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嘘つき狐は恋を知る

 生まれてきたことを後悔しなかった日など、一日として無かったように思う。


 生を受けたのは名のある軍人の家。そこでは当主が気まぐれに孕ませた下女の子など、恥以外の何者でもなかった。あらゆる人から疎まれ、使用人からさえも蔑まれ、親兄弟からスズという名で呼ばれた記憶も殆ど無い。


 自由など望むべくもない。

 昼は離れの私室を出ることを許されず、夜は訓練と称した暴行を受けるだけの毎日。耐毒性を身につけるためにと致死量間際の毒を飲まされ、朝まで悶え苦しんだ夜は両手で数え切れない。それを客への見世物とされた時など苦痛と恥辱で気が狂いそうだった。


 でも、そんな私にもひとつの希望があった。それは十五歳になれば女神より職業を授かることができるということ。そこで優れた職業を得れば全て変わると、白銀の鎧を着て竜を屠る騎士にもなれると、そう自分に言い聞かせて日々を生きていた。


 しかし十五の誕生日を間近に控えたある夜、珍しく踏み入ることを許された本殿で、私は兵士を産む肚として生きることが決まったと告げられた。表に出せば恥晒しでしかない私でも、流れる血の半分はクゼハラのもの。外見的なものも含め、肌馬としてはそれなりの価値があるというのが家の判断だったのだ。


 当然、神託を授かる儀式など受けられるはずもなかった。この時ほど自ら命を断とうと思ったことはない。


 ところがほどなくして周囲がやにわ騒がしくなり、私は突然儀式を受けさせられた。そして私は第一級『暗殺者(アサシン)』となった。


 歓喜の声を上げる家の者たちを見て、何も知らない私は思った。ようやく報われると。私の本当の人生が始まると、そう信じて疑わなかった。


 しかし私に下された命令はただひとつ。


「家のため、勇者に身を捧げて死ね」


 それは、かつてクゼハラ家が陥れた一族から勇者が現れたことに慌てふためき、差し出すための生贄を欲したがための儀式だった。


 かくして私は、ただ死ぬために勇者の犬となった。


 与えられた役目は、田舎に住む少年をかどわかして勇者の前へ連れ出し、合図を待って自害すること。汚名を被り、衆目の中で醜く身体を腐らせ果てるというのが、定められた私の最期だった。


 でも、それでいいと思った。

 これまで十分苦しんだ。生きていて楽しかったことなどひとつもないし、名誉など初めからありはしない。そんな人生がどこぞの男ひとりに媚を売るだけで終われるのなら、それはそれで構わないと思っていた。


 そして、私は出会った。羊飼いのクラトス・メイヴに。


 取り立てて秀でたところはないが善良で誠実な男、というのが会ってみた印象だった。想像していたよりずっと紳士的な、有り体に言えば奥手な彼は私の体を求めてくることは無かったけれど、それも時間の問題だろうと冷めた心で一週間ほどを過ごした記憶がある。


 そんな私の中で何かが変わり始めたのは、あの雨の日。


「放ってはおけない」


 一度は私と同じく親に捨てられた子、リリアーナ。彼女が加わった生活は、私にとって未知の連続だった。クラトス・メイヴの好感を買うため、そう監視役にも自分にも言い含めて三人で過ごす日々は、冷めた暗殺者を演じ続けるにはあまりに暖かすぎた。


 泥まみれになって魔物を追い回す仕事は、苦しいのに楽しかった。

 三人で囲む質素な食卓は、どんな高級な料理よりも美味しかった

 何気ない行いに返ってくるありがとうの言葉は、本当に本当に嬉しかった。

 私の生きた十六年を全て合わせても足りないほどの感謝と喜びが一日一日に詰まっている、そう感じるほどの毎日だった。


 想定外の事件もあった。中でも『聖騎士』(パラディン)のオーレリアが町にやってきた時は本当に驚いたし、計画に差し支えるのではという不安から失礼なことも言ってしまったけれど、彼女は全て笑って許してくれた。オーレリアと冒険する中で出会ったニーコも、一度は敵対した私を慕って迷宮までついてきてくれた。私に「友達」という言葉の意味を教えてくれた二人にはいくら感謝してもし足りない。


