりの『機術士』が、右手の術機巧から何かを撃ち出した。
「『祝福されし呪針』……!」
まさか魔導具を撃ち出して使ってくるとは予想していなかった。弾速が大きすぎて叩き落とすのは間に合わない。【紅の魔眼】で『賢者』に回避させることもできない。
何の手も打てないまま『賢者』の胸に針の魔導具が突き刺さると、その頭に灰色の耳が飛び出した。
「はいリーダー、あとよろしく」
「【猛獣調教】を以って命ずる! フィナ、攻撃をやめてこっちへ来い!」
「うん!」
命令系の職能が複数かかった場合、対象の願望に近いものが優先させることは知っている。オオカミの耳を揺らして獣使いのもとへ駆け寄る『賢者』にはもう俺の【紅き魔眼】は通じない。
「ちょっと遅くなったけど助けに来たよ、フィナ」
「クラトス……!!」
だが『賢者』が向こうについたということは、今は瀕死の『暗殺者』をも治療されることになる。もしそうなれば第一級職業の持ち主を三人相手取らなくてはならない。そんなことになれば流石に勝利は危うい。
かくなる上は。
「『賢者』、それに『獣使い』。貴様らの誤算をひとつ教えてやろう」
「いくらお前が勇者でも旗色が悪いのは分かってる。悪あがきはやめるんだ」
「悪あがき、か。なるほど否定はできん」
先ほどより強気になった獣使いを見据えながら、俺は鎧の中から銀色の光沢を放つ板状の術機巧を取り出した。その片面に口を近づけて小さく囁いた。
「『司教』、三分の一だ」
『ええ、了解しました』
「……あれは」
俺の握る道具から音声が出るのを聞いた『機術士』の顔に緊張が走った。だが、時既に遅しだ。
「リーダー、相手は思った以上にお金持ちみたいだよ」
「クニーさん、あれは?」
「音声を授受する、つまり遠くの相手と会話ができる術機巧だ。ただでさえ貴重な品で、しかも携帯できるほど小さいものはそれこそ国家首脳同士の緊急連絡網に使われるかどうかのはずなのに」
「金に糸目をつけねばよいだけのことよ。貴様らのことだ、俺を地上へ返さなければ人質が害されることはないとでも思っていたのだろう? だが現実はこの通りだ。さて『獣使い』、それに『賢者』。三分の一が何を意味するか分かるか?」
「僕らふたりに言うってことは、まさか」
「そうだ! 貴様らの故郷は今、異端の教えに染まった邪教徒の村となった! 村民の三分の一は殺害されるだろう!」
「異端審問……。まさか、マチルダさんが離脱したのはそのために!」
「人を救ってばかりでは感覚が鈍ると『司教』も前々から言っていてな。だから気を利かせて人を裁く方に回らせてやっただけのことだ」
『司教』が異端であると判断を下せば、それはそのまま教会の判断となる。田舎の村でいくらか人間が死のうが、異を唱えられる者はまずいない。
これで奴らの故郷の三分の一は滅びた。残り三分の二を救うために奴らは手を止めざるを得ない。正真正銘の虎の子を使ってしまったが、こればかりはいくら知恵を巡らせたところで如何ともできまい。
『……失礼、少々事情が変わりました』
そんな俺の自信は、術機巧の向こうから聞こえる声に揺るがされた。
「今、神託は下りました。かの村は邪教徒の住まう村。なれど慈悲深き女神は改心の余地を与えると仰せです。あなたがたは三人に一人を殺し、残り二人には懺悔を求めなさい」
私の指示に応え、周りの兵士たちが丘を駆け下りてゆく。田舎の村を見張るのは退屈だったけれど、許しが下りたのなら後は楽しみしかない。あの程度の村なら抵抗らしい抵抗もなく蹂躙することができるだろう。
笑顔を作って信徒に恩を売る生活で溜まった鬱憤を、ここで存分に晴らしていくとしよう。
「おや、どうやら我々の獲物に先客がいるようだ」
そんな私の楽しみを、丘のさらに上からの声が遮った。苛立ちを抑えて振り向いてみると、坂の上に覆面をかぶった数十人が剣を片手に並んでいた。
並んでいるのは男ばかりだが頭は女のようだ。獣化症候群の患者らしく、垂れた兎のような耳がフードの下に見えている。
「金を出せ!」
「酒を出せ!」
「ただし女子供は丁重に扱おう。『ロップイヤー盗賊団』、ここに推参した」
「……盗賊団?」
たまたまこの村を襲おうとしていた盗賊団と鉢合わせした、ということか。なんて間の悪い。
「さて先客殿、そこの村は我々の獲物とすでに決まっている。悪いが道を譲ってはくれないか」
「随分と学のない方々ですのね。兵士の鎧に刻まれた紋章を見れば、私たちの身分はお分かりでしょう?」
「ああ、異端審問を専門とする教会兵のようだな。そして貴方は相当に位の高い僧侶なのだろう。羊飼いの杖を模した金杖がよくお似合いだ」
「あら、ありがとうございます。そしてそれがお分かりなら早々に立ち去ることをお勧めします。女神の救済を失いたくはないでしょう?」
教会は女神の救いを人々に分け与える機関。だからこそその権力は絶大であり、王侯貴族ですら迂闊には逆らえない。
そのはずなのに、返ってきたのは耳障りな笑い声だけだった。
「なーにが『女神の救済を失いたくはないでしょう』だ!」
「こちとら元より地獄行きのぼうけ……盗賊稼業よ!」
「……文字通り、救いようのない方々ですのね」
「救いようがない、か。さすが、我欲のために罪なき村を襲う聖女様のお言葉は実に趣深いな」
