もうひとつの決戦前夜
勇者ジークの仲間として王都を旅立って、半月ほどが経ちました。
行く先々で歓迎を受けたり野盗に襲われたり封印されし魔物と戦ったり、刺激に事欠かない毎日です。といっても、ほとんど私か騎士団の方が段取りしたものなんですけど。
「おい賢者」
「はい。……あの術機巧のことですか?」
「それ以外に何がある」
「……申し訳ありません」
勇者の一行といえば少数精鋭の印象がありますが、私たちは騎士様や新聞記者、それにジークが『支援者』と呼ぶ方から派遣された冒険者などがいるためなかなかの大所帯です。
そんな私たちのキャンプに今日、大きな箱型の術機巧が持ち込まれました。大柄の冒険者が三人がかりでようやく担いで運んで来た時は何事かと思ったものです。
「あれは映像と音声を遠方へ送るためのものだ。叙任式が全国に中継された時にお前も見ただろう」
「言われてみれば似ているような……。でも、あれはもっと大きくてとても人が持ち運べるようなものではなかったはずでは?」
「『支援者』に資金を出させて改良を施した。耐久性や映像の質は若干犠牲になったようだが、致し方あるまい。まったく、納品が遅れた上に欠陥品とは使えん奴らだ」
欠陥品と言っているけど、あれだけの小型化なんて簡単じゃないはずです。たぶん名のある『機術士』の方が心血を注いで取り組んだのでしょう。それが、たぶんジークの見栄のためだと思うといたたまれません。
「それで、何のためにあんなものを?」
「我々が『暁光の迷宮』を攻略する様子を報道するためだ。なに、記者の連中から是非にと頼まれたのでな」
そういう嘘はつり上がった口角を戻してからにしてほしいです。改良にかかった費用も安くなかったでしょうに。
ジークの言う『暁光の迷宮』はこの全国行脚の最終目的地。おおかた、各地で名声を高めた勇者が、病に悩む王女のためについに迷宮へと挑む、その歴史的瞬間を全国民に向けて発信したいのでしょう。派手好きな彼らしい発想です。
「それは分かりましたが、私に何をしろと?」
「言った通り、あの術機巧は小型化と引き換えに耐久性を失っている。迷宮では騎士どもに慎重を期して運ばせるが、万一故障などした場合には賢者、お前が修理しなくてはならん」
「構造や仕様を覚えておけと、そういうことですか」
「分かっているなら早く行け。『暁光の迷宮』はもう目前だ」
「……はい」
納品が遅れたと言っていましたし、改良に取り組んだ方もギリギリまで小型軽量化を突き詰めたのでしょう。その努力には敬意を表さずにはいられませんが、おかげで私は今夜も徹夜です。
「そうだ、ついでに伝えておこう。『司教』のことだ」
「マチルダさんが何か?」
「教会絡みの案件で、奴はここから行動を別にする。次に合流するのは『暁光の迷宮』の攻略後になる」
常識で考えれば、超大型ダンジョンの攻略前に回復・支援の要である『司教』を手放すのは愚行です。『賢者』である私も回復魔法を使えるといっても彼女には決してかないません。
しかしそこはここまで伝説級の魔物を狩ってきた勇者ジーク一行。『聖騎士』のオーレリアさんと『賢者』の私が手を出すまでもなく、きっと悠々と目的を達するに違いありません。マチルダさんの離脱を許したのはその自信の現れでしょう。
「分かりました」
なので、特に尋ねることもありません。尋ねても答えてもらえることの方が少ないですが。
「あれ、ジーク様にフィナさん、こんなとこで何してるッスか?」
「おや、『聖騎士』ですか。いえ、実は『司教』がダンジョン攻略に参加できなくなってしまったので、戦術の組み直しを『賢者』に相談していたのですよ」
「ありゃ、マチルダさん来られないんスか」
「ええ、ですから――」
ジークが『勇者様』の顔になったのを見計らい、私はさっさと術機巧の方へ向かいます。オーレリアさんはジークの本性を知らされていないので、彼を本当に聖人君子のような勇者様だと思っているはずです。社交的で親しみやすい方なので個人的には好きなのですが、この食い違いがあるうちは仲良くなれることはないでしょう。もちろん、故郷とクラトスを人質にとられている私から真実を話すことなどできません。
「クラトス、元気かな……。助けてなんて言っちゃって、無茶してないといいけど……」
どこか肌寒い夜風に向かって第五級職業の幼馴染の名前を呟くと、余計に不安が募るのは何故でしょうか。それを振り払うように両手で頬を叩くと、私は術機巧を調整している技師の方々のもとへ駆け出しました。
というわけでフィナ視点です。マチルダが離脱したことで勇者、勇者の本性を知る賢者、勇者の本性を知らない聖騎士、そしてその後ろでテレビカメラを構えた騎士たちという珍妙なパーティでダンジョンへ向かいます。
ちなみに小型化させた理由は簡単。ダンジョンの階段通路を通れないから。




