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塗り固めた真実

「ローベルト・ミュラーという英雄を、貴様は知っているか」


 クゼハラ家の過去を教えてやると言ったジークは、いきなりそう切り出した。


「……知らない。有名な英雄譚はだいたい読んだけど、そんな人物は聞いたことが無い」


「では、『紅鎧の貴公子』ザムエル・ミュラーはどうだ。『岩砕き』のロルフ・ミュラーは。『太陽の騎士』と讃えられたテオフィル・ミュラーの名に覚えはあるか」


 姓からして全てジークの血縁者なのだろうが、ミュラーなんて姓自体まったく記憶にない。僕だって全ての英雄譚を読んだわけではもちろんないけど、英雄を四人挙げられてひとりも覚えがないなんてことはまずない自信がある。


「どれも覚えがない。それに英雄譚の世界で『太陽の騎士』といえばテオフィル・ミュラーじゃなくルビー・マッツのはずだ」


「……かつて我がミュラー家は、数多くの将軍や騎士を輩出する軍人の名家だった。今のクゼハラ家など足元にも及ばないほどのな。だが、ただひとつの負い目があった」


「負い目?」


「魔王を討つ光の戦士、勇者を輩出したことがなかったのだ」


 勇者の選定に家柄や血筋は関係ない、というのが世間一般の認識だ。だからミュラー家から勇者が現れずともそれは偶然でしかないのだけど、剣を誇りとする家にとっては屈辱というのは分からなくはない。


「しかし長年の研究と研鑽の末、ミュラー家はついに悲願を果たし一族から勇者を出すことに成功した。それが二百三十六年前の出来事であり、勇者の名が先のローベルト・ミュラーだ」


「二百三十六年前だって?」


 それはおかしい。二百年ほど前といえば先代魔王の時代、つまり勇者ヤマト・クゼハラが活躍した時期だ。勇者が一度に複数いた例は無いし、そんな時代にローベルトという英雄がいたなんて話も聞いたことがない。


「いいや違う。ヤマト・クゼハラの、奴めの職業(ジョブ)は誉れ高い勇者などではなく、ただ卑しき『暗殺者(アサシン)』だ」


「え……?」


「元より『暗殺者(アサシン)』は世間から秘匿された存在だった。華々しく民を導く勇者の影で、表沙汰にできない敵を闇に葬る小汚い仕事人にすぎなかったのだ。しかし我が祖ローベルトはそんな『暗殺者(アサシン)』であるヤマト・クゼハラをも戦友として信頼し、魔王討伐へも同行させた。させてしまった!」


 させてしまった、ということは。


「まさか」


「そうだ! 勇者の後ろにコソコソと隠れながらこの『暁光の迷宮』最深部へと至ったヤマト・クゼハラは、あろうことか魔王を討伐し疲弊した勇者ローベルトの背中へ刃を突き立てたのだ! この、玉座の間で!」


 ジークが腕を広げ、第九十六層の高い天井を仰ぐ。この場所で、僕の立っているこの部屋で、大英雄ヤマト・クゼハラがそんなことをしたというのか。


「それで魔王討伐の功績を奪ったって? でもそんなことをすれば他の仲間や王侯貴族が黙っていないはずじゃないか」


「『暗殺者(アサシン)』を輩出するだけあってか、当時のクゼハラ家は政府の暗部を司る暗殺者と密偵の家系だった。有力貴族たちの泣き所を全て知り尽くすクゼハラ家に対し、不幸にも高貴な生まれの者ばかりだった当時の勇者パーティは誰一人として逆らうことができなかったのだ。情けないことにな」


「そんな理由で……」


『聖騎士』(パラディン)のジャガー卿だけは異を唱えたとも聞くが、それも最愛の妻と子を奪われたことで口を閉ざしたらしい。過程はどうあれヤマト・クゼハラは我が先祖たちから全てを奪い去ったのだ」


「ジャガー卿は、夫人に愛想を尽かされたせいで子供ができなかったんじゃ」


「クゼハラ家が歴史を改ざんした結果そう伝わっているにすぎん。奴らは自らが裏切ったミュラー家を闇に追いやるべく、ある英雄の記録は抹消し、ある英雄の記録は別の人物へと書き換えていった。流石に全てを消し去るなど不可能だろうと当時のミュラー家は悠長に構えていたようだが、二百年経った今ではこのざまだ」


 破天荒ではあるが筋は通っている。でももしジークの言うことが本当なら、今まで僕が読んできた英雄譚はどうなる。憧れた騎士も、夢に見た魔術師も、裏切りを隠すために塗りつぶされた虚像だったというのか。


