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受け入れがたき生還

 大蛇が天井を打ち、重力に引かれて石床へと落下する。迷宮を揺るがす二度の衝撃に倒れ込んだ僕の隣で、クニーさんが広間を見据えて舌を打った。


「くっ、なんてデタラメな!」


「ニーコ、ニーコは!?」


 ぶつかった瞬間はニーズヘッグの巨体に隠れてよく見えなかった。ニーコがどうなったのか確かめようと上を見上げる僕の顔を、しかしクニーさんが無理やり地上に向けさせた。


「落ち着いてくれリーダー。残念だけど今はキツネさんの状況を……え?」


「なっ……」


 ニーコはもう助からない。その犠牲を無駄にしないよう、スズの支援に集中しろ。クニーさんはそう言おうとしたのだろう。

 一歩遅れてそれを理解した僕の目に、理解しがたい光景が飛び込んだ。


「……ぴぇ? スズちゃん?」


 スズが、ニーコを抱きかかえて立っている。


 何が起きたのか分からない。ニーズヘッグの不意をついた跳躍の瞬間、スズはまだ外周部を走っていたはずだ。その位置から天井付近にいたニーコを助けたというのか。想定外の状況に思考が追いつかない。


「クラトス殿!」


「ッ、ニーコ! スズの背中を後押しして!」


「ぴ、ぴぇ!」


 スズの声で我に返った。気になることはあっても、今は戦闘中だと忘れるわけにはいかない。


 僕の指示通りに吹いた追い風がスズを壁際へ押しやり、虎とも狼ともつかない生物を象った石像に触れさせる。それに応えるように部屋が再び振動すると、壁の一箇所が開いて階段が現れた。


「遠い……!」


 階段の位置は僕のいる階段通路の対角線上。全速力で走ったとして、ニーズヘッグの攻撃を凌ぎきれるだろうか。

 尻込みしかけた僕の手を、隣のクニーさんがぐいと引っ張った。


「見なよリーダー。なんでか知らないけど敵の動きが鈍い。今のうちに走り抜けるべきだ」


「う、うん」


 たしかに、ニーズヘッグの身体から力が抜けている。着地の衝撃が大きかったんだろうか。


「トッシーさん、こっち! こっち!」


「いつ動き出すとも知れません! お急ぎください!」


 どこかぐったりとした黒い胴体の横を素通りし、ニーコとスズが手招きする階段通路へ駆け込んでようやく息をつく。魔眼を受けないよう振り向くことはできないけど、音から察するにまだニーズヘッグの動きは戻っていないらしい。どうにか第七十二層を抜けられたよう

だ。


「みんな、怪我は?」


 一応確認してはみるものの、すぐに全員が首を横に振る。あれだけの攻撃を受けかけたニーコさえも肌に見えるのはせいぜいかすり傷程度だ。


「ニーコ、動かしてみても痛いところはありませんか? 特に首と羽根は大事ですから念入りに確かめてください」


「ぴぇ、へいき。スズちゃんありがとう?」


「いえ、無事で何よりです」


 救われたニーコ本人もなぜ助かったのかよく分からないのだろう、お礼の言葉が煮え切らない。


「スズ、さっきのどうやったの? いつの間にかニーコを抱きかかえてたけど……」


「まさに目にも止まらぬ早業、って感じだったね」


「私にもよく分からないのですが、どうやら新しい職能(スキル)に目覚めたようです。地上に戻ったら教会で確認するとして、今は前進しましょう」


「新しい職能(スキル)が……?」


 どこかさらりと流して階段を降りだしたスズだけど、どうにも腑に落ちない。

 もちろん、追加で職能(スキル)を得た前例が無いわけでは決してない。愛する者に迫る危機、己の無力を嘆く英雄に女神は新たな力を与え……なんて物語は、それこそ挙げだしたらキリがないほどありふれたものだ。


 でも、逆に言えばそれは英雄譚として成り立つほどの偉業であり奇跡ということ。たかだか二十レベルの冒険者が何かの拍子に、なんてことがあるんだろうか。


「クラトス殿? どうかされましたか?」


「ああ、ごめん。すぐ行くよ」


 思考の深みに嵌りかけたところを慌てて立ち上がり、先を行くスズの黒髪を追う。気にはなるけど、僕らに与えられた時間も残り少ない。いずれ街に戻れば分かることなら考えるのは後回しだ。

 第七十三層への階段を下りながら、僕は疑問を胸にしまい込んだ。

あっちの世界でもいつかインターネットが発明されて、日陰者の少年が最強の能力に目覚める小説とか投稿されるのかもしれない

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