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『暗殺者《アサシン》』

「勇者、ジーク……!!」


 この顔は忘れもしない。豪奢な銀の鎧に身を包んだ、勇者ジークがそこに立っていた。


「クラトス!? どうしてここに……!」


 その後ろにはフィナと、あと箱にレンズのついたような術機巧(パターンド)を担ぐ全身鎧の騎士も見える。


「まさかこの最深部に冒険者の方がいらっしゃるとは……。禍々しい迷宮で貴方のような勇敢な戦士に出会えたこと、光栄に思います」


 仰々しいセリフを並べてジークが右手を差し出してくるけど、僕の方は握手どころじゃない。僕らは勇者に先んじて魔導具『祝福されし呪針(パドジナミア)』を回収することを目論んでいたのだ。よりによって魔導具を前に本人と鉢合わせするなんて、絶対に避けないといけない最悪の事態だったのに。


「くっ……」


「おや、いかがされましたか?」


 いや、まだだ。ジークは僕が真実を知って敵意を抱いていることを知らない。

 いったんは従うふりをし、隙をついてリンドヴルムを押し付けて足止めすれば『祝福されし呪針(パドジナミア)』を持って逃げられる。いくら勇者の戦闘力が高いといっても本気になった守護獣をそうやすやすと倒せるはずはない。


 とにかく、ここは疑われないよう行動しないと。


「い、いえなんでも。こちらこそお会い出来て嬉しいです」


「私はジーク。当代勇者を務めています。貴方は?」


「クラトスです。クラトス・メイヴ。『獣使い』(ビーストテイマー)を授かっています」


「クラトス・メイヴ……? もしや、『賢者(セージ)』と同郷の方では?」


「え、ええ。フィナとは幼馴染で」


「お噂はかねがね伺っています。いやしかし、『賢者(セージ)』ばかりでなく『暁光の迷宮』を攻略するほどの勇敢な冒険者を輩出していたとは。貴方の故郷はなんと素晴らしい村なんだ!」


 握った手をさらに強く握ってくる。どこか芝居がかった振る舞いが演技なのかジークの素なのかは判断に迷うけど、少なくともここにいることを怪しまれていないのは運が良かった。

 あとの問題は、リンドヴルムをけしかけるタイミングだ。


「それで勇者様、こんな場所まで何の目的で?」


「ええ、私が王女殿下の病を治療する方法を求めて旅立ったことはご存知でしょう? 実はこの迷宮にそのための魔導具が眠っているのです」


「それなら、たぶん僕らが見つけたものじゃないでしょうか。クニーさん、封印は解けた?」


「あ、ああ。解けたよ」


 クニーさんも僕の真意を察したのか話を合わせてくれている。これなら疑われはしないはずだ。


「勇者様、実物を見てくださいますか?」


「拝見しましょう」


 狙うのは一瞬。勇者がもっとも入口から離れ、かつ意識が魔導具に向けられたその瞬間。


「【猛獣調教】を以って命ずる! あの侵入者を排除せよ!」


 こちらの様子を伺っていたリンドヴルムたちに最大出力で命令する。勇者のただならぬ雰囲気に尻込みしていた彼らも本心では侵入者を食い殺したかったはずであり、欲望を後押しすることで真価を発揮する【猛獣調教】はてきめんに効く。事実、リンドヴルムたちは堰を切ったように突撃を再開し黒い津波となって勇者へと襲いかかってゆく。


 逃げるなら今だ。


「ニーコ! 僕らを階段通路まで吹き飛ばして!」


「ぴ、ぴぇ!」


 そして起こる暴風。それが僕らを階段通路へと運び、リンドヴルムへの対応に追われる勇者から無事に逃げることができた……はずだった。


「え……?」


 暴風は確かに起きている。でもそれはニーコが起こしたものじゃなかった。


 暴風の中心では、勇者ジークがただ剣を振るっていた。白銀の宝剣を振るうたび、空気は唸り猛り切り裂かれて激しい風を生む。ニーコが持つ風の加護もかくやという強風がたった一本の剣から生み出されている。


 その斬撃は雪崩のように襲いかかったリンドヴルムを次々切り裂き、ものの数回まばたきをする間に竜の群れはただの肉塊と化してゆく。やがて最後の一匹を切り捨てると、勇者は血の滴る切っ先を僕へと向けた。


「これはどういうことか、説明していただけますかクラトス・メイヴ」


「ッ! もっと、もっと湧き出ろ、リンドヴルム!!」


 いくらか斬られようと、数でいえばまだまだリンドヴルムが圧倒的だ。でもいくら突進したところで時間稼ぎにすらなっていない。こうして明確に敵対してしまった以上はもう後に引くこともできない。どうする。どうすればいい。