「ね、ねえスズ、今の話は本当? 嘘だよね?」


 矛盾は無くとも所詮はジークの話。とても信じられず後ろのスズに尋ねると、スズはうつむいたまま小さく答えた。


「申し訳、ありません……」


「そんな……」


 スズが謝ることじゃない。そう言おうとしたけど、言葉が詰まって出てこなかった。


「理解したか。そうして世間はミュラー家を忘れた。王侯貴族は忘れた振りをした。だが、ミュラー家は忘れなかった! 地下に潜んで更に研究を積み、二百年の月日をただただ待った。そして今回の魔王復活において、再び勇者を輩出することに成功したのだ!」


「つまり、これは報復なのか。自分の先祖を迫害したクゼハラ家に復讐するためにこんなことを?」


「当初の予定はそうだったな」


「当初の?」


「勇者の力がミュラー家のものとなった。それを知ったクゼハラ家の連中が俺に取引を持ちかけてきたのだ。ミュラー家にではなく、俺個人にな」


 二百年の恨みをお金や土地のやりとりで解決できるとも思えないし、問題の勇者本人に当たるのは賢明といえば賢明だ。でもそれにしたって生半可な条件ではないはずだ。それこそクゼハラ家にしかできないような、例えば……。


「……理想の英雄譚」


「ほう、見た目よりは賢しいな田舎者」


「ヤマト・クゼハラ以上の、つまり歴代最高の英雄譚を作り出すために惜しみない援助をする。真実を隠すためにクゼハラ家が提示した条件はそれか」


 たしかに現時点で国内最高峰の経済力と軍事力、人脈に情報を持つクゼハラ家にしかできないであろう条件だ。


「実に笑えたぞ! 大英雄の子孫としてのさばってきた連中が、それより偉大な英雄に仕立て上げるから許してくれと地に頭をこすりつける様は!!」


「自分のご先祖様が二百年もかけて積み重ねてきたものをそんな簡単に……?」


「応、当然ミュラー家からは猛反対の嵐よ。それに俺としてもクゼハラの名に傷ひとつ付かんのは気に食わん。そこで俺は折衷案として、スズ(それ)を使った茶番を用意した」


 茶番という言葉が耳に障った。

 クニーさんも倒れる直前に同じことを言っていた。やはりこの状況はジークが仕込んだ何かなのか。それ、と指さされたスズは、床に座り込んだまま怯えた目で自分の手元を見つめている。


「ジーク・ミュラーの英雄譚の一節を担う物語のヒロインは、貴様だ『賢者(セージ)』」


「……私?」


 術機巧(パターンド)にかかりきりだったフィナが顔を上げた。クニーさんに破壊された撮影用術機巧(パターンド)はまだ直らないらしい。

 そんなフィナに修理に戻れと手振りで命じてから、ジークは芝居がかった動きで腕を広げた。


「勇者に付き従う『賢者(セージ)』は素朴な少女。そんな彼女には故郷に残した想い人の少年がいた。それを知った魔族の手先は、少年のもとへひとりの娘を送り込む。魔族の思惑通り娘の体に溺れ、勇者の謗言を吹き込まれた少年は、娘にそそのかされるまま無謀にも勇者に挑もうと迷宮の奥深くへと赴く。そしていざ勇者と対面した時、娘は本性を表して勇者に無情な選択を迫るのだ」


 それが、スズが突然僕に刃を突きつけた理由か。


「しかし『賢者(セージ)』と少年のために自らの命を差し出した勇者に天の神々は感服し、彼に邪を払う光の力を授ける。その光を浴びた娘の体はたちまちに朽ち果て、『賢者(セージ)』の想い人の洗脳も解けて大団円。新たな力を得た勇者は、さらなる人類救済の旅へと赴くのだった……。と、これが筋書きだ。いささか安直だが、英雄譚の基本は抑えているだろう?」


「……ああ、模範解答みたいな英雄譚だよ」


「そうだろうそうだろう。だがそれを、そこの『暗殺者(アサシン)』は土壇場で台無しにした。やはり裏切り者の血は争えんなぁ、『暗殺者(アサシン)』!」


 実際は神々から力なんて降りてはこない。代わりに何かしらの職能(スキル)術機巧(パターンド)で光を放ち、そこでスズが身体が腐る毒薬でも飲む予定だったんだろう。

 思えば、クニーさんに僕らの助力をするよう働きかけたのもクゼハラ家だった。一から十まで全ては奴の計画のうちだったということか。なるほど、たしかに茶番だ。茶番以外の何物でもない。