「貴方、まさか全て知って……! 【鑑定】!」
どうやらただの賊では無いらしいと気付き、覆面の下からちらりとのぞいた目から情報を読み取る。素性が分かれば目的も分かるかもしれない。
「……『司祭』ですって?」
「焦ったな『司教』様。軽率に【鑑定】を使えば自分も読み取られる、そうは思わなかったのか」
「ええ、驚きましたとも。しかし問題はありません。見たところ貴方と私のレベルは同等、ならば第一級の『司教』が第二級の『司祭』に負ける道理はありません。貴方がたも異端として排除することにしましょう」
兵士たちを反転させ、標的を村から哀れな盗賊団に変える。敵も一斉にこちらへ駆け下りてくるけれどたかが盗賊が教会の兵士の相手になろうはずもない。あの『司祭』の頭領も私が直接相手をすればいい。
「私のお相手は『司教』様自らがしてくださるのか。それはそれは光栄だ」
「口が減りませんね。【鑑定】を使ったのなら、勝ち目がないことはお分かりでしょうに」
「ふむ、僭越ながら老婆心でひとつ申し上げてもよろしいか?」
「あら、何でしょ、う……!?」
その瞬間、敵の纏う雰囲気が変わった。
「粋がるなよ小娘。能力で勝ち負けを測る青二才に遅れを取るほど、こちらも落ちぶれてはいない」
「な、な……」
「この村に羊飼いは間に合っている。その杖、申し訳ないが折らせていただこう」
勝てない。
なぜか、そう思った。
「クラトスさん、この声って!」
「アリ……」
『おっと、その板の向こうにいる見知らぬ少年少女が誰かと勘違いしているようだ。私はロップイヤー盗賊団の頭領にして永遠の美女、ミス・ロップイヤーだ。以後、お見知りおきを』
「……ミス・ロップイヤー、私たちの故郷を守ってくれてありがとうございます。でも貴方はなぜそこに?」
『風の知らせ、と言ってしまうのは不親切かな。仔猫が届けてくれた悩める少女からの手紙を読んで駆けつけた、それだけのことさ。なにせ私は女の味方だからな』
悩める少女、と向こうの声は言った。だが俺の計画を知っている人間のうち、少女と呼べる年齢の女は一人しかいない。
「『暗殺者』か!? だが奴には常に監視がついていた! 会った人間は全て把握され、怪しい行動があれば即座に手が入るはず……!」
『だから言ったろう、仔猫が届けてくれたのさ。しかし君が何者か知らないが、そんなことを気にしている余裕があるのかどうかの方が私は気になるな』
そう言われて反射的に顔を上げた。俺の前には、臨戦態勢の獣人達が列をなしている。それに対抗する術はあるのか。
職能は破られた。もう隠し玉は残っていない。
仲間は失った。俺は一人、向こうは五人だ。第一級の二人に加え、化物じみた強さの『獣使い』がいる。
頼みの人質も効果を為さない。聞こえてくる戦況は明らかに劣勢だ。
何も、無い。
「ふざけるな……」
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
こんなことで、俺の計画が終わる? ジーク・ミュラーの英雄譚は、最弱職に負けて終わりました?
認めてたまるか。
「ふざけるなァ!!」
剣を振り上げる。隠し玉は残っていないが、防御不能な技ならひとつだけある。
【天貫く槍】。城址の町リンバスで魔物の群れを消し去った対軍勢用の範囲攻撃。密閉された地下で使えばどうなるか分からないが、知った事か。
「犬畜生の耳が生えた化物どもに、俺の栄光を邪魔などさせん! まとめて消し飛んでしまえ!!」
輝きを放ち始めた剣は、しかしパンッという甲高い音と共に重い衝撃に弾き飛ばされ、遥か後方へと転がった。
「まあ、剣が銃弾より早いはずはないよね」
「ありがとうクニーさん。フィナ、お願いできる?」
「うん、任せて」
獣使いの言葉に『賢者』が一歩前へ出た。つい先程まで俺の前で震えていたはずの小柄な女が手を掲げると、高位精霊術の顕現を示す力の奔流が指先に集まってゆく。
「『炎と煙の精霊よ、畏れ多くも汝が僕が奉る。其が名を尊ぶ我に火の恵みを、其が眷属を虐げし愚者に炎の罰を与えたもう。いでよ原初の業火。畏怖を以て語られし二つ名は』」
「ま、待て」
「『炎舞せし天聖、イフリート』」
灼熱の炎球が『賢者』の頭上に輝いた。有翼人種の起こした風がさらに火勢を強め、肥大した炎の渦は迷宮の天井を融かし始めている。余波を浴びるだけで皮膚が灼けるほどの熱量、いくら勇者の肉体でも直撃すればひとたまりもない。
「せ、『賢者』、落ち着いて聞け。俺は勇者だ、俺を失えばいずれ現れる魔王との戦いは……」
「女の子の髪を気安く触る男に、貸す耳なんてありません」
炎球が降ってくる。回避も防御もできはしない。
俺の意識は、そこで途切れた。
出来に納得できず1日遅れてしまいましたが、勇者戦もようやく決着です。第1話の段階から勇者の計画に組み込まれていたクラトスが、その英雄オタク的素養で無自覚のまま計画を壊す布石を積み続けていくという話でした。
最初から読み直して……は大変だと思うので思い返していただけると、要所要所で行動の指針を与えていたのがスズだと分かっていただけるかもしれません(リンバスの地下室とか)。
あと(たぶん)1話で3章が終わります。




