誓い、そして
「羊と暮らしていたから、と言いますと?」
「質問に質問で返して悪いんだけど、羊の世界で十五歳ってどのくらいの立場だと思う?」
「は? え、ええと、一人前、でしょうか?」
「最長老だよ」
羊の寿命は十年ちょっとだ。中にはもう少し生きるのもいたりするみたいだけど、それでも十五年生きるのはそうそういない。人間界ではガキなんて呼ばれる僕も、羊界では酸いも甘いも噛み分けた大人の男なのだ。
「つまり、クラトス殿は羊から長老として扱われているうちに精神が変化したと?」
「職業の特性で、なんとなくは動物の気持ちが分かるからね。気づいたらこう、少し枯れた感じになってた」
それが女の子から見れば魅力的だったようで、おかげで結構モテた。
羊の女の子にだけど。
「なんと……」
「もし羊でなくカメとかと暮らしてたら、逆に幼児退行してたのかなっていうのはちょっと気になってる」
「世界はまだまだ不思議に満ちているのですね……」
そんな他愛もない話をしながら市場を歩く。野菜を売る声、魚を切る音、武器防具を扱う金属音。どれも人の生きる力に満ちていて、かつてこの地を切り開いた大英雄ヤマト・クゼハラの力が今も息づいているかのようだ。
そんな空気の中に身をおいていると、高揚しながらもなんだか気持ちが穏やかになってゆくのを感じる。これから危険な冒険を控えているというのに。
そこでやっと、スズが僕を連れ出した理由に察しがついた。
「……ありがとね、スズ」
「は、はい? 急にどうされました?」
「僕が勇者との競争で緊張してるように見えたから、気分転換させようとしてくれたんだね。気を遣わせてごめん」
「え? ああいえ、決してそんなつもりでは」
謙遜してくれるけど、さっきのまでのぎこちなさは気を遣っていることを悟らせないための精一杯の演技だったのだろう。
でもパーティメンバーに心配されているようじゃ、僕もまだまだだ。明後日からの『暁光の迷宮』攻略戦に向けて気を引き締めないといけない。
「さて、そろそろニーコへのお土産も決めないとね。やっぱり食べ物かな」
「あの、それもですがクラトス殿、私が外にお連れしたのは私の用件があったからでして」
「用件?」
「これを、受け取ってはいただけないでしょうか!」
そう言ってスズが差し出したのは、小さな銀の羊がついた飾り紐。チャーム、っていうんだっけ。
「これを僕に?」
「その、いただいた剣の御礼です」
「剣って……」
クニーさんに依頼して作ってもらった黒曜石の剣、『双月』のことだろう。今も腰に提げている赤塗りの鞘は、スズの黒髪と白い肌によく映えている。
「何がよいかと考えていたのですが、如何せん時間が足りず……。このようなつまらないものになってしまい申し訳ないのですが、どうしても攻略の前にお渡ししたかったのです」
「あの剣は僕からのお礼だったんだから、お返しなんていらないのに」
「ご不要、でしたか」
「い、いや、そんなことないよ。もちろん嬉しい。ありがとう」
断るつもりは無いけど、どっちにしてもそんな泣きそうな顔をされたら断れるわけがない。
「こちらこそ改めてありがとうございます。羊は私たちの縁を結び、幾度も命を救ってくれた獣。肌身離さず持っていてくださればきっとクラトス殿の助けとなると信じております」
「うん、きっと厳しい攻略になると思うけど、みんながいれば大丈夫だと思ってる。必ず勇者に勝とう」
少し賑わいを増した市場の片隅でスズと握手を交わしながら、僕は改めて勝利を誓った。
それから情報収集や装備、消耗品の購入に二日を費やし、迎えた三日目。
白み始めたばかりの朝空の下、城塞型大ダンジョン『暁光の迷宮』の入口のひとつを前に、僕ら四人は肩を並べていた。
「スズ、装備はこれで大丈夫なんだよね?」
「ええ、我がクゼハラ家の記録を頼りに揃えましたので不足は無い筈です。戦力面では十分とは言えないでしょうが、なるべく戦闘を避けることで対処するしかありません」
「つまり出発に支障はないってことだね。なら中でできる話は中でするとして、今はここでしかできない話をしよう」
「ぴぇ?」
「リーダー、檄よろしく」
クニーさんに背中を押され、一歩前へ。一応考えては来たけど、本当に言うとなるとちょっと気恥ずかしい。
でも戦いを前にした指揮官の言葉は、戦意高揚だけでなく行動の指針にもなる。厳しい戦いに際して柱となるものは必要だ。
「……我が剣と我が戦友たちに、語る言葉など既に無し」
「クラトス殿、それは」
スズのご先祖様であり、誰もが知る大英雄ヤマト・クゼハラ。彼が『暁光の迷宮』に挑むに際して残した言葉は、僕は何度も何度も読んで全て覚えている。安直だけど、それを引用させてもらった。
でも全文を読み上げることはしない。僕らに必要なのはたったの一文。たとえ世界が勇者を讃えても、屈することをしないという決意を込めて。
「ただ進むべし。全ては、天が定めし正義を為すために」
タイトルが仮のままだった……
直しました。失礼致しました。
銀のアクセサリーがちょくちょく登場しますが、作者個人が愛用しているのは石垣島で買ってきたヤコウガイのペンダントです。沖縄の海そのままの紺碧色を湛えた品を見つけて迷わず買ってしまいました。




