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第九十六層、最深部

「クニーさん、関節部を破壊して!」


「了解」


「今だ! 駆け抜けろ!」


 脚の関節を破損して倒れ込む巨大甲虫の脇をすり抜け、全員で一目散に逃げる。第九十五層の魔物ともなれば一体一体が災害のようなものだ。正面からいちいち相手していたら命がいくつあっても足りない。


「ふむ、逃げ切れた、かな」


「ぴぇぇ、あんなでっかい虫食べれない……」


「食べちゃダメだよ。でも、本当にスズがいてくれてよかった。まさかここまで詳しく覚えていたなんて」


「ヤマト・クゼハラによる本ダンジョン攻略は我が家の人間にとって必修科目ですから。末席の私でさえも暗唱できるようになるまで教育されました」


 こんな台風に足が生えて襲ってくるような場所で僕らが生きていけるのは、ひとえにスズが持っている情報のおかげだ。危険な魔物の住処や、戦闘を避けられない魔物の弱点、気づきにくい罠の位置まで仔細に教えてくれている。それがなければ今頃このダンジョンが僕らの墓穴だったろう。


「たしかにキツネさんの知識は不可欠なものだけど、どうやらそれだけじゃなさそうだよ。リーダー、もしかしてLv.20を越えたんじゃないかい」


「僕が?」


「機械を通すとはっきりと分かるよ。腐竜と戦った時よりも、今のほうが確実に銃弾の威力が上がっている。たぶんLv.20のボーナスで【教練の賜物】のランクが上がったんじゃないかな」


 冒険者のレベルは戦闘経験を積むことで上がってゆき、十上がるごとに最も使用頻度の高い職能(スキル)のランクが無条件でひとつ上がるというルールがある。アリシアさんのアドバイスに従って【教練の賜物】をよく使うようにしていたから、もし本当にLv.20を越えていたならクニーさんの言うとおりかもしれない。


「でも、『暁光の迷宮』に入ってからは逃げてばかりでほとんど魔物を倒してないような……」


「それでもよいのですよ。以前少しお教えしましたが、経験値とはより強い敵と命をかけて戦うことで得られるもの。打ち倒すに越したことはありませんが例え撤退戦でも、それこそ戦闘のさなかにも経験値は入るのです」


 言われてみれば以前、素振りでも微量の経験値が入ると聞いた気がする。魔物を倒さないとレベルが上がらないなんてことはないわけか。


「リーダーの強化性能が上がったおかげで、さっきみたいな少年の心もへし折る凶悪カブトムシに対抗できるようになった。そろそろ逃げ回るぶんには困らなくなってきてるよ」


「ありがとう。……でも、この次はそういうわけにもいかないよね」


 第七十二層でニーズヘッグから逃れて三日。手持ちのアイテムや装備、そしてそれ以上にメンバーの精神状態が心配になりだした今日、ようやく探し続けた階段を見つけることができた。

 第九十六層。城塞型の中でも屈指の巨大ダンジョン『暁光の迷宮』の、その最深部への階段へと僕らは足を踏み入れた。


「うん、この深層でも階段に魔物が入ってこないのは変わらないね」


「ここまで徹底していると魔王ですら逆らえない何か縛りのようなものを感じますね。上位存在、とでもいいましょうか」


「あはは、怖いこと言わないでよ」


 これだけのダンジョンを作り上げる魔王よりさらに上がいる。階段を安全にしてくれるってことは僕ら人間の味方なのかもしれないけど、そこまで気の遠くなる存在になるともう恐怖しか感じない。そう言ってみたら横で水を飲んでいたクニーさんがいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「おや、知らなかったのかい? 実は魔王の上には超魔王が、さらにその上には超絶スーパー大魔王がいて、完全分業制で人類を滅亡させようとしているんだ。で、階段通路は魔王と管轄が違うから手を出せないんだってさ」


「意外とお役所仕事なんだね」


「報酬は月棒制らしいよ」


「トッシーさんトッシーさん、おなかすいたー」


 思わず苦笑いしたところをニーコに引っ張られて、しばらく食事をしていなかったことに気づいた。最深部も目前だしここで少しでも口に入れた方がいいだろう。


 背嚢を下ろして干し肉をニーコに差し出しながら、改めて強く実感する。このパーティは強い。

 戦闘力がどうのレベルがどうのの話じゃない。良家生まれで知識と教養が豊富なスズに、飄々としているようでメンバーの精神的な柱になっている最年長のクニーさん、どんな時でも自分を見失わず雰囲気を和やかにしてくれるニーコ。ダンジョン最深部という極限状態でも冗談を言い合える人間的な強さがこのパーティにはある。


 そんな彼女たちのリーダーが僕なんかでいいのか分からないけど、それでも彼女たちはついてきてくれた。これから迎える最終決戦、なんとしても勝たないといけない。


「スズ、脚の調子は大丈夫?」


「ええ、まだいくらでも走れます」


「クニーさん、術機巧(パターンド)の整備は万全?」


「人の作るものに万全なんてないさ。でも全力は尽くしてるよ」


「なら大丈夫だ。ニーコ、お腹は?」


「いっぱい!」


「よし、行こう!」


 荷物を背負いなおし階段通路を下る。下がかつて魔王の居室だったからだろうか、洞穴のような他の階段通路と違って広く荘厳な回廊だ。長さもこれまでの比じゃない。


「クラトス殿」


「うん、ここだね」


 それでも終わりは来る。魔王が待つに相応しい大扉がそそり立っており、近づいてみるとその見上げるばかりの大きさに圧倒される。僕の名前を呼ぶスズの声にも緊張が混じっているようだ。


「さてリーダー、どうする?」


「もちろん入るに決まってる。通路を出た後の動きは作戦通りに。厳しい戦いになるはずだけど、きっと全員で帰ろう」


 それが難しいのはみんな分かっている。それでも全員が頷いてくれた。

 それを確認して、僕は大きく息を吸い込んだ。


「作戦開始!!」


 扉を押し開け、中へ。金に彩られた室内はまさしく王城の謁見の間そのもので、あまりの美しさに一瞬目を奪われてしまった。

 慌てて我に返って周囲を見渡して、また僕らの動きが止まった。


「……いない?」


「そんなはずは……」


「トッシーさん、上!!」


 ニーコが叫んで暴風を巻き起こした。木の葉のように吹き飛ばされた僕らは、直前まで立っていた場所に降り注ぐ竜種の群れを見た。


「クラトス殿! あれがリンドヴルムです!」


 第九十六層の守護獣リンドヴルム。個にして群、群にして個の邪竜が、瞬く間に謁見の間を埋め尽くそうとしていた。

リンドヴルム戦は夜にまた更新します。


「リンドヴルム」は北欧神話に登場する有名な竜ですが、実はそんなに大きくて強い竜ではありません。体長2メートルとかそのくらいです。

なので、本作ではそこを踏襲しつつ数で攻めています。

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