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勇者、進軍

 術機巧(パターンド)を受け取り、マチルダさんと別れて数日後。

 勇者ジーク率いる私たち一行は、もう『暁光の迷宮』の中にいました。


「どうしました、『賢者(セージ)』。遅れていますよ」


「フィナさん、大丈夫ッスか? 顔が青いような」


「大丈夫、です。申し訳、ありま、せん……」


 マチルダさんがいなくなったことで、ひとつ気づいたことがあります。今、私たちのパーティは勇者、『聖騎士』(パラディン)、そして撮影担当の騎士様が二人。つまり私以外の全員が前衛職です。おかげで私ひとりだけ体力が足りず、息を切らせながらついていくのがやっとの状態なのでした。


「だいぶ降りてきましたね。ここは第何層でしたか」


「はっ、現在地は第七十一層であります!」


「感謝します。では次が守護獣の待つ層ですね。撮影のお二人は身の安全を第一に、階段通路から出ないようお願いします」


「お気遣い、恐悦至極であります!」


 堅苦しく返事する騎士様たちの目にはうっすらと涙が浮かんでいます。撮影係といえど、勇者様の冒険に同行できるのが嬉しいのでしょう。


 歴戦の騎士様が若いジークにそんな態度をとるのも、彼の圧倒的な強さとカリスマ性が故のこと。深層であるここ七十一層の魔物を悠々と切り捨て進む姿は、本性を知る私でさえ見とれるほどに華麗です。映像で見ている全国の国民もきっと魅了されていることでしょう。


 しかし、気になることもあります。


「あの、勇者様。ひとつよろしいですか」


「『賢者(セージ)』、どうかしましたか?」


 ジークは私から質問されることを好みません。おそらく内心では舌打ちしているのでしょうが、撮影中なので紳士的です。


「いくらダンジョンの名を伏せていようと、映像があればここの場所を割り出されてしまうはずです。その状態で最下層へと向かうのは、その……」


 このダンジョンに『祝福されし呪針(パドジナミア)』が眠っていることを突き止めたのは私です。だからこのダンジョンがどういう場所なのかも、ここの最深部に危険な魔導具が隠匿されていることも知っています。

 そんな場所を術機巧(パターンド)で撮影し、あまつさえ全国に放映しながら歩いても本当によいのでしょうか。今日まで聞く機会がありませんでしたが、入る前に確かめなくてはいけません。


「撮影については国王陛下の了承をいただいています。何も心配することはありませんよ」


「……左様でしたか。失礼致しました」


 何がどう心配ないのか分かりませんが、国王陛下を出されたら何も言えません。問い詰めようにも、第七十二層への階段が見えてきてしまいました。時間切れです。

 そのまま躊躇うこともなく階段通路を下ると、そこは王城前の広場に迫るほどの大広間。その中央には、全身から呪いの気配を放つ黒い蛇が待ち構えていました。


「あいつはヤバいッスね……。あたしでも分かるッス」


「この層の守護獣、死と呪いの黒竜ニーズヘッグです! 勇者様、私たちも援護を」


「いいえ、結構」


 こんな男でも勇者である以上、万一があってはいけない。そう考えた私の言葉を遮り、ジークは腰の宝剣を抜き放ちました。


「【覇剣】」


 職能(スキル)の名を短く呟き、横薙ぎに一閃。空を切ったはずの剣は、しかしニーズヘッグの胴体を大きく抉りとります。

 勇者ジークが持つ職能(スキル)のひとつ【覇剣】。腕力や剣の鋭さではなく、斬ろうとする意志を斬撃に変える射程なしの大剣技。


「轟け、【雷鳴】」


 ニーズヘッグが体勢を立て直す間もなく、三筋の稲妻が傷口へと走り、肉が焼ける匂いが辺りに漂います。その電撃で心臓を撃ち抜かれたのでしょう、ニーズヘッグは二度、三度と大きく痙攣するとズンと重量感のある音を立てて床に転がり、そのまま動かなくなりました。


「なんと、あれほどの魔物をたった二擊で……」


「さすがは女神に選ばれし光の戦士だ……」


 私の後ろでは騎士様が感嘆の声を上げていますが、あれはその気になれば一撃でも倒せたでしょう。


「さて、この階層にはひとつの仕掛けがあります。三十三ある石像のうち、定められた三体に触れると……」


 ジークはジークで、なんのこともないといった様子で剣を収めると、外周に置かれた石像に触れてゆきます。やがて広間が振動すると、壁の一部が開き下層への階段が現れました。こうなってしまえば、目指す魔導具はもう目前です。

 いろいろな疑念や不安が尽きないまま、ついにここまで来てしまいました。その重圧で立ち止まった私に、ふと隣に居たオーレリアさんが声をかけてきました。


「フィナさんフィナさん」


「オーレリアさん? どうかしましたか?」


「ちょっと気になったんスけど、階段降りてすぐのとこの床、なんか抉れてないッスか?」


 言われてみれば、階段通路から出てすぐのところが小さな谷状に削れています。

 ダンジョンには、内部構造がいくらか傷ついてもそれを修復する機能があります。特にここくらい巨大なダンジョンとなれば、床や壁の大穴くらいは数日も経たずに塞がってしまうでしょう。それなのに傷跡が残っているということは。


「つい最近、ここに誰か来た……?」


「でも、それだったら帰り道であたしたちと会うはずでしょ? ここに来るまで誰ともすれ違わなかったッスよね?」


「別のルートで帰った、とかでしょうか?」


「そうなんスかねー?」


 まさか、私たちより先にここを突破し、最深部へ進んだ冒険者がいる?

 そんなはずはないと思いつつも、重くまとわりつくような何かが胸に押し寄せてきました。


「……オーレリアさん、先へ急ぎましょう」


「ちょ、どうしたんスか急に」


「なんだか、嫌な予感がします」


 巨竜の死体を横目に早足で広間を横断し、私は第七十三層への階段に足をかけました。


 目指すは、最深第九十六層。

【覇剣】のイメージの元になったのは、テイルズオブグレイセスのアスベルの技『葬刃』です


(追記)

立て続けに評価点をいただきました。ありがとうございます……!

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