金髪の女傑も気をつかうレベル
ゆっくりと振り向くと、そこには三十歳前後とみえる金髪の女性が立っていた。碧い瞳が鮮やかな美人だが、僕の目線はそれより上を向く。
「ウサギの耳、です……」
「そうだ。だから登り坂を往くがごとく仕事を済ませ、脱兎のごとく帰ってきたのだ」
得意分野で実力を発揮することを、兎の登り坂と言うんだっけ。
あまり聞かない慣用句で男たちを威圧する女性の頭には、茶色いウサギの耳が生えていた。
「さて、オル、それにロス。お前らにふたつめの質問だ」
「ななななんでしょう?」
「彼らと何をしていた?」
僕らを視線で指しながらの質問に、兄だという方――オルが彼の名だろう――がビクリと震えた。
「いえ、その、そう! 新人教育! 新人教育ですよ!」
「そうそうそうそう! こいつらに冒険者の厳しさ難しさってやつをね!!」
まあ、一応だけど嘘は言っていない。一応だけど。
「そうか。感心だな」
「でしょ?」
「ということで成敗だ」
ふたりは何か言おうとしたようだが、口が開く前に頭と頭を打ち付けられて床に崩れ落ちた。
「しまった、入口前で寝られると邪魔だな。すまない、誰かどかしておいてくれ」
アリシアさんのひと声で事務員や冒険者たちが駆け寄り、割りと乱暴に男ふたりをどかす。それをバックに近寄ってくるアリシアさんからは、正直言って身の危険を感じた。
「さて、うちの出来損ないどもがすまなかったな。改めまして、私はアリシア。このリンバスギルドで事務主任をしている。この通り、少し変わった見てくれになっているが気にしないでくれ」
彼女もスズと同じく、獣化症候群にかかってしまったのだろう。そのせいでロップイヤーの耳が生えていることを言っているのだろうが、それよりも色々と気になることが多すぎる。藪蛇しそうだから追求はしないけど。
「クラトス・メイヴです。こっちはパーティメンバーのスズ」
「よろしくお願い致します。しかし、ここの新人教育とはいつもああなのですか? 私には理解しかねるのですが」
「いやいや、そんなことはない。あいつらがあいつらなだけだ」
少し非難の篭った口調のスズに、アリシアさんは困ったもんだとばかりに肩をすくめてみせる。ふとその目が、気勢を削がれたスズの手にある石版に止まった。
「それはそれとしてだ、クラトス君にスズ君。あいつらの差金でその依頼を請けようとしていたようだが、取り下げということでよいかな?」
アントクイーンの討伐依頼のことだ。まだ正式な手続きは何もしていないから、石版を掲示板に戻せば済む。余計な危険を冒さずにすむだろう。
だが、そういうわけにもいかない理由がある。
「いえ、やらせてください」
「ほう? なかなか賢しいな少年」
「クラトス殿!? しかし、我々には少々荷が重いのでは……」
スズが尻込みするが、おそらく彼女は状況を飲み込めていないのだろう。
「スズ、さっきのふたりはなんで僕らを引き止めたんだと思う?」
「え? それはいわゆる新人いびりでは?」
「もちろんそれもあると思うよ。でも、一番の目的はお金だ」
「お金、ですか? 我々が金持ちに見えたとは思えませんが」
「今じゃなくて、未来に手に入れるお金だよ。新米冒険者をおどかして自分たちの下につくよう仕向けて、指導料とかいって報酬の一部をせびる。そういう手口なんだろう」
「なんと卑劣な……!」
スズは騎士の家系だけあって、正々堂々まっすぐと育てられてきたに違いない。男たちの行為が許せないという顔で怒りに震えている。
清廉潔白なのは美徳なんだけど、密偵には向いてないんじゃないだろうか、この子は。
「僕らに難しい依頼をふっかけたのも、挫折を味わわせて引き込む算段だったんだろうね」
「しかし、それとこの依頼を請けることとどんな関係が?」
「今後の冒険のためにだよ。ここで力を見せつけておかないと、いずれまた同じことをされるだろう。アリシアさんだって都合よく居合わせてはくれないだろうしね」
「そういうことだ。クラトス君はなかなかに気概があるな」
アリシアさんが褒めてくれるが、僕にとっては別の理由もある。とにかく、今のうちに少しでも経験値を稼いでおきたいのだ。
今はスズがいっしょだからいいけれど、もしまた僕ひとりになってしまったら、羊飼いに逆戻りするしかないのだから。
「不幸中の幸いというべきか、これは三級向けの中ではやさしい部類だ。新人から一気に頭角を表そうというのならあつらえ向きだろう。もちろん、危険を感じたら降りてくれて構わない。今回は事情が事情だ、失敗のペナルティは無しにしてあげよう」
「スズの目標へは少し遠回りになるけど、長い目で見れば必要なことだと思うよ。何より、一度「分かりました」と言ったからには投げ出したくはないんだ」
「クラトス殿……」
耳を揺らしながら話すアリシアさんの後押しもあって、スズもようやく承諾してくれた。
「では決まりだ。ふたりともここでは新顔だと思うが、ギルドへの登録はどこでした?」
「私は王都にて」
「ほう、中央の方か。クラトス君も同じかな?」
「いえ、僕はまだ登録もしていなくて……」
アリシアさんの顔から、一瞬表情が消えたのを僕は見逃さなかった。いや、見逃しておきたかった。
「新米なのは分かっていたが……。そうか、今日から冒険者だったか。いや、討伐向きの職業ならどうにかなるだろう。君の職業はなにかな」
正直答えたくないが、そうもいかない。
「『獣使い』です」
「……とりあえず、受付に行こうか」
アリシアさんは、冷や汗をかくだけで何も言ってくれなかった。
まあ、ダンジョン潜って魔物と戦うか、街で駆け出し冒険者と戦うか、って言われたら後者ですよね。楽ですし近いですし。
次回はギルドやレベル関連のシステム周りについての回になります。猫耳幼女はその次くらい。