 気づけば私は『暗殺者(アサシン)』のスズ・クゼハラではなく、ただのスズとして振る舞っていた。

 でもそうして日々が楽しくなればなるほど、心の奥は苦しかった。


「スズは僕にとって最高の騎士だから」


 そう言ってくれる人を裏切っていることが辛かった。機を見て渡したフィナ様からの手紙を読んで心配する姿に、それを利用しようとする自分を呪わずにはいられなかった。


 だから、勇者から『暁光の迷宮』に来るよう通達が来た時は心のどこかで安心した。最後の最後で巻き込んでしまったクニー殿には申し訳ないけれど、もうこの人たちを騙し続けなくてよいと思うと心が楽だった。


 それなのに。

 いざ毒薬を口に含んだ時、私はそれを飲み下すことができなかった。

 生きたい。もっとこの世界で生きていたい。そう願ってしまった。そんな道が私に用意されているはずもないのに。


 そして今、私は自分の辿るべき道へと帰ってきた。自分の胸を貫く剣を見て、泣きそうな顔でそんな私を抱きかかえる彼を見て、何を言うべきかを思案する。


 感謝の言葉など言えるはずもない。

 謝罪したところで許されるはずもない。

 リリィのことを頼みたいが、彼女をも騙していた私にそんな権利はない。


「クラトス、殿……!!」


 ただ、名前を呼ぶことだけは許してほしかった。善良で誠実でお人好しな彼の名を。己の信ずる正義のために勇者へ挑んだ勇敢な彼の名を。私を騎士と呼んでくれた誰よりも優しい彼の名を。

 私に恋を教えてくれた、クラトスという彼の名を。


「え……?」


 薄れゆく意識の中で見た最愛の人の背中は、なぜだろう、どこか記憶にある姿と違っていた。






「……待て、勇者」


 スズを床にそっと寝かせ、僕はゆっくり立ち上がる。


 スズを貫いた剣はギリギリで心臓を外れていた。おかげでまだ命はあるけど、出血の多さからして長くは持たないだろう。不幸中の幸いと言うべきか、ここには回復魔法の使い手である『賢者(セージ)』のフィナがいる。フィナならスズを助けることにも反対しないはずだ。

 でも、僕とフィナは故郷を人質にとられている。ジークはそれを盾にフィナを制止するだろうし、僕だって家族の住む村を犠牲にさせるわけにはいかない。


 つまり、道はただひとつ。

 ここで勇者を倒す。ジークを力で制圧し、全ての束縛を解く。それしかない。


 スズが僕を騙していただとか、勇者の陰謀がどうだとか、今はなぜかすごく些細なことのように思える。ただただ、スズを死なせたくない。その思考だけが僕の頭を支配している。

 そんな僕の姿を見た勇者たちが、驚きに目を見開いた。


「クラトス、その頭……!?」


「悪魔の角だと!? 貴様、まさか本当に魔族だったのか!?」


「悪魔? そんな大層なものじゃないよ。これはただの羊の角だ」


「羊の……貴様、『祝福されし呪針(パドジナミア)』で羊の概念を自分に付与したのか! いったい何が目的だ!?」


 クニーさん、貴方は本当に頭の切れる人だ。

 クニーさんが撮影の術機巧(パターンド)を撃ったのは、放映を止めさせるためだけじゃない。彼女はそれを目眩ましにして僕に一本の『祝福されし呪針(パドジナミア)』を投げ渡していた。そうして受け取った針の魔導具に込められていた羊の概念によって、僕の頭に太くねじれた角が二本生えつつある。


 そして僕が羊の力を得たことで、ひとつの『可能性』が生まれた。


「【猛獣調教】を以って命ずる」


 僕が授かった職業(ジョブ)の名は『獣使い』(ビーストテイマー)。その職能(スキル)は全て、「獣および獣型の魔物」を対象にしている。これから僕がすることはたぶん、この職業(ジョブ)職能(スキル)が作られた際には想定されていなかったであろう『反則技』だ。


「――勇者を倒せ、クラトス・メイヴ!!」


 獣使い自身が獣であるなんて、本来ありえないことなのだから。

(更新分は書いてあったのに直前で気に入らなくなってほとんど書き直してたらこんな時間)


気にされる方がいるかもしれないと知人に言われたので、一応言っておきますとスズは処女です。

外部の男とは会う機会がほとんど無かった上、ある時期までは外に嫁に出す可能性もあり、さらに内部の人間が下手に孕ませてクゼハラの血が中途半端に濃い子供が生まれると非常に面倒なことになる、という色んな事情が絡みあって性的には手を出されませんでした。

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