『獣使い《ビーストテイマー》』
「【猛獣調教】を以って命ずる。勇者を倒せ、クラトス・メイヴ!」
未知の力が自分の中を駆け巡るような感覚。ああこれが使役される側の感じ方なのかと妙に冷静に理解した、次の瞬間。
僕の右手が、ジークの顔面に突き刺さっていた。
「えっ?」
「なん、だと……ッ!?」
今の一発はまぐれだ。僕の変化に戸惑っていたジークに、不意の攻撃がたまたま当たっただけ。二度目はないことは誰の目にも明らかだろう。
そうと分かっていても、膝をついたジークとそれを見るフィナの驚きは当然といえる。
『獣使い』の拳が『勇者』に当たるなんて、ましてや膝をつかせるなんて、例え奇跡が起きたってありえないことなのだから。
「ジーク、今すぐフィナにスズを治療させろ」
「貴様、一体どんな手品を使った?」
「ジーク、フィナにスズを治療させろ」
「何をしたと訊いている」
「フィナにスズを治療させろ!」
「何をしたのかと訊いているのだ、下郎が!!」
雑音のぶつけあいに焦れたジークが剣を抜き放ち突っ込んでくる。音さえ置き去りにする踏み込みに、目で追うことすら困難なその速度に、僕の体は『反応した』。
「【教練の賜物】!!」
かわす、かわす、かわす。
神速の剣技をすり抜け、切り抜け、くぐり抜ける。もう自分で自分の動きも分からないけれど、頭に響く息遣いは首がまだ胴体とつながっていることを教えてくれている。
「貴様、その程度でいい気になるな!」
更に剣速が増した。一振りの宝剣が二本、三本にすら見える連撃を、しかし無傷で凌ぎきった僕に向けられるジークの目にもう侮りや嘲りはない。
「馬鹿な……!」
「『獣使い』の職能は全て、獣を対象にしたものだ。レベルも経験値も職能も無い、知能さえろくに持たない獣にしか効かないはずの職能。それが人間に効くとどうなると思う?」
「ほざけ! たかが肉体強化がかかった程度で俺の剣を見切れるはずがあるものか!」
「問題は肉体や知覚の強化じゃない。職能の強化だ」
今まで色んな職能を見てきて気づいたことがある。剣技の強化、回復魔法の強化、自然治癒力の強化などなどたくさんある強化系の職能だけど、その中に職能の効果を高める職能はひとつとして存在しなかった。
ただひとつ、【教練の賜物】を除いて。
「職能なんて使えるはずもない生き物に使うための職能だから漏れがあったのか、その理由は分からない。ひとつ言えるのは、こんな現象は本来起こっちゃいけないってことだ」
「起こってはいけない現象だと?」
「なぜなら、こういうことになるから!」
地面を蹴ってジークに肉薄。一撃目より格段に速く振り抜いた拳は、顔の間際で剣の柄に受け止められた。衝撃にジークの顔が小さく歪む。
「ぐっ!?」
「【教練の賜物】で使用者自身を強化する。すると職能の効果が強化され、【教練の賜物】の効果が高まる。それによって使用者は更に強化される」
その循環は止まらない。強められた【教練の賜物】が使用者が強化する。職能の効果が強化される。さらに強められた【教練の賜物】が使用者を強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。強化する。
時間が経つほどに使用者の肉体は、知覚は、職能の効果は際限なく強化されてゆく。
「そんな、そんな馬鹿な! 理に反している!」
「だから言った! これは本来あっちゃいけないことだって!!」
秒を刻む度に力を増す拳を打ち込み続ける。勇者を倒せという自分への命令を実行すべく、ただただ勇者を攻め続ける。
このまま押し切れる。そんな考えが頭をよぎった瞬間、僕は寒気を感じて後ずさった。
「チッ、外したか。まさか貴様に職能を使うことになるとはな!」
「……!」
僕が立っていた地面が、バターのように斬れていた。もし後ろに退かなければ体ごと真っ二つだっただろう。
その意味する所は単純明快だ。
奴は、職能無しで僕の攻撃を全て防いでいた。さっきまでは決して苦戦していたわけではなく、僕に、第五級ごときに自分の職能を使うのを躊躇っていただけだったのだ。
届かない。『獣使い』がいくら身体を強化しようと、ジークにはまだ届いていない。
それを理解した僕に向かって、勇者は宝剣を振り上げた。
「思い上がったな。だが喜べ、勇者の職能をこれほど間近で見られる人間はそういない」
地獄で悪魔に自慢しろ。
そう言うと同時、振りかぶった剣が振り下ろされる。しかしそれは振り切られることなく、甲高い音を立てて動きを止めた。
「何!?」
「勇者の職能のひとつ【覇剣】。遠くや障害物の後ろにいる相手も切り裂ける強力な職能だけど、あくまで剣技だから剣を振らないと発動しない。そうだろう?」
僕の右手には、クニーさんがオマケで作ってくれた鞭『グレイプニル』。黒曜石を埋め込まれた先端は蛇のように動き、ジークの剣を腕ごと絡め取っていた。
「鞭とは姑息な武器を! いや、それより貴様、なぜ俺の職能の欠点を知っている!? 『答えろ』!」
問いかけと同時に勇者の目が赤く光る。その質問に、僕は視線を下げながら答えた。