「説明できないというのならそれも結構。魔物を操り勇者である私を害するとなれば、素性も知れるというものです」


「何を……」


「言い逃れなどもはや不要だ、『魔王の手先め』!」


 最後のひと言を言う直前、勇者の口元が少しだけ歪んだ気がした。その意味を理解する間もなく、脇にいたスズがぼそりと小声で呟いた。


「……お別れです」


「え?」


 スズの姿が消えた。


 直後、鋭い旋風が吹き荒れ、リンドヴルムたちが一斉に首から血を噴いて倒れた。目の前の現象を理解できず立ち尽くした僕が我に返った時には、首元に鉄の刃が突きつけられていた。


「恨むなら恨め、クラトス・メイヴ」


「ス、ズ……?」


 待って、何が起こっているんだ。なんでスズが僕の首に短剣を突きつけているんだ。


 他のみんなはどうなったかと視線を動かすと、クニーさんもニーコも、レオさえも地面に突っ伏して倒れていた。まさかこれをスズがやったのか。いや、仮にやろうとしたとして、防御に秀でた第一級のレオを第四級のスズが一撃で昏倒させるなんて可能なのか。


「安心しろ。竜は会話の邪魔故に殺したが、人間たちは薬で眠らせただけだ。じきに目を覚ます」


「スズ、どうしてこんな……」


「おかしいとは思わなかったのか? 如何に妾の子といえど、名家クゼハラから第四級など現れたことを。仮に現れたとして、一年経って並の冒険者と同等のレベルに留まっていたことを。仮に留まっていたとして、その令嬢がたったひとりで辺境の原野を歩いていたことを。我々は出会いから全て不自然だったことを、何一つ疑問には思わなかったのか?」


「でもアリシアさんの【鑑定】でもスズは『斥候』(スカウト)だったじゃないか! 特殊な魔導具でもない限りごまかすのは不可能だってアリシアさんも……」


「『特殊な魔導具』があればよいのだろう。あいにくと、クゼハラ家は魔導具に関しては数多の情報を持っている。その程度の品を揃えるなど造作もない」


「それ、は……」


「勇者よ、貴様に選択を迫ろう。この少年もろとも私を斬るか、この少年の命と引き換えに貴様の首を差し出すか、今ここで選べ」


 言い淀んだ僕の言葉を待たず勇者に向かって叫ぶスズの目には光がない。勇者側は勇者側で黙り込んでいたが、後ろの騎士たちが騒ぎ出した。


「き、貴様、人質とはなんと卑劣な真似を!」


「どこの勢力の者だ! 名乗れ!!」


「名などもはや無意味だが、望むのなら名乗ろう。私はスズ・クゼハラ。人の世を儚み、望みを失い、救済と破滅を求めて魔族へ与した者だ」


「クゼハラ家だと!?」


「由緒ある騎士家の娘が魔女に堕ちるとはなんと、なんという……!」


 この状況について、少なくとも騎士たちも何も知らないようだ。フィナはどうかと視線を移せば、信じられないといった様子で口元を手で抑えて泣きそうな目をしている。


「私は質問に答えた。さあ、こちらも答えを聞こう」


「勇者様、彼奴の目論見は明白です!」


「善良な市民を誑かしてここまで連れ込み、勇者様に斬らせることで世間からの信用を失墜させようとしているのです! そのような脅しに屈してはなりません!」


「外野は黙っていろ。私は勇者の答えを待っている」


 それまで無言で状況を見つめていた勇者が、そこでやっと口を開いた。


「私の首を差し出そう」


 それだけ言うと、兜を脱いで膝を折った。


「勇者様、何を!?」


「短い間でしたが、私は人を救うべく勇者として歩んできました。力及ばず傷つけてしまった方もいましたが、命だけは失われぬよう全力を尽くしてきたつもりです」


「おっしゃる通りです! そんな貴方がここで命を差し出すなど」


「いいえ。今ここで大義を掲げて罪なき少年を斬れば、私の矜持は、正義は、全て意味を失い地に落ちることでしょう。矜持なき勇者など魔王に同じ。やがて万の人を斬る前に、ここで一人のために命を捧げるが勇者の務めです。それと、『賢者(セージ)』」


「は、はい!?」


「私が及ばないばかりに貴方の想い人を巻き込んでしまい本当に申し訳ありません。私はここで散りますが、しかし魔王との戦いはむしろこれからです。次に現れる勇者と国王陛下を助け、人々を守護する役目をどうか全うしてください。『聖騎士』(パラディン)『司教』(ビショップ)にも同じように伝言を。よいですか?」