「そうやって回りくどい方法でスズに自殺させようとしたのか。ヤマト・クゼハラの功績に疑問符がつけばクゼハラ家の存在そのものが揺らぐから、当代の末席が気の迷いを起こしたことにするために。結局、誰も彼も体裁でしか動いてないじゃないか」


「体裁も馬鹿にはできんぞ。強さを称えるのが英雄譚の基本とはいえ、ただ強い魔物を狩っているだけでは単調だからな。時には人間模様に着目した恋物語(ロマンス)悲劇(トラジェディー)も組み込まねばならん。しかし巻き込まれた身とはいえ、貴様も決して悪い思いはしなかったろう? 裏切り者の『暗殺者(アサシン)』も見てくれだけはいいからな、夜の方は盛り上がっただろうに」


「……計画通りにいったと勘違いしているところを悪いけど、僕とスズはそんな関係じゃない」


「何?」


 そうだ。たしかに僕はジークの計画にまんまと乗せられ、ついにはこんな場所まで来てしまった。でもひとつだけ、奴の思い通りになっていない部分がある。


「僕は身体で釣られたわけでも、おだてて木に登らされたわけでもない。ジーク、お前の本性と行動を知って、決して許せないと思ってここに来たんだ」


 一回り背の高いジークの目を睨みながら、はっきりと言う。僕だけじゃない、スズと、いっしょに来てくれたクニーさんとニーコ、それに応援してくれたアリシアさんたちの名誉のためにも絶対に言わないといけないことだから。

 僕の言っている意味が分からない。そう言いたげな目でしばらく黙り込んだジークは、いきなり大声で笑いだした。


「はは、ははははは! 貴様面白いな、実に面白い! 言葉ひとつで股を開く女にも手を出せん男の恥晒しと見せかけて、義憤にかられて大迷宮の最奥まで来たときたか! いや、こんなに笑ったのは久方ぶりだ!!」


「こいつ……!」


 ジークの下卑た笑い声を聞いて、はっきりと確信した。この男とは決して分かり合えない。こいつにだけは国を、世界を渡しちゃいけない。


「さて、時間潰しにしては思いのほか楽しめたがそろそろ続きといこう。『賢者(セージ)』、修理は済んだか」


 ひとしきり笑ったジークが後ろに声をかけると、フィナは術機巧(パターンド)を離れてこちらへ来て、言った。


「そのことですが勇者様、修理は不可能です」


「……どういうことだ」


「映像撮影の心臓部が破損しており、予備の部品だけでは対応しきれません。小型化に伴って複雑な部位も増えているので私の【錬金生成】で新規に作り出せる範囲も越えています」


「貴様、反抗のつもりで嘘を言っているのなら訂正しろ。上に戻って技師に見せれば分かることだぞ」


「何を言われても不可能は不可能です。脅されようが叩かれようが、故郷を人質にとられようが、あの術機巧(パターンド)ではもう映像の撮影はできません」


「そうか、ならば仕方ない」


 舌打ちをして踵を返したかに見えた勇者の動きは、僕が対応するにはあまりにも早すぎた。


「か、は……!」


「……スズ!?」


「クラトス、殿……!!」


 スズの胸を、ジークの宝剣が貫いていた。それがズルリと抜かれると、血が溢れ出しスズの身体が床に崩れ落ちた。


「これで最低限こなすべきことは済ませたわけだが……おい、そこの騎士。勇者ジークはどんな人物だ? 答えてみろ」


「は、はっ! 高潔にして聡明、苛烈にして慈悲深く、溢れるばかりの力と教養を持ちながら謙虚さをも失わぬ人類の誉れであります!」


「その隣の騎士。そんな勇者ジークは、この『暁光の迷宮』最深部で何をした?」


「暗く邪悪に満ちた地の底で、神に愛されし勇者様は卑劣なる魔族の謀略を見事に打ち破りました!」


「貴様たちの仕事は、それを違わず記者に伝えることだ。よし、もうここに用はない。『祝福されし呪針(パドジナミア)』を回収して地上に戻るぞ」






「……待て」

ジークは叙任式を全国放送したり町々を賑やかに回ったりしましたが、実はこれは自衛手段のひとつでした。

クゼハラ家が本気になってミュラーの勇者を殺しにかかってくれば、いくらジークといえど確実はない。そうやって殺され、適当な影武者を立てられることのないよう、なるべく多くの国民に生の顔を見せておくことが重要だったのです。

……というのは理由の二割くらいで、残り八割はやっぱり派手好きなだけなんですけども。

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