「命令の職能【紅き魔眼】なんて使っても無駄だ。それは視線を外されるだけで発動しなくなる」
「そこまでも……!」
肉体の強化だけじゃ勝てないのは予想できていた。だって僕は、勇者の強さを知っているから。
数百年ごとに現れる勇者は、英雄譚の題材としては定番中の定番だ。そんな彼らの持つ職能は毎回少しずつ違うけれど、無限に種類があるわけじゃない。せいぜい五十種類といったところだろう。
そして僕はその全てを暗記している。特徴も、弱点も、かつての使い手の名前まで余さず覚えている。ジークが何の職能をいくつ持っているか知らないが、職業が『勇者』であると分かっていればそれで十分だ。
だって、僕は英雄譚が大好きだから。
「力で及ばなくても、僕にはまだ知識がある! ミュラー家が勇者を輩出したことがないって教えてくれて助かったよ。おかげで、勇者関連の部分はクゼハラ家に改ざんされてないって確信が持てた!」
「ぐ、ぐうう……!」
「行くぞ!」
グレイプニルをジークに向けて打ち付ける。『獣の力』を内包するこの鞭は今、強化された僕の手足のように動く。その躍動はジークには予測不可能だ。
「くっ!」
【神剣】は剣を音速以上に加速する職能。加速前に止めれば対応できる。
【猛者の叫び】は敵軍の動きを止める職能。範囲技だから心を強く持てば耐えられる程度の効果しかない。
【気配察知】は視界の外を見る職能。グレイプニルで全方位を囲んで意味をなくす。
「まだ! まだまだ!」
「舐めるな!!」
互いに決め手に欠けるまま、ただただ打ち合いが続く。十合、百合、いやもっと。互いにどれほどの手札を切りあったかもう数えていない。【教練の賜物】の強化も、やがて肉体の限界を迎えたのか上昇が止まった。
何分経っただろうか、気づけば手の豆が全て潰れていた。
何時間経っただろうか、痛覚が麻痺して痛みを感じなくなった。
何日経っただろうか、いやそんなに経っているはずはないけれど、もう時間の感覚すら無くなった。
僕もジークも一歩も引かない。こうなれば、あとは精神力の勝負。先に集中を欠いた方が負ける。
でもそれなら、【猛獣調教】で強制的に自分を動かしている僕がわずかに有利だ。
「……とでも思ったか!?」
無限に続くかのような剣と鞭の応酬に生じた、瞬きほどの空隙。その刹那にジークの掌から生じた衝撃波がグレイプニルを引き千切った。
「その職能は……!?」
「歴代勇者の記録にはない俺だけの職能、【覇導撃】よ! 心臓を握る潰すはずだったが、まあいい。武器を失った貴様にもう打つ手はない!」
届かない。僕にできる全てを積み上げても、人類最強にはまだ及ばなかった。
戦う手段を失った僕に、勇者は改めて宝剣を振りかぶった。
「くっ!」
「切札は最後まで残した方が勝つ。冥土の土産に覚えておけ!」
「……それは同意しかねるかな」
「ほざけ!」
確かに僕にもう切札はない。なぜなら、最初からそれを切っていたから。
僕に斬りかかろうとするジークの後ろで、もぞり、と赤い人影が起き上がった。
「うぅ、あたし、なんで寝て……」
予想外の事態に、ジークの剣が止まった。
「『聖騎士』が目覚めただと!? ありえない、『暗殺者』の使った薬は丸一日眠り続ける強さのはずだ」
「レオには自然治癒力の【治癒の波動】と状態異常耐性の【護りの光】がある。その効果だろうね」
「それも織り込み済みの計算だ! いくらなんでもこんなに早いはずがない! 貴様、今度は何をした!?」
決め手に欠ける打ち合いも、果てしなく続く戦闘も、全て僕が望んだことだった。そうしないと僕の本当の切札が意味を為さないから。
僕の切札は【猛獣調教】による自動戦闘でも、【教練の賜物】による無限強化でも、頭に溜め込んだ知識でもない。『獣使い』が持つ三つの職能の、残りひとつ。
「スズが言っていた。経験値は、強い相手と命がけで戦うほど多く手に入るって。それを【導く言霊】で増幅した」
敵は人類最強の勇者ジーク・ミュラー。
そして今の僕は羊の獣人。【教練の賜物】で爆発的に効果を高められた【導く言霊】は、使役獣である僕に莫大な経験値を流し込んでくれた。さらに使役獣に入った経験値は使役者にも入る。しかも使役獣と使役者、両方とも僕だから経験値は二倍だ。
そうして高められたレベルは職能の効果を更に押し上げ、ついにレオを目覚めさせるに至った。
「貴様、ここまでを予見していたのか……!?」
「そんなかっこいいものじゃない。本当はスズのために早く勝負を決めたかったけど弱い僕にはこんな方法しか無かった、それだけだ。でも、いずれにしても」
半ばで千切れた鞭をジークに向ける。
「ここからは僕の手番だ、勇者ジーク!」
スキルを強化するスキルを持っていると、無限ループでいくらでも強くなる。
それだけのアイデアですが、先に感想とかで指摘されなくてよかったです。
ちなみに、クラトスが今までそれを使えなかった理由は簡単。ひとつは単に思いつかなかったから、もうひとつはずっと羊(=羊毛)といっしょにいたせいで獣化症候群にかかりようがなかったから。