「え、は、はい」


「ありがとう。さあ、これで後顧の憂いは無い。魔族に魂を売った哀れな娘よ、この首を好きにするが良い」 


 訳の分からないまま話が進んでいる。僕に短刀を突きつけたまま勇者の元まで移動したスズは、空いている右手で腰の双月を抜いた。


「貴様に個人的な恨みはない。一刃で逝かせてやろう」


「私はどう殺されようと構わない。だからその少年を無傷で帰してやれ」


 黒曜石の刃は勇者の首筋の上。振り下ろせばジーク・ミュラーの命は終わる。

 この刃を下ろさせてはいけない。何故か分からないけどそんな予感がした。


「死ね」


「ス――」


 スズが刃を下す。僕がスズの名を叫ぶ。

 しかし、そのどちらもが突然に遮られた。


「これは……!?」


 勇者の身体が、輝いている。


「う、うああああ!!」


「スズ!?」


 スズの刃が僕を離れたけど、まばゆい光で何も見えない。白に塗りつぶされた視界の向こうからスズの苦しむような声だけが聞こえてくる。


 ようやく光が消えた時、そこにはまた理解しがたい光景があった。


「……ッ! ッ!!」


 言葉にならない声をあげて涙を流すスズ。

 ほうけた顔のフィナと騎士たち。

 そして、表情の無い勇者。


 何が起こっているのか本当に分からない。そんな誰もが固まりきった状況で、パンッと甲高い音がひとつ鳴った。


「クニーさん!?」


「茶番は、終わりだ……!」


 床を這うクニーさんの右手には銃器。そして左手には、金細工の施された針状の魔導具が数本握られている。


「『祝福されし呪針(パドジナミア)』で薬物耐性を……?」


「さすが伝説の魔導具。だけどそろそろ、げん、かい……」


 そこまで言ってクニーさんは床に伏した。レオが一瞬で昏倒するような薬を打たれた状態でとっさに魔導具を操作し、自分に薬物耐性を付与してここまで耐えたのか。なんて技術と精神力だ。


 そんな彼女が職人の意地を込めて放った銃弾は。


「なっ、レンズが!?」


 騎士たちが担ぐ術機巧(パターンド)のレンズを粉々に破壊していた。


「そんな、これでは撮影が」


「馬鹿者! 放送なぞ気にしている場合か!」


 騎士たちの会話から察するに、あれは以前勇者の叙任式を全国放映するのに使われた術機巧(パターンド)か。クニーさんはおそらくそれを見抜いていたはずだけど、何故今それを破壊したんだろうか。それに茶番というのは一体……。


「そ、そうだ! スズ、大丈夫!?」


 とりあえず疑問を脇にやってスズに駆け寄る。同じ場所にうずくまったままのスズは、蚊の鳴くような声で何か漏らしていた。その膝元には黒い丸薬のようなものが転がっている。


「……ねない」


「スズ?」


「死ねない……死にたくない……!」


「死ねない……?」


 死ねないってどういうことだ。僕の知らない場所で、一体何が働いてこうなったんだ。


 少しでも状況を理解しようと思ってスズの声に耳を傾けていた僕の後ろに、いつの間にかジークが立っていた。


「おい、『賢者(セージ)』」


 無表情でスズを見据えたまま勇者が発した声は、先ほどまでの穏やかなテノールとは対照的な、全てを威圧し説き伏せるような低い怨声だった。


「はい?」


「何をボサっとしている。さっさと撮影器を修理しろ」


「え、は、はい」


 おそらくフィナも状況がまったく分からないのだろう、気圧されるように騎士たちの担ぐ術機巧(パターンド)の方へ駆けてゆく。

 なるほど、これが奴の本性か。冷たい声で人に命ずる姿が、蛇のような目でスズを見下す姿が、本来の勇者ジーク・ミュラーなのか。


 やはり、スズはこいつに何かされたに違いない。背中にスズを庇うように立ちあがった僕に向かって、ジークは嘲笑うような視線を寄越した。


「刃を突きつけられて、まだその女の肩を持つのか。見事に調教されているな」


「調教だって……!?」


 僕の反論など聞こえていないといった風に、今度は僕の後ろのスズへ目を向けた。


「そして、やはり貴様らは土壇場で裏切るのだな、『暗殺者(アサシン)』」


「ッ!」


 ビクリ、とスズの肩が震えた。


暗殺者(アサシン)』、とジークは言った。

 職業(ジョブ)の名前、なんだろうか。相当な数の英雄譚を読んだ僕だけど、そんな職業(ジョブ)は聞いたことがない。それに職業(ジョブ)の名前だったとして、それはスズのことを言っているのか。スズは第四級の『斥候』(スカウト)のはずなのに。


「ジーク、お前は、お前は一体何を企んでいる? スズに何をした!?」


「何をしたとは心外だな、無知な田舎者。その女は第一級職業(ジョブ)暗殺者(アサシン)』の受託者であり、何かされたのはむしろこちらの方だ」


「第一級……!?」


 第一級は『賢者(セージ)』、『聖騎士』(パラディン)『司教』(ビショップ)の三人だけじゃなかったのか。答えを求めてスズの方を見るが、スズはうつむいたまま何も言わない。


「ふむ、修理が済むまでの時間潰しにはなるか。喜べ田舎者。ヤマト・クゼハラから連なるクゼハラ家の所業を、お前に教えてやろう」


 そうしてジークが朗々と語りだしたのは、二百年以上も続く裏切りと偽りの歴史だった。

アサシンクリード観に行こうか悩んでます。


今までで一番長い話になりましたが、内容的に分けないほうがよさそうだったのでそのまま投稿しました。

(正直ゴリッとブクマ減りそうで怖い)

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